56.毫末之利(ごうまつのり)
予定通りグノルスス洞穴へと調査におもむき入り口までやってきた一行、その数八人と言う大所帯である。駆け出し冒険者向けなのでギルド設定の難易度はEランクダンジョン、つまり冒険者ランクがその前後である者に適しているとされている。
しかし今ここにいるのはSSSSランクパーティー四人とシェルパが一人に調査員二名、そしてホリブンの子供が一人という組み合わせである。戦力としては過剰どころの騒ぎではないが、護衛すべき対象が三人いるので油断は禁物と言えよう。
「それじゃ先頭ははオッサンと俺、次に調査員の二人でその後ろにカミリガンとハイヤーン、それにチビでいいな。殿はニクロマに頼むぜ」てきぱきと指示をだすシェルドン、こういったところはやはり高ランク冒険者らしく頼りになる。
とにかく自分大好きで傷つくことが絶対に許せないらしく、普段からどんなぬるいダンジョンでも手は抜かない主義だと嘯いている。それでも今回は未知の設置物を調査するのだから油断せず気を引き締めて当然だ。ただしその一番危険そうな役目は調査員二人が受け持つのだが。
そんないわゆるオーバーキルな大所帯で進んでいったため、危ないことが起きるはずもない。今までの最終地点ではカミリガンが魔法を行使して幅広蛇をなます切りにすると、前回と同じように同じ場所の岩壁が光り次の階層へと進むことができた。
「やっぱりある程度の強さの魔法を使うことが鍵だってことで間違いねえな。つまりはそれだけでEランクダンジョンじゃなくなっちまうってこったろ? モンスターの強さ的にはFランクでもおかしくなかったから、ここに高ランク冒険者が押しかけたらバランスが狂っちまうな」
「でもそれは収穫物にもよるだろ? 今のところ鑑定に出してる例の苔の価値についても返事がないし、そもそもあんなにもじゃもじゃ生えてたら高値が付くはずないさね。まあアタイとしては村に冒険者が増えるようなら、魔法を教えて小銭稼げそうな気がしてるから歓迎だけどね」
「おいおいお前たち、こんな田舎に引っ込んだからって中身まで貧しくなっちまったのか? 魔法教えて小銭稼ぐとか、SSSSランクの天才マジックキャスターの言うセリフじゃねえぞ。まあオッサンはAランクだから宿屋の親父でも構わないだろうがよお、ハイヤーンが引退するのは損失以外の何物でもないぜ」シェルドンの言うことももっともだが、それでもハイヤーンは言い返しもせず知らんぷりだ。
そんな雑談をしながらでも余裕で進んで行けるのがこのグノルスス洞穴であり、初級冒険者向けなのは伊達ではない。さらに進んで例の史上最弱、襲ってくる苔型モンスターを手当たり次第倒していくと次の階層である。
二度目なので新鮮味に欠ける様子のエンタクとハイヤーン、そして歯ごたえが無さ過ぎて退屈なシェルドン率いる『回廊の冥王』たち。だが調査員は違う反応を見せていた。
「おお、これほど群生している食虫植物がいたとは驚きだ。おそらく細かな虫や節足類が餌になるのだろうね。生きたまま採取して行って研究所で増やせるか試してみたいものだ」
「ええ、とても興味深いですね。水分はやはり大気中から得るのでしょう。むむ、これはすごい、この苔の最小単位は髪の毛ほどの細さかもしれませんよ? この拡大鏡を見てみてください」
「なあ学者先生様たちよ? それはあとどれくらいかかるんだ? 採取して帰ってからゆっくりやればいいんじゃないのかねえ。こっちとしては最終地点までの目途はつけておきたいんだがよ」シェルドンは本当に短気である。少しくらい未知のもので楽しんでも良いだろうに、とエンタクは思ったが、これは単にシェルドンに賛同したくないだけとも言える。
調査員がサンプルの採取を終えるとようやく行軍再会である。明らかに人為的に作られたと思われる通路を通り、隠されている入り口までやってきて小部屋の中へと入った。
ここでも調査員二人は大興奮である。どうやら他のダンジョンでもこう言った棺形状の設置物が発見されているらしい。以前エンタクも見つけたことがあるためそれ自体は隠された事実でもなんでもないのだが、このグノルスス洞穴で発見した棺は他とか様相が異なる。
