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輪廻の檻 ―異世界で再会した幼馴染は、俺を知らない敵だった―  作者: あすらりえる
第二章_翠玉と災禍の庭

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第70話:影の勧誘

 リュカの視線が何もない樹々の影を睨み、彼女は弓を構えた。膝をついたままの海里を庇うように前に出て、素早く矢をつがえた。


「出てこい!出てこないなら、撃つよ」


 リュカの声を聞きながら、海里はこの森に潜んでいるはずの人物を数えていた。バルトロメオとカミラと共に森に来た人間は全部で六人。


 副団長レナート、リュカを襲った男、盗みを働こうとした男。そして、最後の一人はずっと姿を見せないままだった。


 輪廻教団のゼイロン。その名が脳裏に浮かんだ直後、樹の影が揺らぎ、声が聞こえた。


「まさか、気づかれるとは思いませんでしたよ」


 地面の影から浮かび上がるように、漆黒の装束を纏った金髪の青年が姿を見せた。


 それは海里も知る人物だった。以前、王都で一度だけ遭遇した。あの時は黒髪の転生者を探していると言い残して去った男。


「お前は……」


 男は微笑んでいた。穏やかな声に殺気も敵意も混じっていない。ただ、戦いが終わったはずの場所を別種の緊張へと塗り替えていた。


 海里は膝をついたまま、辛うじて顔を上げた。崩れていく薔荊蛇の亡骸を背に、疲弊した二人はゼイロンと向かい合う。


「お前がゼイロンだったのか……」


 ようやく出た声は、驚くほど掠れていた。


「はい。『信仰』の鏡花様の配下、ゼイロンと申します。前回お会いしたときは、あなたのお連れの方とだけ話したので、直接お話しするのは初めてですね、海里さん」


 その声は、戦いの後にはあまりに不釣り合いな、どこまでも穏やかだった。ゼイロンは小さく首を傾げ、雑談の続きを楽しむような仕草を見せる。


 膝をつく海里と、弓を握ったまま立ち尽くすリュカを、分け隔てなく視界に収めていた。


 海里は剣の柄を握り直そうとしたが、指先に感覚が戻らない。地面に突き立てた剣を杖代わりに、辛うじて上体を支える。憑想(ひょうそう)の反動で身体の自由が効かず、視界がチカチカする。


挿絵(By みてみん)


「薔荊蛇を倒したばかりでお疲れでしょう。戦うつもりも危害を加えるつもりもありません。どうぞ、ゆっくりと呼吸を整えてください」


 どの口で言うのかという憤りはあったが、疲弊を隠す術はない。海里は相手の言葉に従い、呼吸を整えてから尋ねた。


「俺の調査を……宰相が命じたと聞いた。それは鏡花の意思なのか?」


「少し違います。私が鏡花様にあなたの調査を進言しました。リグリアで目立った活躍を続けるあなたのことが、ずっと気になっていたので」


 以前のジュノアの言葉が脳裏をかすめる。


『彼らは珍しいものや、目立つ者に鼻が利くわ』


 冒険者として動き始めて以降、海里はあらゆる方向から注視されているのだと。教団がそれに含まれることも理解はしていた。


 それでも、実際に教団の者に宣言されると、自身の立ち位置に危うさを感じずにはいられなかった。


「……なんで俺を調査する。そのせいで、エルフの里にどれだけの被害が出たと思っている」


 怒りを滲ませる海里に対し、ゼイロンの口調は変わらない。


「何故か。その答えは、海里さんご自身が一番ご存じでしょう。あなたが転生者だと考えたからです」


「転生者は黒髪なんじゃないのか?」


 既に看破されていると理解しながらも、その根拠を問わずにはいられなかった。外見も合致せず、ジュノアと違ってこの男とは接触回数も少ない。黒髪だった時期を見られたわけでもない。


「仰る通りです。鏡花様は勿論、第五転生者様も黒髪ですが、海里さんは該当しません。しかし、転生者という希少な存在は、行動面でも嫌でも目立つんですよ。外見だけで判断すると、本質を見逃すと考えました。それがリグリアで頭角を現し始めていたあなたを調査するに至った経緯です」


 海里は奥歯を噛み締めた。


 自分は転生者であり、ルクスから力を託されたことで髪色が変化し、教団の捜索を逃れていたに過ぎない。しかしゼイロンは、自身の経験から海里を疑い、その正体に辿り着いた。


「ところで、あなたが見せたあの技ですが、憑想(ひょうそう)でしたか。あれ自体も妙なんですよね」


 ゼイロンが軽く、本当に軽く問いかけてきた。


「何が妙なんだ?」


 ゼイロンの疑念の理由が分からない海里は問い返す。


「あなたが戦える人間としての能力が妙なんです。この世界で戦える者の大半は、得意な武器と魔法属性を持っています。例外はあれど、二つの属性を使えるものなど居ないはずなんです。その点、あなたの憑想とやらは、光の魔力のように見えてそうではないし、消耗の様子は、魔力が欠乏しているようには見えない。私の知る限り、そのような力は恩寵(おんちょう)にも存在しません」


