第27話 桃とペーパーの作り方 ~8日前②
「ん? どうしたの? リョウスケ?」
アリスが、俺が誉められたと勘違いして寄ってくる。
ち、違うから!
なんなんだ?
このお爺ちゃん!
「ホッホッ。さっき、ペーパーから魔力を弾く工程で、お前さん、後ろに飛ばされておったろう? 魔力を感じる能力。まさか、そんな特殊能力を持った人間に、また会える日がくるとは、思ってもみなかったわい!」
……俺は動揺しながら、高速思考を開始。
バレてしまったが、これは不味いのか、どうなのか?
これから、どうする?
後手から先手をとる手段はあるのか?
……ちょっと待て。
解析、ストップ!
「俺以外に、この特殊能力を持った人間がいたのか?」
「ホッホッ。それこそ1000年以上も前の話じゃ。懐かしいの」
ちっ。
そんな昔か。
だが、他にもいるのか。
魔力ゼロの俺だけの、特殊能力だと思っていたが違うらしい。
元の世界でも本物か知らないが、霊能力者や超能力者もいたわけだし、そういう特殊な人はいるのかもしれない。
1000年前という話ではあるが。
魔圧を感じる力がばれてしまったのは、魔力がないと知られたわけではないし、今のところは良しとするしかない、か。
しかしシャドウもそうだが、この世界の1部の人間は寿命が長すぎだ。
大抵の人族は100歳くらいが寿命らしいが、このお爺ちゃんは、エルフみたいな特別な種族なのか?
とにかく只者ではない……。
開発顧問ドリトール・ハーマン。
見た目に騙されたが、間違いなく切れ者。
とはいえ、普通にいい人だと直感で分かる。
ひょうひょうとした好好爺だ。
魔力もかなりのものだし、謎登録するか悩む。
「その力、羨ましいの。ワシの手伝いをしてもらいたいものじゃ」
手伝いだと!?
というか、開発職希望である俺は、むしろ是非お願いしたいが!
あ。
ふと、思い付く。
「なあ、シャドウ・P・Dは知っているか?」
1000年以上生きている長寿なお爺ちゃんだ。
知っている可能性が高い。
あのシャドウの取り扱いに悩んでいる俺は、少しでも情報が欲しい。
結局、あいつは危ない奴なのか?
「おお! シャドウ工場次長か? 久しく聞かん名前じゃ!
あの方は、ワシの上司じゃった。ああ、ずっと昔、開発部署にいた頃の事じゃが、面白い方じゃったのう……」
おおっ!
シャドウの生前の知人を発見!
シャドウ、開発部門も関わってたといってが、まさに大当たりだ!
ならば……。
「欺きと偽りのシャドウ……」
俺がそう言うと、お爺ちゃんが大笑いする!
「ホッーホッー!!! 懐かしいの! そうじゃそうじゃ、あの方はそう呼ばれておった!」
「やはり、そういう奴なのか?」
「あの方、すぐにバレると分かる嘘をつくのが大好きなんじゃ! いつもバタバタしておったし、冗談話ばかりで、全く何がホントなのやら!」
バレる嘘?
冗談話?
ど、どういう事だ?
「あんなに皆から愛されていた方じゃったのに……」
愛されていた?
意外な展開に戸惑う。
俺のイメージと違う。違いすぎるぞ!
「本当に変な新人じゃの。特殊能力に加えて、シャドウ工場次長について知りたいとは……そう言えば、お前さん、どことなくあの方に似ておるの? 親族か?」
俺は肩を竦める。
「冗談はやめてくれ。特に理由はないんだが、気になる事があってな。……どんな奴、いや人だったのかなと」
「ふむ。どんな人……か。そうじゃな、なんだかんだ言っても、優しい方じゃった」
はぁ!?
優しい方だと!?
ますますクエスチョンなんだが???
