第43話:道楽者の道具屋再訪
アウロラの森への出発日を決め、その間に各々準備を進めることになり、海里は冒険者ギルドに向かった。
(ゼファーさんから冒険者ギルドで動ける人にも依頼を出してあると聞いているからな)
ギルドに足を踏み入れると、すぐに受付で作業をしていたマーカスが海里の姿に気づいた。
「よぉ、海里。動けるようになったか」
「ああ、どうにか」
「討伐戦はご苦労だったな。まぁ、ルカンの乱入でそれどころじゃなくなったがな……」
「そのルカン絡みでアウロラの森に行く依頼を受けたんだけど、こっちにも依頼を出してあるって聞いたから来たんだ」
「ああ、聞いてる。じゃあ、あとは当事者たちで話しな。レン、リズ、海里が来たぞ」
マーカスが受付からギルドの奥に向かって声をかけると、見慣れた二人の男女が立ち上がって海里のもとへやって来た。
「よっ、海里。動けるようになったみたいだけど無理してないか?」
「ありがとうレン。ルカンの毒は食らってないから平気だ。二人も無事でよかった」
言葉を交わす海里とレンの横で、リズは初めて会った時と同じように木製のグラスを傾け、中身の酒を煽っていた。その琥珀色の液体が喉を通るたびに彼女の長い金髪が揺れる。
「そう、それだ。俺たちも運良く毒は免れた。だから、この採取依頼の白羽の矢が立ったってわけ」
リズは木製グラスから唇を離し、淡々とした口調で続けた。
「面倒ではあるけど、私は報酬に釣られた」
レンは呆れたように嘆息した。
「……自分で言うなよリズ」
「本当のことよ」
リズとレンの久々に見るような軽妙な掛け合いに、海里は思わず声を抑えて苦笑した。
「一緒にルカンの群れを相手してたラルフだっけ?あいつが強くてさ。炎の槍でルカンの群れに風穴を開けてくれてさ、その隙をついて毒を食らうことなく群れを掃討できたんだよ」
海里とジュノアが分断された後の様子を、レンが身振り手振りで教えてくれたが、そこで彼は言葉を切って、申し訳なさそうな様子になった。
「海里と一緒にいた女騎士ジュノアだったよな?二人の援護に行こうとしてたラルフは何度もルカンの爪にやられちまった」
「そうか。……ラルフは急いで援護しようとしてくれていたのか」
海里はラルフが負った傷の背景と、レンとリズに目立った傷がない理由に納得した。そこでマーカスは話をまとめる。
「ってわけでな、アウロラの森に行く冒険者は海里、レン、リズ。お前ら三人一緒だ。採取依頼とはいえ、今回は広大なアウロラの森だ。まぁ、用心のためだろうな」
「マーカス。今のアウロラの森は危険なのか?」
海里の質問にマーカスは暫し考えに耽ってから話し始めた。
「あの森が危険だったって話をするなら、一年前のほうが危険だっただろうな。丁度アウロラの森で輪廻教団が騒動を起こした時期だったからな」
「なんでも、アウロラの森に教団が求める探し物があったらしいのよ」
マーカスの言葉の続きをリズが引き取った。彼女は空になったグラスを振りながら話す。
「探し物……?」
海里は眉をひそめて尋ねた。
「それが何かは知らないわ。でも探し物は見つかったみたいで、教団はもうアウロラの森から引き上げているわ。その騒動以降、エルフ族は輪廻教団を警戒している。教団じゃなくても、余所者の私たちも警戒されるんじゃないかしら」
「それ……俺たちが行っても大丈夫なのか?」
話していて心配になったのか、レンが思わず口を挟む。
「ゼファーの兄ちゃんの依頼なんだ。教団が騒動を起こしたとき、エルフ族と協力して対処してるからエルフから信頼されているんだよ。その当人の依頼だから、まぁ門前払いにはされねえよ。案内役もいるんだろ?」
「ああ、まさにエルフのシルフィアさんって人が案内をしてくれることになってる」
シルフィアの名前を出しながら、海里はゼファーとシルフィアの種族を超えた信頼関係を思い出していた。
「本当はゼファーが自分で動きたかったんだと思うわ。でも、白銀騎士団にもルカンの毒の被害者が多数出ている以上、やむを得ず動ける人に依頼したんでしょうね」
「それで二人もか。納得したよ。今回もよろしく」
「そういうわけだから、お前ら三人セットで準備を済ませてアウロラの森に行ってこい。海里も自分の手で助けたいんだろ?」
「ああ。って、え?」
返事を返したものの咄嗟に意味が分からなかった海里に、マーカスは口角を上げた。
「ジュノアって姉ちゃんを抱きしめながら気を失っていたって聞いたぞ」
「ッ!!」
海里がバッと振り返ると、レンとリズがいっそ邪悪にさえ見える笑みを浮かべていた。
(そうだった!この二人は気を失う直前、俺とジュノアの近くまでやって来てたんだ!)
