73.有終之美(ゆうしゅうのび)
「本当に一緒に行かねえのか? なんだか寂しくなっちまうなあ。まあヨマリマのやつが可愛がってくれるからオメエさんは気にしねえだろうがよ」情けない台詞を口にしているのがオッサンなので雰囲気はぶち壊しだが、それでも出立の朝にはよく見られる光景である。
「まったくオマイさんたら大げさなんだよ。長くたって三十晩かそこいらだろ? また帰ってくるってのに今生の別れみたいな態度は情けないったらありゃしないねえ」
『その通りだぜ。今回は馬まで出してくれたんだからオレサマも必要ないんだし、誰にも気兼ねせずに励んで来いよ。ハイヤーンは頑張りどこだろうがな』嫌らしい笑い方をする妖精の言葉は、それでも的を射ていた。
「それじゃそろそろ行くとするか。いいかルレイガン、オレに色目使ったり肌を晒して誘惑するのは無しだ。オメエさんたちと違ってオレたちはまともなんでな。ただし出先で何をしようがそれは勝手だから村長が許す範囲のことは勝手にやってくれ」
「うん、わかった。でもアタシが母さんに言われているのは、オジさんの前ではなるべく裸でいるようにってことくらいなんだけどダメなのかな?」指先を咥えながら上目づかいでエンタクを見つめるルレイガンの愛らしさは、同性のハイヤーンから見てもヤバい。
「こら、そういう態度が誘惑って言うんだよ。いいかい? アマザ村は特殊だからわからないし気にならないんだろうけど、外の世界では裸でいちゃダメなんだよ。村長もそれくらいちゃんと教えておけってんだよ。だから脱ぐなって! パンツもだ! エンタクは前見てろ! バカ!」
こうして初めて馬用の輓具を取りつけられた箱型馬車は、二頭の馬に引かれてムサイムサ村を出立した。馬車内ではルレイガンが服をはだけさせないようハイヤーンによる厳しい指導が続いている。
「でも留守の間はヨマリマが面倒見てくれるって言ってくれて助かったな。さすがに締めっぱなしだとかび臭くなっちまうからよ。クプルの野郎もなんだかんだ言って仲良くやってやがるし」
「あの子は妖精とは思えないくらいに世俗的だからねえ。行き遅れて世の中から置いてきぼり食ったって嘆いてるヨマリマを慰めてくれるならなんでもいいさね。ギルドももうちょっと考えて勤務地決めてやればいいんだよ。あんな田舎にずっといたら相手が見つかるはずがないってんだ」
「そういやもう数年は村から出てねえって言ってたくらいだからなあ。帰りに何か土産を買って行ってやらねえとな。大人の女が喜びそうなもんを見繕ってくれよな」
「うんうん、いつも世話になってるからそれくらいはしてやらないとだねえ。なんたって『依頼料』はたっぷり貰ってるわけだしね。それにセイレーンでも捕まえて帰ったらもっと寄こすだなんて気前のいいこった」
「海洋モンスターは船よりもデケエやつが多いらしいから、捕まえて持って帰れるのも少ねえんだろうな。後はどんなのがいるんだっけか?」
「アタイも海へ行くのは始めてだから知らないよ。興味もなかったからねえ。図鑑でも借りてくりゃ良かったか。道中暇を持て余しちまうし、なにかやるこたないもんかね?」初日どころかまだ村を出たばかりの午前中でこの様子、真っ直ぐ行く必要もないわけだからどこかに立ち寄りながらでないと辛い旅になりそうだとエンタクは小首をかしげた。
「南西方面で一番手近なのは王都だがなあ。あそこへはどうも立ち寄り辛いぜ。となると次に近いのはライモンなんだが――」その言葉にハイヤーンが即座に反応した。
「ダメだ、ライモンはダメだよ。たたださえおかしな旅になってんだからこれ以上はもうたくさんだ。どうせ暇つぶしで立ち寄るだけなんだから飯が食える程度の村で構わないだろうに」
当然のようにハイヤーンから抗議を受けあっさりと引き下がったが、エンタク自身も繁華街のある街へ行きたかったわけでもない。単純に通り道にある街の名を言っただけが、これほど強く拒絶されるとは考えていなかった。
それくらい今のハイヤーンはエンタクへ女性が近づくことを嫌っている。もとよりミチュリやハイナ、ヨマリマなどの近しい者だけが対象外なだけだし、特に今はルレイガンの存在がハイヤーンの気分を複雑なものにしている。
ハイヤーンにしてみれば、若い娘(といっても若すぎて子供と言っていい程度だが)の色仕掛けに乗るようなエンタクではないと信じてはいるのだが、自分は肌を寄せ合う程度しか許せていないのだから、健康な男がいつ本能的な誘惑に負けて他になびくのではないかと気が気ではない。
だがその不安を払拭するため、過去の悪夢と決別するいい機会になるかもしれないとも考えていた。
そしてその対象者であるエンタクは、今まで体験したことが無く実感は湧いていないものの、これが嫉妬と言うものなのか? と疑問を持ちながらも内心では喜んでいた。かといってのんきに構えていてよい問題でもない。
いつ何時、弾けんばかりの青い少女であるルレイガンが襲い掛かってくるかもしれないのだから油断は禁物である。いくらその気が無かろうとも肉体がどういう反応をするかわからないし、寝ている間にそういう状態の途中にでもされてしまったらハイヤーンがどんな態度を取るか想像するだけで身の毛がよだつと言うものだ。
その悪気のない少女であるルレイガンは、まるで火へ焚べられた藁のように自分の意志とは無関係に母親から焚きつけられている。アマザ村の娘にとって母の言うことは絶対であり、それが村のため村長のため母のため、最終的に自分のためだと信じている程度には倫理観を備えていない。
そんな面子を乗せた馬車を自分で引かずに御者台から操るエンタクは、こんな事ならやはりクプルについて来てもらえば良かったと後悔しつつ馬車を走らせていく。
馬車の中からは大した景色は見えないが、入ってくる風が心地よいのだろう。一人だけ邪念も欲もなく、そして感情すら見せないミチュリだけが、いつもと変わらない無表情で馬車の進む方向を見つめていた。
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ゆうしゅうのび【有終之美】
最後までしっかりやり通し、立派な結果を残すこと。しめくくりを美しくするという意から
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