第41話 沈黙世界。~2日前③
ここが、眠りの森の中心部だ!
俺の声は、音にはならず消え失せる。
だが、それは、待ち焦がれた合図。
聞こえなくても、 マンイーターと兵士達の眼が次々に見開かれる。
まるで救われたような表情だが、まだ、魔石教徒を捕まえるという目的があるだろうに。
気持ちは分かるがな。
俺は懐から、例のライフル弾を取り出す。
魔弾。
これは、俺の新たな武器となる開発品である。
お爺ちゃんがいない深夜に、こそこそ作り続けて百発以上。
作り方は、まず三枚のペーパーを用意。
これにそれぞれ魔方陣を描き、ペーパー原料液に漬け込む。
そして、抄紙機の金型に3枚重ねてセットして、ガシャン!
完全に一体化させ、筒状にきつく巻く。
仕上げは先端部を尖らして、空気抵抗を抑えたライフル弾の形状に加工する。
三枚の内二枚の魔方陣の効果で、魔弾は高速で飛び、俺の目標とした先に自動追尾するようになっている。
そして最後の一枚の魔方陣は、目的に合わせて使えるよう各種揃えた。
ペーパーに色を染めて、何の魔弾か判別可能となっている。
性能も見た目も、まさに秘密兵器!
俺が手にしているのは、魔弾・フレア。
赤く染められたボディがその目印。
これは、攻撃用というより、今回作戦用の弱めの火術魔方陣フレアレベル1が仕込まれている。
俺はそれを無音の世界の中で飛ばす。
宙を切り裂くように、それは前方へ向かっていく。
久しぶりだな、猫。
だが、すまん。
お前が、魔法の発動元だとバレれば面倒なんでな。
魔弾・フレアは、高速飛翔と自動追尾の術式により、当たり前のように、繁みの向こう側にいる猫の尻尾に命中する。
見えなくても分かる。
猫がどんな姿勢で眠っているのか……。
お前はいつも、尻尾を立てて寝る癖があるんだよ!
発動!
命中した衝撃で、フレアによる薪を点火するだけの生活レベルの炎が発生。
“にゃん!?”
無限魔法、眠りの森を発動している直列共振ペーパーが、猫の尻尾と共に燃える。
ちょっと優しくない起こし方だったな、すまん!
ペーパーも魔弾・フレアも、燃え尽きてもらわないと困るんでな(証拠隠滅)!
俺はアリスに、合図を送る。
アリスが、不思議そうな顔をし、やがて理解したのか慌ててソフィアの杖の発動を止める。
魔力の供給が止まり、杖の輝きは失われ、ゆっくりと魔法効果が消えていく。
ゆるゆると、音が、取り戻されていく。
自らの心臓の鼓動、息づかい、踏みしめる土の感触、周囲のざわめき。
無音の世界が、終わりを告げる。
アリスがその場に崩れそうになるのを、俺はとっさに受け止めてやる。
「お疲れ様。よく頑張ったな、アリス」
アリスは、俺の声を聞くと、嬉しそうに微笑んだ。
限界まで耐えた後だというのに、吸い込まれそうな綺麗な笑顔。
……と、思ったら、俺は身体に縛り付けたロープで後方に引っ張られてよろける。
なんだよ、原料調達部! だらしない!
見れば、マンイーターも兵士達も、全員が縄にしがみつき、腰を抜かすように倒れている。
立っているのは俺とアリスだけ。
「大丈夫か? 魔法は解除した。早く警戒体制をとれ! 魔石教徒が現れたらどうする!」
俺は、苦笑いして叫ぶ。
その時だった。
原料調達部の横っ面を叩くように、爆発が起きたのは。
ドカン!!!
地面が揺れる。
くっ!
鼓膜が、嫌な音をたてて震えた。
長い事、音を聴いていなかった耳は、過剰に音を求めていたらしい。
そこに、この爆音はきつい!
だが、マンイーターは戦い慣れしていた。
魔石教徒だ!
立て!
西だ!
警戒せよ!
マンイーターの声が遠くで聞こえる。
爆発音で、耳がおかしくなっている。
続いて更に爆発!
起きろ!
反撃せよ!
マンイーターが、ロープを引きちぎり前に出る。
だが、兵士達はとても戦える状態ではない。
ここまでの行程で、精神的な疲労が蓄積していた。
そこにこの奇襲。
爆音による耳へのダメージ。
さらに、俺が与えたロープのせいで兵士がもたつく。
その隙をつくように、また爆発!
マンイーターが吠えるのが見えた。
何人かが魔法を詠唱するが、そこにまた爆発!
兵士達の悲鳴。
マンイーターの怒鳴り声。
……俺は、その様子を、冷静に傍観する。
俺が途中で置いてきた魔弾・フレアレベル4は、全部で5発。
だから、あと……残り1発。
そう、これは俺の魔弾による、襲撃と見せかけた演出だ!