「二人とも……この間の討伐戦が始まる前にも言ったけど、俺とジュノアはそういう関係じゃ……。彼女は俺の恩人が大事に想っていた人であって……」
「それはそれとして、海里自身がジュノアの事を大切に想ってるのは間違いないよな」
「そうね」
「……」
二人の言葉に反論できる言葉を海里がなくした時、リズが喋りながら歩き出した。
「まぁ、今はそれはいっか。それじゃあ海里とレン。二人とも私についてきて」
有無を言わせぬ調子の彼女は、そのままスタスタと歩きながらギルドの入口に向かっていく。
「「???」」
海里とレンは顔を見合わせて疑問符を浮かべたが、リズが二人の返事も待たずに入り口から出ていくので、二人は慌てて彼女のあとを追った。
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「どこまで行くんだリズ?」
冒険者ギルドを出たリズは、迷いのない足取りで王都の街並みを歩いていく。
「いいからついて来て」
しばらく進むと彼女は賑やかな表通りを逸れ、陽の光が届きにくい裏通りへと入り込んだ。やがてリズが足を止めたのは海里にとって見覚えのある場所だった。
「この店は……」
今、海里が腰に帯びている剣とヴェノム・ルカンの嗅覚を無効化した煙玉。それらを購入したシモンの道具屋。
外観は相変わらずで、壁には奇怪な模様の魔法陣が踊り、窓には毒々しいほど鮮やかなステンドグラスがはめ込まれている。入り口のドアノブは今にも動き出しそうな動物の角の形をしていて、怪しい雰囲気は今日も絶好調だった。
「え?何ここ?道具屋?何この見た目?なぁ、リズ。もしかして危ない店?」
引き気味に声を上げるレンに対し、リズは眉一つ動かさず、角のドアノブを無造作に掴んだ。
「違うわレン。ここは道具屋。便利で珍しいものが多いから、アウロラの森に向かう準備のために二人にも来てもらったわ」
店の外見に戸惑うレンに、リズはあくまで淡々とした口調で答えた。
「レン、ここは俺も前に来たことがある。ここで買った道具のおかげでルカンとの戦いも有利に運べたんだ」
「まじか……悪いリズ。完全に見た目で判断してた」
海里の言葉に毒気を抜かれたのか、レンは少し肩の力を抜いた。
「まぁ、この店の外見じゃ無理もないけどね。店主は変人だし。じゃぁ、行くよ」
そう言うや、リズは道具屋に入っていき、海里とレンもその後に続いた。店内には古書と乾燥した薬草、そして微かに金属が焼けるような独特の匂いが立ち込めていた。
店に入るとすぐに来訪者に気づいた店主シモンが出てきた。
「やぁ、いらっしゃいリズちゃん。それに海里君も一緒か。それから、もう一人の君は初めましてだね」
「あっ、はい。俺はレンです」
「レン君だね、私は店主のシモンだ」
やはりシモンは、只の道具屋店主とは思えない気品ある雰囲気を醸し出していると海里には感じられた。彼の一挙手一投足には優雅さがあった。
「先日はどうもシモンさん。この間の煙玉が魔物に対して効果覿面でした」
レンは思わず居住まいを正した。怪しげな外観からは想像もつかないシモンの雰囲気に気圧されたようだ。海里はそんなレンの反応に苦笑しながら、一歩前に出た。
「それは嬉しいね。道具屋冥利に尽きるよ」
感謝を伝える海里にシモンは嬉しそうに笑っていると、リズがやって来た用件を口にする。
「シモン。私たちはアウロラの森に行くことになったから、森で行動するのに便利そうな魔道具を見繕って」
「お安い御用だとも。それにしてもアウロラの森か……」
シモンの言葉にはどこか含みがあった。
「何か気になることがあるんですか、シモンさん?」
海里の問いかけにシモンは自身の懸念を口にする。
「仕入れをしている商人があそこを通るんだが、最近、魔物の数が増えていると言っていたものでね。……しかも妙に凶暴になっていると」
