第17話 地図の空白地。
「まさか……ここは、アルハール砂漠地域なのか?」
ハルカが、呆然と立ち尽くしている。
俺も同様に呆然。
俺達は、なんと、広大な砂漠にいたのだ。
まずはとにかく、カンパニーに帰るために洞窟を出なければと、外に通じる扉を抜けたのだが、そこは最悪な光景が広がっていた。
出口である小さな岩山の周辺は、見渡す限り砂の地平線。
ジェムズ支部の洞窟は、砂漠の地下にあったらしい。
久しぶりに見た空は、眩しくて解放感はあったが、相変わらずの三つの太陽はヤバい。
空は快晴。
遮る物もなく、強烈な日差しが、俺とハルカに指すように襲いかかる。
暑い。
いや熱い。
熱気をはらんだ風が、重くまとわりつくように顔や全身を舐めていく。
人生初の砂漠だ。
過去に父に様々な場所に置き去りにされたが、砂漠はなかった。
全方位が砂だけとなると、俺達は立ち尽くすしか出来ない。
俺は、腕時計をちらりと見る。
時間は間違いなく狂ってきている。
地球は一周自転するのに二十四時間。
流石に異世界は違うだろうからその差はでる。
だがこの時計は、優れた機能を持つ。
時刻、気圧以外に、温度と方位が計れる。
地球と環境は違えど、試しにスイッチを押してみる。
気温は四十五度。
やはり……砂漠……。
まぁ、体感でくそ熱いから、測るまでもない。
そして、方位磁石機能。
これが本命。
方位を知れるのなら、助かる。
すると、一応は北はこっちだと、普通に動いてる。
これに関しては、この惑星のダイナモ作用がわからないから、今のところは磁場がある、とは言える。
しかし……。
これを信じて、進むべきかどうか。
地球上ならともかく、異世界でこの方位計に命を託すのは……躊躇われる。
そして、年のために気圧も。
ピッ。。。。。
───3360ヘクトパスカル。
なに?
凄い高得点なんだが!?
この魔圧数値、制圧前の洞窟より高い。
何故だろう……。
つまり、これは……。
「なあ、ハルカ? ここは何だ? アルハールって?」
ハルカは、未だに呆然としている。
様子がおかしい。
ハルカは答えない。
振り返りよく見れば、ハルカの色白の顔が真っ青になっている。
ハルカは1人で呟く。
「そうか。……ジェムズ支部の場所が見つからないわけだ……。こんな所にあるなんて……誰も……想像できないぞ……」
「おい? ハルカ?」
ふいに、ハルカが金の髪をなびかせて剣を抜く。
途端に吹き荒れる魔風に、俺は戦慄する。
静電気のような魔圧が、周囲を包むように広がる。
ハルカは雷術の使い手と言っていた。
やはり、魔力風にその持ち主の特徴が出るのか。
……そうすると、さっきから吹いているこの風。
この熱くまとわりつくような重い風は……何だ?
砂漠特有の普通に熱い風だと思っていたが、だが、この世界に風はない。
風という概念がないのだ。
つまり、動いているのは、俺しか感じられない魔力。
この風は、──魔力風なのか?
その熱い風に異変を感じて、俺は緊張する。
熱い風の勢いが、強くなっているのだ。
風の強さ……というより、まるで風が、近づいてきているような気がするが?
剣を抜き戦闘体制に入ったハルカと、気圧が高かった点を加味すると、自ずと出てくる答え。
ここは、非常に危険な場所なのでは!?
「リョウスケ殿! 魔剣を抜いておけ! 何が起きるか分からないぞ!」
やはりか!?
「ここは、魔物が溢れかえるアルハール冥界だ! 油断するな! 砂の中にも魔物が潜んでいる可能性がある!」
言われて足元を見ると、数メートル前の砂が動いている!?
おいおい!
本当に、砂の下になにかいるぞ!???
さらに強くなる魔圧風からして、デンジャラスな奴がすぐそばにいるのは間違いないようだ。
俺の心臓が縮み上がる。
魔剣を抜こうとすると、ハルカに着物の襟を捕まれる。
「一旦は退く!!!」
なっ!?
そのまま俺は、ハルカと共に洞窟の入り口に飛び込む。
ガチャン!!!