「言ってる事は無茶苦茶な方じゃったが、魔法開発するあの方の発想は、常に傷つける事より、守る事。よほど、誰かを守りたかったのかもしれん。愛がどうこう言っていたしのう! ホッホッ!」
俺の脳裏に、最後のシャドウの言葉が甦る。
『この世界は、暴力で満ちている! 君の言う無暴力は、不可能!』
……シャドウ。
今のお前と、違いすぎるんだが。
「工場長と共に行方不明になって、もう1000年か。あっという間じゃのう」
お爺ちゃん、目を細めて遠くを見ている。
あいつは工場長と一緒に行方不明になったのか。
いや、実際はその時に殺されたのだろう。
工場次長だから、工場長と共にいるところを、殺人鬼にまとめてやられた……という事かもしれない。
結構な衝撃的な事件……。
もしそうなら、その恨みは計り知れない……な。
「あの方の、よく仕事しながら言っていた言葉があっての。それを聞くと、皆笑いながらも、仕事にやる気が出たんじゃよ。ええと……なんじゃったかな、知と愛がどうとか……」
俺の口が思わず動く。
「知は愛、愛は知なり、か?」
お爺ちゃんが手を叩いて嬉しそうに笑う。
「そうじゃ、そうじゃ! よく知ってるのう!」
「あ、ああ、昔の知り合いから、ちょっと聞いた事が……」
「ああ……。懐かしいの……。開発を愛する仲間同士の絆のような言葉に聞こえての……」
お爺ちゃんの話を聞いていると、謎が深まるばかりだ。
アイツ、本当は良い奴なのか?
そう言われてみると、……そんな気がしてきた……ぞ?
怪しすぎる姿と言動というだけで、実のところ、俺は助けてもらっているだけなのだ……。
そして、最後は砂漠で死にかけている俺を救おうとし……俺の思考に閉じ込められた。
俺が、他人を信じなさすぎる……のか?
しかし、誰かを殺させようとしているのも事実。
それは俺には無理な相談。
まだまだ油断はする気もないが、少し考え方を見直した方がいいのかもしれない。
俺は腕時計を見る。
ライトボタンの魔法契約書。
これも分からない。
俺がサインするはずがないのに、理解できない。
シャドウは、俺を助けようと、腕時計に干渉したと言っていたが……契約をする事に、俺に何か意味があるのか?
魔法が使えるようになるとは思えないのだ。
ん?
寝間着の裾を引っ張ってるのは、アリス。
つまらなそうに口を尖らしている。
「あ、アリス。すまん。ちょっと色々聞きたい事があってな」
俺がそう言うと、アリスが背伸びして肩の辺りでゴニョゴニョ囁く。
「ねぇ、リョウスケ、私、勉強は苦手だから、成るべく早く終わらせない? このお爺ちゃん、話が長そうだから」
アリス?
今は特別講習中なんだぞ!?
ちょっと呆れたようにアリスを見下ろすと、口を尖らせ目を吊り上げてこっちを見返してくる。
「だって、もうお腹ペコペコだよ!」
全く、アリスは……。
まあ、確かにそろそろお昼だ。
「ホッホッ! さて、では午前の部の最後の講義は、原材料について、特別に教えてやるのじゃ!」
「何? 原材料については、企業秘密とか言ってなかったか?」
「まあ、言えない事が殆どじゃが、ちょっとワシからお前さんにお願いがあっての」
「お願い?」
「なぁに。お前さん、森の中をうろうろ歩き回っとるんじゃろ? そのついでじゃ」
アリスがそれを聞くと、俺の手を掴む。
ベトベトする手汗が……あ、い、痛い痛い!
「リョウスケ! 森は危険なんだよ! カンパニーの森は、他の国と違って特別なんだよ! ホントにそんな事してるの!?」
アリスが目を潤ませて、真っ赤になって怒っている。
わ、分かったから、手を離してくれ!
本当に痛い!
えい!
にゅるん!
ふう、手汗で助かった!
「絶対、一人で森に入っちゃダメだよ! いくらリョウスケが強くても、危ないんだよ!」
し、しつこい!
俺の手を握ろうとするなって!
