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27.先輩がタヌキから王子にジョブチェンジした

 翌朝、中庭で世菜(せな)と落ち合って一緒に水やりをした。

 私と世菜の自由時間が昼過ぎだから、お昼も一緒に食べる約束をした。


「離れたくないなー」


 水やりをしている間はいつも通りだったのに、世菜はホースをまとめて蛇口から外した途端、べったりくっついてきた。

 朝だから涼しいけど、それでもくっついていると暑苦しい。


「なんですか、いきなり」

「いきなりじゃない。俺はずっと我慢してたんだよ。文化祭準備中も、昨日も今朝も」

「そうなの?」


 世菜がムスッとした顔で私を見た。どうかと聞かれれば、かわいいと思う。

 前に言われた、「持って帰って二十四時間甘やかしたい」気持ちが、分かってしまうくらいにはかわいかった。暑苦しさなんて、全然許せる。


花菜(かな)ちゃん、抱きしめていい?」

「いいよ」


 言い終わる前に引き寄せられた。

 苦しいくらいに抱きしめられて、あ、この人本当に我慢してたんだなって、やっと気づいた。

 嬉しくなって、私も目一杯抱きついた。


「花菜ちゃん、いかないで」

「でも」

「もう離れたくない。俺の腕の中にいて」

「世菜」

「やだー、離したくないー、教室行きたくないー」

「子どもか」


 愚図る世菜の背中をさすった。

 私だって離れたくないし、もっと一緒にいたい。

 というか、分かってたけど世菜は重い人で、それをあからさまに隠さなくなった。

 それがかわいいと思ってしまう私も、たぶん重くて手遅れなんだと思う。


「世菜に浴衣見てほしいよ」

「……うん」

「一緒に文化祭回ったカップルは末永く仲良くいられるってジンクスを昨日作ったから、本当にしに行こう」

「敵わないなあ、もう」


 手を伸ばして、やっと離れた世菜の髪をくしゃっと撫でた。

 丸い瞳が柔らかく細められて、タヌキみたいでかわいい。私は四月から半年、ずっとそう思ってるし、たぶんずっとそうなんだろう。


「行こう」


 そっと体を離して、代わりに手を取った。

 どっちも転ばないで進めるように、並んで歩いた。



 世菜に送ってもらって教室に向かうと、桃が大きく手を振っていた。


「花菜ー、仲直りしたー?」

「仲直り?」


 まだ手をつないでいた世菜が首をかしげた。


「うん。昨日、世菜と喧嘩してくるって言って教室を出たんだよね」

「したかな」

「どうかな。喧嘩っていうか、すり合わせっていうか。まあ、言い方は何でもいいんだ。また後でね。……手、離して。そんな顔してもダメ」


 甘えた顔の世菜から手を引き離して、背中を押して二年の教室へ向かわせた。

 階段までずっと振り返りながら歩いていて、かわいいやら危なっかしいやら。


「王子と仲直りできたみたいだね」

「うん。大丈夫。……ところで、あの人今、私の彼氏なんかな?」

「なんで私に聞くのさ。本人に聞きなよ」

「いや、ちょっと恥ずかしくて」

「そこを恥ずかしがる意味がわかんないな。さっきまでのやり取りの方がよっぽど恥ずかしいよ」


 すぐに担任の先生が来て、朝のホームルームが始まった。

 それが終わったら、射的屋さんの準備ということで、男女に分かれて着替えた。


「花菜、黒い浴衣、めっちゃ似合うね」

「元がいいから。桃の浴衣もかわいいね」

「ピンクって子どもっぽくない?」

「全然。桃に似合っててきれいだよ」

「……それは王子にだけ言いな。破壊力ヤバいから」

「何言ってんの?」


 着替えたら、互いに髪をそれっぽく結んで完成した。

 私は浴衣に似合うかは微妙だけど、世菜がくれたプルメリアの髪飾りをつけた。


「花菜、写真撮ってあげる。王子に送りなよ」

「ありがとう。送ったら飛んでくるかも」


 桃に撮ってもらった写真を送ったら、一瞬で既読がついて、そのまま電話がかかってきた。


『今すぐ行く』

「ダメだから。昼に約束してるでしょ」

『やーだー』

「先輩、今どこで電話してるの?」

『廊下。俺、午前中は受付だから。あ、宣伝係と交代してもらって、見に行っていい?』

「ダメ」

『やだーっていうか先輩って言うなよ、寂しいから』

「もー、いいから午前中はちゃんとクラスの仕事して! デート楽しみにしてるから」


 スマホの向こうで世菜がごちゃごちゃ言っていたけど、そのまま電話を切った。


「しょうがない人だな」

「とか言いつつ嬉しそうだけど」

「そ、そんなことないよ。ほら、準備しよ」


 桃の背中を押して、射的屋さんの準備をする。

