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ハイスピード・アナリシス ~異世界で解析しまくる男。  作者: 愛野万之介
第二部 ヴァニッシング・ピーチ
26/162

第26話 桃とペーパーの作り方 ~8日前①



( ―8日前― )




特別講習は、訓練所の奥にある建物の中で行われた。



訓練施設と呼ばれるその建物は、木材と塗り壁で作られた質素な造りだった。


一見すると、そこに訓練施設があるようには見えない。

苔むして蔓に覆われ、樹木が何本か屋根を突き破っていて、自然と同化してしまった廃屋のような外観だからだ。


しかし周囲には柵が張り巡らされ、兵士まで護衛しているせいで、訓練所の中でも、重要な場所だという雰囲気が漂っている。


俺とアリスは、初めて会ったTHE魔法使いといった格好のお爺ちゃんに連れられて、訓練施設の中へ足を踏み入れる。




レベルファイブ以上の訓練チーフのみが受けられる一日限定の特別講習『ペーパーの作り方』が、とうとう開講!



俺は、すこぶる元気である!


慣れない皮のブーツで森を歩きすぎて足が痛いし、太腿は筋肉痛だが、この日の為に、昨日は早めにちゃんと寝た。



反対にアリスは元気がない。

とっくに俺とは仲直りしているはずだし、何故だろうか?

まあいい。

今日は大事な日だから!



ペーパーの作り方は、相当な企業秘密だと思ってたが、こんなに早く作り方講習を受けれるとは驚きである。

こういうのが大好きな俺は、かなり興奮している。

表にはそれを出さないムッツリなんだが。



既に他の訓練チーフ達は、座学終了後に特別講習は終えていて、今日もバリアポイントで実務訓練。


今回は、大遅刻してきた俺と、追試を受けまくって予定を狂わせたアリスの為の特別講習だ。



「私、バリアポイントで戦ってる方がいいな」



アリスが、ぼやく。



「今日だけなんだ、まあいいだろう? それに、ずっと一緒にいれるわけだし」



ご機嫌な俺がそう言った途端、アリスがさっと顔を赤くさせてこちらを見上げる。



「どどどど、どう言う事よ!?」



は?

昨日もそうだけど、アリスは俺と離れる時、凄く淋しそうだろ?


……と言うと、怒りそうな予感がする。



ここは少し考えて発言をした方が良さそうだ。

昨日のニキビーといい、会話スキル不足を痛感する。


しかし、普通の人は、どのくらい先を読んで会話しているのだろうか?

コミュニケーション力が皆無なのは理解しているのが、いつも未来予測して会話するのは無理だろう。



「……いや、アリスと……一緒にいると、楽しいからさ」



高速思考で検討を重ねた末の俺の言葉に、アリスがますます赤面する。



「え? な、な、な、なたしも、よ! 」



……なたし?


……アリスは分からない。

俺と相性が良いのか悪いのか、時々、心も行動も読めない。



アリス・フターチ (謎C)


読心術を使うまでもなく、ここまで心が全面ガラス張りな子も珍しいのではないだろうか。

だが、俺の未来予測出来ない方向にこの子は進むので、とても注意が必要だ。


俺の高速思考でも、把握しきれない驚きの行動をする危険な女の子なのだ。


突然、指を折られたり……。

おっと、講義が始まる。



「ようこそ、訓練チーフ達よ! ここがワシの……じゃなかった、特別講習を開く……く、訓練施設じゃ!」



さて、特別講習の始まりだ。


THE魔法使いのお爺ちゃんは、紫色のとんがり帽子にローブに白く長い髪、眉毛、髭。

何故か瞳はキラキラして少年のよう。

身長は低いが、長い手足を広げて部屋の説明を始めるお爺ちゃん。


開発顧問ドリトール・ハーマン。


この人、開発部門を引退してから、ここで悠々自適に開発ライフを過ごしているようだ。

偉そうな役職名だけあって、魔力もレベルセブンはある。


……このお爺ちゃん、嫌いじゃないな。


この訓練施設を、自分の部屋みたく使ってるのが透けて見える。


羨ましい……。



施設は広い平屋。

驚くほどテーブルが並び、物が散乱している。


きっと実験中の機材なんだろう。

放置されているのではない、全て意味がある散乱具合だ。


壁際にある巨大なマシンや、ミキサー装置。

小さな調合槽の中で、気泡を放つ液体。

棚にびっしりと並ぶ様々な形の保存瓶。

床にまで散らばっている書物やメモ書き。

そして、床から天井へ抜けてそそりたつ何本もの樹木。


穴の空いた天井から実験器具に、無数に光がこぼれ落ち、室内は、ぞくぞくするような幻想的な風景である。


俺の心が叫び出す。



ここで働きたい!

