第8食目:ミルクを凍らせて果実を垂らしたもの
夜、おばあちゃんと、カリスナダさんと一緒に酒場にいました。
今回はルピアも一緒。
「やっぱり酒はうまいなぁ」
おばあちゃんが美味しそうにお酒を飲む。
「それで、ジュブさん、マズい事態ってなんですか?」
「お前のところのリーダーなんだが」
「カエッテイイデスカ」
「なんか許してるから帰ってきてもいいと言っていたんだが」
「フェルさんの『許した』は許しになってないですからね!?わたし5日間監禁されて死にそうになったんですから!?」
「まあ、それはともかく、聖女様にフェルラインが正式に書状を送ってな。交換留学しないかと」
「交換留学?」
「帝国からは皇帝の弟にあたるリスカスと、アラニア公国の狂公テディネスの長女、エウロバ。こちらからは、都の王国の長女であるカインウルフと、そこでお肉を美味しそうに食べてる娘さん」
「あらひでふか?」
わたしですか?と言おうとしたのだが
「全部食べてから喋りなさい」
「ひゃーい」
お肉美味しい。
「また、なんでそんなことを」
「リスカスとカインウルフは、まあなんというか、単なる数合わせ。本命はエウロバとミルティアだ」
「テディネスって、そろそろ死にそうって聞いたんですが」カリスナダさんがスープを飲みながら答える
ルピアは顔面を蒼白にさせて果物をかじっているが
「ああ、あの狂った公王はもうだめだ。ドラゴンハーフとは言え、無茶をしすぎたよ。傷の無い箇所なんてないだろう。私の晩年はあいつとの闘争に明け暮れたが、何人優秀な後輩を失ったか」
おばあちゃんは遠い目をする。
「ソレイユってカリスナダはよく知らないんだよね」
「ええ。世代が被ってないからね。今はお眠りになられたそうで」
「ソレイユがいたときの方が、公王はまともだった。自分よりやばい奴がいるとブレーキがかかるのかな?ソレイユが眠りについたとたん、帝国内の公国にも喧嘩を売り始めた」
「ソレイユ、厄災の魔女」
ルピアが震える口で喋る。
「ああ、フェルラインの師匠格で龍族だ。元々アラニアはな、聖女様の信仰をしていたんだ。ところがこのソレイユが隣国に嫁いでから、十年以上にわたって戦い続けてな。聖龍大戦でついに落ちたんだ。それ以降は帝国に従属している。ところがだ、国民には聖女様信仰を辞めさせなかった。ソレイユと再婚した新王はまともな人物でな。アラニアはその間は落ち着いていたんだ。ところが、あの息子である狂公は父親とは真逆の人間。血を見ないと落ち着かない。戦がないと収まらないやばい奴だった」
「龍族の血の影響。龍族はね、闘争本能が異常になるのよ。テディネスは、龍族であるソレイユ様の息子。ドラゴンハーフ。公子時代からそのヤバさは噂されていたわ」
カリスナダさんはため息交じりに話す。
「その狂公も40近くになり、怪我の影響で最近は病に臥せっている。後継だが、長男、次男、三男は既に戦死。残るは長女エウロバしかいない」
「みんな死んでしまったのですか」
「ああ。みんなヤバイ連中だったよ。先陣で刃物振り回すんだ。公子がだよ?アラニアは度重なる戦果で強力な公国になりあがった。帝国は公国の連合体。今の皇帝一族も元をたどれば1公国出身さ。最近皇帝の一族継承に異議があがっている。そうなってくると、本命にはアラニアが上がってくる可能性も高い。その後継者だ。対立しているとは言え、広い世界を見せるうえで是非お願いしたいとね」
「……それで聖女様はなんと」ルピアが不安そうに言う
「ルピア、ミルティア。この二人でエウロバを接待しろって。派遣の件はとりあえず返事待ち」
「な!?なんで私も!?」
「ミルティア一人で接待は不可能だ。屋台二人旅とかさせるのか?」
「……まあたしかに」
「わたしは屋台二人旅賛成です!きっと仲良くなれますよ!」
「ミルはいいとして。でも心配です。そんな大変なことに巻き込まれるなんて……」
「ルピア、ミルは聖女様の転生体だ。これからは大変なことばかりだよ。今のうちに慣れた方がいいという判断だ。それを支えるルピア、あんたもだ」