すぐさま分厚い鉄の扉を、ハルカが勢いよく閉める。
俺は転げ落ちたまま地面に座る。
胸が激しく鼓動を打っている。
あのわずかな時間に、死を感じたような……。
もしかすると、あと少しでも外にいたら、砂の下からとんでもない魔物が飛び出して来たのかもしれない。
「くそ! まさか、アルハール冥界とは! 何故こんな危険地域に! 不味い……これではカンパニーの方向も分からないぞ!!」
ハルカは苦々しく剣を鞘に収め、舌打ちする。
アルハールってなんだ?
そう聞こうとしたその時だった。
ドガン!!!
扉に何かが激突!
衝撃で、パラパラと、洞窟の岩が崩れて落ちてくる。
赤黒い鉄の扉の中央部に、酷い歪みが出来ている。
喉の奥から、悲鳴が迸りそうになる。
ハルカが俺の腕を掴む。
「くっ! ここも危険だ! 奧へ逃げるぞ!!」
足に力が入らず、俺はハルカに引きずられるようにその場から逃げる。
俺達はまた洞窟の奧へと逆戻りするしかない。
「あの扉はかなりの強度だ。そう易々とは壊れん! それに砂漠の魔物は大抵巨体だ。この中には入れないはずだ!」
そのハルカの言葉は、楽観視し過ぎだとしか思えない。
さっきの一撃だけで、扉は酷く歪んでいた。
易々と壊れないなんて思えないから、奥に逃げているのだ。
って、ハルカ、引っ張る腕が痛い!
お、折れる!
俺は洞窟の中をズルズルと、奧へと連れていかれる。
結局、俺達は、また宝物庫に戻っていた。
カンパニーに帰ろうと動いた筈なのに、ほんの10分で、戻ってきた事になる……。
丸いテーブルで同じように向き合って座るが、当然、さっきより深刻な雰囲気が漂っている。
ハルカは興奮し、……いや、怯えていると言うべきか。
表情を強ばらせ、金の髪を抱えている。
さて。
これから、どうするか。
「なあ、ハルカ……」
「ジェムズめ! 何百年探し続けても見つからないはずだ! まさか、アルハール冥界とは! こんなところに支部だと!? このままでは……不味い! 不味い!」
「おい?」
「リョウスケ殿! 外には出られない! かといって、ここでもたもたしていれば、閉じ込めた火炎竜帝達が起きてくるぞ!」
「おいおい?」
「いや、縛り上げて、魔力を封じていているから、大丈夫なのか? いや、もし頭の切れる奴がいれば……、いや、新しい別の魔石教徒がここに来たら……」
俺はため息をつくと、仕方なく立ち上がりハルカに近づく。
「このままでは、せっかく脱出したのに……」
俺は後ろに回り込み、ハルカの耳元に息をかける。
「ハ~ルカッ」
「きゃあん!!!」
本当はこんなことしたくないんだが、耳はハルカの一番弱いところだ。
何故俺が、ハルカの弱いところを熟知しているかは、……記憶力がいいからだ。
「な、なに!? 突然何をするの!?」
「落ち着け。ほら。これでも飲んで」
俺はまた椅子に座ると、テーブルに置きっぱなしだった葡萄ジュースをコップに入れて、真っ赤になったハルカに渡してやる。
「こ、これが落ち着かずにいられるか! アルハール冥界だぞ!?」
「そうそう、そのアルハールって何だ? まずは、そのあたりを知りたい」
ハルカの大きな目が、更に大きくなる。
「ま、また、知らないのか? アルハールを? 地図の空白地と呼ばれる冥界、アルハール冥界砂漠地域を!?」
「知らない。だから、教えてくれ」
「だ、だがっ!」
「落ち着け。ここから脱出するんだろ? 一緒に考えたい。だから、何も知らない俺に、また教えてほしいんだ」
ハルカは俺を凝視しながら、やがて大きく息を吐き出して頷く。
「………わ、分かった」
ハルカが、ようやく説明を始める。
俺は、顎に手を添えて、その一言一言を漏らさずに情報収集を開始する。
突如、砂漠。
突如、謎の魔物に襲われる。
そして、ここは袋小路。
最悪な状況ではあるが、何としてもここからカンパニーに帰らなくてはいけない。
情報収集&解析。
いつだって俺は乗り越えてきた。
まだ、これからだ。
慌てる時ではない。
───ハルカの説明をまとめると。
・アルハールとは、カンパニーから見て、南東の隣国の狭間に位置する砂漠地帯を指す。
・大きな面積ではないが、魔物が多く、何の資源もない為に、誰も統治していない魔物パラダイスとなり果て、地図の空白地、地獄の冥界、と呼ばれているらしい。