……魔石教徒が攻撃をしている。
そうとしか見えないだろう。
そして真犯人(俺)は、反対方向にいて、しかもロープで縛られてるというアリバイ付き!
ふっふっふ!
作戦は成功だ。
弾数を五発に抑え、フレアをレベル4にしたのは、森と兵士を傷つけない為だったが、この結果は予想以上。
この混乱、そしてロープのせいで追跡も遅れる。
魔石教徒は、完全にマンイーターのせいで取り逃がす事となる!
俺は最後の一発を飛翔させる。
ラストは、あのマンイーターの口にぶつけてやるか。
この威力では歯が数本抜けるくらいだろうが、ワニの歯は直ぐに生え変わる。
その程度は無問題!
辺りは俺の放った魔弾・フレアにより、もうもうと黒煙に包まれ始めていた。
火が広がる前に、消火もしなくては……。
そう思った時だった。
アリスの悲鳴が上がったのは。
「いやぁぁぁー!!!!!!」
気が付けばアリスは、俺から手を離し、両手で銀の杖を握りしめていた。
杖から、闇魔術特有の紫色の光がほとばしる!
アリス!
な、なにをして!?
アリスに、この展開は当然説明していない。
本当に魔石教徒による襲撃と、思っただろう。
だから、アリスは、悪くない。
そして想定の範囲内。
ただし、俺は、アリスが使うのは水術魔法ぐらいだと想定していたのだ。
まさか、ここで、ソフィアの杖に仕込まれた切り札を使うとは!
それ、意味ないだろうが!
だが、俺の背中に悪寒が走る。
得体の知れない何かが起こる予感。
レベルファイブ能力者による、レベル5ペーパー直列共振魔方陣。
沈黙世界。
発動。
杖から、光が天を貫く。
魔力の波動がほとばしる。
近距離でそれを受けて、意識が持っていかれそうになる。
サイレント……じゃない!?
こ、これは、魔力の暴走!!!?
狂ったように暴れまわる魔力が、今度は杖にゆっくりと収束していく。
な、何なんだ!
何が起きている!
アリス!!!
俺は、杖を掴んだまま固まっているアリスへと手を伸ばす。
そ、その杖を、離せぇー!!!
俺の声は宙で消滅する。
その瞬間、俺の全身が、何かのズレを感じた。
光が、音が、全てが、止まる。
世界が、凍りつく。
俺は、死んだのか?
それは刹那の錯覚。
なっ!?
アリスも、兵士達も、倒れたニキビーも、森も、そこにある。
だが、色がない、音がない、熱がない、気配がない、脈動がない、存在感がない。
それに、魔力が、なかった。
この世界の全てである、魔力が、何も感じられない。
灰色の世界。
ただ、俺だけが、そこにいた。
……。
いや、アリスの持つ杖の先端に、肌色の素足があった。
杖の上に、爪先ひとつで立っているのは、一人の女性。
絹のように白い肌、腰まで伸びた白い髪。
俺は、恐怖すら感じられない頭で、その女性を見る。
全裸。
完全な裸体。
芸術品のような陶磁器のような胸。
灰色の世界で、浮き上がるように艶かしく、色鮮やかにその女性は、存在していた。
『お主、何者じゃ?』
え?
『お主、何故、ワレの世界で動いている?』
これは、声?
何もない世界に響く鐘のような声。
『胸を見るな。ワレを見よ』
俺は、言われて視線を上に動かす。
細い首先に、小さな整った顔がある。
切れ長の目は、透き通った紫色。
び、美人というより、これは魔性の美しさだ。
『魔性とな? お主、無礼じゃの?』
こ、これは猫と同じテレパシー、か。
『てれ?』
小さな顎を傾げる仕草に、思わずドキリとする。
明らかな異形なのに、俺は、何をドキッとしてんだ?
この状況、この女性、おかしいだろ!
俺は、思考を加速させる。
即座に解析しなければ、後手に回る!
だが、女性の声が世界に響く。
『ここはワレの世界。ワレの世界では、全てが、動きを止める……のじゃよ?』
また、首を傾げる仕草に、俺はドキリ!
くっ!
可愛いっ!
今は、それどころではないというのに!
『ほぅ、ワレは可愛いか? お主、ヘンナヤツじゃな? で、何故、ワレの世界でお主は動きを止めておらぬのじゃ?』
なに?
俺は、慌てて全裸女性から目を離すと、周囲を情報収集する。
……あ? 皆、どうした?
誰も彼も、アリスもマンイーターも皆が止まっていた。
止まっているというのは、比喩でもなんでもなく、止まっていた。
立体感も、生命感もなく、まるでのっぺりした景色の切り絵のように。
更に俺は驚きの現象に気づく。
黒煙が、宙に浮かび止まっている!?
