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大いなる憧れについて

 

 楽しい楽しい妄想のお時間です。


 人生が辛い人も、努力しているのに評価されない人も、現実はそこそこの頑張りでもいいので、今この瞬間に全精神力を注ぎ込むことにしましょう。


 お風呂上がりのショタくんが、白いシャツ一枚で椅子にちょこんと座っている。瞳には湖底に降り注ぐ光のように美しいハイライト。今は青い色だ。

 今日の社畜晩御飯は、前世の言葉で説明するなら、『鶏のはいった玉子スープ』だ。

 ちなみにこの世界では卵を取れる生き物と、食用肉になる生き物が別なので、これを親子スープとは呼びません。親子丼という料理も存在しません。

 それを温かみのある木のスプーンで、ショタくんがもくもく頬張る姿をご想像ください。


(ああ~…! 可愛い…!)

 思わず机に突っ伏すほどの幸せの極み。

 もくもくするたびにほっぺたが上下するのが可愛い。清潔な白いシャツの下から覗くサラサラお肌の素足も可愛い。

(可愛いこと以外何もわからない、ただただ可愛いいい…!)

 夜遅くに帰って来て、ご飯を作る面倒くささ。でもショタの為なら頑張れる。

 鍋を出すのが、こんなに憂鬱にならないことがあろうか。社畜の家にショタがいる幸福。ふくふくのふく。

「おねいさん、スープおいしいー!」

 と言っている口の周りに玉子がめちゃくちゃについていても可愛い。全て赦す。

「ショタくん、ごめんね。寒くない? 今、貸せる服がそれしかなくて。」

「大丈夫! スープでポカポカ! おうちにあげてくれてありがとう、おねいさん!」

「いいんだよ、気にしなくて。部屋汚くてごめんね。」

 社畜の家は汚い。古い魔導器を売るアンティークショップの二階に借りている部屋。

 狭い空間をほとんどベッドが陣どり、あとは食事用の木製テーブルとイス、最低限の衣装を乱雑に放り込んだトランクケースと、ゴミ袋が支配している。窓辺の枯れた葉っぱは何。

 キッチンはゴミ袋の後ろ。フライパンや鍋は壁に掛けられて、ゴミの中への埋没を逃れている。

「ところで、ショタく…、君の名前は?」

「なまえ?」

 まるで初めて聞く言葉のように、ショタくんは首を捻る。

「アタシはナッシング・シンデレラタイム。この街生まれ、この街育ち。ギルドの受付嬢をしてるの。

 ショタくんはどこから来たの?」

 こんなに小さな体で遠くから来たとも思えないので、近隣の街だと予想はしている。

 家出か迷子か量りかねるところだ。

「えっと…。なんか大きな街だったと思う? 青い屋根の。」

 という曖昧な返答。

「自分の名前…言える? オウチのある場所…わかる?」

 不安になり重ねて質問したナットに、ショタくんの首がカクンと今度は反対側に傾く。

「うーんと…。」


(記憶喪失系ショタだとおおお!?)


 感極まって咽び泣きしそうなナットの前で、ショタくんは首を戻して正面を向くと、

「よく覚えてないし、思い出しても、おねいさんには教えないっ。」

 と可愛らしい抵抗を見せた。

 ご褒美ですか…。

「えーと…。じゃあ、灯台の中にいたのはどうして?」

 比較的、記憶の浅いところから事情を探っていく。

「隠れてたの。いっぱい黒い人に追いかけられて、次は怖いやつに追いかけられて、すごく大変で疲れんむむ…」

 疲れたから、という前に小さなお口に玉子スープが吸い込まれていく。食べるか喋るかどっちかにしてくれないショタくん。

「危ない人に追いかけられて逃げて来たの?」

 ナットもだいぶ危ない人なので、人のことは言えないが、ショタを追い立てる変態マジ許すまじ。

「そう…、逃げて来た。だから、もう帰らないって、二人で決めたの。」

 青い瞳に、スープに浮かぶふわふわ玉子が映っている。それはゆらゆらと不安定な動きで、白いスープカップの中を漂っていた。

「二人で…?」

 その言葉に、灯台の中での出来事を思い返す。ナットを助ける為に氷の魔法を使ったショタくんは、少し雰囲気が変わったのだ。

(もしかして…。ショタくんの中にはもう一人べつの何かがいるのかな…? だとしたら、追われている理由はきっとそのあたりに関係しているんだと思うけど…。)