実験したい!

開発したい!

解析(アナリシス)したい!



「さて、次は早速ペーパー抄紙機を説明するのじゃ」



あちこち説明を受けながら、脳が脈打ちながら活発化していくのを感じる。


あまり興奮すると、またオンリーワンワールド(一人きりのボッチ世界)が発動しそうなので理性で抑えなくてはならない。

こんな大事な場面で、意識を失うなんてあり得ない!



ドリトール開発顧問が、長々説明しているのは抄紙機。

ペーパーを抄くラボ試験機だ。


実験用の小さい装置なんだろうが、それでもこの室内でメインとなる一番大きな存在感のある機械だ。



抄紙機か。


俺は、元の世界の抄紙機の知識を引っ張り出す。



ふむふむ。


なに?

……違うな。



ざっと観察しただけで、その構造や仕組みから動きがある程度は予測できる。

これはたい焼きやタコ焼きを作る大掛かりな装置ではないのか?


金型のホットプレートがあって、ここにペーパーの原料を流し込むのだろう?

そして、ジュッと焼く?

こんなのでいいのか?



元の世界の抄紙機は、連続して紙を作る為に場所をかなり横にとる。

シートを潰して乾燥させる為に、何本もの回転する金属ロールが必要だ。


だが、これは、そのロールがない。

逆に、あり得ないほど上部が長い。

ラボ試験機だから、か?



ドリトール開発顧問の説明を聞いていると、やはり、たい焼きを焼くように、ペーパーを作るらしい。

少しばかり残念だ。

繊維をただプレスして乾かすだけだ。

文化レベルが違いすぎるとはいえ、俺が感嘆できそうなポイントはなさそうだ……。




しかし、───不思議だ。



この装置、天井近くまで、丸い円柱が伸びているんだが……。

ただ焼くだけならば、もっと小さくてもいいはずだ。


俺が首を捻っていると、長い説明が終わったようだ。



「それでは、実演して見せるのじゃ!」



ドリトール開発顧問は、長い髭を手で払うと、くるりんとマフラーのように首の後ろに巻き付ける。

滑稽にしか見えないが、装置に引っ掛からない為だろう。



続いて、ローブの懐からビーカーを取りだし、どろどろのクリーム色の液体を、たい焼きの金型に流し込む。



「な、何故、そこにビーカーが入っている!?」



思わず突っ込んでしまう俺に、ドリトール開発顧問は高笑い。


ちなみに、金型はたい焼きの形ではなく、小さな長方形だ。

焼き上がると、ペーパーの形になる、って事か。



……効率が悪すぎる。

……料理教室か、ここは。



乾燥工程を工夫する事で、元の世界のように連続でペーパーが作れるんじゃないのか?


こんな、バッチ式の原始的なやり方、あり得ない。

期待した俺が馬鹿だったか。



その時だった。


ドリトール開発顧問が、何かしたと思ったら、抄紙機全体が、下に沈んだ。



ドゴォームゥゥゥ………!



迫力のある長く重い音が響いた。

内部で衝撃が起きているような、籠った音だ。



その瞬間、驚きの現象が発生する。

俺の身体がふわりと浮き、後ろに一メートル後退させられたのだ。



な、何だ!?



俺は、着地と同時に周囲を見る。


アリスも、周辺に散乱している実験器具も、微動だしていない。


動いたのは俺だけ。

突然の風に、後方へ押し飛ばされたんだが!?


と言うことは、……魔力風だ。

それしかない。



俺は、とっさに原因を探るべく、抄紙機を睨むように観察する。

原因は、そこにしか考えられない。

先程の動き……を、解析(アナリシス)……。



そうか!


たい焼きの金具の上にある大きすぎる円柱は、ハンマー。

それが、真下に落下。

さっきの音は、その時の衝撃音。

これほど長い円柱にした理由は、恐らくは質量を稼ぐ為。


つまり、焼くと同時に、巨大な質量で衝撃と共に圧をかけているのだ。


それもあの音からして、原料に均一に圧をかけるために、閉じ込めてからのインパクトアタック!


そして、その瞬間、魔力が波動のように広がった……のか……。


これは、元の世界の抄紙機とは全く違う製造方法……。




俺は腕組みをして、自らの仮説を脳内で検証。

だが、圧縮された魔力の波動のような風に押されたのは事実。



「何故、こんな衝撃が必要なんだ!?」



俺は、ドリトール開発顧問に詰め寄る。



「待て待て、ペーパーを出してやらねば、焦げてしまうのじゃ」



ドリトール開発顧問は、飄々と巨大な圧力を生んだハンマーを、上に持ち上げる。



うぉ!?

