第93話:協力体制の構築
シモンの正体を聞いた海里は、驚きに目を見開き、言葉を失っていた。
「シモンさんが先代リグリア国王……」
「そう、国の混乱を収められなかった愚王だ」
シモンは自嘲するように語った。
「城から追放されて、街中で暮らしていて問題なかったんですか?」
「もっともな話だね。だが、私は街中を普通に歩いていたよ」
「え?」
先代国王ともなれば、王都にその顔を知る者は少なくないはずだ。それなのにシモンは、裏通りの店に籠るばかりか街中を平然と歩いていて、誰に見咎められた様子もなかった。
「気づかれない理由は単純だよ。魔道具の効果で認識を阻害していてね。素顔のまま出歩けば、いつ元国王だと気づかれるか分からないだろう? そうなれば流石にイディウスの耳にも入っていたはずだ」
「この店にいる時ぐらいは、素顔を隠さなくてもいいと思ったこともあるけどね」
リズの言葉に、シモンはいいやと首を振る。
「そういうわけにもいかない。先日、アウロラの森から戻ったばかりの君らと偶然遭遇したときのように、私の顔をなんとなく知っている者もいるかもしれない。故に顔を変えておくことは必要だ。でなければ、アルベール医師にも、あの時気づかれていただろう」
慎重に慎重を重ねているシモンは、そこで自身の姿の隠蔽手段から話を移し、リグリアの過去を語っていく。
「話を戻そうか。十年前の騎士団壊滅に端を発したグランドヴェルクとの緊張感の高まりは、情けない事に私だけで収めることができなかった。被害を受けたかの国の怒りはそれは凄まじくてね。父上にも無理をさせてしまい、結果寝たきりにさせてしまった。その一連の失態を理由に私は、イディウスに王城から追放された。その後、イディウスが私の息子を傀儡にして実権を握り十年もの間、国を私物化してきた。反対するものは皆処刑され、他の王族は処刑こそされていないが軟禁状態だ」
「はい……」
海里は、人を人とも思わぬ宰相イディウスへの怒りを覚えた。同時に、こうも考えた。十年もの間、シモンは素性を隠したまま、王都の裏通りで店を開き続けてきた。追放された王が身を隠すというなら、もっと遠くへ逃げる道もあったはずだ。それをせずに王都に留まり続けたのは、リグリアの現状をどうにか打開するためだったのだと思い知らされた。穏やかな笑みを浮かべながら、ずっと備え続けていた。
「私は市井に潜むと同時に、イディウスを打倒するという同じ目的を持つ者達と密に繋がってきた。リズちゃんやマーカス君はその協力者の一部だ」
「マーカスは何か古くから知り合いって感じで通りそうだけど、リズは何でなんだ?」
「私の両親はイディウスに反対して処刑された」
「――ッ!!」
海里の疑問に、リズは顔色ひとつ変えずにそう告げた。その声には震えも気負いもなく、ギルドで依頼の相談をしている時とまるで同じ調子だった。だからこそ海里は、返す言葉を見つけられなかった。
出会ってから今日までの間、リズは自称情報通として振る舞ってきた。王都図書館に入り浸り、本を汚されれば本気で怒り、馬鹿をやるレンを杖で殴って黙らせる。海里の知っている彼女はそういう人間で、その下にこんな過去があったことを、今の今まで知らずにいた。
海里が黙ったままでいると、リズはそのまま先を続けた。
「シモンが匿ってくれなかったら私も今生きてはいなかったと思う。それから私は冒険者として、王国中の情報を集めてシモンに共有する同志になった」
「リズ……お前」
唐突に明かされたリズの話に、付き合いの長いレンは驚き、何かを言おうとしたが、それ以上を口にできなかった。
「しんみりしなくて良いわよレン。冒険者としての生活はそれなりに充実していたし、あなたの馬鹿をやってる姿は見ていて楽しかったのよ」
「お、おぅ。その割にはボコボコにしてきたり結構容赦なかったよな?」
