第44話 特別任務。ハルカ出発!
私は五人の特別チームを編成し、訓練所を訪れていた。
『緊急特別任務』
任務1. 盗まれたピーチシードを無事に確保し、帰還する事。
任務2. 盗んだ犯人を捕獲し、帰還する事。生死は問わない。
任務3. それを追って出国した特別訓練生を無事に帰還させる事。
特別訓練生は、三名。
パソル団長から指示を受けた私は、暗くなる前に特別チームを編成し、旅支度を整え、馬を駆けてこの訓練所にやって来た。
事態は一刻を争うが、魔石教徒と、彼等の足取りを追うための情報が必要だったのだ。
明日朝には、カンパニーを出国せよとの指示。
もうすぐ日が落ちる。
時間はない。
ピーチ・シードがなんなのかは、機密の為に知らされていない。
魔石教徒の情報も皆無。
だが、ピーチ・シードも魔石教徒も、彼の向かった先にあるはずだ。
とにかく私は、彼を追う。
そして、無事に彼を連れて帰還する。
それだけだ。
──だが、私はこの任務において思い知る。
──リョウスケ・パインフィールドの異常性を。
──そして、私の想いを……。
(任務一日目)
久しぶりの訓練施設。
懐かしい。
森の中に作られた砦。
中には戦闘訓練のための広場、居住区としての粗末な施設。
記憶通りだ。
二年前、カンパニーに入社した私も、ここで鍛えられた。
その後、第6騎士団に配属、副団長を任命された。
ここに来る事は、当分ないと思っていたのに。
けれども、そんな感傷に浸っているゆとりはない。
今の私は、特別任務を受け、彼を追うために、ここにいるのだから。
我々五人は手分けして関係者から話を聞いて回る事とした。
私は、訓練所の最奥にある数人の兵士が警備する特別施設を訪れていた。
ここは、開発部開発室と呼ばれる訓練施設と呼ばれる建屋。
相変わらず、よく崩れていないと思ってしまう程、森の神木に支えられたように建っている。
兵士達に目礼し、中に足を踏み入れれば、つんとする独特の薬品の匂い。
廃屋みたいな、実験室みたいな、不思議な室内。
ドリトール・ハーマン様は、ニコニコと終始笑顔で対応してくれた。
「まあ、わしの知っているのは、そのくらいじゃな」
白い髭を触りながら、嬉しそうな瞳のハーマン様。
「貴重なお話、ありがとうございました」
「ホッホッ! ハングリー部長は今も森を探索していると聞く。ならばわしも協力は惜しまんよ!」
その温和で気さくな雰囲気に、騙されてはいけない。
開発部門の顧問であり、幹部である開発室長であり、カンパニー第9エリアにおいて未だに力を持つ権力者の一人。
よく私なんかにこうして会ってくれたものだと思う。
他の幹部ならば、面会なんてあり得ない。
ハーマン様の話を聞き終わった私は、ただ、ため息しか出てこない。
パソル団長から聞いていた話通りだ。
細部が違えど、噂通り彼は、普通の訓練生がすべき訓練を軽くこなし、バリア3の魔物を制圧し、そして魔石教徒を発見し、戦闘を繰り広げたらしい。
仲間を救うために単身バリアポイントに向かった事や、無限魔法、原料調達統括部長と戦闘寸前になった事も、思わず耳を疑ってしまうがハーマン様からの情報であれば間違いなく事実。
ただ……。
話を聞いている間、私は終始違和感を覚えていた。
あまりに派手すぎる。
私の中の、彼とは違いすぎる……。
自然と私は無意味な質問をしていた。
「ハーマン様から見て、その……、彼はどのような男でしたか?」
不思議な顔をするハーマン様に、慌てて私は補足する。
「い、いえ、何というか、私も彼と数日を共にした事が在るのです。普通の性格じゃない、というか、その変わった方だったので」
「ホッホッ! 膨大な魔力を持つ者は大抵どこか狂っておる! ふむ、そうじやな」
私は、どうしても納得できない。
リョウスケ・パインフィールド。
漆黒のレベルナイン。
彼の話を聞けば聞くほど、私の中で違和感が膨らむ。
「彼は英雄の器じゃな」
ハッとして顔をあげると、ハーマン様は何かを思い出すように目を細めていた。
「変な男じゃった。強さという物差しではない。見方、考え方、行動、諸々が危うい程に尖っておる。子供同然の若者じゃのに、わしは驚かされっぱなしじゃったのじゃよ。……ところで」
英雄!?
