第7話 でも誰も信じない。
「君とよき関係を築きたいと思っている。ウインウイン……というのかね、君の世界では?」
シャドウ・P・Dは風を纏い、ゆっくりと近づいてくる。
近づく男の仮面に、つい目がいく。
仮面の片側の目には、涙をイメージした宝石がはめ込まれ、その反対側には歪んだ笑顔が描かれている。
その不気味な仮面のせいで、上品な執事にも見える出で立ちが、逆に異様さを際立たせている。
「Mr.リョウスケ、驚いたろうが、ここは、君の思考世界だ」
……思考世界。
やはり、オンリーワンワールド(一人きりのボッチ世界)か。
俺は、シャドウと対峙しながら、周囲を見る。
景色はない。ただの闇。
いや、思考だけが存在する世界に闇も光もない。
おかしいのは、何故か俺がここにいて意識を持っているのか。
肉体がある。
腕時計がある。
風、いや、魔力風まで感じている。
そして最大の疑問、このシャドウP・Dと名乗る男。
何故、こんな男が入り込んでいるのか。
「ふむ、私もどう意見だ。1000年前に精神体になってから、人との会話はとうの昔にあきらめていたのだが、こうして君は目の前にいて会話している。驚きだよ! 私は君という意識と会話しつつ、君の思考と会話している!」
シャドウは興奮しているのか、見悶えるように両腕をマスクにそえる。
精神体?
コイツのせいで、オンリーワンワールド(一人きりのボッチ世界)が発動中、本来なら眠るべき俺の意識は覚醒したまま、こんな仮想世界を生んだのだろうか。
俺はここで気がつく。
人の思考に入り込み、大昔の元工場次長と名乗る男を、何故か冷静に受け止めている自分がいる。
……恐らくは、俺の思考だ。
思考が、この異物──シャドウの存在を認めてしまっているのか?
「ああ、精神体と言ったが、魔物ではないから安心してくれ。私自身の肉体が滅んだ際に、精神だけが切り離されてしまったのだよ。そんな現象、私は他の霊体にも、精神体にも会ったことがないから、珍しいのかもしれないんだが」
魔物ではないから、安心できるという事はあり得ない。
そもそもこっちの世界には、魔物がいるのか?
「魔物? 当たり前だろう。人間以外の生物は全て魔物だ。……ふうむ。まてよ。確かに、私は実際問題、人間か、魔物か、どちらに近いのだろうな。どう思う?」
人間ではない。
ま、間違いないだろ!
化け物じみた風を生み出す魔力、なによりここにいるという事実。
人の域を越えている!
シャドウは衝撃を受けたように、身体を震わす。
「なんだと? 私は人間ではないのか!? 人間を辞めちゃってるだと? 生物でも何でもないだと?」
どうも俺の思考にまでダメ出しされたらしい。
それにしても、俺の思考と同時に会話しているというのは、気分のいいものではない。
「もしかすると、君の知識にある妖精……という存在なのかもしれない。まぁ、今は魔法も使えないし、人の精神を読みとるぐらいしか出来ない存在だ。──いい加減、その怖いものを見ている顔を止めたまえ」
おいおい、精神を読み取るとか怖いこと言いながら、気楽に近寄って来るな!
俺は素早くシャドウと距離を取る。
「誰も私の存在には気が付かないのだ。思考を読み取る程度で干渉はできない。ホントにそれだけしか出来ない妖精のような無害で無力な存在なんだよ」
急に妖精アピールをはじめるシャドウ。
むしろ悪霊ではないのか。
シャドウは、俺の考えを断ち切るように指を一本びしりと向けると続けた。
「だからこそ、私は君との出会いに感謝している! 想像してくれMr.リョウスケ! 誰にも気がつかれない、一人で過ごす1000年もの孤独を!」
俺は嫌なんだが。
勝手に入ってこられて、勝手に興奮しているお前がうざいんだが。
シャドウが、何かを思い付いたように──小さく笑った。
ヤバイな、こいつ。
仮面をした変質者にしか見えない。
「ふふふ、大丈夫だよ、Mr.リョウスケ。私には君の記憶にはアクセス出来ない。思考とは、君の脳が生産する、考え、閃き、空想、エトセトラ。それに対して私が出来るのは、意思や疑問を、投げ掛ける事だけだ。すると君の思考は、それについて、回答だけはしてくれるわけだ」
は?
俺の思考、勝手に何をしている?
「当然、全ては教えてはくれない。君自身が話したくないことは、無意識にロックされてしまうようだが、どうだい、Mr.リョウスケ、これはギリギリ会話と言っても支障あるまい?」
それを聞いて、本当かよと思いつつも内心ほっとする。
恥ずかしい記憶や都合の悪い情報は、シャドウには見えていないのだ。
「おっと、安心しないでくれ」
黒光りするネクタイをきしりと絞め直しながら、俺をじとり上目遣いに見るシャドウ。
「重要なのはね、思考は一切の嘘をつけないと言うことだよ。そして、駆け引きもね。会話とは言ったが、あくまで思考なのだよ」
な、なんかこいつ、危険なやつ過ぎないか?