 スマホが震えたので見ると、世菜が受付で青いクラスシャツを着てニコニコしている写真が送られてきた。


(みどり)が撮ってくれた』


 とメッセージ付きだ。


「人類一かわいい」


 とだけ送り返したところで、教室のスピーカーがガサガサと鳴り、文化祭実行委員からのお知らせが流れる。

 注意事項やタイムテーブルがざっくりと説明され、文化祭が始まった。

 射的は最初からそこそこ混んでいた。

 今日は校内発表だから来るのは生徒だけだけど、部活の先輩や兄弟姉妹が遊びに来ている人が多い。

 私にも園芸部の先輩たちが声をかけてくれた。


由紀(ゆき)ちゃん、かわいい! 写真撮ろうよ」

「ぜひぜひ、お願いします!」

「撮ったやつ、園芸部のトークに流していい? 坂木くんに自慢する」

「止めてください。さっき写真送ったら会いに来るってうるさかったんで」

「ウケる」


 先輩はげらげら笑って、私たちで撮った写真を園芸部のグループトークに上げていた。

 すぐに世菜から『ずるいです!』とメッセージが飛んできて、先輩はまた笑っていた。

 少しすると、部長も来た。


「あの双子、なんとかなんない? 従姉妹だろ?」

「なんともなんないですよ。藤也(とうや)はなんとかしてくれなかったんですか?」


 そう言うと部長の顔が暗くなった。


「してくれたけど、『お兄ちゃんが卒業するのが楽しみですね』ってさ」

「いったい何を言ってそこまで怒らせたんですか」

「言えない……どう考えても俺が悪い」

「じゃあしょうがないじゃないですか」

「そうだけどさあ」

「まあまあ、射的していってくださいよ」


 部長はぶつくさ言いながら、射的でヘアゴムとお菓子を二つずつ当てて教室から出ていった。

 こっそり後ろから見ていたら、桔花(きっか)蓮乃(はすの)のクラスに入っていったから、まあ、まんざらでもないんだろう。



 昼過ぎ、午後の店番の子たちが帰ってきたので、交代する。

 廊下に出ると、世菜が待っていた。


「花菜ちゃん! かわいい、俺よりずっとかわいい。写真撮らせて」

「一緒に撮ろうよ。桃ー、撮ってー」

「おまかせー」


 教室の前で呼び込みをしていた桃に、世菜との写真を撮ってもらった。


「ありがと。あ、この子、友達の桃です」

「ど、どうも」

「桃です。花菜の王子ですよね。須藤先輩とは違うタイプだ」

「そりゃそうよ。私、藤也はタイプじゃないもの。じゃあ、行ってくるね」


 桃に見送られて、歩き出した。

 世菜の手を取ると、顔を覗き込んできた。


「王子って?」

「四月にナンパからかばってくれたでしょ。その話をしてから、桃が勝手に世菜のことを『王子』って呼んでるだけだよ」


 頷く世菜を見上げて、シャツを引っ張った。

 背伸びをして耳元に顔を寄せる。


「今は、名実共に王子だと私は思ってるけど、どう?」

「ど、どうって!? ……そう、ありたいと思っております……」


 世菜は顔を真っ赤にして、小さな声で言った。



 それはそれとして、まずは三年生の階に向かった。

 藤也のクラスが焼きそば屋をしているから、お昼がてら食べに行くのだ。


「藤也ー、焼きそば二つちょうだい」

「おう、花菜、世菜。ちょっと待ってな」


 藤也は慣れた手つきで、ホットプレートで焼きそばをさっと焼いた。

 二つ重ねて差し出したのを私が受け取り、世菜がお金を払う。


「なに、やっとくっついた?」

「くっついた」


 そう答えると、藤也は世菜を見た。


「そいつ、うるせえし偉そうだけど、だいじょぶ?」

「俺にはめちゃくちゃかわいい女の子なんで、だいじょぶです」


 藤也の質問に、世菜がさらっと答えた。

 や、何言ってんの?

 藤也は何聞いてんの!?


「そ、そういうことを真顔で言わないでくれる!?」

「はいはい、お幸せに」

「行こう、花菜ちゃん」

「もー!」


 世菜に手を引っ張られて席を探す。混んでいたけど、園芸部の先輩が食べ終わったからって席を譲ってくれた。


「もー、何言ってるのさ」

「本当のことだよ。ほら、さっさと食べて回ろう?」

「そうだけど……うーん、恥ずかしいな」

「俺が?」


 世菜が不安そうな顔で私を見た。


「ううん、従兄にのろけられるのが。あのさ、世菜ってさ、私の彼氏なんだよね?」

「そ、そのつもりでおります」

「そう、よかった」


 焼きそばを渡して、割り箸を割った。

 世菜の割り箸が斜めに割れて、情けない顔をしているのがかわいかった。

  

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