24.アガサ・クリスティ『杉の柩』(1940)
またまたご無沙汰しております。
異世界恋愛ミステリ推進協議会事務局、琥珀でございます。
今回は、『杉の柩』を再読したら、どちゃくそ面白かったのでご紹介でございます。
ミステリ界の超レジェンド、アガサ・クリスティの超大量にある作品の中で、もっとも異世界恋愛ミステリに近い要素を含む作品です。
その要素とは……
【主要登場人物】
・美人で立派な淑女、プライドが高くて感情を見せられないご令嬢エリノア
思いっきり悪役令嬢枠ですね!
・美人の婚約者がいるのに、身分が下のかわい子ちゃんに一目惚れ、エリノアとの婚約を解消してしまうクズ紳士ロデリック
アホ王太子ではないので、さすがに舞踏会で婚約破棄をかましてきたりはしませんが。
ちなみにかわい子ちゃんは、しっかり者の良い子で、婚約しとるのに自分に言い寄ってくるとか意味わかんないですけど?? とクズ紳士の求愛をピッシャリお断りしています。
クソ妹やクソ従姉妹、ピンク髪の男爵令嬢がみんなこうだったら、異世界恋愛の投稿作品数が半減しそう……
【大枠の展開】
・ご令嬢がかわい子ちゃんを殺したと告発されるも、なんだかんだで容疑は晴れて勝利! ひっそりとハピエンの舞展開で〆
最後のポワロのセリフがめちゃくちゃ良くて染みるんですが、そのセリフで犯人ではない人が2人も確定してしまうので、自重……
冒頭、悪役令嬢枠ことエリノアが殺人罪で裁判にかけられているシーンから始まるのですが、傍聴席にはエルキュール・ポワロがいますからね。
もうこの時点で、読者には勝ち確感あり、安心して読めるのも、「なんだかんだで最後はざまぁ&スパダリげっとよね?」とノーストレスで読めるなろう異世界恋愛っぽい。
あと、クリスティ作品は三角関係を背景にしているものが多いんですが、多くは大人な関係♡アリだからこそのドロドロなので、そのへんまったく出てこない本作は、異世界恋愛感マシマシです。
映像化はデヴィッド・スーシェ主演のドラマ「名探偵ポワロ」*くらいで、クリスティの作品の中では、そこまでメジャーじゃないかな??と思うのですが、改めて原作を読み返してみると、巧い、巧すぎる…!となったので、凄いなポイントを3点、ご紹介したいのです。
ちなみに、Wikipediaには全バレあらすじが掲載されていますので、うっかり開かないようご注意ください。
* このドラマについては『名探偵ポアロ ヴェネツィアの亡霊』回でぐだぐだ語っております。
①多声的な人物描写
この話、若干人間関係がややこしく……
・そこそこの大金持ちな老婦人ローラ
・その姪(老婦人の兄の一人娘)エリノア
・老婦人の亡くなった夫の甥ロデリック
が、おりまして。
ローラと血の繋がりがあるのはエリノアだけなので、相続人はエリノアなんですが、ローラの財産は、亡くなった夫から受け継いだ部分も大きいので、法的には遺さなくてもいいんだけど、道義的にはロデリックにも分けないとね、みたいな状況です。
で、エリノアとロデリックは、それぞれの親にはろくに財産がなく、ローラの援助で紳士淑女をやれている感じ。
血の繋がりはないけれど、いとこのように育ち、ローラ的には一緒になって家屋敷を受け継いでほしいなという希望もあったので婚約します。
実のところ、エリノアはロデリックを熱愛しており、でもロデリックはツンデレ萌えな上、感情に振り回されるのを好まないので、本当はスキスキ全開でいきたいのに、わざと冷静を装ってる的な、地味にストレスかかる関係になっています。
ローラは一度脳梗塞で倒れ、ハンターベリイ邸で、家政婦(日本的な家政婦ではなく、家事の総責任者的なアレ)のビショップ夫人+住み込み看護婦オブライエン+地区看護婦ホプキンズ+以前から眼をかけていた門番小屋に住む偏屈爺さんの娘メアリイに世話をしてもらっている状態。
主治医のピーターもちょいちょい様子を見に来ます。