「魔物の数が増えて凶暴になった……?冒険者ギルドではそんな話は聞かなかったですが」
「リグリアの中にいると却って分からないこともある。その点、商人は各地を動き回っているからね。それで、君たちがアウロラの森に行く目的は増えた魔物の討伐かい?」
「違うわ。薬草採取が目的よ。できるだけ無駄な戦いは避けたいわね」
リズの言葉にシモンは頷いた。
「ふむ。それなら、戦いを避ける用途の道具が良さそうだ。……少し待っておくれ」
シモンは一度、店の奥の薄暗がりへと引っ込んだ。ほどなくして戻ってきた彼の腕には黒い布が抱えられていた。
「この外套はどうかな?身に纏えば姿を消し、さらに特殊な香油が塗り込まれていることで嗅覚だけじゃなく感知能力に優れた魔物も欺ける。……最近はルカンという異形の魔物も現れたそうじゃないか。戦闘を避けたければ持っておくことをおススメしよう」
シモンがさらりと口にした言葉に海里は驚愕を隠せなかった。何故この人が知っている?
「シモンさん。……なぜルカンの情報を?まだ知ってる人は多くないはずなのに……」
「商売を行う以上、情報網は幾つあっても困ることはないからね」
シモンは海里の疑問を煙に巻くようにしていたが、それでも外套型の魔道具の有用性は理解できたので購入しておくことにした。血の匂いを辿って現れたルカンの群れの脅威を知っているからこそ装備を充実させることに迷いはなかった。
それはレンも理解しており、彼も同じ魔道具を購入していた。隠密用の魔道具を購入する海里とレンだったが、リズだけは別な魔道具を購入しようとしていた。
「私はこれを買っていくわシモン」
彼女がカウンターに置いたのは、揺らしても音のしない透き通った小瓶。シモンは目を細め、リズの意図を察する。
「毎度リズちゃん。延焼対策かな?」
「ええ、最近は森で戦闘することが多いから一応ね。森を燃やしてエルフ族に怒られるなんて嫌だし……。それよりシモン」
会計を済ませたリズは小瓶を受け取ると、ふと声を落とした。彼女の視線が店内の雑多な陳列のさらに奥へと向けられる。
「あなた自身が欲しいものは入手できそうなの?」
「ああ、その件か。長く時間はかかったが、どうにかね。もう少し待てば入荷するだろうさ」
シモンの返答は穏やかだったが、リズはどこか安堵したように小さく息を吐く。
「そう、良かったわね。本当に……」
「ああ、ありがとう。リズちゃん」
二人の間に流れる他者には分からない独特の空気。それに耐えかねたのか、話の内容が気になって仕方ない様子のレンが横から首を突っ込むように声を上げた。
「……おいおい、何の話をしてるんだ?二人揃って妙に神妙な顔をしてさ」
レンが茶化すように笑いかけると、二人は示し合わせたかのように、ほぼ同時に振り返った。
「「秘密よ(だよ)」」
見事に重なった二人の声に、レンは面食らったように数歩たじろいだ。
「……お、おぅ。息ぴったりだな……」
「前に海里君には話したんだが、この道具屋はもともと私が欲しいものを集めることで出来た店だ。店に並べるものだけじゃなく、私自身にも欲しくてたまらない魔道具があるわけだよ」
にこやかな笑みを浮かべながらも口調は真剣そのものだった。シモンの素性は依然として分からない。
「気を付けてアウロラの森へ行ってきたまえ。裏通りの怪しげな店を何度も訪ねてくれるお客は得難いからね」
店の扉が背後で閉まった。
裏通りの空気は薄暗く、表通りの喧騒がどこか遠く聞こえた。海里は歩きながら先ほどの会話を頭の中でなぞっていた。シモンが何を求めているのかは分からない。本人に尋ねても、おそらくはぐらかされる。だが、その願いに向かう真剣さだけは確かに伝わってきた。
(信頼に足る人だと思う。それだけで今は十分だ)
海里は前を行くリズとレンの背中を追いながら歩く速度を速めた。




