第62話 それだけなの。
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「……………。…………」
──声。何か言ってる。
──何も聞きたくない。
──誰かのために動こうとしたら、それは全部勘違いだった。
──人の為? とんだ偽善者だ。
──他人に振り回されるなんて、愚か者のする事だ。
──もう、誰も信じない。俺は、無力で、うっかり屋さんで、すぐに騙されるバカだから。
──自分に、吐き気がする。
──この訳の分からない世界も。
──俺を振り回す奴等も。
──俺はホントに最弱で無力だから。
──二度と……。
「………、…………………。…………」
──懐かしい声。何か言っている。
──目の前に、誰かがいるようだ。
「…………」
──?
長い綺麗な金の髪が、さらさらと揺れている。
鈍く光る白銀の鎧。
見覚えがある。
真剣な眼差しが、俺を見ていた。
え?
まさか、ハル……カ?
そんな馬鹿な。
夢?
「……それだけなの」
声がはっきりと聞こえた。
女性の姿が消える。
足音が遠ざかる。
それだけ?
何が?
ふいに脳に、身体に、血が駆け巡り、そして激痛が走る。
俺は、全身を痙攣させる。
意識は覚醒する。
そして、記憶が甦る。
そうだ。アリスにやられた傷。
寝間着は破れ、血で汚れているが、覗いて見える肌は傷の跡すらない。
な、治ってる。
手で恐る恐る、やられた脇をまさぐってもそこにはいつも通りの肌の感触がある。
掠れる目を見開いて、周囲を見渡す。
俺は、大きなベッドに腰かけているようだ。
見覚えのない部屋。
金の装飾があしらわれた広い天井。
白と青で縁取られた腰壁。
高級感漂う家具類。
豪華な部屋に、俺は一人きり。
ここは???
次第に意識も視界も明確になり、立ち上がろうした俺は目眩で体勢を崩す。
次いで激しい鼓動。
その音に共鳴するように、割れるような頭痛に襲われる。
身体が治ってはいても、致命傷を受けた反動からは逃げられない。
全身が悲鳴を上げている。
俺の身体は華奢なのだ。
動けない。
この痛みは、まだ安静にしていた方が……。
いや、だが、このままは、駄目だ。
俺の染み付いた癖が、うずき出す。
情報収集 & 解析。
早く、情報収集しなければ。
解析して、現状を把握して最善の対応をしなくては!
あの後、何があった。
何が起きた。
何故、俺はここで横になっていた。
誰が、俺の傷を直した。
次々と怒濤のごとくに不安が押し寄せてくる。
もう嫌だ。
何もかも。
早く、こんな所から……。
ふと、すぐ側でうごめく魔力を感知する。
一瞬驚くが、それは見知った懐かしい魔力。
猫!
俺は、痛みを忘れてベッドの上を這うように、猫のいる方へ動く。
だが、そこに猫はいない。
だが、猫の魔力がある。
猫?
いるのか!?
“さっきからずっといるにゃん? “
久しぶりに頭に響く猫の声に、不思議と心が震える。
猫!
何処だ!
猫、いないじゃないか!
“ここにいるにゃん! 突然どうしたにゃん?“
まさか、お前、死んだのか!?
シャドウのように、精霊とか幽霊とか妖精とかになってしまったのか!?
“……透明になっただけにゃん。シャドー? それより、ずっと無視だったにゃん? 何か混乱してるにゃん?“
無視?
混乱?
“久しぶりに会ったのに……何も言ってくれなかったにゃん……“
あ、ああ。
さっきまで、無意識モード俺だったからか?
さっきの俺は、俺であって、俺でない。
”ムイシキムード? なんにゃん?”
ああ、もどかしい!
俺は、猫がいる魔力に向かって、ベッドからダイブする。
そこには見えないが、確かに猫がいた。
マンチカンから二回りは大きくなった引き締まった身体と体毛。
久しぶりの猫特有の魔力。
可愛くないけど、見えないけど、全然いい!
“にゃ!? 突然なんにゃん!? だから、ムイシキモードってなんにゃん???“
説明してもお前には分からない!
それより猫! ありがとう! 俺には、お前がいた!
“な、なんにゃん? 気持ち悪いにゃん?“
俺には何もないって思っていたが、とにかくお前がいたって事だ!
なんか、凄い魔力増えたな!
俺は、見えない猫を何度も何度もギュムギュムする。
猫が、泣きそうな声でテレパシーを呟く。
”吾輩に会えて嬉しいにゃん?”
ああ!
“……もう、吾輩を捨てないにゃん?“
当然だ!!!
俺は、ただただ猫を抱き締める。
“……でも、気持ち悪いにゃん“
よしよし。
で、これはなんだ?
俺は窓を指差す。
窓ガラスも割れていて、カーテンも破けているんだが?
異常だぞ?
