⑥オープン当日のみのサービス
体験が終わりに近づく頃。
子どもたちは、最初とは違う表情をしていた。
迷いながらも判断し、相談し、役割を果たした顔。
その一人ひとりにスタッフではなく、アダソン夫妻と夏美サーベラスが、直接歩み寄る。
周囲にはSPが静かに配置されている。
だがその中心では極めて静かな、個別のやり取りが行われていた。
子ども一人ひとりに手渡されるのは、顔写真付きのサイバーサイジング社社員証。
それは、入館証であり、福利厚生施設利用証でもある、実在の仕様を模したものだった。
この社員証自体は、今後このパビリオンを体験したすべての子どもたちにも配布される。
だがアダソン夫妻と夏美サーベラスから、直接手渡されるのは、このオープン初日だけの特別な対応だった。
それは単なる配布ではない。
この場で、この瞬間に限り、一人ひとりが『直接承認される』形で手渡されていた。
「お疲れさまでした。」
アレックスが、短く言う。
アラクネアが、わずかに頷く。
そして夏美が、その言葉を通訳する。
子どもたちは、それを受け取る。
続いて、記念撮影。
夫妻と夏美サーベラスの前に、子どもたちが一人ずつ立つ。
背後では保護者が息を呑み、報道陣がその光景を記録し続ける。
そして希望した子どもには、夫妻のサイン。
それは、このオープン初日だけに許された特別な対応だった。
子どもたちは目を輝かせ、社員証を胸の前で大事そうに抱える。
周囲では歓声が上がる。
保護者が写真を撮る。
メディアも、その様子を記録する。
華やかな光景。
しかしその中心で行われているのは、祝福ではなく『承認』に近いものだった。
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第4章は、こうして終わる。
式典は、予定通りに進行し、パビリオンは正式にオープンした。
構造は起動し、接続は成立し、そのすべてが、問題なく完了したように見えた。
子どもたちは体験を終え、笑顔で施設を後にする。
保護者はそれを見守り、メディアは成功として報じる。
すべては、期待された通りに進んでいた。
だがその内部で何が行われていたのかを、正確に理解している者は、どこにもいなかった。
それでも、その体験は繰り返される。
同じ構造の中で、同じ判断の流れをなぞりながら、新たな参加者が、次々とその中へと入っていく。
それは教育として受け入れられ、体験として消費され、自然なものとして定着していく。
そしてその過程で一つの変化が起きていた。
それは外からは観測できない。
だが確実に、参加した者の内部に、何かが残り続けている。
判断の順序。
優先の基準。
選択の感覚。
それらは体験として終わるものではなく、繰り返しの中で、徐々に固定されていく。
この時点では、まだそれは問題として認識されていない。
異常は、検出されていない。
ただ、わずかな違和感だけが、どこにも共有されないまま残されている。
そしてその違和感はやがて、別の形で現れることになる。
そして第5章では、この構造が日常の中で繰り返される中で、その内部に生じていた歪みが、徐々に表面化していくことになる。
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