ハーマン様がそこまで彼を誉める!?
「……おーい、聞いておるか? ところで、わしがせっかく入れた飲み物を飲んでくれんのか?」
「え?」
私の目の前には、散乱した実験テーブル。
そこに埋もれるように、茶色い液体の入ったガラス製のビーカー。
これ、私のために入れた飲み物?
実験中の薬品にしか見えないんですけど!?
「飲まぬのか?」
よく分からないけれど、急に白髪眉の向こうの目が光っているので、嫌々ながら、とりあえずそれを手に取る。
幹部に逆らえるわけはないのだ。
じっと観察すると、深く濁りきった泥水に見えるんですけど……。
匂いを嗅ぐと、僅かだが焦げた匂いまでする。
なんだこれは?
そもそも、ビーカーに飲み物を入れる感覚がおかしい。
口をつける前に、ハーマン様の嬉々とした顔が怪しくて思わず尋ねる。
「これは?」
「ふむ。リョウスケ殿がずっと愛飲していた飲み物なんじゃが……」
そ、そうなんだ。
それを聞いて私は、躊躇なくそれに口をつける。
ぐ! 苦っ!
「こ、これを彼は愛飲していたのですか?」
「ホッホッ! やっぱり美味しくないじゃろ! わしの味覚がおかしいのか確認したくてな!」
まるでいたずらっ子の様に笑うハーマン様。
私は、もう一度それを口に含み、一気に飲み干す。
「ほう! 飲みきったのう!」
マズイ。
だが、飲めない程ではない。
苦味が口と喉の先まで、残っている。
リョウスケ殿は、こういうのが好きなのか?
「こーしー、という飲み物に似せて作ったらしい。彼の故郷の飲み物のな。眠くなったら、眠気覚ましだと言っておったな。気に入ったのなら、製法をおしえてもよいのじゃが? これが妙な手順でのう! 食堂から薬味用の実を幾つか焼いたりして…」
私は長くなりかける話の途中で、手を振ってお断りする。
眠気覚ましだと言われれば、理解出来なくはない。
この場所で数日間、彼は寝ないで魔石教徒を捕縛する為の策を練り、ハーマン様とペーパー開発していたという。
その時の飲み物、か。
彼もこうしてビーカーで飲んでいたのだろうか?
私は、空になった手の中のビーカーに、じっと目を落とす。
ふと思い付いたようにハーマン様が言った。
「話は変わるが、鬼鯰が、何故、大した魔力もないのに難敵と呼ばれとるか知っとるか?」
「鬼鯰?」
鬼鯰という魔物は知っているが戦った事はない。
私が首を捻ると、ハーマン様は話を続ける。
「皮膚がヌルヌルなんじゃ。剣も魔法も受け流す滑りを帯びた身体が厄介なんじゃよ。おまけに狭い場所に潜り込むから、逃げ足も早い。姿を見失ったかと思ったら、背後から角の毒で突然刺されてしまう事もある」
「はあ……」
「わしが突然こんな話をするのはじゃな、鬼鯰のようにやれと、お前さんへの助言じゃ」
「私に鬼鯰のようになれ?」
意味が分からない。
眉をしかめる私に、ハーマン様は微笑む。
「騎士団の連中は皆、頭が硬いんじゃ。わしは騎士団の連中を見ていていつも思う。お前さんも、きっとな。特殊任務の内容は聞かんでも分かる。魔石教徒を捕まえろ、ピーチシードを取り返せ、これらに関連した事じゃろ?」
当たりだ。
機密性故に、私は返事をせずに黙る。
「ホッホッ! お前さんはそれらを達成できるとでも?」
「な、何が言いたいのですか? わ、私は……任務を全うするのみです」
ハーマン様は、目を瞑ってやれやれと頭を軽く揺する。
「リョウスケ殿が追う相手は、かなりの強者じゃよ。カンパニーの森を自由に歩き、痕跡も残さず、原料調達部を赤子のようにあしらい逃走。騎士団一個小隊で当たっても勝てるかどうか……」
私は、思わず目を見開く。
けれど、確かにそうだ。
ハングリー・マン部長ですら取り逃がしたと聞く猛者。
そんな格上相手に、私が敵う筈はない。
