第71話 約束したんで。
次の日の朝。
目が覚めると、二つの顔が俺を覗き込んでいた。
「リョウスケ? なんでこんなとこで寝てるの? それにその鎧、どうしたの?」
「……」
アリスとトカゲ兵士?
……じゃなくてニキビーだ。
ニキビー……お前は紛らわしい。
身体を起こし周囲を見回すと、そびえ立つ城、閉ざされた正門と教会の扉。
……?
あ、石化が解けたのか。
夜中に魔法が解けてそのままここで眠ってしまったらしい。
……一人で。
“にゃん? 吾輩がいたにゃん?“
頭に響く猫の声。
透明のため、姿は見えない。
そうか。……ありがと。
“何で部屋に帰らなかったにゃん? 吾輩が部屋まで連れていったにゃん?“
……石像が浮遊して城内を移動してたら、冗談にならん。破壊されちゃうだろ……。
“そうにゃん?“
……そうだ。
"元気ないにゃん?"
……そうか?
三つの太陽が湖面をキラキラと反射して光っている。
朝の清々しい魔力が正門前に漂っている。
まだ早朝で、湖を泳いで渡って往来する人の姿はない。
ふぅ……。
俺は大きく息を吐き、座ったまま大きく伸びをする。
肩や腰から、ポキポキ小気味良い音が鳴る。
石化していたとはいえ、ずっと同じ姿勢で身体が硬い。
そして、なんだろう……。
気持ちが、……重い。
この鎧のせいだろうか。
いい加減に脱ぐか……。
「昨日から行方不明で心配したんだよ」
アリスが悲しそうな顔をしている。
ニキビーも、心配げな表情を浮かべている。
どうやら二人で俺を探してくれていたようだ。
「それに私、リョウスケに大怪我させちゃったし……」
俺は兜を外しながら、首を振る。
「気にしないでいい。あれは俺も悪かったしな」
あの時、アリスは兵士に囲まれていたわけで、俺があの場に突然現れたのが異常。
アリスのとっさの反応は、むしろ正常。
……その後、致命傷を負った俺の背骨を、抱き締めてベアハッグというか鯖折りしにきたのは駄目なんだが。
まぁ……いいや……。
死んでないし……。
はぁ。
知らないうちに、何度もため息をついている自分に気がつく。
テンションが低いというか、重い。
変だな?
石化の反動……か。
俺は腕、脛、胴の甲冑パーツを次々に外して、ようやく寝間着だけのいつもの格好へ戻る。
脳裏に、ハルカの横顔が浮かぶ。
ハルカは、今頃、キョッキとかいうイケメンと……。
ん?
アリスがストンと俺の横に座る。
ニキビーも合わせて腰を下ろし、俺達は三人で湖を眺めるように並ぶ格好になる。
「こんなとこでそんな鎧着けて寝たら、駄目だよ? 疲れとれないよ?」
「……うん。そうだな」
俺はポツリと答える。
横に座るアリスの小さな身体が、なんとなく居心地がいい。
そういえば、アリスに会うの、久しぶりだ。
実際はそうでもないが、牢屋にいきなり入れられたし、この国に来てからの密度が濃かった。
「……その、リョウスケ、ありがとうね」
そう言われてアリスを見ると、その横顔は硬く表情はない。
どうした?
「ハルカって騎士団の人がね、お母さんは、リョウスケが見つけてくれたって教えてくれた」
俺はそれを聞いてハッとする。
「そうだ、アリス。こんなとこにいてもいいのか? お母さん、湖から引き揚げられただろ?」
昨夜、石化した俺の目の前で、大勢の人が女王の為の救出作業にあたっていたのだ。
アリスもその時、その中に加わって作業していたはず。
夜遅くまで作業が続き、女王の巨大な身体が水面から現れたとき、物凄い歓声が城を包んだ。
引き上げ作業にあたり多数の犠牲者も出たが、女王の帰還は、この国の住民達にとって大きな喜びだったらしい。
ただ、それを手も出さずに脇で見ていた9人のトカゲ姫達にとっては、どうだったのだろう?
自分達が次の女王と虎視眈々と狙っていた連中にとっては、嬉しい事だったろうか?
暗がりでその顔も表情は見えなかったが、少なくてもバンザイはしてなかったな……。
「リョウスケが色々してくれたのに、お母さん、病気じゃなくて、行方不明なんだって聞いて、私、聞き間違っちゃったみたいで、お姉さま達にも怒られて、ワケわかんなくて……ごめんね?」
聞き間違い?