「Mr.リョウスケ。君は別世界からきたのだろう? つまり君も私と同じイレギュラーな存在だ。どうだい? 私ともっと仲良くすべきだと思わないか?」
ちっ。
俺が異世界から来たことも、思考から漏れているようだ。
それがバレている事が、堪らなく嫌に思える。
俺は他人にプライベートを話したり、知られたりする事が嫌いだ。
自尊心の高いボッチなのだ。
仲良くだと?
出来る筈がない。
「無理なのかい?」
当たり前だ。
オンリーワンワールド(一人きりのボッチ世界)に入って来れた霊体、までは認めよう。
だが、あり得るはずがないのだ。
俺の思考速度についてこれるという事は、シャドウは同じ思考速度で思考しているという事だ。
まだこの異世界の知能レベルや、精神体とやらの思考速度は知らないが、絶対に俺の脳が、こんな奴と同じ程度の思考であるはずがない。
なぜか、思考はこの男の存在を許しているようだが、俺は認められない!
この嘘つき男を!
「君も君の思考も、素晴らしい。お互いがお互いを尋常でない程にその能力を信じきっている」
肩をすくめるシャドウに、警戒を解く気はない。
ずっと思考は読まれたままで、油断するわけがない。
気分が悪い。
勝手が分からない。
後手に回るわけにはいかない。
「まったくもって、君は誤解しているようだ。君の思考に私が追い付く? あり得ない! この激流のような荘厳な思考の煌めきに? 私ごときが叶うはずがないのだよ? 君には見えないのかね?」
シャドウは踵を返すと、元いた椅子まで戻っていく。
ふいに俺は、足元が光りはじめたのに気がつく。
色も光沢もない地面から、音もなくポツポツと浮かび上がる光の粒子。
そしてそれは宙に浮かび上がり、加速する。
ほんの一瞬の変化に、俺はただ唖然とする。
次々に光が立ち登り、真っ暗だった世界は一変する。
瞬く間に光のドームが俺とシャドウを覆い尽くす。
俺は頭上に広がる光の濁流に言葉がでない。
何が起きたのか、何をされたのか、皆目検討がつかない。
……いや、この輝きは、まさか!!!
「おや、私に言われて、やっと見えるようになったのかい? 」
首を傾げるシャドウの仮面が、キラリと光を反射する。
「まあ、君自身の慣れ親しんだ思考だ。普段からそばにあると、見えないという事かな」
光の壁は、高速で渦巻いている。
シャドウの言った通りだ。
これは思考だ。
超・高速演算している『俺の思考』の輝きだ!!!
シャドウが手を上げると、その光が腕に巻き付いているのに気が付く。
「こうして、君の思考と私は会話しているのだが、実はまったくもって、対等の関係ではない。私は捕らわれいて、ある意味、支配されつつある」
捕らわれている?
支配?
「ああ。分かりやすく言えば、私はこの光の鎖に囚われている。これが外れないのだ」
腕を動かすシャドウに、しっかりと巻き付いている光。
「見ての通りだよ。君の中に入った瞬間だ。私はここから、脱出不可能。私の身体はどうも君の思考と同質のものらしい」
……。
「さて、理解出来たかな? 私は、君の精神、思考に引き付けられ、そしてその中に吸い込まれ、出られなくなってしまった間抜けな妖精というわけだ」
俺は男の腕の光を凝視する。
まさか、本当にその光で、俺の思考に拘束されているのか?
だから、俺の思考は安心している?
「もう一度言おう。私はこの光の鎖に囚われている。そしてこの光は、君の思考だ」
意味は分かっても、それでも理解できない。
俺の思考って、何なんだ?
こんな危険そうな異世界の悪霊を、俺の中に捕まえてしまうなんて、あり得るのか?
「私は大丈夫だ。君に出会えたのだから。君さえよければ、当分ここに住ませていただきたい。外よりも遥かに刺激的だ」
俺が嫌なんだよ!
気づけば、この思考の光の前に、さっきまでのシャドウの禍々しい気配は霧散していた。
俺の思考は、こいつを認めたのではない。
捉えて、解析し、その結果、危険視していないのだ。
俺の思考は肉食系なのか?
思考の渦を見上げ、恐ろしいとさえ思う。
「そう。この光は、私を解析しようとしているのだ。とんでもない知りたがりだな、君の思考は」
知りたがり。
まぁ、多分、凄くそうなんだろう。
だが、その何でも解析対象にするのやめてくれ。
こんな奴、とっとと追い出してくれ。
こんな危ない悪霊、止めとけっての!
ん?
もしかすると、オンリーワンワールド(一人きりのボッチ世界)が解除された時、俺は俺の思考が、シャドウを解析した結果を得ることができるかもしれない、のか?
それって、どういう結果になるのだ?
