参
平安京から少し離れた場所に、小さな稲荷神社があった。そこは自然豊かでスズメや狸や狐などの動物たちが集まっていた。ご神木が揺れ動き、緑の葉がひらりと舞い落ちる。
石畳の境内では、着物を着た二人の女の子が蹴鞠で遊んでいた。
「行くわよ。しっかり受け止めてねぇ」
「ちょっとぉ、強いわよぉ~」
双子の二人はいつも一緒。今日は、七五三のお参りに両親とともにやってきた。ご褒美にもらった蹴鞠で遊び始めていた。大きくなった二人を少し遠くから温かく見守る両親の姿があった。笑い声が響き渡る。
楽しく蹴鞠で遊んでいると、朱色の千本鳥居の向こう側が眩しい光に包まれているのが見えた。
「ねぇ、藍子、今の見た? すごい光ったよね」
「うん。何だろうねぇ。獣でも出たのかしら。怖い! 父上、母上!」
「まぁまぁ、どうしたの。そろそろ、帰りましょうか」
「ここは、稲荷神社だからなぁ。お狐様でも来てくれたかもしれないぞ」
双子の父親は肩を鳴らして笑い始める。双子の姉妹はずっと母親のそばからずっと離れなかった。
―― 千本鳥居の向こう側、光輝く先から勢いよく何度も転がって出てきた男がいた。頭には白い狐面をかぶり、見たこともない絢爛な着物を羽織っていた。土埃で汚れてしまっている。
「いてててて……まったく、じいちゃんも乱暴だなぁ……」
頭を押さえて、体を起こすと物珍しそうに双子の女の子たちがその男の顔を覗き込む。狐面をかぶっていて、顔を見ることはできなかった。
「「ねぇ!」」
「ん?! わぁ!? な、何をする」
マジマジと顔を覗き込まれたその男は、四つん這いに後ずさりする。
「そのお面って、売ってるの?」
「私も欲しい」
「こ、これは売りもんじゃねぇ!! しっ、しっ! 近づくな」
男は、軽やかにジャンプしながら、境内の鳥居の上まで登って双子の姉妹と両親を見下ろした。男のお尻から白くて、長い尻尾が伸びている。
「狐だ!」
「本物だ!」
「ほーら、言っただろぉ。これは願い事叶うなぁ!」
「貴方ったら……」
「俺は見世物じゃねぇつぅーの!」
尻尾を出したその男は、さらに高くジャンプして、どこかに消えていった。
「「良い事あるかなぁ。良い事あるかなぁ」」
双子の姉妹は互いの両手を握りしめて、ジャンプして喜んだ。
――― 「ちくしょー。まずいところを見られちゃったなぁ。この時代のことまだ何も知らねぇのによぉ。なんで、ここに出されたんだ? じいちゃんも。コントロール悪いよなぁ……」
空中を飛んで進みながら、ブツブツ文句を言っていた。その男は、稲荷神社の社務所の出入り口にそっと侵入する。
「何者だ?!」
社務所の中、神主が目を見開いて驚いた。急に現れたその男は、大きな尻尾を隠さずにズカズカと入ってきたのだ。
「何者だってか……そりゃぁ、そうだよなぁ。見た目じゃ、わからないだろう。俺は、あんたのひ孫だ。未来のあんたから送り込まれたんだよ!」
「ひ孫? 私に孫など。子どもさえできないのに、いるわけないだろう!?」
神主の名前は、氷狐竜。
令和時代では、白狐兎の曾祖父でもあり、狐の里の長老である。 平安時代の今日は、稲荷神社を建立したばかりの青年であった。まだ白狐兎の祖父である義孝は産まれていない。
この神社は狐と人間のハーフである氷狐竜が初めて神社の神主として働きはじめた場所だ。狐であることは参拝する人間たちには知られていない。
「願いが叶うなら、すぐにでも子どもが欲しいところだ。お前はなんだ。急に出てきて、しかも尻尾も隠さずに……力は持っているようだけど……」
「信じてくれないのか……白い髭も生えてないじいちゃんを見られるなんて! 若すぎる!」
「五月蠅いわ! ……百歩譲って、未来から来たと信じよう。何しに来たというんだ! まだ神社として始めたばかりで人間に認められるかどうか……安倍晴明様にもお力を借りてるんだ、困ってることなどない!」
思案顔をしながら、悩みながら話す氷狐竜に、白狐兎はにやりと口角を上げる。
「安倍晴明様の力を借りるのは良い話だが、さらに大変なんだってことを知らせに来たんだよ!」
「……どういうことだ?」
氷狐竜は顔を近づけて、白狐兎の話を聞き入った。この時代で起こることを予測すること――これはご法度だと感じていたが、それを防げるならと紙を広げて、硯に墨を削り始めた。白筆を右手に取る。
同じくらいの年齢の男の話をじっと聞く氷狐竜は顔色を変えて、術が解けてしまう。白狐兎と同じで尻尾が着物から出てきてしまっていた。
未来を知ることで何だか心が躍り始めていた。
永遠のライバルとされる白狐兎と平安時代の土御門 康成に憑依した土御門 迅と再会するのはもう少し後の話になるだろう。




