第三十九話 最後の平穏 (二)
前回は、マジメでした
今回は、絶望です
オレは、この一週間を振り返ってみる。
あの生徒会則が出てから、交流が増えた気がする。
椿さんのマジメさや優しさを新たに知ることができ、友達になることができた。
自己紹介のときから感じていた清楚さは、そのまま性格にまで反映されているようで、すぐに仲良くなれた。
一方で、見た目と一致しないほどの食いしん坊だという一面も知ることができ、それがさらに彼女のチャームポイントとしてうまく機能しているように思えた。
伊波さんがスマホをなくしたことがきっかけで、学食でヒカリさんに出会うことができた。
彼女は、オレが今までに出会ったことのないタイプで、その人形のような容姿に伊波さんが惹かれていると思ったら、次の瞬間にはオレのことを「にいにゃ」と呼んだ。
かわいい系のキャラなのだろうと思っていたら、次の日には、なぜか彼女は怖がられている存在なのだということを知った。
ヒカリさんと一緒に、卯月さんにも出会うことができた。
そのときは、すでに初対面というわけではなかったが、彼女が世話焼きだということを知ることができた。
卯月さんがヒカリさんを背負う姿は、本物の姉妹だと思えるほど、相性が良さそうに見えた。
次の日には奇妙な出来事が起きた。
毎朝、一緒に朝食を取っていた菜々実さんの様子が明らかにおかしくなっていた。
いつもは、無邪気な子どものように元気はつらつな女子という印象だったが、どこのタイミングだったか、なにかに怯える子どものようになってしまった。
それ以来、オレは毎朝学食に来てはいるものの、彼女の姿を見ていない。
次に会えるのはいつになるのだろうか。
顔を直接合わせたわけではないが、サクラさんと話した。
入学式の日に感じたオーラを、そのときよりも間近に感じた。
言葉を多くは交わさなかった。
しかし、それ以上の会話は必要ないと思えるくらいの濃密な短時間だった。
そして、佐藤君と鈴木君と出会った。
場所は、伊波さんが集合場所にたまたま指定した公園だった。
二人が不良に絡まれていたところに、オレも巻き込まれたと思ったら、急に蒸気機関を内包した男が殴りかかってきた。
それを止めたのは伊波さんで、あの巨漢の攻撃を躊躇なく止め、その後の反応もあっけらかんとしていることに驚いた。
自分が攻撃を止められることが当たり前なことのような、そんな感じだ。
それがきっかけで佐藤君たちは、伊波さんに惚れてしまって、めんどくさい状態が続いているというのが現状だ。
無事に二人が学校に復帰できたことは喜ぶべきことなのだろうが、オレはそういう考えとは別に、一つ、思っていることがある。
彼らの存在は、オレたちになにをもたらすのだろうか。
この考えに、特に深い意味はない。なぜオレがこんな考えをしているのか、オレ自身にもわからない。
しかし、頭の中では、そのことばかりが反響して止まないのだ。
他にも、さまざまな気づきがあった一週間だったが、もうすぐそれも終わる。
せっかくだし、ここでオレは一つの仮説を立ててみる。
あの生徒会則は、入学して間もない生徒どうしの交流のきっかけをつくるために出されたルールなのではないか。と。
学食に行かなければならないということは、学食が生徒の交流の場に必然的になるということだ。
もし本当にそれが狙いだとしたら、うちの学校の生徒会は優秀だといえるかもしれない。
生徒会則という独自のルールを採用することで、従来の学校では成しえないことを実現している。
結果として、この生徒会則はシステムの良いところが全面的に出ているルールだといえるだろう。
こんなに平和な学校なら、わざわざあのルールを提示してくるまでもないと思うが、あれが意味することはなんなのかは、今のオレには理解できない。
「おーい、カエデさーん! もうすぐ授業が始まるので、行きますよー」
「そうだな」
オレがクラスで嫌われていると知った日から、これ以上友達はできないと思っていたが、蓋を開ければ、充実した日常を過ごすことができている。
おそらく、いや間違いなくクラスの大多数に嫌われているだろうが、オレは今の人間関係に不満はない。
過激になると思われたいじめも、あれ以来、一度も起きていない。
お相手さんは、あのティッシュでなにを伝えたかったのだろうか。
そしてオレは、いじめのない、ごくごく普通の、退屈な日常を過ごしている。
午後は授業を受けて、終わったら下校して、次の日も授業を受けて、昼食を取って、午後の授業を受けて、終わったら下校して……。
オレは絶望した。
オレが、椿さんに教室へ行くことを促されて席を立ったとき、佐藤君と鈴木君はすでにプレートを返却する場所まで着いており、伊波さんは椅子をテーブルの下に入れてプレートを両手で持ってオレが準備できるのを待っていた。
伊波さんたちを待たせるのは申し訳ないと思い、急いで椅子をテーブルの下に入れてプレートを両手で持った。
すると、すでに準備が整っていた椿さんが、オレと伊波さんにだけ聞こえる声で言った。
「カエデさん、伊波さん……」
その声色は、鮮やかというわけではなかったが、表情は明るいままだった。
伊波さんとオレは、両手が塞がった状態で、顔だけを椿さんに向けて静かに話を聞いた。
自分から話しかけるのが苦手な椿さんが放った言葉だ。
茶化さず聞こう。
「もしよければ、放課後……三人で……図書館に…行きませんか…?」
精一杯、体の芯から絞り出したこの誘いを断る理由はない。
教室では誰にも話しかけられない花園の少女に、オレたちは信頼されているということなのだろう。
伊波さんの表情も明るいようだし……、
「わかった」「ふふっ…もちろん!!」
いつもと異なる波の流れに、オレの絶望は柔く凪いだ。
椿さんはオレたちの返答に、右手を自分の口の前に持ってきて、控えめに「ふふっ…ありがとう」と言い、表情の上半分だけでも伝わるくらい、今日一番の笑顔を見せた。
その表情をエネルギーにすることで、オレはこの後の授業を、容易に乗り越えることができる気がした。
彼らの存在は、オレたちになにをもたらすのだろうか
あの生徒会則は、入学して間もない生徒どうしの交流のきっかけをつくるために出されたルールなのではないか
生徒会則という独自のルールを採用することで、従来の学校では成しえないことを実現している
こんなに平和な学校なら、わざわざあのルールを提示してくるまでもない
オレは絶望した
もし決められたレールの上を走るだけの人生だったら絶望しませんか
次回は、向かいます