そこは酷い有り様だ。
何かが壁際で、激しく爆発でもしたような残骸。
窓ガラス、壁の破片、布切れと化したカーテン、等々が床に散らばっている。
外が大きく丸見えだが、綺麗な湖面が、日を反射していて、俺は軽く驚く。
もう、夜が明けているのか?
“覚えてないにゃん? 突然、赤い触手が、外からリョウスケに襲いかかってきたにゃん。ライライランブで、追い払ったにゃん?“
赤い触手?
らいらいらいぶ?
なんだそれ?
“アリスから、リョウスケが傷ついて倒れたって聞いて、来てみたら、窓から突然ニュルニュル現れたにゃん! びっくりしたにゃん“
よく分からないが、この感じ、久しぶりだ。
猫の、イライラする要領の悪い説明!
スゲー懐かしくてうれしいぞ!
“し、失礼にゃん! 急に喋りだしたと思ったら、いつものリョウスケにゃん! いい加減に離すにゃん?“
俺はそれをスルーして、猫の温もりをナデナデと感じながら考えを巡らす。
アリスから俺が倒れたのを聞いた……って事は、アリスは大丈夫そうだな。
兵士に囲まれていたが、俺が死にかけた時、王さまみたいな奴が良くやった、と言ってたのが聞こえたが。
そもそも、俺が牢屋でなく、こんな立派な部屋に寝かしてもらえたという事は、なんの誤解か知らないが、それも溶けたんだろう。
頭痛は消えないが、少しずつ頭が動き出す。
それから、赤い触手……。
俺に襲いかかってきた?
正体も気になるが、やはり城壁を壊した無意識モード俺の時も、その赤い触手たったのだろうか?
シャドウが言うように、危険が迫ったから、迎撃の為に暴れた?
しかし、そうなると、俺が狙われている事が前提となる。
そんなの、あり得るのか?
意味がないだろう。
もしこれが二回目の襲撃という事なら目的は何なのだ?
偶然とは思えないな。
とにかく、情報が不足している。
空になった謎(A)に『襲いかかる赤い触手』、を登録し、一旦置いておく。
ここまでの思考速度タイム0.3秒。
まだまだ全快ではないが、見えないパズルピースが、ようやく浮かび上がってきた。
爬虫類ばかりの首都アイラーン。
マザー・ビクトリア・フターチ。
アリスはお姫様。
俺を狙う赤い触手。
SOMを起動してみるか。
猫よりも情報量は……。
その瞬間、俺は込み上げてくる嫌悪感に身体を硬直させる。
シャ、シャ、シャ、シャ、シャドウ・P・D!!!
あの嘘つきぃぃぃ野郎めぇぇぇ!!!
ピーチ・シードのガセ情報で、俺を操りやがって!!!
“丁度ハルカもいたから、ライライランブでなんとかなったにゃん!“
そのらいらいらいぶーは、後で聞く!
今は、この危険なピーチ・シードを!
この国は、もうイヤだ。
爬虫類ばかり。
牢屋に入れられ、謎の職種に襲われ……。
アリスに……。
いや、俺の勘違いだったのだろうが、とにかく──。
──もう、ここに来た目的も失った。
俺は側にある剣の鞘から……。
あ???
ない???
ピーチ・シードが、ないぞ!!!
ん?
猫!
さっき、ライライを説明中に、ハルカの名前を出していなかったか?
“言ったにゃん?“
ハルカ、が、どうしたって?
”ハルカとライライしたにゃん”
……意味が分からない。
俺の回転していた頭が軋み出す。
いや、待てよ?
ハルカ?
さっき、俺は、ハルカと話してなかったか???
あれは、夢か???
“話してたにゃん? リョウスケ、覚えてないにゃん?“
それだけなの……って……言ってた、かも。
”ムイシキムードにゃん?”
あれは、夢じゃなかったのか!?
じゃぁハルカが、この国に来ているのか!???
その時、俺の予想外の声が、頭に響いた。
“リョウスケ殿? 私を呼んだか?“
………え?
おかしいな。
今、ハルカの声が、聞こえたぞ?
“うむ。猫殿の以心伝心だ“
“ハルカとも以心伝心で繋がってるにゃん! ハルカと吾輩は仲良くなったにゃん?“
思考が固まる。
呼吸を、数秒間、忘れた。
“リョウスケ殿? そろそろ昼食会だ。簡単だがパーティーを開きたいそうだ。リョウスケ殿の人命救助、この国で大変感謝されているようだぞ?“
あう あう
“リョウスケ、変な顔にゃん! ミドガルモンキーみたいにゃん!“
“ミドガルモンキーか! うふふ。その様子では、仲直りできたようだな! そうだ、リョウスケ殿、ムイシキモードオレってなんなのだ?
リョウスケ殿の声が、早すぎて……“
あううう!???