で、ロンドンに住むエリノアのところに、メアリイがローラを誑かしとるぞ、放置してたら遺産もってかれるでー!という匿名の手紙が舞い込んできます。
で、超久しぶりにメアリイに再会したロデリックが速攻一目惚れ。
エリノアがその場で気がつくレベルの一目惚れっぷりで、ローラが亡くなったのを機に、エリノアとロデリックは婚約解消します。
ロデリックはメアリイに求婚するも、普通に振られ(ですよねー)、しばらく外国で頭を冷やすことに。
ローラが遺言状を遺さずに亡くなったので、エリノアが全財産を受け継いだのですが、ロデリックとの思い出がいっぱい詰まっているハンターベリイ邸に住むとか考えられないので、売却することに。
いい感じの希望者が現れたので、遺品の片付けに来たところ、同じく門番小屋を片付けに来たメアリイ達に、エリノアはサンドイッチを出します。
んが、直後、メアリイが亡くなり、エリノアは殺人罪で起訴されることに。
なんとしてもエリノアの無実を証明したい医者のピーターがポワロを担ぎ出して、調査&推理開始!なのです。
この作品で、焦点をあてられるのは、事件に関わる人々はどういう人なのか?というところ。
ポワロが色んな人に聞き取りをしていくパートが、めっちゃおもろいのです。
各人、どういう言われ方をしているのか、抜き書きしてみます(以下、早川書房のクリスティー文庫 恩地美保子訳より)
<エリノア>
・ミス・カーライルは、ご自分の都合のいいときだけしかいらっしゃいませんでしたね(ホプキンズ)
・エリノア様は、貞淑なお方で心からの愛情を(ロデリックに)捧げておいででした/おやさしいお嬢様/自尊心の高い、落ち着いた方(ビショップ夫人)
・あんなやさしい静かな方(メアリイに恋をしていた村の青年テッド)
・エリノアは、立派な人間です──冷静で、すばらしく理性的で──(略)ともかく動物的な激情なんてものは薬にしたくも持っていない。(ロデリック)
・あの時、たしかにあの人はメアリイを殺したいと思っていたのにちがいないんです/あの人は無鉄砲で、しかも頭のいいお嬢さんですわ。こわいもの知らずで、すごく利口で(オブライエン)
冷徹なのか優しいのか、腹黒なのかわからんやんけ!!
<ロデリック>
・お高くとまった憂鬱症の馬みたいな顔をした男 (ピーター)
・なかなかいい青年ですわ。神経質ですけどね。胃弱にでもなりそうな(ホプキンズ)
・ロデリック様も、エリノア様を深く愛しておいででした(ビショップ夫人)
・あんなのは、ぼくに言わせりゃ男に入らない。ひょいとつまみあげて、その場で首根っこを折ってお目にかけますよ(テッド)
ピーターの表現のキレが光りますが、ま、ロデリックはダメダメ貴公子枠なので、そこまでブレがない。
そんな中でも、エリノアはそこまで愛されてないと感じてるのに、紳士淑女が婚約したのなら、お互い深く愛し合ってるはずでしょ?と雑に丸めてるビショップ夫人、いい感じです。
ところでテッド、そういうことをいちいち言いよったら、翌日相手が首をへし折られた遺体で発見、助けてポワロ先生!ってなるフラグなので自重した方がええぞ……
<メアリイ>
・ともかくいい娘/なかなか美人 (ピーター)
・百人に一人というほどの美しい娘でした。(略)やさしいきちんとした娘で、あんなに大事にされていてもちっともそれを鼻にかけたりしませんでした(ホプキンズ)
・草に隠れた蛇/あのつんとすましたお上品ぶりったら、そりゃあ鼻持ちなりませんでしたよ/ロディー様と結婚する気になっていたんですよ(ビショップ夫人)
・花のような娘だった(テッド)
・あの娘はひじょうに美しかった。夢みたいに。(略)夢なんです! 現実ではない!(ロデリック)
・べつにたくらんだようなとこは見えませんでした(オブライエン)
メアリイへの解像度が超雑なピーター、悪意にとりまくるビショップ夫人が味わい深いですね……