「恩寵?」


 聞き覚えのない単語に、海里は怪訝な表情を浮かべた。口にしてから、その表情が無知を示してしまったことに気づいた。


「あぁ、失礼。恩寵は七元徳の方々が持っている固有の力です。ご存じなくとも無理はない。やはり、恩寵をお持ちなわけではないようですね。お持ちであるなら、重力魔法とは異なる二属性持ちかとも思えたのですがね」


 ゼイロンは一人で納得した様子で頷いた。


「外見は既存の情報と合致しませんが、目立つ行動と、魔法とは異なる憑想なる力。それらを鑑み、あなたのことを私は六人目の転生者であると断定いたしました」


 海里の呼吸が止まった。リーファやジュノアに看破されていた時とは違う。根拠を持った確信を突きつけられ、否定する言葉が見つからない。語らずして、自らが転生者であることを認めていた。


 海里の内心を察したかのように、ゼイロンの口元が笑みを刻んだ。


「来て良かった。鏡花様に良い報告ができそうです。さて海里さん、あなたも輪廻教団に加わりませんか?鏡花様もきっと、快く受け入れてくださることでしょう」


「断る。お前たちは何がしたい。教義で掲げる第一転生者を復活させるために、なぜ各地で騒動を起こすんだ?」


 本気で勧誘が成功するとは思っていないのだろう。ゼイロンは形式上の誘いを終えた様子で続けた。


「簡単です。騒動が起きれば、その地に住まう方々が嫌でも動きを見せます。我々の探すものの手がかりも得られやすくなるので」


「この森にあったという星蝕の欠片(せいしょくのかけら)を、他の場所でも探しているのか……」


「おや、既にどこかで聞き及んでいましたか。その通りです」


 隠す様子もなく認めるゼイロンに、傍らのリュカが声を荒らげた。


「黙って聞いてれば、僕たちの森で二度も好き勝手してくれたね。去年はアリシアで、今回は君の主の鏡花?バカも休み休み言いなよ」


「リュカ……」


 そこではじめて、ゼイロンの視線がリュカへと向いた。


 海里に向けられていた親しみは消えて、冷たい眼差しに変わる。ゼイロンのその視線を受け、リュカは僅かに後ずさる。


「……そういえば、海里さんが黒曜の男にとどめを刺すのを止めたのは貴方でしたね。リュカさんでしたか。貴方が邪魔をしなければ、もっと早くに憑想とやらの力を見られたかもしれないのに」


「――――ッ」


 リュカの背筋に汗が伝った。それでも、彼女は弓を下ろさない。余力がないことを見透かされていようと、気丈にゼイロンを睨み続けた。


 やがてゼイロンは、困ったように小さく嘆息した。


「今日はここまでとしましょう」


 ゼイロンは影の中へ手を突っ込み、取り出したものをリュカの足元へ放り投げた。それは魔法袋だった。


「手癖の悪い同行者が持っていたものです。中身を確認してください。おそらくエルフの里のものでしょう」


 リュカは弓を構えたまま、視線だけを落とした。


「……返すくらいなら最初から盗らせないでよ」


「まったくですね」


 ゼイロンは苦笑を浮かべ、再び海里に視線を戻した。


「海里さん。勧誘は断られましたが、我々は常に門扉(もんぴ)を開いています。王都に戻られましたら、教団に来てくださることをお待ちしていますよ」


 と、どこまで本気か分からない言葉を残す。


「待て……ッ」


 海里は剣の柄を掴む手に力を込めたが、立ち上がる余力は残っていなかった。


「鏡花様にも近いうちにお会いすることになるでしょう。それでは、ご機嫌よう」


 ゼイロンは笑みを残したまま、ゆっくりと頭を下げた。身体が影に沈んでいき、やがてその姿は完全に消失した。


 ゼイロンの気配が消えた瞬間、リュカの弓が下ろされた。


「……行った、よ」


 海里もそれを理解し、途端に意識が遠のいていく。ゼイロンの思惑はどうあれ、薔荊蛇は倒した。これで森の奥へ翠玉の涙を採取しに行ける。ルカンの毒を解毒し、ジュノアを助けられる。


(……もう。これ以上は無理だ)


 限界を自覚した時、複数の足音が近づいてきた。聞き覚えのある声が自分を呼んでいる。


「海里ッ!」


 レンの声だ。


「リュカも無事ッ!?」


 リズの声が重なる。樹々の間から、見慣れた二人の姿がこちらに向かって走ってくる。海里は最後の力で顔を上げた。


(あぁ、またこのパターンか)


 瞼が重い。視界が閉じかけていく中、二人の方を見て薄く笑った。


「倒したよ。皆、悪い。少し休むよ」


 その声は、自分でも驚くほど穏やかだった。


 レンの叫びは、もう海里の耳には届かなかった。隣に座り込んだリュカの視線を感じながら、海里の意識は深い闇へと沈んでいった。


 薔荊蛇は倒され、ゼイロンが去ったことで、エルフの里での戦いは終わりを迎えた。


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