「改めて言おう。私は君と好い関係を築きたい」
嫌だ。
「くっく。即決的な返事だな。そう怖がらないでくれ。そうだ。こうして出会ったのも何かの縁。私と、取引をしないかね?」
取引?
椅子に腰かけたまま、前屈みに仮面のアゴに指をかけるシャドウ。
「取引内容は、魔法契約とすれば、安心だろう? どうかな?」
魔法契約……この世界の契約か?
「契約内容は、平等な取引だ。だが、締結したらその内容に反しないよう行動する必要がある」
嫌だ。
俺はまた即答する。
俺がお前と取引も、契約もするわけがない。
メリットも意味も全く感じられない。
シャドウは手を組み合わせ、目を光らせる。
「メリット──ふむ。利点、得になる事、かね?」
取引だよな?
当然、俺が喜ぶものを……。
「私から君へ提示するものは、──君をマジック・カンパニー幹部になるまで、出来る限りの補佐をする事、だと言ったら?」
は?
「Mr.リョウスケ。君に求めるものは、当然それに見合うものでなくてはならない」
俺をカンパニーの幹部に?
ちょっと待て。
何を言っている?
何かとんでもない事を言ってないか?
「よって、まずは、君が私の求めを叶えるだけの存在かテストさせていただくとしようか?」
勝手に話が進んでいく。
俺は不快になり、シャドウを睨む。
気がつけば、この流れは完全に後手。
俺はシャドウへ首を振って見せる。
悪いが、お断りだ。
お前が俺をテスト?
意味がわからない。
シャドウが光が、巻きついた腕を持ち上げる。
「君の思考は、是非、と言っているが?」
……俺は舌打ちする。
おい、俺の思考。
何故そんなに勝手に動いているんだ?
いや、今までも勝手に暴走していたが、無茶苦茶な事してるの分かってるのか?
超・解析対象を、もう少し考えてくれ!
俺は確認も出来ないが、即断の拒否もとれなくなる。
俺の思考は、こいつを解析対象として、気に入ってしまったのだろうか。
「なぁに、君が大好きなウインウインだ。私のテストも君ならば楽勝だろう」
ウインウインという片言な発音に、インチキ臭がして俺は顔をしかめる。
「君は、これから入社試験を受けるのだろう? その手際を拝見させてもらうだけだ。魔力がない者がどうやって鑑定石を騙すのか、これが出来たなら、取引についてお互いに前向きに話をしようではないか!」
試されるような言葉にいらっとくるが、俺は我にかえる。
そうだ、試験。
鑑定石を騙さなくてはならないのだ。
「そう。君は、カンパニーの威厳ある入社試験テストを、騙すつもりなんだろう! なんて愉快なのだ!」
俺はシャドウは無視して、現時点の状況に焦っていた。
こんな大事なタイミングで、オンリーワンワールド(一人きりのボッチ世界)が発動した事はまずいどころではない。
外の現実の時間は、今も動いているはず。
こんなところで、油を売っている暇はない。
「よし、お手並み拝見だ」
おい。
俺はお前のテストを受ける気も、取引もする気は無い!
勘違いするな!
「まぁ今のところは、私の勝手にさせてもらうとしよう。しかし正直、無理ゲーというヤツではないのかね。鑑定石を騙すのは不可能だと思うんだが……。ああ、そうだ、良ければ取引前だが私の知識を一部進呈しよう」
知識を進呈?
いらない。
お前の手助けはいらない。
「全く頑なだな。君は知識の重要性を、誰よりも理解しているはず。私の知識は役に立つと思んだが……。君の思考はそれを知りたがっているようだぞ?」
俺の思考は知りたがりなんだろうが、俺はお前と関わる気はない!
「まあ待て。私の知識は、元工場次長、よって工場長レベルの機密情報も含む重大な情報も入っている。君をカンパニー幹部にする補佐は充分なほどにね」
機密情報?
なるほど、その知識は、俺の思考がシャドウを解析出来たとしても、吸収できないわけだ。
だからお前はそんな風に笑っていられるというわけか。
「理解が早くて助かる。そうなのだよ。カンパニー機密情報は、死んだとはいえ、強力な漏洩防止の魔法契約でロックされているのだよ。そう簡単には、君の思考はその情報にはアクセス出来ない」
魔法契約でロックというと、秘密保持契約みたいなものだろうか。
だが、今は試験突破だ。
俺は自分のやるべき事をするだけだ。
「くっくっく。面白い。どう考えても鑑定石は騙せないと思うのだが、Mr.リョウスケ、君はとても楽しそうだ」
これは俺への挑戦。
取引は関係なく、この父に似たシャドウに、俺は負けるわけにはいかない。
「ふふふ、君は不思議だな。君の思考に見合うものを、君自身が備えているのか、見定めてもらうよ。そして、私との魔法契約を必ず……
俺はオンリーワンワールド(一人きりのボッチ世界)から、目を覚ました。
(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)
すみません、見やすい文書って難しいです。
練習しながらアップしていきますので、よろしくお願いします。




