第59話 その少女、危険すぎ。
ここは謁見室だろうか?
時が止まった世界は動きにくいと言ったら、ソフィアに首を捕まれて、一気に街を飛び越えて、ここまで連れてこられたのだ。
ここは、中央の湖に浮かぶ大きな城の中。
俺は入ってきた大きな窓を振り返る。
そこから、見下ろせる城下町。
この景色って、凄いんじゃないだろうか。
城壁で囲まれた巨大な街並み。
湖から無数の水路が張り巡らされていて、橋が至るところにかけられている。
大都市、と言っても過言ではない街が、湖を中心に、素晴らしい絶景となって広がってる。
……と言いたいが、時が止まった灰色の世界は、砂にかいた絵を見てるみたいなべたっとした印象しか受けない。
……残念だ。
『そんなに綺麗な景色じゃの?』
ソフィアが横で、可愛らしく首を傾げる。
そうか。
ソフィアは、何をどうしても、この動きのない凍った灰色の景色しか見ることが出来ないのか。
……。
『それより、もう魔力切れじゃ。そろそろワレは寝る』
ああ……。
もう、アリスを助ける準備は終わってる。
ありがとな、ソフィア。
『ワレは何もしておらん。よく分からんが、お主、色々と仕込んでおったの。ふぁ……』
ここに到着した時は、アリスが何人もの兵士に囲まれていて驚いたが、なんとか手持ちのペーパーで最善手は打った。
今のところ、アリスがピンチらしいという事しか分からないが、後は解析しながら、なんとかなるだろう。
間に合って良かった。
ソフィアの能力に、今度こそ感謝すべきだ。
すっぽんぽ……じゃなくてポンコツ女神と思ってしまって反省しておくか。
見た目で安易に判断してしまったかもしれない。
しかし、アリスのあの顔はなんだ?
銀の杖を両手で抱き締めて、目をぎゅっとさせて、唇を物凄い突き出してる。
ちょっと笑える顔だったんだけど。ぷっ。
『お主の名前を叫んでおった。信頼されておるのじゃな。……ふぁ、それではまたのぉ……』
窓から見えていた風景に、徐々に色彩が甦り、音が遠くから近寄ってくる気配。
ソフィアは消えた。
──時が、動き出す。
ゆっくりと世界が解凍されていく。
窓枠に手をかけ、俺は眼下に広がる風景が、息づき、動き出す様を眺める。
蟻のようにしか見えない人々が動きだし、湖に反射する松明やマジックライトの光が幻想的に浮かび上がる。
……やはり、これは絶景である。
……反対に音のない固まった世界の異常性を、痛感してしまう。
音が完全に甦り、俺も安堵の息を吐く。
潮の香りがして、目を細める。
高い外壁のせいで海は見えないが、すぐそばに海がある。
「ケー!!!」
突然のアリスの大声にビックリして、部屋の中に視線を戻す。
ケ?
ケって何が???
ん?
リョウスケのケ?
もしかして、アリスはリョウス……まで、叫んでる途中だったのか?
その途端に、ガシャンッ!!!
アリスの周囲にいた兵士達が、次々に倒れる。
アリスを捉えるか、殺そうとでもしていたのだろうが、そうはいかない。
全員の足の裏には、闇魔法陣影縫いのペーパーを仕込ませてもらった。
急に片足が固定されて、慌てふためきもんどり倒れる兵士達。
付け加えるならば、既にこの謁見室にいる連中の得物は、全て取り上げて、俺の足元にある。
俺はその様子を、窓の前でのんびり眺めながら、情報収集を開始する。
部屋にいる青い鎧の兵士はぴったり二十人。
何が起きているのか分からずに、床で暴れている。
二十人もの鎧をつけた兵士が床でもがいているのは、かなり喧騒だ。
自らの魔力で発動し、拘束され続ける地味にえげつない直列共振魔法陣影縫い。
兵士達全員の足元には、黒い影縫いが怪しく発光している。
カンパニーの森で亀を捕まえた時も使用したが、結構使える。
二度目の使用だが、罠としては効果は上々といえよう。
……しかし。
アリスは大丈夫みたいなこと言ってたが、全然駄目じゃないか?
何が起きてこうなってるわけだ?
部屋はただっぴろく、高い天井には豪華な飾りや彫刻、壁には水色のタペストリー、水晶のような魔石ライト。床はふかふかの絨毯。
色が戻った本来の部屋の様子を眺めながら、その豪華さに目を見張る。
やはり、ここは謁見の間……だな。
とすると、あれは王様か?