あと、ロデリックのふわふわさ加減。
ポワロには、テッドの「花のような娘」という表現が刺さったようです。
てな感じで、それぞれ言うことが対象との距離感だったり、証言者の価値観だったりでぶれぶれにぶれているのです。
ビショップ夫人への評価とか、看護婦達への評価とか、他にもお互いおもろい言及しているのですが、さすがに長くなるので略……
そして、この聞き取りパート、「え、この人、実はアリバイがないんじゃん!? ポワロうしろー!」(まあムッシュ・ポワロはそんなん気がついてるだろうけど)ってなったり、「この人の話とこの人の話、どう考えても矛盾してる! どっちかが嘘ついてるやんけ!」となるのです。
この話、ポワロシリーズのワトソン役、みんな大好きヘイスティングスがいないので、読者がワトソン役代わりに、おろおろあわあわとなるよう、巧い具合に書かれております。
私は真面目に犯人を予想しながら読むタイプではないんですが、これはついつい予想してしまう。
犯人当てとしてよくできています。
②仮想犯人の仕込みが多層的
長編ミステリだと、この人があやしい、あの人もあやしい、みたいな迷走があって、最終的に真犯人がわかった時に、犯人候補者達は、犯人ではありえなかったんだということも同時に証明できると、スッキリ爽やか!となるわけですよね。
その怪しさ満点展開のためには、こいつ胡散臭いよな…ってなる描写だったり、もしかしてこの人?ってなる証拠っぽいものとか巧い具合に伏線を埋め込んでおいて、あとでまるっと回収!というのが優れたミステリということになります。
ここもね、胡散臭さを巧い具合に薄く広くばら撒いておいて、中盤終わりで、ええええええ!?そっちだったの!? でもなんでそんなことしたの??と思ったら、こっちかーーい!ってなり、最後は、ああああああ!そういうこと!? マジか……マジか……となるように塩梅されております。
このへん、バレ直結なのでよう書かんですが。
③伏線の埋め方がマジでエグい
スーシェ版のドラマがよくできていたので、犯人やらメイントリックやら完全に覚えている状態で原作を再読したのですが……
開幕、エリノアの裁判、そこから、事件発生前に戻ってエリノアとロデリックのやりとり、ハンターベリイ邸を巡る人々の場面の描写と続くのですが、なにげない描写がわりとがっつり伏線なんですよ。
殺人まで、わりとスローペースで行くんですが、あああああ! ここでもうこういうことしてたんだー!ってなる。
なにげない描写が、後から見たらうわああってなる、というのは、これもミステリの醍醐味ですが、いやこれ尊敬しかございません。
この作品、クリスティの自薦ベスト10には入っていないし、読者投票によるベスト10にも入ってないんですけどね……
まあ『そして誰もいなくなった』『アクロイド殺し』『オリエント急行の殺人』『ABC殺人事件』は、クリスティベスト10やると絶対に入るし、残り6枠は『ナイルに死す』は普通入れるじゃろ??とかやっていると、あっという間に埋まるという……
そんなわけで、クリスティとしては「傑出した作品ではない」扱いでも、こんだけ仕掛けてくるんかーいと、驚倒するしかない作品でした。
正直、コンセプトはおもろいけどトリックが力技にもほどがある『ゼロ時間へ』とかよりこっちの方がいいと思うんだけど……
『オリエント急行』『ナイル殺人事件』『ハロウィン・パーティー(ベネツィアの亡霊)』と映画化したケネス・ブラナー、まだまだクリスティやるぞい♡みたいなことを言ってましたが、この際、『杉の柩』やってくんないかなーとか言いつつ、またよろしくお願いします!
ちなみに、逝ってしまった公式企画「春の推理」追悼を兼ねて、「異世界恋愛ミステリ」縛りの個人企画「春の異世恋推理'26」を開催します!
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