そう言えば、アリスには、森を散歩してるの話してなかったな。
気になるのは、カンパニーの森だけが特別危険だという発言。
やはり異常なのだな、あの森は。
「ホッホッ。噂になっとるよ。普通は、兵士達が小隊規模で森に入るからの。まあ、お前さんはレベルナインじゃから、皆、黙認しとるが、本来はあり得んことじゃ」
お爺ちゃんは、話しながら、てきぱきと棚からテーブルに幾つも保存瓶を並べていく。
ごとりと音をたてて、次々と目の前に置かれていく、いかにも手作りの蓋付きの瓶。
瓶の形は様々だ。
細長いもの、太いもの、色がついているもの。
まだガラス技術が発展途上なんだろうが、味があって綺麗だ。
アリスまで、俺を怒るのを忘れて、うれしそうに並んだ瓶を眺めている。
そして、それらには共通点がひとつ。
中に、白い棒状のものが入っているのだ。
アリスが不思議そうに、一つの瓶を持ち上げ、中を眺める。
「お嬢ちゃん、取り扱いには注意するんじゃよ。外の兵士がなぜこの建物を護衛しているのか知っとるか? それはその中の物が貴重じゃからじゃ」
アリスが慌てて保存瓶をテーブルに戻す。
「こ、これ何なの? お爺ちゃん?」
あ。アリス。
お爺ちゃんって言ってしまったか。
心の中だけにしておけ!
お爺ちゃんと呼ばれても、ドリトール開発顧問は、気にしていない様子で嬉しそうに続ける。
「ホッホッ、これがペーパーの原料じゃ。魔木チップという。瓶に入っている1本で、高レベルのペーパーが、10枚は出来るかのう」
「そ、そうなの!? スゴイ!」
そう言って、また懲りずに保存瓶を手に取るアリス。
魔木チップか。
俺の鋭い視線が、机の上の沢山の瓶を確認するように走る。
確かに、これだけの量、とんでもない価値かも知れないな。
「アリス、あんまり触って壊すんじゃないぞ」
俺がたしなめてやると、慌ててさっきと同じようにまた保存瓶を戻すアリスに苦笑。
「ホッホッ。ご神木じゃからの。しかしこれは、枯れた枝なんじゃよ。本来、森から木を伐採するのは絶対禁止、それは死刑と同罪じゃ。それは座学で習ったかのう?」
俺とアリスは頷く。
「じゃが枯れて落ちた枝は、ペーパーの材料として、採取を認められている。それが、この魔木チップじゃ。これを拾い集めて回る部署が、原料調達部門」
初耳の言葉に、俺は顔を上げてお爺ちゃんを見る。
これを拾い集めて回る?
原料調達部門?
小隊を組んで森に入り、枯れ木を探す原材料調達部門を想像する。
魔物の多い森をうろつき回るって、名前とはギャップのある危険な職場では?
「木から落ちてきた枯れ木は、採取を認められておるが……どうじゃ? お前さん、森の中を歩いていて、こんな枯れ木はあったかの?」
俺は首を振る。
草の根分けて探せば見つかるかもしれないが、枯れた枝は、何処にも落ちていなかった。
採取するポイントや時期があるのかもしれないが、情報不足だ。
ちっ。
もっと先にそれを知っていれば。
お爺ちゃんは、がっかりと白い眉を下げる。
ああ、成る程。
俺にお願いとはそれか。
散歩中に、枯れ木が落ちていたら、拾ってきてくれって事なのか。
「ワシの開発は殆ど趣味じゃから、供給が少なくての。配合比率もあるし、新しい枯れ木があれば……」
趣味と言い切ったお爺ちゃんに驚きながらも、俺はテーブルに並ぶ保存瓶を見る。
もしかすると、配合率ってことは、魔木チップの種類は複数あるのか?
「お爺ちゃん、魔木チップに、触っても良いか?」
俺もアリスを真似て、お爺ちゃんと呼ぶことにする。
「ホッホッ! お前さんなら、そう言うと思ったわい。いいぞい。触るくらい、問題ない。……あれじゃろ? 触ると、どんな感じか、知りたいんじゃろ?」
その通りだ!
話が早い!
「いいぞい。触るくらいなら、なにも問題はないわい」
俺は許可をもらうと、恐る恐る試験瓶を開けてみる。
今のところ、特に魔力は感じられない。
中を覗くと、白い骨みたいな枯れ木が1本。
「触るぞ?」
俺が手を伸ばそうとすると、腕がアリスの体にぶつかる。
お、おい。アリス!