俺のいる場所の反対側に、豪華なステージがあり、そこには銀の椅子。
そして、王冠こそないがマントを羽織った男が一人。
「なんだ? お前たち、何をしているっけ?」
王らしきマント男が、急に倒れた兵士達を不思議そうに見ながら立ち上がり、しゃがれた甲高い声を上げる。
け?
言葉が変じゃないか、あの王様?
王らしきマント男は、何が起きているのか理解できず、ただおろおろとしている。
ざっと見た感じ、危険は排除したと判断。
俺の情報収集も終了。
全員が大した魔力ではない。
王様みたいのがレベル4くらいか。
そして、全員がニキビーと同じ、爬虫類系。
顔色が悪すぎる。
緑、青、灰色といったトカゲみたいな連中ばかり。
嫌だ。
俺、苦手だ。
さっきの城壁でも、牢屋でも、肌色のスベスベお肌の人は、いなかった。
やはり、ここは、爬虫類の国か……はぁ。
そうすると大きな疑問が浮かぶ。
ここ、本当にアリスの故郷なのか?
この世界はDNAは完全無視か?
部屋の装飾や兵士の鎧は、水の国らしい感じのカラーリング。
それだけがアリスの髪の色と、共通点だが……。
スッキリしない……。
情報が少ないから、なのか……。
とりあえず、早めに済まそ……。
この場の連中が、状況を理解して対応する前に、先手必勝で動く。
俺は窓際から離れて、もがいている兵士達をすり抜け、中央のアリスを目指す。
立ち尽くしているアリスの背中。
とくに問題なく、俺はその肩を軽く叩く。
「アリス、助けに来たよ……」
振り返ったアリスを最大限安心させる為に、ビンチに現れたヒーローのような、似合わない微笑みを顔に浮かべてみる。
なんか、こういうの柄じゃないんだが。
「きゃぁぁぁ!!!」
え?
青い髪がふわりと舞う。
振り返りながら放たれた、アリスの持つ銀の杖が、俺の胴にめり込んだ。
嫌な音が身体に響く。
な、なに???
悲鳴を上げるゆとりはなく、肺を片方潰された俺は、声も出せずにその場に血を吐いて倒れる。
「きゃぁぁ……ぁ? ……え? えええ!? リョウス、ケなの!?」
アリスの声が、遠くで聞こえる。
溺れてる奴に、迂闊に近寄っちゃダメって……最悪なパターンだ……これは……。
や、ヤバい……。
死ぬ……。
俺は、痙攣する肉体を制御し、なんとか胸元からペーパーを取りだす。
ピンチ用に常に携帯している治療術が描かれたベーパーだ。
魔方陣を描く手間はない。
とにかく、それを胸にはり、発動させる。
緑色の発光と共に、傷が癒えていく。
はぁ、はぁ、はぉ、はぁおぉぉぉ。
少しずつ、息を吹き返す。
はぉ、はぉ、はぁ……。
もう、だ、大丈夫……か。
口の中に溢れる鉄の味を吐き出しながら、俺は恐怖する。
あと数秒、治癒術ペーパーを張るのが遅ければ、俺は死んでいたのかもしれないのだ。
いや、あと10センチ上に、食らっていたら。
治癒術ペーパーを準備していなかったら。
──俺は死んでいたのか……。
だ、だが、いいさ。
なんとか、死なずにすんだ。
それでいい。
傷を癒しながら、俺は身体を起こそうとしていたが……。
「リョウスケー!!!」
ふいにアリスが俺に飛び掛かってくる。
両手を広げて、宙を舞うアリスに、俺は今度こそ恐怖に目を見開く。
ぶぁかぁ! や、やめー!!!
アリスに接触した瞬間、全身に激しい衝撃!
そして、力強い腕が、俺の治りかけの傷ごと背骨を折らんとばかりに締め付けはじめる。
ひぃぃぃぃぃ!!!
激痛の中、声も出せず、逃げることも出来ずに、目や口からよだれを流しながら俺は、死を覚悟する。
そんな中、王様の声が謁見の間に響き渡るのを俺は聞く。
「アリス! 見事っけ! 不審な輩をよくぞ捕まえたっけ!」
けって……何……。
もう、ど、どうでもいい……から、は、離してくれ……。
意識が遠退く。
し、死んでしま……う……。
暗転。
(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)(-_-)




