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#30 壮行パーティー in 離宮

「それでは、カイトさん、ジャンヴォルンさん。今日までの鍛錬お疲れ様でした。この場では気を楽にして、これから先にも存分に働けるよう、英気を養ってください」


 離宮の食堂で、リナがワイングラスを掲げ、乾杯の音頭を取った。

 俺も同じようにグラスを掲げる。ジャンヴォルンとアンナの手に持っているのはジョッキであり、並々のブランデーが注がれている。

 ……蒸留酒ってそういう風に飲む酒だったっけ?


 ともあれ、今日までの鍛錬で、ジャンヴォルンは「初段」、俺は「特殊二段(逆吊巧者(ハングドマスター)でも二段になる)」相当の段位が認められた。リナ直々の指導の賜物である。


 そして、この酒宴は俺たちの門出を祝う催しであると同時に、鍛錬に協力してくれたアンナやリナの部下をねぎらう催しでもある。

 俺たちの訓練は、森羅の剣士を短期間で教育するための森王軍と龍王軍共同の教育プログラムの模索でもあり、俺たちの鍛錬はそのモデルとして実を結んだというわけだ。……前例無かったんかい。


 関係者の人数もそう多いわけでは無いが、マナーを求めるような堅苦しい形にはしたくないってことで、馴染みの肉屋から食材を買って来て、机を動かして立食の形式としている。


 普段は通いで俺たちの教練に付き合ってくれた兵士にも、酒や料理が振舞われる形だが、それでも恐縮している者も見受けられる。


 ……改めて考えると、今日までの俺たち、相当な好待遇だったんだな。




 乾杯の後、テーブルに肉を置いてかぶり付くジャンヴォルンの席に、俺は料理とワイングラスをもって歩み寄る。


「おう、お疲れさん。……って、めっちゃ肉取って来てんな、お前」


「ある内にとっておかねェとだろ」


「いや、料理人が随時補充してくれるって。あんまり取ると卑しく見られるぞ」


「……あの女がいるのに、そんな悠長なこと言ってられるのかよ」


 ジャンヴォルンがフォークで指した先には、自分用に取り分けたであろう山盛りの料理の皿を片手に、部下をねぎらうアンナの姿。振る舞いではなく自分用である。

 ……正直、その量には部下も引いてるように見える。龍の民(ドラゴン)の魔族も、皆が皆、あのレベルの大食いってわけじゃないんだな。


「…………」


 ……なんだかんだ祝宴であり、今日の料理は俺にとっても御馳走だ。

 ビュッフェスタイルだからと言って、大喰らいに喰い尽くされて後悔するのは、俺も御免である。


「……やっぱ俺も、もうちょい取って来るわ」


「……へっ、大した育ちの良さで」


 俺は、ジャンヴォルンの煽りを尻目に、すごすごと料理を取りに戻った。

 ……自分の身は自分で守らないとね。



   * * *



「……ふたりとも、今日までお疲れ様でした」


 まとめて料理を取ってきた皿から、最後の肉団子を取ろうとするジャンヴォルンを行儀悪くフォークで牽制していた所に、リナがやって来て声をかけた。


「お疲れ様です、リナ師匠」


「お疲れ様っス」

 

 流石にみっともないと思った俺は、フォークを置く……のと同時に、奴は肉団子を口に放り込んだ。くそっ……意地きたねぇぞ、クソガキめ。


 それを見て、リナはくすくすと笑っていた。


「すっかり、仲良くなりましたね。ふたりとも」


「……どこがっスか?」


「……まあ、俺の弟にも、やんちゃなワルガキだった頃はあったんで。こんなん慣れっ子ですよ」


 ジャンヴォルンが俺を忌々しそうに睨む。……大人として扱って欲しいんだったら、もっと落ち着いた行動を心がけるんだな。


「ところで、さっきまで他の兵士の……陸龍妖魔(リザードマン)の方とは、何を話していたんですか?」


「龍王軍の衛生兵の方ですね。ご子息の護身のために剣術を学びたいということで、私の知る魔族流派についてご教示していました」


森羅万世流フォレスティアン・アーツでは無いんですね」


 俺の素朴な疑問を受けて、彼女はその視線を彼らに向けた。


「……現実的な話として、当流派は戦場での戦いに特化したもので、容易く修められる流派ではないですからね。あなたも、ジャンヴォルンさんも、どちらかは脱落するだろうというのは……正直な見立てでした」