横を向くと、すぐそこにアリスの横顔。
ドキッ!
か、顔近すぎ!
瓶の中を一緒に見たかったのか?
俺はアリスを退かせて、保存瓶に手を入れる。
そっと摘まんでみると、森で触った神木の魔力の感触が、まだ少し残っていた。
アリスも不思議そうに、また顔を近づけてくる。
あの鋼鉄のような不動の大魔力を思い出す。
高密度の魔力。
だが、枯れ木は枯れ木だ。
それだけの魔力は残ってはいない。
そして、何だろう?
この、指が、吸い付くような感じ。
魔力を吐き出しながら、同時に吸引しているのか?
これが、ペーパーの蓄電池のような効果の秘密?
「ペーパーは、この魔木チップの含有量で、価値が変わる。また、複数のチップを混ぜ合わせることで、特徴を出す事が可能じゃ」
「特徴? 混ぜ合わせるという事は、魔木チップに種類があるのか?」
「そうじゃ。魔木チップは基本的には同じ筈なんじゃが、微妙な性能の差がある。その種類によって、魔法の効果が上がったり、効果時間が上がったり、瞬発力も違うんじゃ……。じゃからこそ、お前さんのその特殊な能力、羨ましいのう……」
俺は何度か頷きながら、魔木チップを観察しつつ言う。
「俺は、開発職を希望しているんだ」
「なに?」
「そうなの!?」
2人の声が同時に上がる。
俺は、棚からドリトール開発顧問が出してくれた瓶を次々と開けて、試しに触ってみる。
確かに、ピリッとしたのや、熱いのや、冷たいのがある。
組合せ次第で、魔法の相性や強さが変化してもおかしくないだろう。
魔木チップを触りながら、そんな事を考えていると、俺もお爺ちゃんと共に、開発をしてみたくて仕方なくなる。
「なあ、お爺ちゃん。残りの訓練期間、ここで開発の手伝いとか、ダメか?」
「ホッホッ! 無理じゃろ! ワシから言ってみてもいいが、お前さん、訓練生は仮社員と言う事を忘れちゃならんぞ」
「まぁ、やはりそうだろうな」
俺はがっかりしながら、開けた保存瓶を元に戻しながら片付けていく。
そして、一つの瓶に気がつく。
まだ棚に1つだけ残っているのだ。
それも妙に頑丈そうな瓶。
意図的にテーブルに置かなかったのか?
俺は、チラリとお爺ちゃんの隙を見て、さりげなくその瓶を手に取る。
こっそり見てしまおうという魂胆だ。
だが、それを手にした瞬間、思わず声が漏れる。
「お、おい!? お爺ちゃん! こ、これ?」
俺は、最後の保存瓶を持ったまま、振り返る。
「ん? 何じゃ?」
瓶に張られたラベルの文字は読めない。
だが、この瓶の中身、他とはまるで違う!
お爺ちゃんが、俺とその瓶を交互に見て髭を撫でる。
「お前さん、開けてもいないのに、それが何か気になるのか?」
「リョウスケ? どうしたの?」
アリスは無視して俺は頷く。
持った瞬間に、分かったのだ。
この香り!
外からの見た目は、他の魔木チップと変わらない。
だが、この魔木チップは、他と根本的に全く違う!
俺は、ゆっくりと蓋を開けて、それを触ってみる。
指が触れた途端に、俺の身体に何かが流れ込む。
“にゃん!? どうしたにゃん!?”
ふいに、猫の声が響く。
“魔力が少しだけ、そっちから流れてきたにゃん? リョウスケ、何かあったにゃんか!?”
猫、黙ってろ!
今は忙しい!
「この魔木チップは、何だ?」
お爺ちゃんが、口を開く前に、アリスが瓶のラベルを読み上げる。
「えーと、ピーチ? 赤星歴1810年採取? 1000年以上も前のだよ、リョウスケ?」
ピーチだと!?
この香り!
昨日、森で感じた香りだ!
──ピーチの魔木チップ。
──俺の特殊能力でしか感じ取れない、桃の香り。
──この木のせいで、俺はやがて、大変な事態を巻き起こすことになる。




