③パビリオン起動とCSー000の存在
「それではこれより、日本サイバーサイジング社パビリオンのオープニングセレモニーへと移らせていただきます。」
ァンファーレが流れる。
照明が、ゆっくりと落ちる。
ステージ中央に設置された大型スクリーンが点灯する。
そこに表示されたのは——
『Pavilion Server — Initialization Sequence』
水瀬の声が響く。
「これより、日本サイバーサイジング社パビリオンの起動を行います。」
壇上の四人。アレックス、アラクネア、夏美、そして橘の前に、それぞれ端末が表示される。
「起動権限の承認をお願いいたします。」
このパビリオンは、単なる施設ではない。
その内部には、サイバーサイジング社が実際に運用している管理システムの一部が組み込まれている。
そして今、起動されようとしているのは、このパビリオンを稼働させるための中核サーバー、パビリオンサーバーだった。
その再起動権限は、例外なく、世界中でただ二人、アダソン夫妻にのみ与えられている。
一瞬の間、壇上に表示された端末は、四人の前に存在していた。
しかし実際に再起動権限を持つのは、ただ二人。
橘の端末には、操作権限は与えられていない。
それは、この瞬間に『立ち会う者』としての位置に過ぎなかった。
そして夏美の端末もまた、同様ではなかった。
それは承認装置ではない。
実行のためのインターフェースだった。
一瞬の間、夫妻が、同時に手を伸ばす。
その動きに、遅れて。
夏美が、同じ軌道をなぞる。
ほんのわずかに、タイミングがズレる。
それでも、システムは進行する。
それは単なる認証ではない。
意思の一致そのものだった。
スクリーンに表示される。
AUTHORIZATION ACCEPTED
GLOBAL NODE LINK CONFIRMED
TOKYO NODE INITIALIZING
低く響く駆動音。
会場の床下から、わずかに振動が伝わる。
この起動は、単独で完結するものではない。
今、起動されたパビリオンサーバーは、起動シーケンスに従い、段階的に接続されていく。
まず、このパビリオンサーバーが起動する。
次に、その状態を維持したまま、丸の内支社の管理サーバーへと接続される。
そして最終的にアメリカ本社に設置された中枢サーバー、CS-000へと紐づけられる。
それは、以下の順序で成立していた。
パビリオンサーバーの起動。
その起動状態を維持したままの接続。
丸の内支社サーバーとの同期。
そして——CS-000への統合。
CS-000。
サイバーサイジング社のすべてのデータ、すべての業務、すべての意思決定を支える中枢サーバー。
このシステムが停止すれば丸の内支社のサーバーも、そしてこのパビリオンサーバーも、すべて連動して停止する。
それは分散ではない。
完全な一体構造だった。
このシステムの更新、再起動、構成変更。
それらすべての最終権限は、例外なくアダソン夫妻のみに帰属していた。
一方で、その運用、保守、部品交換といった実務は、世界各地の現場エンジニアによって支えられている。
つまりこの企業は現場によって維持され、頂点によって起動される構造を持っていた。
「日本サイバーサイジング社パビリオン——起動します。」
光が、一斉に点灯する。
遅れて、会場に拍手が広がる。
それは祝福の音だった。
しかし誰もが、その光景に『わずかな違和感』を覚えていた。
スクリーンは、消えなかった。
通常であれば、起動完了と同時に表示は切り替わる。
だが、そこにはまだ『INITIALIZATION SEQUENCE』の表示が残り続けていた。
一瞬。
その文字列が、わずかに更新される。
AUTHORIZED STATE — SYNCHRONIZING
誰かが、小さく息を呑む。
同期。
それは、すでに完了しているはずの工程だった。
壇上の四人。
そのうちの三人は、静止していた。
しかし夏美だけが、動いていた。ほんのわずかに。
誰にも気づかれないほどの微細な差で、呼吸の間がずれている。
まるでまだ『同期が完了していない』かのように。
その瞬間、スクリーンの表示が、再び更新される。
SYNC SOURCE: CS-000STATUS: ACTIVE
会場のどこかで、誰かが思った。
これは、本当に『パビリオン』の起動なのか。
その疑問は、言葉になる前に、拍手と音楽にかき消された。
明るい案内音声が流れ、ステージ脇の照明が順に点灯する。
先ほどまでの緊張をほどくように、スタッフたちが一斉に動き始めた。
水瀬 綾乃が、予定通りの進行を少しも乱さず、前へ出る。
「皆様、お待たせいたしました。ただいまをもちまして、日本サイバーサイジング社パビリオンは正式にオープンいたしました。」
会場に、あらためて拍手が広がる。
今度の拍手は、先ほどよりも軽く、わかりやすい祝福の音だった。