「ましてや、国外。魔石教徒のいずれかの支部へ向かっているのは間違いないのじゃ。敵の巣で、数名程度のチームが、何を出来る?」
分かっている。
この任務の危険性は。
だが、私の心に迷いはない。
「ふむ。良い目じゃ。わしが言いたいのは、死に急ぐなと言うことじゃ。お主に与えられた任務は重いが、この任務の先には魔石教徒との戦争もあり得るかも、じゃ。であれば任務より、情報をカンパニーへ持ち帰ることが最優先となるじゃろう?」
「は、はあ」
「状況に応じて、鬼鯰のようになれ、という事じゃ。時には受け流せ、隠れろ、逃げろ、じゃ。お前さんは弓矢ではない。放たれて戻らぬ事のないよう、臨機応変に任務に当たるのじゃ。しつこいが、逃げる事も、一つの手なのじゃぞ?」
逃げる……。
一瞬躊躇するが、私は直ぐに頭を下げる。
「ハッ!」
鬼鯰のようになれ、か。
私は、今回任務のリーダーだ。
ハーマン様のおっしゃる通り、状況に応じて動かなくてはならないのは事実。
「やっぱり硬そうじゃのう! ホッホッ! 若いのじゃから死に急ぐでないぞ! まぁ、工場長代理としては、リョウスケ殿を無事に帰還させる事が出来れば本望、そうわしは思うんじゃよ」
「そ、そうなのですか?」
「彼はこの第9エリアにおいて、かけがえのない男じゃ。ピーチシードも大事じゃが、わしとしても彼をなんとしても無事に帰還させてほしい。……彼の訓練後の配属先、役職は聞いておるか?」
「ど、どういう事ですか?」
意味ありげな言葉に、私は戸惑う。
ハーマン様が、工場長代理と仲が良いのは知っている。
いわゆる相談役だ。
彼は、一体どの部署のどの役職に就任する予定なのだ?
ハーマン様は何を知っているのだ?
「おっと! これ以上は内緒じゃ! とにかく、彼をまたここに連れてきておくれ! 彼との時間は刺激的なんじゃ!」
「……分かりました! それでは任務に戻ります! これにて。ありがとうございました!」
私は深く頭を下げ、訓練施設から退出する。
……英雄?
あのハーマン様をして、そこまで言わせる?
それに、彼の配属先についても、ハーマン様は、何やら知っているようだ。
職を退いたとはいえ、1000歳を越える第9エリアの大魔術師ハーマン様の名は、生ける伝説。
そのお考えは、私ごときが理解できるはずがない。
そのハーマン様が、こうも手放しで彼を褒め称えるなんて。
私の中の彼が、遠い過去になって行くような、そんな痛みを帯びた寂しさが胸をよぎる。
心が震えている。
私は何故こんな気持ちになっているのだ?
……上手く自分の考えがまとまらない。
颯爽と私を救い、二十五人もの魔石教徒を無力化し、サンドワームを跡形もなく吹き飛ばしたのは、間違いなく彼。
レベルナインと聞いた時は驚いたし、秘密にされたことに傷つきもしたが、それでも納得はした。
今回も、勝手に彼は、魔石教徒を捕まえて、ピーチシードを取り返して、カンパニーに戻ってくる、はずだ。
だが、私の心は騒いでいる。
震えている。
彼は、本当に、そんなに強いのか?
彼は、本当に、無事に帰還出来るのか?
私は、情けないが心底、彼を心配している。
私より遥かに強者である彼が、戻ってこられないのではと、心配で堪らない。
「副団長! こちらも話を聞き終えました!」
訓練施設から出て、立ち尽くしていた私の元に部下達が集まる。
「う、うむ。そうか」
私は兜の中の顔を引き締める。
部下達の前で、私情を挟んでいる暇はない。
「私はハーマン様から話を聞いてきたところだ。一旦落ち着いて全員から報告を聞き、作戦をたてるぞ」
私の後ろに続く部下達。
──とにかく、私は、彼を追う。
──そして、無事に彼を連れて帰還するのだ!
第3部スタートです!
今後ともよろしくお願いいたします!