レンは困惑したように呟いた。
「ん? それは紛うことなき本心だったし……。レンは頑丈だから遠慮なく殴れたわ」
リズはあっさりと答える。
「おぃぃっ!? あ、いやっ、うーん」
レンは抗議しようとしたが、その雰囲気ではないと自重して話を聞く姿勢に戻った。このやり取りも、リズにとって大切なものだったんだなと海里は理解した。その横でマーカスが語り始めた。
「俺は怪我で半ば引退した元冒険者なだけだからな。新人を育てて、いつかに備えてたら、海里が冒険者になって以降、一気に状況が動いたよ」
「それは別に俺だけが理由というわけじゃ……」
「そうではあるが、君が現れたことで動いたものが幾つもある。無論、君の幼馴染の鏡花さんが七元徳としてリグリアに来たことも関係ある。君が自ら第六転生者であると教えてくれたときは本当に驚いたと同時に嬉しくもあった。私を信じて打ち明けてくれたことがね」
打ち明けたのは、この場所でのことだった。転生者だと明かせば教団に売られるかもしれないと、海里は内心恐怖を抱いていた。それでもシモンは、逸れた仲間の位置が分かる魔道具を寄越しただけだった。
その魔道具が、教団支部に囚われた海里の魔力を追って、ジュノアたちをそこまで導いた。あの時に打ち明けていなければ、海里は今も独房にいただろう。
「シモンさんが何者か分かっていなかったけれど、騎士や冒険者以外に誰が協力してくれそうか考えた時、この店の道具に助けられた経験が頭に浮かんだんです」
「君に協力するつもりが、イディウスと教団の動きの方が早くて面倒をかけてしまいすまなかった」
そこから海里は自身の持つ情報を、その場の全員に包み隠さず共有した。教団の目的がリグリアの星蝕の欠片の入手であり、幼馴染の鏡花が虚魂に肉体を乗っ取られていること。鏡花と戦うことになった場合、その身体ごと殺すしかないということ。そして、未だ対処方法が見つかっていないことを話した。
「ジュノアから聞いた話じゃ、『信仰』の鏡花は、死にかけとはいえ、ヴェノム・ルカンを一瞬で切り刻んだんだろ?」
「マジかよ。あれを一瞬で……?」
ラルフの話に、ヴェノム・ルカンと戦わずともその異様を見ていたレンの顔に驚愕が広がる。
「ああ、それでも全く本気じゃなかった。配下のゼイロンの話じゃ、恩寵っていう力もあるらしい」
「殺すつもりで戦ってはじめて弱らせることができるかどうかじゃねえか?」
その言葉に、部屋の中が一度静まった。
殺すしか手がないというのは、自分の口で全員に伝えたことだ。それでも他者に言い直されると、同じ内容とは思えなかった。ラルフは言葉を選ばなかったし、選ぶべきでもなかった。曖昧に濁したまま鏡花の前に立てば、迷って死ぬのはこちら側になる。海里から目を逸らさないラルフは、それを分かった上で言っている。
「その方法で鏡花さんを弱らせたとして、その後、拘束しておけるかしら? 海里にとっては幼馴染を拘束なんて受け入れ難いと思うけど……」
「思うことはあるけど、現状だとそれくらいしか方法はないと思う」
そう答えるのが精一杯だった。弱らせて拘束できたとしても、虚魂を引き剥がす方法がない以上、それは鏡花の身体を縛り続けるということでしかない。救い出したことになど、まるでならない。
ジュノアはそれ以上を尋ねなかった。目覚めたばかりの海里から全てを聞かされて、それでも力を貸すと言った彼女は、答えの出ないことを重ねて問う人ではなかった。
「さて、鏡花さんとの戦いに集中するには、先にイディウスを何とかしないといけない」
シモンは話の方向を修正し、自分たちが行うべきことを順序だてていく。
「鏡花さんがリグリアにやって来て以降、イディウスの粗が目立つようになった。想定外も多そうだし、それは付け入る隙になるだろう。実際、それまでは教団と対等に上手く付き合っていたようで、そうした隙が少なかったくらいだ」