なんといっても中央に置かれた棺の他に、壁一面に十九の棺が取り囲んでいる。しかもそれぞれには何か触手のようなものが繋がっており、中央の棺へ連結されていると言う気味の悪い光景なのだ。
「なんだこりゃ、随分と気色悪い棺だな。悪趣味にもほどがあるぜ。さっさと開けて調べを終わりにしようぜ」シェルドンは意外に苦手そうな気配を見せる。しかし調査員はそれを静止してアレコレと面倒な指示を出してきた。
「何を言っているのですか、いきなり開けて罠があったら大変です。罠解除師はいないのですよね? それならばやはり仕方ない」そう言って二人の調査員は中央の棺の蓋へロープを付けたカギ爪を引っかけた。
「それではバイカルのお二人でこれを引いて下さい。一旦全員部屋の外で待機です。そうそう、そのまま表まで行ってここからロープを引いて開ければ安全です」
罠と言う言葉が出た瞬間に、ハイヤーンも他の連中も背筋をこわばらせた。その言葉のせいなのか、単に契約が理由なのかわからないが、シェルドンとニクロマは調査員におとなしく従いロープをピンと張ったままで合図を待つ。
やがて中を覗きながら調査員が腕を振り下ろして合図を出した。少し離れてはいるが、それでも十分聞こえるくらいの音で棺から蓋が滑り落ちたようである。満足そうに笑みを見せた調査員たちは、バカ騒ぎはしないが明らかに上機嫌で小部屋へと戻っていった。
「なあ学者さんよお? これは一体なんだ? 残念ながら死体も財宝もねえってのは一目でわかるんだがな? なんだよこりゃ、まさか果物の干物でも作る装置じゃあるめえな」
エンタクの言う通り、果物のような色合いのごろっとしたものがいくつか転がされており、そのほかには特に何もなく拍子抜けである。それでも今まで発見された空の棺とは異なると言うだけで喜んでいるようだ。
「まったく学者さんってのは物好きもいいとこだねえ。いったい何が楽しくて誰かの墓を荒らすんだか」ハイヤーンの言い分はもっともだが、その好奇心が人間の社会を発展させてきたのは確かだった。
「それでは今回は壁沿いを一つだけ開けて終わりにしましょう。明日一日かけて持って帰ったものと状況の精査をしますので、次は明後日にもう一度来ることになるでしょう」調査員のこの言葉を聞いたハイヤーンはにこやかになり何か言いたそうである。
そんな女房の様子を見て言いたいことを察したエンタクは、念のための確認だと断りを入れつつ代弁してみた。金には困っていない家族のはずなのだが、ハイヤーンとしては黙って喰わせてもらうのは性に合わない。そのためか営業活動には熱心なのだ。
「ああ、あれか? ウチからひと部屋、学者先生たちの拠点に貸すってか? でもそうすっと団体客用の大部屋が無くなっちまうからなあ。場所は空いてるんだし離れを建てるってのはどうだ? 出来るまでは部屋を貸しとくってことでよ」
「アンタ冴えてるねえ。それじゃ離れをアタイらの家にして宿屋を独立させればいいんじゃないかい? どうせ妖精用の部屋も頼むんだから家一軒増やすのも同じことさね」居ないところで勝手に決められてしまったゴロチラムは、もうけ話ではあるものの妖精用の小部屋を作ることと家一軒建てることを一緒くたにされ飛んだ災難である。
その後も調査員と相談しながら必要な広さや設備を詰めていくハイヤーンの様子を眺めながら、小銭稼ぎに精を出すようでは冒険者としてのキャリアはもう終わりだとシェルドンはため息をつく。
自分はカミリガンを囲いつつ他でも好き勝手しているが、身を固めて堅実に生きようなどと考えたこともない。そのため小銭稼ぎ話に瞳を輝かせている”元”メンバーの考えも行動も理解できないししたくない、そんな様子がありありと出ていた。
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ごうまつのり【毫末之利】
ごくわずかな利益のこと。「毫」は、細い毛。「毫末」は、髪の毛の先。転じて、ごくわずかなことのたとえ。