「…………」


 まあ、そうだよな。


 現実問題として、身体づくりから、型の鍛錬、「走馬(そうま)(あかり)」……急ピッチで進めたとはいえ、そのいずれも強い目的意識をもって取り組まなくては、同じペースで競い合う兄弟弟子が居なければ、心が折れていても不思議ではなかったと思う。


「……ふたりとも、未熟な私の指導によく着いて来てくれました。私にとって、あなた達は、師としての私を成長させてくれた、得難い生徒です」


「…………」


「本当に……ありがとうございました」


「……リナ師匠」




 ……あっ。いかん、ちょっと、感極まって来たかも。

 ジャンヴォルンの方は、どう反応していいのか困惑するように頭をかいている。


 ……まあ、さ。俺も、素直になれなくて、恥ずかしくなる気持ちは、わかるよ。

 俺だってさ、お前(ジャンヴォルン)に感謝はしてるんだよ。本当のところ、さ。


 チートだ、殺し合いだ、喧嘩別れだって……うんざりするようなことばっかり続いた異世界生活でさ。自分の横で一緒に頑張ってくれるやつがいて、一緒に飯食ったり、喧嘩したり、たまに愚痴ったり……そういうヤツが居てくれるのって、本当、救いだったんだよ。


 ……剣の技術は殺人術だ。気楽に扱うべきもんでもない。

 それでも、それを身に着ける過程を、一緒に乗り超えたこの修行は、俺にとっても得難い思い出になったって、そう思ってる。


 お前は嫌がるだろうし、俺も「代わり」として見るつもりはないけど、それでもさ。兄弟と一緒に習い事してるみたいで、うれしかったんだよ。


 ありがとな、ジャンヴォルン。




 ……なんてこと、コイツに言っても増長させるだけだから、言わんけどな。

 童貞いじりとかしつこかったし。……あっ、腹立ってきたな。




 よそ見をしているジャンヴォルンの皿から、俺はひょいとフォークでテリーヌを掬い上げ、口に放り込んだ。


「……あっ!テメェっ!」


「等価交換、等価交換」


「どう考えても、こっちの方が高けェヤツだろッ!」


 リナは、呆れたような苦笑にも見える笑顔を、俺たちふたりに向けていた。


 修行開始時点の彼女からは想像のつかない、穏やかで温和な笑顔。

 ……これが見れただけでも、これまでの苦しい修行にはおつりが来るかもしれないな。



   * * *



 夜も更けて、俺は酔いつぶれたジャンヴォルンに肩を貸していた。


「くそォ……猪妖魔(オーク)が、酒で……、負けるなんて、よォ……」


「……普段のアンナの消化能力見てたら、無謀だってわからんもんかね」


「……女に、酒で、負けるなんて……、恥だぜ……」


「はいはい、コンプラ違反。……ってか、俺ら散々、リナ師匠に剣で負けて来ただろうがよ。今さら見栄張ってんなよ」


 夜風にあたろうと中庭までこいつを担いでいく中、俺たちに気づいたリナとアンナが歩み寄って来た。


「おう、お疲れ。良い呑みっぷりだったよ。ジャン坊。いつかまた呑もうか」


「……二度と、やんねぇ」


 ……まあ、流石に学ぶよな。

 っていうか、体格が俺よりもいいから忘れがちだけど、コイツ十四歳だし、いくら成人年齢の感覚の薄い異世界で、酒に強い猪妖魔(オーク)とは言え、年齢的には飲み慣れてるとも思えんし、これもアルハラの類と言えそうだ。


「……酒飲ませすぎて死ぬこともあるんだから、ムリに飲ますような真似はやめろよ?」


「大丈夫、衛生部隊の解毒魔法(アンチ・ポイズン)で消化促進できるから」


 ……えっ、そうなの?

 まあ、アルコールって毒物ではあるからな。そりゃいけるか。


「……って、じゃあなんでコイツは解毒してやんないの?」


「ああ、衛生部隊も酒飲みが多いもんでね。酔った状態で解毒魔法かけたら、かえって悪化させかねん」


「……ダメじゃん」


 ため息をつきながら、俺はジャンヴォルンをベンチに座らせ、その横に腰掛けた。

 俺の正面にはリナとアンナ、その背には狼と髑髏の二つの月が浮かぶ。


 人間領域と、魔族領域を象徴する天体――




 ――思えば遠くに来たもんだ。

 人間領域で魔王討伐の命を与えられて冒険していた俺が、かつて殺されかけた二人に師事し、死闘を繰り広げた将軍の息子と共に剣の道を進み、酒を飲み交わした。

 まったくもって、あの頃からは考えられない話だよ。


「――カイトさん、ジャンヴォルンさん」


 リナが、アンナの横から一歩前に歩み出した。


「あなた達は、まだ道半ばではありますが、森羅の剣の求道に向けた一歩目を踏み出しました。これからも、私はあなた達の師として、あなた達を導くこともあるかと思いますが――」