「でも、今のイディウスのもとには傀儡にされたゼファーさんがいます。シモンさんの傀儡魔法を解けるという魔道具は二つはないですよね」
「申し訳ないが、その通りだ。あれの使い道だけは譲ることはできないんだ」
そう言い、シモンは複雑な表情を浮かべながら謝罪した。
「となると、イディウス自身に解かせるしかないわけだけど、シルフィアさんってどうしているの? ラルフ」
「今は分からねえ。最後に騎士団で会話して以降は、俺も戻ってねえからな」
「ゼファーさんが傀儡になっていることをあの人が許すわけないはずだけど、何らかの理由で動けなくなってるとかか?」
「そうかもね。何にせよ、人間に使われた傀儡魔法は厄介でしかないわ」
イディウス自身に戦闘能力がなくとも、リグリア王国内での実力者が敵になっているのは問題だった。
「この状況で彼女が王都にいないのが悔やまれて仕方がない」
シモンは残念そうに言った。
「彼女?」
「黒曜騎士団団長の『黒鋼』ディマリアさんだよ。リグリアとグランドヴェルクの国境にいるのは知っているが、彼女がいてくれればと思わずにいられない。今の戦力で鏡花さんと戦う前にゼファー君を解放し、イディウスを打倒して、アルベール先生を救出しなければならない」
「やることが山積みね。そういえば、黒曜の二人は国境の砦に向かったんだったわね」
「バルトロメオとカミラは、そうするって言ってたな。もう国境の砦には着いているんじゃないか?」
リズの疑問にレンが答え、そこにシモンが加わる。
「君たちがアウロラの森から戻ってきたときに一緒にいた黒曜騎士団員のことだね。あれから三週間ほど経った今、彼らが国境に着いていたとしてもおかしくない。しかし、ディマリアさんが何らかの動きを見せるとしても、距離が離れている以上、難しいだろうね」
「ディマリアさんか。もう長く会ってないわね」
「そうだな。騎士団同士の合同訓練もなくなって久しいからな」
騎士団が異なっても交流があったであろうジュノアとラルフは懐かしむような素振りを見せたが、それは現状を打開する手段とはならない。今、リグリア王都にいない者に助力を求めることはできないのだから。
皆が悩む中、リズが思い出したように新たな情報を話し始めた。
「そうだ。アルベールが囚われている監獄塔のことなんだけど……」
リズがレンに視線を向けると、彼が頷いて、二人が確認してきた監獄塔の様子を話し始めた。
「……妙な連中がうろうろしていたんだよ」
「どんな連中なんだ? 教団の信徒か?」
「いいや、あれは違うな。服装も武器もてんでバラバラで、何の集団かと思わされたぜ」
その集団が何者か話していると、ジュノアが口を開いた。
「多分、アリーナポリス自由都市連合から来た傭兵ね。イディウス宰相が雇ったんだと思うわ」
「……傭兵って、俺ら冒険者と何か違うのか?」
レンの疑問に少し思案したジュノアが傭兵と冒険者の違いを語っていった。
「そうね。依頼を受けて動くって意味では同じかもしれないけれど、もっとドライな感じよ。仕事は仕事だから、その内容次第では誰とでも協力するし敵対もするわ。今日は味方だけど、次に会ったら殺し合いなんてこともあるわ」
「なんか詳しいんだな。傭兵に会ったことがあるのか?」
「……ええ、あるわ。昔のことだけどね」
「……お、おぅ」
ジュノアはそれきり黙り込んだ。先ほどまでの落ち着いた説明とは、明らかに違う声だった。あまり語りたくないという様子が伝わってきて、その場の誰もそれ以上を聞けなかった。
医院の屋上でアルベールが口にしていた、ジュノアが過去に辛い目にあっているだろうという推測。それは事実であり、その理由がアリーナポリスにあるのだろうと海里は理解した。
尋ねればジュノアは答えてくれるのかもしれない。だが、今それを聞き出すのは違うと海里は思った。何か言おうとして、結局何も言えなかった。