『ワレの世界は、全ての者の時を止める。何故、お主は、動いておる?』
時を止める?
本当か?
そもそも、この女、何者だ?
『ワレの名か? 神に向かい自分から名乗らぬとはいい度胸じゃ。まあ、よい。ワレの名は……』
神?
だが、次の瞬間、俺は女性の仕草に釘漬けとなる。
なんと、腕組みをしたのだ!
これにより、女性の胸が、下からぐっと持ち上がって、そのトップがツンと……ゴ、ゴ、ゴホンゴホン!!!
『……お主、サイテーじゃな。……まあ、よい。そうじゃな、ワレの名は、ソフィアじゃ。女神ソフィア』
ソ、ソフィア?!
それ、杖の名前だから!
女神って、何の例え!?
『クックッ。お主、面白いの! ワレの言葉や動き1つで、面白い反応をするの! じゃのに、ワレの質問には一切答えぬか! クックッ!』
今、何が起きているのか不明瞭過ぎる。
だが、この女神を名乗る女性は、時を止めている……のは、事実のようだ。
何故、沈黙世界を発動させたのに、こんな事に?
『ほぅか、何が起きているのか知らんのでは、ワレの質問に答えられるわけがないか』
女性は腕組みをほどき、今度は腰に手を当てる。
その途端に、プルンッと、輝く白い大きな……ゴホゴホ、ゴホンゴホン!
『クックッ! 面白い! お主は面白い! そうか、この術式で、ワレを呼んだのはお主か!』
呼んだ?
そんな覚えは……。
『クックッ! お主は魔術をよく知らんようだ。見たところ、まだ生まれたばかりの子供。火遊びは気を付けるんじゃな』
……火遊び。
確かに、何も考えず、威力×時間×範囲をマックスで、サイレントをベースに直列共振させたらどうなるかという無茶なオリジナル魔方陣だが。
『サイレントのぅ。サイレントは、音を止める。音とは何じゃ?』
音?
波動だろ?
空気が震えて鼓膜を……あ!
『クウキ?』
女性は、また首を傾げる。
その仕草に耐えながら、俺は思考を今度こそ加速させる。
この世界には、空気という概念はない。
この空間にあるのは、魔力だと言われている。
呼吸すらも、魔力を吸っていると思っているのだ。
とにかくこの世界の全てには魔力が含まれている。
音を止めるというのは、魔力の振動を、活動を止める、という事になるのか?
『理解が早いのぅ。魔力を完全に停止させた世界、それがワレの世界じゃ』
俺は、改めて周囲を見る。
そうか、だから、全てが、動きを止める。
魔力が固定されれば、この世界は時が止まったも同義!
そして、魔力がない俺だけが、この世界で動くことが出来る……のか。
言われてみれば、服や靴が空間で固定されているようで、動きにくい。
あくまでも動けるのは、俺の肉体のみ、なのか。
『さて、ワレがここに発現した理由が分かったじゃろう?』
え?
わ、分からないが?
『この世界は、ワレだけのものじゃ! だからじゃ!』
だからじゃって言われても……。
『残念じゃが、この娘の魔力も尽きかけておる。そろそろワレは消えるとする。楽しかったぞ、名も知らぬ人間よ』
俺は、ハッとして、全裸女性、いや女神ソフィアを見る。
……ま、まて! いや、待ってください!
『ん? 何じゃ? ワレに何か頼みか? 神に向かって、頼むときは、それ相応の供物が必要じゃが……』
供物?
『しかし、ワレが出来るのは、時を止めるだけじゃぞ?』
そ、それでいい!
俺に出来ることなら、何でもする!
だから、今少しだけ、俺に時間をくれ!
『時を止める女神に、時間をくれと? クックッ! やはり、お主よ! 面白いの! で、何でもするというのは、本当か?』
俺は、頷く。
『クックッ。ならば時折、ワレの相手をせよ』
え?
お、お相手って……。
『……ワレは話し相手もおらんのじゃ。分かるじゃろう?』
は?
分かるわけがない。
『ワレの世界で動けるものはいないのじゃ! だから、分かるじゃろ?』
あ、ああ。
そう言うことか。
俺は頷く。
時間を止める女神では、誰も話し相手にすらならないだろう。
天然ボッチ、か。
俺と、同じ……だな。
『ボッチ? お主も、同じなのか? 良くわからぬが。では、契約成立じゃ。この娘の身体にワレは眠るとしよう。ワレの力が欲しいときは、この杖を発動させよ』
ちょっと、待て!
アリスの身体に!?
俺は、今少しだけ力を貸してほしいだけなのに!
『お主の側にいた方が面白そうだからの』
契約って、何でみんな面倒なんだ!?