「でも、なんで私なんですか?学園にはまだ優秀な方がいます」
「転生体筆頭を殺した連中か?それとも事なかれ主義で見殺しにしたお姫様か?はたまた無邪気で天真爛漫すぎて人の心がわからない王女様?学園には人がいないんだよ、ルピア。学園生の行く末は聞いているだろう?」
「は、はい。聖女様の妾……」
「なにやると思っているんだ、聖女様の妾って」
「聖女様を支えて、信仰心を……」
「妾は後宮から一歩も出られない。どうやって信仰心を集める?」
ルピアの顔がどんどん青くなる。
「ルピア、学園生の役割をきちんと話してあげる。後宮はね、聖女様のストレスのはけ口に使われる道具だ。王女やらなんやらが、無様に聖女様の玩具として好き勝手に扱われるんだ。聖女様の毎日のストレスは強烈。それを慰めるために、ありとあらゆることをするのが後宮。だからね、学園生がバカで性格悪いのばっかりなのはワザとなんだよ。そんな中でルピア、あんたはまともだ。スティアナを最後まで守ろうと、学園で孤立してでも頑張った。スティアナに根性が無かったからあのような結末だったが、あんたの頑張りは本物だ」
「待ってください!でもそうしたらなんでスティアナを、皆さんは守ってくれなかったんですか!?」
ルピアは泣きそうな顔で叫ぶ。
「聖女様に必要な素質を学園生は勘違いしている」
おばあちゃんは切なそうな顔をしている。
「聖女様のストレスは強烈なんだ。生半可な精神では耐えられない。毎日、秒ごとに民衆の悲鳴が聞こえてくる。そのたびに力を奮う。人間の欲に際限はない。ありとあらゆる奇跡を起こしても、また奇跡を望む声は絶えない。それでも、その声に応えなくては、力を奮うために必要な信仰エネルギーが得られない」
なんかわかるなぁ。私も美味しいものたべても、もっと美味しいものを求めちゃうし。
「スティアナもあのイジメに耐えきる精神力が無ければ、聖女様の後継の儀式で消滅していた。この娘もそうだ。はっきり言うが、過酷さ加減では、ミルの方がやばいぞ。平気な顔をしているから勘違いしそうになるが、ミルは食事もロクに与えられず、自分で召使たちに取り入って生活していたんだ。屈辱やらなんやらはこっちの方が凄い」
そうかな?私は物心ついた時からそうだったしなぁ。
「耐える、心」
「ミルティアに美味しい食事をさせている理由の一つでもあるがな。話が長くなった。ミルティア、今日は特別なデザートを食べさせる為にこの店を選んだんだ。もう来るぞ」
正直難しい話は飽き飽きしていました。
過去なんてどうでもいいのだ!ご飯だー!
「お待たせしました」
それは
「な、な、なんですか!これは!?冷たいです!!!」
「これはな、ミルクを凍らせて、果実を垂らしたものだ。はっきり言う。めっちゃ高い高級品だ」
「食べていいんですか!?」
「もちろんだ。食べなさい」
「頂きます!」
一口食べると
「おいしい!けど冷たい!でも美味しい!!!」
天国。
ミルクの味が口いっぱいに広がる。
新しい味ですね!これ!
「ミルティアを見ていると、学園で頑張っていた私が馬鹿みたいに思えるのですが……」
「お前さんの努力は報われるさ。ミルティアが聖女様の転生体になればどうなると思う?というか、今の学園の狂乱の原因は分かっているんだろう?実際、有力候補5人は、そんなに気にしてないさ。気にしているのは、その取り巻き。なぜならば」
「後宮の、主」
「そうだ。聖女様の後宮には例外がある。後宮の主だ。知っているだろう?後宮の主にはありとあらゆる自由がある。後宮に必要なものは全て買えるし、自分の好きにしていい。後宮の運営は聖女様は口出しになられないから、自分の裁量が全て。今の後宮の主の噂知っているかい?美少年と乱交がお好きだってね。聖女様になるよりも、こっちを狙った方が幸せだよ。取り巻きもそれを狙っているんだ」
「私は!そんな!」
「後宮の主の権限は国に及ぶ。わかるね、ルピア」
おばあちゃんが、ルピアの目を射貫く。
「あんたの母親を無理やりレイ〇した王族への制裁も可能だよ、ルピア」