このお爺ちゃん、とんでもない力持ちだ!?

いくらレベルセブンでも、老人だろう!?



背の高い抄紙機のハンマーが、軽々と浮き上がり、ガチリと音を立てて元の位置に収まる。



「ほれ、これがペーパーじゃ」



金具から取り出した出来ホヤのペーパーを受けとる。



熱い……。

……でも、それだけだ。魔力がない。



「あの衝撃は、ペーパー原料の魔木繊維にショックを与えるためじゃ。性能を均一にし、ペーパーとして繊維間結合させる為に余分な魔力を外に弾き出す」



……何を言っているのか分からない。


情報不足だ。

メカニズムが深すぎて、意味不明なのだ。


俺は魔力のないペーパーを、じっと見つめる。

すると、アリスが俺に近づいて嬉しそうに言う。



「初めて見たけど、ビックリね! リョウスケ!」



……アリス。

なんて単純な感想を言うんだ。


俺はため息をつきながら、SOMを起動。



座学で瞬間記憶した教科書に、抄紙機について記載がないか……念のために確認。



ちゃんと勉強してないのかと言われるのも癪だし、これから質問を重ねてをしていく為にも……。


宙を泳ぐメダカ達をチェックしながら、俺は首を振る。

ああ、やはりペーパーの作り方については、教科書には載ってなかったか。


ならば、お爺ちゃんに質問しまくるのみ!



その時だった。


ん?

俺の視界の端に、何かいる?


何だ? あのメダカ達は?


いや、メダカなのか?



身体が大きい。

普通のメダカの10倍はある。


おまけに色も鮮やかで、メダカとは言えない。

……コイ。

そう、錦鯉みたいだ。


大きな錦鯉は、全部で、1・2・3。


……3匹か。



俺は、その錦鯉達を捕まえようとするが、視界の隅から動かないから、ゆ、指が、上手く狙えない。


な、なに!?

あ、え!?

に、逃げた?


他の従順なメダカとは全く違う動きに、戸惑いながらも視界のメダカ達を確認する。



皆、手の届かない視界ギリギリの位置にいる。

あまりに端過ぎて、完全にその姿を見ることすら出来ない。



しかし、何故逃げる?


なんなんだ?


今まで君達、SOMにはいなかっただろう?



ドリトール開発顧問が、俺に近づいてくるので、一旦、SOMを終了。

後でまた、確認……、いや、チャレンジするか。



「お前さん、さっきのあれは、特殊能力か?」



「……何の事だ?」



SOMの事かと思ったが、俺以外に見えるはずがない。

何の話だ?



ドリトール開発顧問の目が、白眉毛の奥で光る。



……渋い。

服装が変なコスプレだが、魔法使いの上級職、賢者に見える。


このお爺ちゃん、やはり好きだな……と思ったら、予想外な言葉が続いた。



「さっき、出来たばかりのペーパーを触った時、お前さん、がっかりした表情を見せたのぅ? 」



え?

俺は手の中のペーパーにまた目を落とす。

ああ、魔力が空っぽだったから。



「……別に、気のせいだろう」



ドリトール開発顧問は、髭を撫で、ペーパーを俺から奪うとヒラヒラさせる。



「ふん。ペーパーは、周囲と使用者の魔力を吸収する。出来たばかりのペーパーに、魔力があるはずがないじゃろう? 」



「そうなのか?」



「そうじゃ。魔力を感じられなかったのは、衝撃で魔力を吹き飛ばしているからじゃ。そうしないと、ペーパーとして成形出来ず、崩れてしまうんじゃよ」



「成形出来ない? 成る程な。そう言うわけか……」



あのハンマーの理由が分かり、俺は何度も頷く。



さっき俺を浮かさせた魔力の波動の正体が理解できた。


あの瞬間、金型内部で起きた衝撃は、ペーパー材料内の魔力を、外へ弾き出す為に必要なのだ。


それが、俺を浮かせた魔力の波動の正体。



金型内で、魔力が瞬間的にゼロにする。

そうしないと、きっとペーパーは成形出来ない。

繊維間結合……と、言っていたが、ふむふむ、そうかそうか。



お爺ちゃんは、そんな俺の様子を見て、にんまりと笑う。



「お前さん、1000年に一人の逸材じゃの」



「え?」



俺は思わずお爺ちゃんをみつめる。

ニヤニヤ笑うお爺ちゃん。

その瞳はキラキラしている。



俺は、驚きすぎて、目を見開く!


や、やられた!


このお爺ちゃん、俺が魔力を感じているのを、察していたのか!

とんだ食わせ者だ!



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