・そしてここは、進入禁止の危険地帯として誰も近づかない場所となった。
「ふぅん。砂漠に人は住めないよな」
俺は呟き、思考する。
それを利用して、拠点としている魔石教は大したものだ。
ハルカが取り乱してしまうのも、その危険度を理解しての事か。
「……ここがアルハールに、間違いないのか?」
ハルカは苦々しく頷く。
「砂漠地帯となると、第9エリアの近くでは、そこしかあり得ないの」
確かにここが、カンパニーから離れた場所とは思えない。
とすると、アルハール砂漠に絞り込まれるわけか。
ここまでハルカが精神的に追い詰められている理由は、アルハールの危険度。
砂漠には、危険な魔物が数が多く生息しており、外に出てたら5分待たずにやられる、だそうだ。
ハルカも騎士団副団長で、レベルファイブだから、充分強いのたろう……が……。、
あの熱い魔力風……。
レベルセブンくらいの強さはあった。
ハルカでも敵わない。
俺が一人で能天気に歩いていたら、瞬殺だろう。
シャドウのレベルナインの魔力が、使えれば……。
いや、俺は魔法は使えない……から意味はないか。
宝物庫に保管されていたペーパーは、全て治療術の呪文が丁寧に太いインクのような墨で書かれている。
これを持って行けば、少しは役に立つだろうが、戦闘には不向き。
となると、俺が頼れるのは魔剣のみ。
俺は背中のずっしりと重い魔剣を撫でる。
背中に感じるその魔力は、やはり凄い。
ただ、こんな重い剣を、素人の俺が振れるかというとノーだ。
父の過酷な教育のお陰で、多少は剣道や武術の経験はあるが、残念ながらこの魔剣で無双している俺が想像でない。
……しかしこの魔剣、ちょっと気になる事がある。
この魔剣の魔力からすると、普通の魔道具ではない。
後で一人で確認するしかない話ではあるが。
「分かったか! リョウスケ殿! つまり、ここから1歩も外に出られないという事よ!」
興奮し過ぎだハルカ。
それに今それを俺に思い知らせて満足する意味はないから。
こういう時こそ、落ち着かなくてはな。
まぁ、確かに、危険だ。
外には出られない。
ただし、俺の考えていることは少し違う。
最も不味いのは、魔物ではない。
魔物は、どうでもいいのだ。
問題は、──『砂漠』だ。
『砂漠』という事が、問題なのだ。
この砂漠を抜けて、カンパニーに帰るのは無理かもしれない。
解析するまでもない常識である。
砂漠で遭難したら、どうしたらいいか?
1. 何としても脱出する。
2. 何としても救助を待つ。
答え。2である。
動いてはいけない、のだ。
理由は多々ある。
まず、目標物もなく歩いてはいけない。
人は真っ直ぐに歩けない。
リングワンダリング現象という、人間には逃げられない性がある。
真っ直ぐのつもりが、円を描くように歩いてしまう現象だ。
太陽は3つあるし、動きも不明、そこから方角を得るのも、かなりの調査がいる。
腕時計の方位も、何に引っ張られているのか不明なのだ。
そして当然、砂漠の直射日光は非常に危ない。
日射病や脱水症状は十分命取りになる。
夜の砂漠の怖さは、説明するまでもない。
よって、魔物以上に、砂漠は危険なのだ。
何の策もなく動くなんて、もっての他だ。
「わかった。情報収集は完了だ」
俺の呟きに、眉を寄せるハルカ。
「は? データコレション? 何を言ってる?」
ハルカからの情報収集から、砂漠も魔物も危険という事はよく理解出来た。
俺は腕組みをして、目を閉じる。
ハルカが、まだ何か言っているが無視。
とにかく、カンパニーに戻りたい。
アリスと合流し、カンパニーで自由に開発をしたりして過ごしたい。
勝手で申し訳ないが、異世界の企業、工場に、とても興味を持ってしまったのだ。
俺は、大きく息を吸い込み、高速思考を開始する。
現状は、ことわざで言えば、前門の虎、後門の狼。
多分、脱出方法は、コロンブスの卵みたいに単純な解だと思う。
解析・スタート!
その時だった。
バキン!!!
「な、何の音だ!?」
ハルカが立ち上がる。
ちっ、解析直前に邪魔をされ、俺は顔をしかめる。
「まさか、扉を破られたのか!?」




