第83話 桃色吐息。
俺はこの国から逃げる事を決意し、早速猫に問う。
猫。
とりあえず、俺が無意識モード中に起きた出来事を話せ。
俺が、無意識モード中に何があった?
ここはどこだ?
周囲の状況は? いや待て、お前は説明下手くそだから先に言っておく。
起きたことを順番に説明していくんだぞ!
“にゃ……。本当に記憶がないにゃん?“
ない!
“にゃ、順番通り……。まず任命式が終わって、リョウスケは塔から降りて、工場長代理と一緒に人波の中を堂々と立ち去ったにゃ“
堂々と?
“両手を高々と上げて、ニコニコと歓声に応えていたにゃ“
思わず絶句する俺。
ま、まじなのか?
スゲーな、無意識モード俺は……。
俺はそんなパフォーマンスは無理だぞ……。
“吾輩はそれから、ふらふら歩くハルカと寮に帰ったにゃ。凄い人混みだったにゃ。ハルカは一人にしてくれって言うから、今度はリョウスケのところに行ったにゃ“
うんうん。
分かりやすいぞ。
だが、ふらふら?
一人にしてくれ?
ハルカは調子が悪いのか?
“だから、リョウスケが工場長になって、ショックを受けてるにゃん……“
俺が、工場長になって?
……分からない。
俺は腕組みし、ハルカの気持ちになって考えてみる。
俺がハルカだったら……。
突然、どこの馬の骨とも分からない男が、工場長になる、か。
うむ。
その気持ち、なんとなく理解出来た。
“にゃ? わかるにゃん?“
俺なんかが工場長になるなんて、許せない、という気持ちだな。
ハルカだけは、俺が大した男ではないと気付いていてもおかしくないのだ。
まだ来たばかりの頃から知り合い、何も知らないと驚かれた事もあった。
何度も傷を負って、気絶しているのも見られている。
少しだけだが、エッチな行為と勘違いされてもおかしくない事をし、人間性を誤解されている可能性もある。
そんな俺が、工場長になるなんて、納得できる筈がない!
“にゃ???“
ハルカからしたら、俺より先輩という自負もあるだろう。
名誉ある騎士団副団長の自分を追い抜いて、最高位の工場長になった事に怒っている……といったところか。
“……にゃ。リョウスケ、吾輩は違うと思うにゃ?“
違う?
どうしてそう思う?
あ、もしかして桃色工場長代理の事を尊敬していたのか?
あ、だから俺が、工場長になる……。
そういう角度の視点で見るべきか!
”にゃ……。もう吾輩はよく分からないにゃ……”
俺は合点する。
まぁ、そうだろう。
ハルカだけではない。
他にも沢山いる筈だ。
俺のような若造が、最高権力者になり、この首輪で束縛されるなんて辛いだろう……。
“リョウスケ、分かってないにゃ! この国の人達は、大歓声上げてたにゃ。リョウスケは何故かこの国で、大人気みたいにゃ“
大人気?
俺が?
馬鹿な!
そもそも、俺の事なんて誰も知らないだろう。
俺を漆黒と呼んでいた人達もいたが、極少数。
この鎖首輪の効果で、誰も逆らえないだけかもしれん。
可哀想にな。
“そうなのにゃ?“
ん?
猫?
お前、その尻尾についてるの、なんだ?
白く光ってるのは、虫か?
“にゃ? どこにゃ? 何もないにゃ?“
黒い尻尾がムチのようにしなると、それはふらふらと漂い、スイッと動いたりしてまた猫にまとわりつく。
“にゃんにゃん? 見えないにゃん“
SOMか!?
よく見るとそれはやはり浮遊する泳ぐ文字。
そういえば、シャドウがSOMを拡張するって言っていたな。
俺が工場長になり、秘密漏洩ロックがどうとか、色々と言っていたが、先ずはSOMを改造しようと考えているようだった。
【謎O 魔剣ニャルヴィング】
メダカに見えるのは実は文字。
一体、どんな変化があるのか、試してみようか。
俺は手を伸ばし、そのメダカに触れる。
ポン♪
可愛い効果音と共に、情報がいつものように頭に浮かぶように入ってくる。
『魔剣ニャルヴィング改め猫。謎O。解析率55%。刀身の材質不明、黄金の柄には猫族の獅子紋があり、瞳には魔石がはめられている。遥か過去に獣王黄金獅子により作られ、その国と獣王を滅ぼしたという伝説を持つ呪われた魔剣。他、フィフス戦争にもジェムズに使われる等、数々の不幸な戦いで使用される。刀身に契約の文言『我に命と魔力を与えよ。さすれば我、汝に力を与えん』とあるが、現在は、松田良介と『汝の命も魔力もいらないにゃん、我、力を与えん』と口頭による契約を締結している。魔力を失うと長き眠りにつくらしく(不明)、自給自足の為に柄を残し、猫型の四足歩行魔物の形態へ変化。取り込んだ魔力により、能力変化あり(不明。成長。インビジブルモード)。溜め込んだ魔力を倍増させ、凄まじい火力の……』
俺は瞬きして首を捻る。
付き合いが長いせいで情報が多い。
だが、普通だ。
何が変わったんだ?
拡張したとは思えない。
ポンと効果音がしたが、それ以外は以前の通りみたいだが?
同じ、だよな?
もしや速度アップ? バグの修正?
