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エンジョイ勢にとってのNG

 しばらく変な空気が漂っていたが、俺のクシャミがその沈黙を破った。そろそろ服着ようか。

 いや、それも大事なんだけど。


「スノーさん? えっと……その、ちょっと無理がない? その、作戦? というか、提案……」

『敵のリーダーは状況判断ができそうな方でした。状況を正しく理解する事が可能なら、ユリアス王子の側に付くより、既にダンジョン三つを攻略したアリッサに付くのが賢明と思うはずです』


 そりゃあ現状、一番優勢なのは既に三つのダンジョンを攻略して証としての魔法を全て入手したアリッサだろうけど、これってそんな簡単な話なのか? いや、聖剣を引き抜けば王座に座れると言うくらいにはファンタジーなんだし、別にありなのだろうか。


『待て、スノー。それは不可能だ』


 俺の幻想にも待ったを掛けるように、アリッサが珍しく性急な口調でスノーを止めた。

 しばらく、二人は俺やアゲイルの事など忘れて、互いに言葉を投げかけ合った。


『何が不可能なんでしょうか?』

『スノーは王宮内の派閥争いを知らないからそう思うのだろう。だが自分の陣営を裏切るという選択は、ある種の自棄だ。敵からも味方からも信用されなくなる。一度裏切った人間は何度でも裏切る。常識を持つ者、ましてや立場のある貴族なら選択はしない』


『では、立場のない者なら?』

『――何が言いたい?』


『戦士ギルド員は雇われです。報酬で生活しています。冒険者のホーク達と同じハズです。それがなければ彼等は生活ができない』


『……戦士ギルドにも信用というものがあるだろう。彼等も裏切る事はない』


『ではアリッサが彼等を雇用し直せばよいのでは? 聞いた話によれば戦士ギルドに入ったものは貴族から引き抜かれるとも聞きました』


『つまり、愚弟の手先もひっくるめて買収しろといいたいのか?』

『“手先以外”だけでも構わない、という意味だったんですが……。でも、悪くないかもしれませんね。相手は現在、戦士ギルド所属の傭兵という名目でアリッサを討とうとしているのでしょう。ならそれを利用して傭兵を引き抜いて雇ったと突き通してしまえば良いのでは? 王族や貴族はそういうルールの抜け道を潜るのが得意だったと私は記憶しています』


『それは過大評価だ。仮にできたとしても、やる意味はあるのか? 我々三人の精霊付きがいれば、たとえ近衛騎士団の一個中隊とだって戦えるぞ。踏み潰す方がよほど簡単で楽だ』

『戦闘をしない方がずっと楽です』


『まだ人殺しには慣れないか? お前の心情は大体わかった。だが、自分がえらく都合勝手なことを言っているか理解しているのか?』

『そうでしょうか? 人が死ぬよりはマシだと思うのですが。人に代わりはいませんよ?』


『そうでもない、代わりはいくらでもいる』

『私もですか?』

『……お前は――』



 その時、アリッサが口を止めた。白熱する話についていけなくて、聞き流していたのだが何かあったのだろうか。



『精霊ゼタ』


 するとスノーが意を決したように俺の名前を呼んだ。


『精霊ゼタは、私を見捨てたりしませんよね?』

「そんなことする訳がない」

『では、私と精霊ブラックラック。どちらの意見を聞きますか?』

「うん? そりゃあ――」


 ラックさんには随分とお世話になってきたし、長いことゲームで一緒にプレイしてきた仲だ。もっと言うなら、兄貴分と言っても過言ではない。


 だけど、自分の扱うキャラ(スノー)が言う事を聞いてくれなくなる方が問題だ。

 それにラックさんはそれほど変な要求はしない。もし仮に一度くらい要求を断ったところで、嫌ったりもしない。尊敬してるし、好感も持っている。信用も信頼もしている。だから安心して、俺は断言する。