少し場の空気が重くなったことが嫌だったのか、ラルフが話題を強引に変えた。
「邪魔なら傭兵は蹴散らせばいいだろ。で、アルベール先生を無事に助け出したとしてよ、それで終わりじゃねえだろ。傀儡にされたゼファーさんも何とかしねえといけないし、そんで教団だろ。海里、さっき話に出たゼイロンってのは、あの影使いの男の名前だよな?」
「ああ、そうだ。アウロラの森でも、あの男の暗躍で被害が拡大したといって間違いない」
「もし遭遇したら、あいつは俺が倒す」
「ラルフ?」
ラルフがリーファに視線を向けると、ゼイロンの話を聞いていた彼女は緊張した面持ちになっていた。
「医院で働く以前にリーファが負った怪我を海里の憑想で治したって話は聞いてる。それを潜んでたゼイロンが盗み聞きしてやがった。海里の情報を得るために攫われかけたんだよ」
「俺が医院を出たあの後にか!?」
「はい。でも、すんでのところでラルフさんが来てくれて事なきを得ました」
「ラルフ、ありがとう。リーファを守ってくれて」
「礼なら、ゼイロンを倒してからにしろ。また医院に潜まれていたら、たまったもんじゃねえ」
村を鏡花に潰され、傷を海里の憑想で癒されたリーファは、その仔細を知ろうとしたゼイロンに攫われかけた。その傍にいたというだけで、彼女はまた教団の人間と関わることになってしまった。
「俺とリズは、街中で会って以降、ゼイロンに会ってないけどさ、今あいつにもっとも怒ってんのはラルフとリュカってことだよな」
そのレンの言葉に、全員の視線が彼に集中した。
「あん? リュカって誰だ?」
アウロラの森に行っていないラルフはリュカのことを知らない。同じ疑問をジュノアも抱いているようで、話の続きを待っている素振りを見せた。
海里がリュカのことをどう説明したものかと思っていると、リーファが口を開いた。
「先生から聞いた話だと、海里さんのことが大好きなエルフ族の女の子だそうですよ」
その直後、海里は微妙な空気の変化を感じた。
ラルフは揶揄うような視線で笑みを浮かべていて、その視線を辿ると、ジュノアが目に見えてむくれていた。
「へぇ~そうなんだ。ふぅん」
穏やかな声音のはずが、妙な圧を感じる。
「ジュノア? ジュノアさん? 何か勘違いしていないか?」
「私は何も勘違いしていないわ。それと初めて会った時に言ったけれど、私に敬称は付けなくていいわ」
(勘違いしていない、というのが一番怖いんだが……)
喉まで出かかった言葉を、海里は寸前で呑み込んだ。ラルフの笑みはいよいよ深くなり、レンはそっと視線を逸らしている。この場に助け舟を出す気のある者は、どうやら一人もいないらしい。
「と、とにかくだ、ゼイロンを倒したいと思ってるのは、ラルフだけじゃないってことだ」
逃げ道を探して泳いだ海里の視線が、リーファとぴたりと合った。
「海里さん、逃げちゃ駄目です」
「うぐっ」
笑顔のリーファの追撃を受けて、海里はこの話題はいずれまたしないといけないと固く心に決めた。
そこから話は、監獄塔の見張りの数と傭兵たちの動き、そして踏み込むタイミングをいつにするかへと移った。決めなければならないことが、一つずつ形になっていった。
アルベールを救出するための計画が具体性を帯びていき、その決行が間近に迫っていく。
十年もの間、この国を牛耳ってきた男に対して、裏通りの道具屋に集まった顔ぶれはこれだけ。それでも、この場にいる誰一人として、無理だとは言わなかった。
その傍らで、ジュノアが小さく呟いた。
「……アリーナポリス、か」
その声は、話し合う皆の声に紛れて、誰の耳にも留まらなかった。
もう関わることはないと思っていた自由都市に関するものが、リグリアに来ている。それでも、行かないという選択肢は彼女の中になかった。




