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14.先輩が悪くなかったとしても、もううんざりだ

 六月も終わりの、月曜日の朝。

 学校に行くと、いつもより人気がない。

 中庭に向かうと、いつも通り倉庫の前を藤也(とうや)が掃除していた。


「おはよう、花菜(かな)

「おはよ。二年生がいないと、なんか空いてる感じ」

「まー、三分の一だからなあ。裏門で何か困ったことがあったら言って。手え貸すから」

「ありがと。水やり行ってくるね」


 別に寂しくない。だって来週には帰ってくるし。

 昨日の夜、世菜(せな)先輩から電話がきて、寂しいだの、やっぱり行かないだのと泣き言を散々聞かされたから、寂しさよりやれやれ感が強かった。

 それに、さっき飛行機と空港の花壇の写真も送られてきたし。

 私も水やりを終わらせて、裏門の花壇の写真を送ってあげよう。

 まあ、いつもどおりなんだけど。



「彼氏か?」

「違うけど」


 私のスマホに、世菜先輩から延々と写真が送られてきているのを見て、桃が呆れた声を出した。


 昼前には沖縄に着いたみたいで、那覇空港の花壇の写真やお土産物屋さんの写真が送られてきていた。

 それに混じって世菜先輩が飛行機でうたた寝をしている写真もあった。

 ……同じ班だという女子二人にぴったり挟まれて、『寝てたら撮られてた』っていう間の抜けたコメント付きで。

 いりませんけど、そんな写真!