「――もちろん、スノーの意見を尊重するよ」

『ありがとうございます』


 すると、普段から表情の変化があまりなかったスノーが、笑ったのだろうか……? ほんの数瞬だけ、スノーが微笑するような声が聞こえてきた。


『アリッサ。私はあなたが苦手です。そういう人の命を簡単に切り捨てることができる態度も、それがさも当然だという考え方も、釈然としません』

『……少し、図に乗りすぎているんじゃあないのか? 私を誰だと思っている』

『エルタニア王国の王女で現在、次期王座に一番近い存在です。でも今はただのアリッサです。貴方が自分でそう言ったんですよ? だから私は言える。貴方が王として君臨する未来に、私は不満を感じます』

『……だから、私と袂を分かつと?』

『さあ? 私は自分の意志を伝えておきたいと思っただけ。私に裏切らせるかどうかは、アリッサが決める事です』



 なんだ、この展開。たかがAI同士の激論だったはずなのに、なんか妙にゾクゾクする。いや悪い意味で悪寒がしている。

 このままアリッサと敵対してもおかしくないのではないかと思ってしまうほどの剣幕だ。


 難しい話ではなかったはずだ。


 要するに、スノーとアリッサの相性が悪かっただけだ。まさに水と油。

 今までスノーには好きに喋らせていたけど、俺が間に入って話さなきゃダメだったんだ。

 このままじゃ仲間内で戦闘が始まるかもしれない。そんなことしたらラックさんになんて謝ればいいんだ。

 流れに身を任せて傍観してたから、ついストップを掛けるのを忘れてた。


 ……でも、AI同士でこんなに仲悪くなるなんて思いもしなかったと言い訳したい。想像力が足りなかった。……らしくないけど、今回は反省しなくては……。


 いや、今はそれどころじゃないだ。

 どうするんだよ。この一触即発の状況。


 スノーは事を構えるようにアリッサを凝視している。

 アリッサは無表情になってスノーを見据えている。


 外野は黙って見守っている。

 こう着状態になってしまった。


 俺は黙って、ボイスチャットのスイッチを切って一人唸り声を搾り出してどうするか考えた。


「……ラックさんに直接連絡しよ」


 名案でもなんでもないけど、やっちまったモンは仕方がない。メッセージ送信して事情を説明しておこう。それでどうにかこの場を綺麗に治めてもらうしか……。



『――――フ』



 そんな時だ。重い沈黙とは縁のないような空気を突き抜けるような、笑みを殺したような音がした。


 アリッサが、笑ったのだろうか。口角が再びつりあがっていて、目はなんとも言いがたい微笑みの様子を見せていた。



『いいだろう。お前の願い、叶える努力はしよう。お前の機嫌を損なうのは、私にとっても大きな損失だ。だが先に言っておく。必ず、死人は出るぞ』


『構いません。所詮はただの気まぐれですから』


『気まぐれで私に楯突くか。図々しい奴だ。だが、許そう。お前にはそれだけの価値がある』


 アリッサは、おかしくて堪らない様子で、絶え間なく笑い始めていた。

 さらに気分を良くしたアリッサは、キャンプから出発する支度を進めるよう指示をはじめた。



 さっきまでの不機嫌さはどこへ言ったのかと不思議になるほどだ。ちょっと前なら理解しがたいと思っただろう。


 でも、今までが知らなかっただけだ。そして今のでアリッサの性格を理解できた。力のある者だけを尊重する、実力主義を掲げる覇王タイプだ。……将来は第六天魔王にでもなるんだろうか。あ、なりそう。聖剣引き抜くのに魔王になるとか、なにそのハイブリッド。カッコいいな。



 とりあえずパーティ分裂の危機は去った。緊張の糸が切れたように口から溜まっていた空気が重たい音と共に吐き出した。無意識の溜息だったから、マイクを切っててホッとした。


「……でもアリッサと組むのはこれで最後にしよう」



 ラックさんには悪いが、こっちの気分が持ちそうにない。身内でギスギスするのは勘弁してほしい。


 エルタニア王国から出るかどうかはさて置いても、こういうネタは俺にとってはNGだ。

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