俺は、ハルカの泣きそうな顔を見る。
「私、ごめんね。リョウスケがこんな色々してくれて……」
揺れる青い瞳。
だが美少女に見つめられているのだと気が付き、俺はつい照れて視線を外す。
「ア、アリスは、別に、何も悪いことはしていない」
「え? で、でも、私のせいで!」
……もう、そんなのはどうでもいいよ。
そもそも、勘違いばかりだった。
アリスの夢を、アリスの記憶と勘違いした事。
シャドウの狡猾な嘘。
アリスは、ただ、騙されただけなのだ。
ただ、素直なだけの、アリスだから、仕方ない。
「アリス。全部、分かってるから、もういい」
アリスが首をかしげる。
その仕草が、妙に愛しくて、俺はまたアリスから目を外す。
情報収集&解析で、既にその件については終了している。
ただ、お姉さま達……。
アリスも、いい人過ぎて、怒ってもいないし……。
ムカつくな……。
「それで? 女王はいまどこに?」
「部屋に運ばれたよ? 面会謝絶だって、お姉さま達が……」
「面会謝絶? ……大丈夫なのか、それ?」
ど、どういう事だ?
俺は更に問いかけようとして、アリスの消沈した顔を見てハッとする。
会いたいけど会えない。
心配だけど何も出来ない。
そう、アリスの柔らかそうな横顔に書いてある。
で、なければ、俺なんかの側にいるはずかない。
うつ向くアリスの青い髪をぺちんと叩く俺。
「きゃっ」
「しっかりしろよ。お母さんは見つかったんだろ? 良かったんだよな?」
そう言いながら、俺は思考する。
面会謝絶……。
それって、大丈夫なのだろうか?
あの状態のまま何もしなければ、本当に女王は死んでしまう。
俺には分かる。
俺の推測では、この世界に専門としての医者はいない。
なぜなら魔法で、怪我や病気を全部解決してるからだ。
だが、あの女王の症状の理由が分からなければ、どれだけ治癒魔法をかけても無意味。
きっと、この国の連中では、誰も女王のあの身体を治す力も技術も持ち合わしていない可能性が高い。
面会謝絶って、下手をしたらただ放置して殺すつもりか?
「……私は何も知らなかったの。お母さんが湖に落ちてたなんて。それなのに……」
俺は呆れを通り越して笑ってしまう。
この子はなんて素直な子なんだろ。
相続争いなんて、これっぽっちも考えていない。
湖に落ちたことに気がつけなかった自分を責めている。
まったく意味が分からない!
俺はアリスの青い頭を、今度は軽く撫でてやる。
「……そう言えば、女王は言ってたな」
アリスが驚いたように俺を見る。
「お母さんと話せたの!? お母さんは今、とても話せる状態じゃないって……」
「ちゃんと俺と女王は話をした。で、……アリスが一番かわいいって言ってたぞ?」
「ほ、ほんと!?」
みるみる内に、青い目に涙を浮かべるアリス。
正直、血の繋がりは怪しすぎる。
あの妙な化け物じみた姿の女王が、アリスと実の母親なんてあり得ない。
だが。
女王がアリスを子供として可愛く思っている気持ちは本物だ。
死にかけてるくせに、一番かわいいって嬉しそうに笑ってたしな。
「じゃぁ、お母さんのところに行くか」
俺が立ち上がると、アリスは首を振る。
「無理よ。お母さんの部屋に行くまで、沢山の兵士がいるの。今は大事なときだから、絶対に通しませんって押し返されちゃって」
は?
なんで?
そこまでする?
アリスは一応はお姫様だろう?
俺は脳内MAPと兵士達の魔力位置を確認する。
ちっ。
確かに女王の部屋までのルートの要所要所に、いる……。
「ま、大丈夫。俺が何とかするよ。アリスのお母さんにも約束したんだ」
「約束?」
「助けるってな」
女王にもだが、アリスにも、出発前に約束したはずだ。
……他人の為に、何かするなんて、無意味なんだが、まぁ、約束は守らないといけない。
俺は、女王を治す。
ピーチ・シードは使えないが、何とかするか。
「俺は、女王を助けるためにここに来たんだし、な」
俺の独り言にアリスが何か言おうとするのを、手で制す。
そして、ニキビーに指示を出す。
「ニキビー、厨房に行って、ジュースを作ってこい」
ニキビーが不思議そうに俺を見る。
俺はジュースの作り方と数を説明する。
「俺のレシピ通りのジュースを作ってくるんだ。そうしたら、最上階の女王の部屋まで真っ直ぐ駆け上がれ。俺はそこにいる。邪魔するものは、はね飛ばせ」
「は、はね飛ばせ? ちょっと!?」
ニキビーは、首を傾げながらも頷くと、立ち上り姿を消す。
その緑色の背中を見送りながら、一抹の不安を覚える。
ニキビーは、ヘッポコだから。
大丈夫だろうか。
だが、そんなに難しい作り方ではないから、なんとかなるだろう。
「リョウスケ? ジュースって? どういう事?」
俺はアリスを見てニヤリと笑う。
「女王を助ける。だが、その前に、成敗しておかなきゃいけない連中がいる」
「セーバイ?」
アリスの長い睫毛が、パチパチ不安そうに瞬く。
さて、次は……。
猫!