常時起動している事が拡張?
シャドウのあの様子では、大々的な改造をしたように聞こえたんだが。
俺はベッドから降りて、他のメダカに触ってみようと立ち上がる。
そこで、SOMに違和感。
メダカが、猫のところの一匹しか見あたらないのだ。
いつも、触って触ってと、俺の周囲で沢山泳いでいるはずなのに。
やはり意識してSOM起動させないと駄目なのか?
“話の続きをしてもいいにゃん?“
あ、ああ。
俺はふと腕時計を見る。
朝の八時……か。
昨日の任命式から、今朝まで時間が経過している……のか。
ん?
俺の腕時計に、メダカ?
腕時計にくっつくように、文字がフワフワと浮かんでいる。
『松田大介の腕時計』
そのメダカ文字を読んで俺は絶句する。
……。
松田大介……。
父の名だ。
これは、父の残した遺品だから、間違いではない、が。
俺は流石にそのメダカには触る気がせずにスルーする。
既にシャドウのお陰で時刻補正もされ、魔圧測定、方位等、なくてはならないアイテムではあるが、それ以上の情報は不要だ。
触る必要もない。
“どうしたにゃん? メダカってなんにゃ?“
いや、何でもない。
ちょっとな。
で、昨日の話の続きを頼む。
“にゃ。吾輩はハルカと別れて、リョウスケを探したにゃ。そしたら、リョウスケは工場長代理と、どこかへ挨拶に行っていたにゃん。それには間に合わなかったにゃん“
挨拶?
もしかして、就任挨拶って奴か?
大きな重要な職につけば、ありがちだな。
何処に?
“遅れて合流したにゃんが、一生懸命工場長代理が、リョウスケに話しかけていたにゃん。その話からすると、カンパニーの奥に、管理者がいるみたいにゃん。そこに挨拶してきたみたいにゃん?“
管理者?
カンパニーの奥?
“この街から北に進んだところにゃん。馬車で行ってきたみたいにゃん。吾輩はその管理者には会っていないにゃん“
ふーん。
このナインズワームから北に先に行けば、国の玄関であるターミナルゲートの反対側だから、位置的には奥になる。
だが、管理者って初耳だな?
土地の管理人さんという事か?
“吾輩は知らないにゃん?“
桃色工場長代理に聞くしかないか。
といっても、記憶がなかったとは言えないから、聞きにくい。
機会をまつか。
それから?
“それから、この屋敷に来たにゃ“
屋敷……。
ここは誰かのお屋敷の一室か……。
“これから、リョウスケはここで暮らすみたいにゃ。昨日の夕飯をこっそりいただいたにゃんがなかなかにゃん。初めて食べるものも多かったにゃん“
なに?
ここで暮らす?
食堂があるのか、いやもしかして、お抱えコックつき?
この屋敷は、何処の誰の……。
俺はまた室内を見渡す。
かなりの金持ちの屋敷にしか見えない。
まて?
工場長になったから、それだけの住居が与えられたという事か?
コンコン。
ノックの音に、俺は顔を上げる。
ドアの向こうから、凛とした声がする。
「リョウスケ様、朝ごはんの準備ができました。よろしいでしょうか」
ちっ。
誰か来た……いや、この魔力は、桃色工場長代理!
“にゃ!? 工場長代理にゃ?“
猫が俺を見ながら、おろおろしはじめる。
“リョウスケ、ど、どうするにゃん? 今すぐに、に、逃げるにゃん?“
俺は苦笑して首を振る。
いや、まだ逃げられないだろ。
情報不足だ。
行き先も決めてないし、金もないし、逃げるにしても捕まらないように算段も立てたいし、な。
数日は様子を見ながら、情報を集めて脱出準備、だな。
お給料の前借りが出来ると助かるが。
よし、猫。
取り敢えず、インビジブルモードで、透明になれ。
お前の存在は今のところは隠しておく。
“にゃ、わかったにゃん“
猫が姿を消す。
「失礼します」
扉を開けて入ってきたのは、メイド服にを来た綺麗な女性だった。
ん?
工場長代理じゃないのか。
俺は首を捻る。
だが、深々とお辞儀をしている女性の強い魔力は、間違いなく工場長代理。
そして、髪の毛の色も間違いない。
だが、メイドさん……だよな???
顔を上げるメイドさんを見て、言葉を失う。
やはり、工場長代理!
な、何故だ???
桃色のユルふわヘアを耳にかけながら、微笑む桃色工場長代理!
な、何故、工場長代理がメイド服着ているのだ?
俺は素早く桃色工場長代理の全身を瞬間記憶し、解析する。
髪に飾られた純白のホワイトブリム。
フリルのついたエプロンスカート。
やはり、どこからどう見ても、これはメイド服だぞ!?
俺は更に驚愕するポイントを発見する。
ススス、スカートが短いっっ!
おまけに、白いニーハイソックスだと!?
ちらりと見える柔らかそうな綺麗な太腿は、やばすぎる!
解析結果!
こんな綺麗な顔で、こんな桃色のユルふわヘアで、こんなメイド服着ちゃったら、まるで美人過ぎるコスプレイヤーみたいじゃないか!
「おはようございます。本日の予定ですが、工場幹部会議が朝からありますので、急いで支度してくださいね?」
これは一体、ど、どどどどどど、どういう事だ!???