 社畜は、考える。


(でも、そのもう一人の何かについて詮索すると、アタシもショタくんを追う者たちと同じになってしまう…。

 そしたらショタくんはアタシのところには居てくれないよね。せっかく出会えたショタなのに…。)

 前世と同じ社畜の道を着実に歩んで来たナットにとって、前世と同じ死の運命はすぐそこに迫っている。

 でもショタいたら頑張れる気がする。人生に一つでも希望があれば。

 あの伝説のコミックに登場した、光の花びらや炎の灯りの中で踊るショタくんのように。

 推しが一人でもいれば変われる気がする。

(前世のフラグを回避する為にも、ショタくんは絶対に必要! その為にはショタくんに此処に居て貰うしかない!)


 ※犯罪者みたいな思考回路


(ちょっと可哀想だけど…、ショタくんを守ることにもなる…よね?)

 自分の心の中だけで都合のいい解釈を見出だし、ナットは口を開いた。

「そっか~。でも、残念だな~。アタシはギルドに所属する人間だし、迷子はちゃんと届け出を出さないとな~。」

 なんの前触れもなく、ふいにそんなことを言い出す。

「えっ。」

 と驚いたショタくんの小さな肩がビクンと震える。ふるふる震えるショタ男子プライスレス。

「でも、そしたらショタくん、きっと追ってくる人たちに居場所を知られて捕まっちゃうんだろうな~。は~、残念だな~。」

 大袈裟に残念がるナット。

 勿論そんなことをするつもりはないが、今はあえて不安を煽りにいく。

「そんな…。ど、どうしよう…。困るよ、おねいさん…。」

 悲しげに長い睫毛を伏せるショタくん。胸の前でスプーンを持った手をキュッと握る。ただでさえ小さい体が、さらに一回り小さくなって見える。

(あー! 可愛いー! 可哀想可愛いー!)

 悶える社畜。

 しかし、一瞬にして冷静さを取り戻す。

 そして、冷酷な感情の無い瞳になって、目の前の少年を見下した。

「そんなことされたら、ショタくん困るでしょう? すっごく困るでしょう?

 それじゃあ、どうして欲しい?」

「えっと…、えっと…、ちゃんといい子にするから…、おねいさんのところに居させて欲しいよ…。」

 迷いながらも、たどたどしく口にした。

 その言葉には、小さな少年の精一杯の勇気が込められている。

 のが、伝わって来ています。

(ああ~! 頑張ってる可愛い~!)

 床の上を転げ回り、額を床に打ち付ける社畜。だいぶ危ない人。

 しかし、これまた冷静さをすぐに取り戻す。前世の運命を辿っている自分の命運と、ショタくんの今後の安全がかかっているので全身全霊をこの瞬間に懸けているのだ。

 社畜の集中力は凄まじい。

「じゃあ、アタシがショタくんのことを守ってあげる。だから、ここにいてくれる? 」

 唇に人差し指をあて、落ち着いた口調でそう告げた。

 一体どういう経緯でショタくんが家出に至ったのかは謎だが、内包されているもう一つの人格と、謎の追手を考えれば、家に帰らせないほうが安全なのは確かだ。

(一緒にいればアタシも人生頑張れるし、追手が来てもショタくんを守れる。)

 かなり自己中心的な考え方ですが、一応、ショタくんを守る意志はあります。傷つける気はない。庇護欲。

「ほんと…? うん、わかった! ずっとおねいさんと一緒にいる!」

 この場に身を置く約束で一応の解決を得たショタくんは、ホッと安堵の息を吐いた。

 追手に捕らえられる恐怖に怯えていた体。その震えが、ピタリと止まる。

 それから残りの玉子スープを一気に食べ終えると、ちゃんと姿勢を正して、ナットに向かい丁寧に頭を下げる。

「これからよろしくお願いします、おねいさん。」

 こっちが宜しくしたいくらい可愛い。

 つむじ。吸い込まれそう。

 そしてパッと彼が顔を上げると、その瞳は燃えるような赤に色を変えていた。

「感謝するぜ、おねーちゃん。その契約に乗ってやるよ。」

 表情だけでなく、顔付きや口調まで一変する謎の存在。


 社畜とショタの運命が重なる同居生活が始まる。

 今、雨が降り始めた。




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