 リナは、風に揺れる白く輝く三つ編みを、指先で横に流した。


「同時に、これよりあなた達は、私と共に魔王様のために働く、一人の戦士です。その意味では、私と対等、隣に立つ戦友になるということです」


 ……そう、か。

 師だからといって、いつまでも教えを請い、彼女を頼ってばかりもいられない。

 これからの俺は、「敵」の打倒のため、彼女の横で闘う立場だ。


 ガンミトラスや荒野の戦場で「森王リナ」の強さを知っている身としては「助けなんて必要だろうか?」「役者が不足してるのでは?」とも感じてしまうが、それでも、グレタや四天王が警戒する強大な敵だ。

 彼女の窮地に俺しか動けないことだって、あってもおかしくない。


 ……ならば、俺も決意を固めなくてはだろう。




「……わかりました。リナ師匠、アンナ」


 俺は、リナとアンナに視線を送った。

 この二人は、もはや俺の敵ではない。もっとも頼るべき味方であり、共に助け合う存在だから。


「……あなた達が窮地に陥らないよう、俺が味方として、その背中を守ります」


「……!」


「これから同じ『敵』と戦う仲間として、俺は、あなた達のことを信じてます。だから、どうか俺のことも信じて、その背中を預けて下さい」


「…………」


 リナは、銀色の髪を揺らしながら、後ろを向いて……小さく、声を出した。


「……『リナ』で、いいです」


「……?」


「あなた達は、私と対等の戦士です。……もちろん、流派の稽古や他の門下生の前では師弟として振舞って頂きますが……普段からは、アンナさんと同じように、名前で呼んで、ください」




 あっ……


 そういや、切り替えるタイミング無くて、アンナのことはずっと「師匠」じゃなく「アンナ」って呼んでたんだよな。ガンミトラスの延長で、平素からタメグチだったし。

 ……となると、これから先に四天王と同じ任務に就くと、エミリアやノア、アンナには砕けた口調で接するのに、リナだけ敬語と「師匠」呼びになりかねないんだ。

 気まずいというか、距離開いて感じちゃうよなぁ……。


 当初は、お互い印象最悪だったから険悪だったけど、今だったら、きっと自然にお互いの名を呼び合えるだろう。


「リナ」


 俺は、立ち上がり、ゆっくりと口を開いた。

 彼女の白いマントがはためきながら、俺を向き直る。


 ――ほのかに紅潮した褐色の頬。

 ――綺麗に結ばれた銀の三つ編み。

 ――黄緑の草原のような煌めく瞳。


 ――目と、目が、合う。




 ……なんだ、これ。

 最初にもこう呼んでたはずなのに、すごく恥ずかしいぞ。

 例えるなら、背伸びした子供が、一人称「ぼく」から「俺」に切り替えていく時の、あの感じだろうか……。冷やかして来る人間がいない以上、俺が勝手に恥ずかしがってるだけだが。




 ……いや、恥ずかしいと思うから恥ずかしいんだ。

 頼れる仲間になるって決意表明なんだし、堂々としよう。

 胸を張って、彼女の信頼に応えられるように。

 

 俺は、羞恥心に抗って、右手を差し出した。


「その……これから、よろしく。リナ」


 リナは、その手をぎゅっと握り返した。


「ええ、頼りにしていますよ。カイトさん」


 魔族領域に浮かぶ、ふたつの月明かりの元。

「敵同士」から始まった俺たちは、「師弟」を経て「共に戦う仲間」へ。

 ゆっくりと、その道を歩み出した。







「……オレの方は『師匠』呼びのままでいいっスかね?……なんつーか、違和感半端ないんで」


 ――空気読めよ、こんガキゃあ。







――――「影の戦士」編へ、つづく――――





【次章予告】

  森羅万世流フォレスティアン・アーツの伝授はほぼ完了。

  ノアやエミリアへの引継ぎに向けて、英気を養う彼らでしたが……?


  もし楽しんで頂けましたら、フォロー&☆評価を頂けますと励みになります!




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