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こちら異世界観光タクシー ~SSSSパーティーから追放されたマッパーのオッサンは辺境で観光ガイドを開業してみた~  作者: 釈 余白(しやく)
第六章:オッサンは絶望と刺激と変化と充実で出来ている

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72.時時刻刻(じじこくこく)

 水辺が大の苦手なクプルにとってこの状況は拷問に近い。しかし仲間の一大事だったのだから頑張ったのだ。これは褒美として上等な砂糖粒を喰らってよいということだろう。


 妖精がそんなことを考えながら台所へと戻って行ったあと、びしょ濡れのままで風呂場の床に転がっているエンタクとハイヤーンの呼吸はまだ荒い。ミチュリは栓を抜かれた風呂桶の中におり、真顔で真上を見つめながら寝転がっていた。


「ま、マジで命の危険を感じたぜ…… なるほど、恐らくは人魚の仲間が使うって噂の誘惑の歌に類するもんだったんだろう。この辺には人魚系モンスターがいねえから知らなかったけどかなりヤベエもんだなあ」


「しかも範囲もそれなりに広いみたいだしねえ。さっき一瞬だけ庭に手練れの気配が現れてすぐ消えたから、アタイらに監視が付いているってのは本当らしいさね」


「そういやそんなこと言われてたっけな。アレコレが多すぎて全部意識してられねえぜ。だがまあきっと人魚なんだろうってとこまではわかったんだから後はその人魚と話しできるやつを探せばいいんじゃねえか?」


「見つけてどうするのさ。別の体に移し替えることができるわけで無し。ずっと水の中に入れておくのも無理があるだろうに」


「じゃあ何のためにこんなこと試したってんだ? そもそもオレたちは何がしたかったのかもわからなくなっちまった…… 人間の体と魂を分離するなんてこと出来るはずねえもんなあ」


「そりゃそんなこと出来るはずないさね。例えミチュリがあの装置から産まれたとしても、それでもまだ信じられないし、魂だけ異界産なんてなおさらさ。アンタは村長の話を全て信じているのかい?」このハイヤーンの問いかけに、エンタクの答えは当たり障りなく上っ面なものだった。


「信じる信じねえじゃなく、それが事実なことを前提に全て考えて行くべきだとは思ってるよ。個人的にはあり得ねえと言いたいが、実際に人知を超えたことが起きちまってるし体験もしちまったから、ある程度は信じるしかねえだろ」


「まあそうだけどさ……」不満げなハイヤーンも、それ以上言い返せるほどのことは無く必要もない。それよりも今後どうするかを考える方がよほど大切なのだ。


「結局は一生このままミチュリをモノみたいに行ったり来たりさせて、アタイらは永遠に監視されながら暮らしていくしかないのかねえ。想像しただけで落ち着かないさね」彼女の上場には不安の色が強く出ている。こういう時は無神経で鈍感なエンタクのほうが得と言えそうだった。


「まあ何か目標を考えるってならミチュリの仲間を探してみるとかくれえか? それに他国を余裕で滅ぼせるほどの力を持つ何かが作れたら終いにはなるだろ。その後は戦争になるのかもしれねえがな」


「どちらにせよいい事なんてありゃしなそうだねえ。あまり気にし過ぎても仕方ないのはわかってるけど、アタイはオマイさんと違って繊細なんでね。どうしても細かいことが気になって精神的に疲れちまうよ」


「それじゃ今日はハイナに甘いもんでもこさえてもらってくるとすっか。酒場でワイワイって気分じゃねえからな。ついでに命の恩人のクプルにも樹液のデカい塊を奢ってやろう」


 ひとまずこの晩はこうして何とか落ち着きを取り戻した。



 そして翌朝、早朝からの来客で目を覚ますことは無くはないが非常に珍しい。しかもその相手が好まざる客であれば目覚めが悪くなろうと言うものである。


「なんでオマエさんが…… 昨日返してもらったばかりじゃねえか。また連れて行こうってのかよ」エンタクはやってきた客人へ向かっていきなりケンカ腰である。


「そうだよ、こっちはアンタに用なんてありっこないんだ。滅多なことで顔見せないでおくれ。昨日だって当然のように気分悪かったってのに翌日もこれじゃ身が持たないさね」ハイヤーンも負けじと暴言を吐き出す。


 それもそのはず、早朝の訪問主はアマザ村長だったのだ。望まれない客どころか、今すぐにでもこの世からいなくなってもらいたいと思ってしまうほど忌々しい相手なのだから二人の暴言は予想できたものだろう。


 現に村長は怒りを見せるわけでも気を使う風でも、言い訳する様子もない。そして意外すぎることを口にしたのだった。


「あなた達に仕事の依頼です。まあ断ることは出来ないでしょうししないでしょうが、タダ働きさせるつもりはありませんから落ち込まないように。それにミチュリもしばらくは連れて行きませんから」


「オレは耳が悪くなったのか? この奇人村長がオレたちへ命令じゃなく依頼をするなんざ考えられねえことだと思うんだがな?」どうせいくら抗おうが思惑のままに転がされるのだとわかっているからこそ、言えるうちに不満をぶつけておくくらいの気持ちを持っているエンタクである。