 そんな感じで、夕方まで延々とハイビスカスやアジサイ、プルメリアなんかの写真と、たまに昼ごはんのソーキそばとか海や、先輩が花を撮っている写真が送られてきた。




「……あのさ、桃」

「う、うん」


 帰りのホームルームが終わって、部活に行く前に、私は桃にスマホを見せた。

 そこには、森の中でポカンとした顔で大木を見上げる先輩が写っている。相変わらず、両脇に女の子がべったりとくっついていた。


「先輩が写ってる写真が、女子とばっかなんだけど、これはどういうつもりで送ってきてるのかな」

「……んー、ヤキモチ焼かせたいとか?」

「私、先輩の彼女とかじゃないですけど」

「本人に聞いてみれば?」

「聞いて、ヤキモチとか嫉妬とか思われてもムカつく」

「ヤキモチそのものだと思うけど……でも、んー、そういう試し行為するような人には見えなかったけどなあ」


 桃は苦笑してスマホを私に返した。

 たしかに桃の言うとおりで、試し行為をするような人だとは思わない。逆になんにも考えてない可能性は普通にある。

 ……面倒な人だなあ、もう。


「ワンチャン嫌がらせの可能性もある」

「先輩から?」

「いや、その同じ班の女子から」

「ウザ……」


 そういう恋愛のいざこざ、面倒すぎる。

 もう中学までで十分に巻き込まれてきたのに、高校になってもまだ続くのかと、考えるのが面倒になったから、椅子から立ち上がった。


「……部活行くか」

「それがいいよ。私もそろそろ行かなきゃ」


 桃も頷いて立ち上がった。


「バイト?」

「うん。今日はカラオケ屋。花菜も今度おいでよ。割引券あげるから」

「ありがと。じゃあパパと藤乃くん誘おっと」


 パパはカラオケがうまい。たまに嫌がる藤乃(ふじの)くんや藤也と行くけど、パパはかっこよくてびっくりする。藤也は普通で、藤乃くんは下手だ。


「そこは先輩といきなよ」

「先輩はクラスの女子とでも行けばいい」

「やっぱりヤキモチ焼きまくってるじゃん」


 桃と一緒に昇降口の外まで行って、別れて中庭に向かった。

 裏門で水やりをしていたら、また先輩から写真が送られてきた。

 今度は、公園と空と海の写真だ。


『風が気持ちいいよ』


 と書かれている。

 私もホースで水をまいて虹を作って、花と一緒に撮って送り返した。

 返事はすぐに来て、


『沖縄、思ったよりもきれいだし花もたくさん咲いてて楽しいから、花菜ちゃんと来たかった』

「なにそれ」


 自分は同じクラスの女子と楽しく回ってるくせに。

 モヤっとしたから、返事をしないままスマホをポケットに入れて、水やりの続きをした。


***


 夜、ごはんと風呂を済ませて宿題をしていたら、スマホが鳴った。


「……はい」

『もしもし、今いい?』


 やけに嬉しそうな世菜先輩の声が聞こえた。

 その向こうはざわざわしていて、きっと宿からかけているんだろう。


「少しなら」

『いきなりごめん。花菜ちゃんの声が聞きたかったから』


 それは、どういうつもりで言ってるんだろう。

 同じ班の女の子たちと楽しそうにしていたじゃない。それを私に送る理由も、私の声が聞きたいという理由も、私にはまったくわからなかった。

 先輩はスマホの向こうで、今日見た海のきれいさとか、花の鮮やかさを語っている。

 それを、どうして私に聞かせたいと思ったの。

 電話の向こうで女の子が先輩を呼ぶ声がした。

 先輩は「今電話してるから」と断っている。


「ごめん。それで、見晴らしがすごく良くて……花菜ちゃん?」

坂木(さかき)先輩」

 自分の口から、びっくりするくらい冷たい声が出た。

 スマホの向こうで、先輩が息をのんだのが聞こえた。


「……花菜、ちゃん?」

「先輩がどういうつもりで女の子たちといちゃいちゃしてる写真を送ってくるのか、私にはわかりません」

「え、なにそれ、どういうこと?」

「私のセリフです。そういう写真を送られても、困りますし気分が良くないのでやめてください。あの、花や風景の写真はすごく素敵でした。ありがとうございます。沖縄、楽しいんですよね? 先輩が修学旅行楽しめてよかったです。……失礼します」


 一気に言って、通話を切った。

 スマホを枕の下に突っ込んで、部屋を出る。

 一階に降りて歯を磨いていたら、パパが顔を出した。


「明日の畑の世話だけど……って、どうした?」

「どうもしない」

「どうもしないって顔じゃねえよ。まあいいや」


 パパは明日の花の世話の予定を説明して、最後に私の頭をぐしゃっと撫でた。


「俺にできることなんて、何もねえけどさ、しんどかったら言えよ」

「ありがと、パパ」


 歯磨きを終わらせて、部屋に戻った。

 スマホの画面を見ないようにして充電器につないで、部屋の明かりを消した。

 その瞬間スマホが鳴り出す。

 無視しようとしたけど、しつこく鳴っていて、根負けしてスマホを見たら、電話をかけてきたのは世菜先輩と同じクラスの(みどり)先輩だった。


「……はい、由紀(ゆき)です」

『遅くにごめんねえ、由紀さん。坂木が、今めちゃくちゃ泣いてて』

「それ」

黄乃(きの)が説教してるんだけど』

「え」


 黄乃先輩は翠先輩の彼女だ。世菜先輩と三人で同じクラスだけど、なんで?


『坂木と同じ班の女子が坂木に気があるらしくてさ。修学旅行で告ろうとしてたんだって。だけどあいつ、由紀さんのことしか見てねえから、同じ班の馬鹿と一緒に坂木と由紀さんに嫌がらせのつもりで写真撮って送ったらしくて』


 納得半分、ばかばかしい半分。

 思わず、ため息がこぼれた。


「翠先輩。私、かわいいじゃないですか」

『え、うん。俺の黄乃のほうがかわいいけど、うん』

「だから、その手の恋愛のいざこざに幼稚園のころから延々と巻き込まれ続けて、うんざりなんです」

『おお……マジか、幼稚園て』


 わかってる。翠先輩に言うようなことじゃない。

 誰にも言ったことないし、言えるような相手もいない。

 でも止まらなかった。


「この学校に入ったのだって、私よりモテる藤也と桔花と蓮乃がいるからです。みんな藤也にいくから、私は面倒に巻き込まれずに済むって思ったのに、なんなんですか……!」

『えっと』

「すみません、翠先輩は悪くないし、関係ないです。でも、これ以上世菜先輩が私をその手のゴタゴタに巻き込むなら、私は園芸部を辞めます」

『マジか、いや俺はいいけど、ちょ、坂木!?』


 電話の向こうで何か聞こえたけど、くぐもっていてよく分からない。

 少しして、か細い声が聞こえた。


『花菜ちゃん、ごめん』

「……先輩」

『ごめんなさい、本当に、ごめん……』


 すすり泣きが聞こえた。

 別に、世菜先輩も悪くない。それは分かってるけど、これ以上はうんざりだった。


「先輩、聞いてますよね。明日以降、私がお願いした写真以外は送ってこないでください。先輩が誰と付き合おうが、誰に告白されようが、私の知ったことじゃありません。巻き込まないでください」


 誰からも返事はなかった。

 翠先輩も、黄乃先輩も、……世菜先輩も、何も言わなかった。


「修学旅行中に騒がせてごめんなさい。明日も楽しんでください。おやすみなさい」


 棒読みで一気に言ってから、通話を切った。

 今度はスマホの電源を切ってから枕の下に突っ込む。

 目を閉じて布団を被って耳を塞いだ。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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