ハルカに以心伝心で伝えてくれ!
“にゃん? な、なんで急にハルカににゃん?“
俺は少し躊躇するが、伝える。
俺からのハルカへのメッセージ。
俺の近くに、……寄らないでくれ……と。
これから、女王を助けてくるが、しばらくは会いたくない。
“な、何でにゃん? 邪魔にゃん? 嫌いにゃん?“
そういうんじゃない。
キョッキって男が苦手なんだ。
ハルカに側にこられると、あの男もセットで必ず寄ってくるから、やなんだ。
これから、大事な用事があるのに、キョッキに来られたら、本当に全ておじゃんなのだ。
多分、あいつはまた俺に喧嘩を売ってくる。
そんなのに構っている時間はない。
ただ、それだけだ……。
“にゃ……。分かったにゃん。でも、ハルカはリョウスケに会いたいと思うにゃん?“
思わず俺は眉間にシワを寄せていた。
はんっ!
そんなはずないっつーの。
イケメンと一緒なんだぞ!?
今頃、二人でベットで仲良く寝てる……ちっ。
気のせいか胸がズキリと痛むが、俺はそれを振り切るように口を歪めて言う。
「じゃ、行くか! 女王の部屋に!」
慌てて俺の後をついてくるアリス。
「リョウスケ!? 無理だよ!? 途中で追い返されちゃうよ??? 私だって会えなかったんだよ???」
俺は振り返ると、サムズアップして見せる。
「大丈夫だ。この城は、既に俺に制圧されている」
“にゃん?“
「え!?」
二人の驚いた声。
「あ、物理的な意味ではなく、心理的……いや、思考的に?」
“言ってることが分からないにゃん?“
「どういう事???」
そのままの意味だが、まぁいい。
軽く説明しておく。
「この城は54の部屋と、10のホール、それに階段や廊下がそれぞれ8と10で構成されている。そして窓は大窓46、小窓124、開閉不可能なはめ込み窓や特殊窓は除いてだ」
アリスがポカンと俺を見る。
「で、衛兵は196名。女王の部屋まで行くにあたり45~60人の衛兵と遭遇する事となる。ただし、皆、魔力がレベル3かそれ以下。ニキビーなら全員撥ね飛ばせる。だが、俺達は、窓や壁を壊して……」
アリスが青い目をさらに瞬きさせて、手を上げる。
「ちょっと待って!? 意味分かんない!」
俺は大きく頷く。
そうだよな。分からないよな。
アリスだからな。
「簡単に言うと、邪魔な奴がいないルートを通って行こうって事だ。女王の部屋の壁が開いてるからそこもありだが、そこは流石に警戒されているだろうから、止めとこうか」
「な、何でそんなことするの?」
アリスが両手を組んで俺を見ている。
「え? アリスも会いたいんだろ?」
「そ、そうだけど、そんな事、無理よ」
いや、だから、もう全部俺の掌の上だ。
魔力感知能力もあるし……。
俺はこの城を全て見て記憶し、解析した。
言うなれば、勝手知ったる我が家でかくれんぼすると同じ事。
……と言ってもわからないか。
「あー、何故ならば、俺はレベンナインだから?」
アリスの唇が、ふわーと嬉しそうに広がる。
そして目が、キラキラと輝きを帯び、尊敬の眼差しのようになる。
こんな可愛い子にそういう顔されると、すっごく嬉しいんだが、今はこう言いたい。
ばかぁ! お前、騙されやすすぎる! もっと人を疑え!
……と。
……まぁいいや。
で、猫。お前の出番だ。
“にゃ?“
おい、道なき道を行くんだ。
今度こそ、役に立てよ!
“にゃん? ま、任せるにゃん!“
俺はアリスと共に猫に股がって、窓から窓へ、壁も壊して、兵士の兜で死角となる天井も利用して、女王の部屋まで行くつもりなんだが……。
……ん?
ここで、今更だが、疑問が……。
なぁ猫?
“にゃん?“
……お前、何で透明なの?
“にゃん!? 今更にゃん!?“