「オマイさんもおかしいと思うかい? アタイはてっきり、今後王国では命令のことを依頼と言うように変更する法でも出来たと教えて下さりにやってきて下さりやがったのかと思っちまったよ」ハイヤーンはいつにもまして嫌味の度合いが大きく相当頭に来ているようだ。


 だがそんな二人の心情も態度も全く意に介さず、何事もないような顔をして話を進める村長だった。


「実はお二人にはこのルレイガンを運んでもらいたいのです。行き先は港町のウィグラード・デン、期間はどれくらいかわかりませんが、片道七晩以上はかかるでしょうね。ちなみにルレイガンもまだ子を産んだことがありませんから、好きにして下さって構いませんよ? 見た目がまだ幼いから物足りないかもしれませんが」


 相変わらずねじ曲がって気のふれたような倫理観をさらけ出してくるこの村長である。まともな精神の持ち主なら嫌悪感を持たないものがいると思えない、などと考えながらその背後を見ると、カミリガンを幼くしたような小娘が上目づかいでエンタクを見つめてきた。


「あらまあ、可愛らしい子じゃないかい。もしかしてカミリガンの妹かい? 良く似てるねえ。だけどオマイさん? 手を出したら許さないからね!」ハイヤーンは念のためという意味でもあるし、自分が身体を許せていないことへの負い目もあって、より厳しい口調でくさびを打ち込んでいく。


「オレはそんな真似しねえぜ。この娘の初子も儀式にとられちまうんだろう? 考えただけで泣けてくらあ。もっとなんとかなりゃしねえのかよ」エンタクの言うことはもっともだが、すでに百か二百年も行っている儀式がなんの工夫もなく繰り返されてきたはずがない。


「昔から大人を使ったり動物を使ったり、食肉を用いたりと様々試したのです。その結果一人目として生まれた五歳前後の子だけを用いた際に、初めてまともな肉体を持ったミチュリが出来たので、それからはずっと同じ条件でした」村長の言い方にはややふくみがあり、聞いた二人は当然のように引っかかり興味を示した。


「すでに伝わっていることは認識しているでしょうが、昨晩の出来事でミチュリの魂はセイレーンでないかと当てを付けました。アレの能力の一つである『魔曲』と言われる歌声には人間には聞こえないほどの高音が含まれており、脳に直接作用して神経障害をもたらすようですからね」


「まあそれはオレも同意見だ。だがそれと今回の依頼(命令)になんの関係があるんだ? まさかオレたちにセイレーンを探して捕まえて来いとでも言うんじゃねえだろうな?」


「それができたなら最高ですがそう簡単ではないでしょう。船の上からどうやって捉えるのかという問題が付きまといますからね。しかしたまに網にかかることはあるようなので情報収集はしてきてもらいたいものです。あとはミチュリが仲間を呼べるようなことがあれば楽に捕らえられるかもしれませんよ?」


「歌わせておびき寄せろって? その歌声で俺たちがやられっちまうじゃねえか。無茶言わねえでくれよ」


「事前に耳栓くらい用意できるでしょう? セイレーンは月明かりの元でしか歌わないとされていますからある程度計画性は持てると思いますよ。くれぐれも向こうの群に連れて行かれないよう注意してもらいたいものです」


「オレたちがわざと逃がしたら? 殺して終いかね?」エンタクは薄ら笑いで村長へ択を迫った。


「あなた方を? まさか。それでミチュリが戻ってくるならそれも有りでしょうがね。それよりも生きながら罪の意識を抱え続けてもらえるよう、ミチュリを逃がしたらルレイガンを処刑しますよ?」村長の口元にはしっかりとした笑みが蓄えられている。


「ようはカミリガンの妹をデンへ連れて行くなんてのは方便で、結局は人質を背負わされるってこった。んで断ることは許されず、ミチュリには絶対逃げられたらいけねえ。報酬は規定通りに一日2エントってことだな? こりゃトンデモねえ儲け話が転がり込んで来たもんだ」


 だが断ることは許されない。どんなに危険でも受けるしかない立場である現実を突き付けられ、ガックリと肩を下ろすエンタクだった。それでも道中に危険性はほぼ無いし、絶対にセイレーンを捉えて来いと言うわけでもないのだからマシだと考えるしかない。


「人質とは聞こえが悪いですが、まあ大体あっていますね。ただ報酬はもう少し弾みますよ。宿泊や飲食もあるでしょうし観光を楽しむ余裕があってもいいでしょうからね。それにいつでもルレイガンを抱いてもいいのですから男性なら悪くない条件では? できれば種付けがうまく行くと助かりますし、何ならもう一人の婿殿のように村中の娘を交代交代で相手してくれるとなおよろしいですね」


「ちょっとアンタ! ここにアタイってもんがいること無視して話を進めるんじゃないよ! どうあってもそこまでの命令に従わせるわけにはいかないからね!」


 最後の最後に少しだけ意地を見せたハイヤーンにより、相手の要望全てを受け入れずに済んだ二人は、しぶしぶとその『依頼』を引き受けたのだった。




ー=+--*--*--+=-ー=+--*--*--+=-


じじ-こくこく【時時刻刻】

 その時その時。物事が引き続いて起こることにいう。また、時を追って。次第次第に。


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