55.疾風勁草(しっぷうけいそう)
せっかくいい気分で帰って来たと言うのに、遅い時間に急な来客とあってすっかり酔いが醒めてしまったエンタクとハイヤーンである。普段なら予約客以外は受け付けていないのだが、しばらく予約は入ってないからしぶしぶ受け入れることにした。
どうせ断ったとしても押し問答になるだけ、そんなことは長年『回廊の冥王』に所属しているハイヤーンにはわかりきっていることだ。それほど身勝手な男がやってきたのだから頭が痛い新婚の二人である。
「いいか? これは仕事の依頼じゃないんだから良く聞けよ? 俺たちには人並みの選択権なんてものはねえんだよ。結婚して子供がいる? そんな言い訳通用するはずないってお前だってわかってるはずだ」
「ちょっとあまり大きい声出さないでおくれよ。子供が起きちまうじゃないか。そういわれてもアタイは一緒に行かれないって見りゃわかるだろ? まさか子連れで引っ張っていくつもりかい? いくらアンタでもそこまで人でなしじゃないだろう?」
「人でなしとかそう言う問題じゃねえ。ギルドからの依頼だから断れないって言ってんだよ。まさかこんなところにいると思わなかったから今回はハイヤーン抜きでとは言ってきてるが、いたからには無視できるはずがねえ」大男は腕組みをして渋っているハイヤーンに向かって凄む。
「よおシェルドン、無理なもんは無理なんだから諦めろよ。いくら方向音痴のオマエさんでも一本道だから問題ねえって」エンタクは今こそ仕返しをしてやるとばかりに厭味ったらしく横槍を入れた。とは言え、もはや別に恨むほどではない。
「やかましい! オッサンは黙ってろ! 大体なんで生きてるんだよ。ギルドからは死んだって言われたぜ? だからハイヤーンも墓参りに来てたんだろ? それともこっそり繋ぎを付けてここで落ち合いやがったのか? このエロオヤジが」
「ふざけんじゃねえよ。オメエが迷いすぎてっからハイヤーンが焦心しちまったんじゃねえか。テメエの女だけ良きゃ後はどうでもいいって考えだからそんなことになるんじゃねえか。ランクが高くたってなんでもできるわけじゃねえってことがわかったかよ」
「けっ、地図がありゃなんてことねえんだよ。お前が入る前に雇ってたシェルパでも事足りてたんだからな。それなのにオッサンは欲が深すぎだってんだ」
「良く言うぜ。危険度と報酬が割に合わないって逃げられたくせに。いくらオレに仲のいい奴が少ないったってシェルパは別だぜ。オメエらのパーティーの悪評くれえちゃんと耳に入ってたんだからな」
「ちょっとオマイさんも声が大きいよ。ミチュリが起きちまうだろ? カミリガンももう眠そうだねえ。本当に全員で泊まっていくのかい? 一泊当たり二人部屋が3エントで大部屋が5エントだからきちんと払うなら構わないがね」
ハイヤーンはちゃっかりとシェルドンへ請求交渉を始めていた。とは言っても『回廊の冥王』にとって数エントなどはした金で、その辺で落としても拾わない程度の額である。
「はあ? ハイヤーン今なんて言ったんだ? 3エントだ5エントだってどういうことだよ。お前がそんな小銭のために毎日無駄にしてるってのか? バカらしくて話になりゃしねえぜ。今回のダンジョン調査は着手だけで500、成果によって最低でもあと500でSランク相当だったら五千だぞ?四人で割ったって一人千以上だってのによう」
「なら簡単に払えるじゃないか。前金だからね。言っとくが何か壊したり汚したりしたら追金貰うから覚えときなよ? こっちは毎日食べて行くだけは稼がないといけないんだから1エントも負からないよ」
「だれがそれっぽっちケチるかってんだよ。なんなら家ごと買ってやったっていいくらいだぜ。まあこんなとこに住むわけねえからいらねえけどな」相変わらず意味の無い大口を叩くシェルドンに、エンタクはやれやれと肩をすくめた。
取り合えずニクロマは御者と連れ立って酒場へ行ってしまった。残された調査隊の数人を大部屋へと案内すると、エンタクはハイヤーンの横へ座り直し今後の交渉を始めることにした。どちらにせよ道案内は必要なくとも、発見者として一人くらいはついていくことにはなるだろう。
「シェルドン、言った通りハイヤーンは無理だからオレがついて行こう。案内するほどの道じゃねえが当事者が一人も行かねえのは問題だろ? 今回はそれで勘弁してくれよ。ハイヤーンはもう冒険者やめるって言ってるしよ」
「おいおい、なにを馬鹿なこと言ってやがる。勝手に辞められてたまるかよ。ハイヤーンが抜けたら俺たちのランクが下がるだろうに。第一ギルドも管理官も認めないだろうぜ?」
「王室の管理官はともかくギルドは認めるだろ。建前とは言え国家からの独立組織謳ってんだからよ。それにハイヤーンがここにいたこと自体、オメエさんが言わなきゃいいだろ。それくらいしてくれても構わねえだろうに」
「バカ言うなよ。もう調査員連中にばれてるじゃねえか。それとも全員に金でも積むか? そんな真似するのはアホらしいだろ」
シェルドンの言うことはもっともだ。顔見知りですらない調査員たちは、ギルドが派遣したわけではなく王室直属の研究機関である。買収するのは無理だろう。ではどうするかというとシェルドンの要求は一つしかない。
ここでいくらやり合ったとしても無駄だろうし、今回なんとか断ったとしても、シェルドンたちが王都へ戻ってから騒ぎになってしまう可能性もある。となると取れる対応は限られてくる。そのことを理解したハイヤーンは、重い口を開き取引を持ちかけた。
「わかったよ。後で問題を大きくされても困るし、探索についていくよ。その代りアタイはこれでパーティーを抜ける。ギルドへは降格を申し出ることにしようかね。Sランクくらいまで落としてもらえれば今後も安泰さね」
「Sランクってお前よお、S一つ増やすだけでどれだけ大変だっか。俺たちのランクは一人で上げたんじゃねえんだぞ? ニクロマやカミリガン、それに引退した前のリーダーにだって申し訳ないだろうに」
「いやいや、あの人ならアンタみたいに大騒ぎしないで抜けさせてくれるに決まってるさね。自分だって子供が生まれて引退したんだからさ。その代わりに今回は無報酬でいいよ。アタイの分を三人で分けてもいいし、アンタが独り占めしてもいいよ。額は大きいけど手切れ金ってことにしてくれて構わないさ」
「なんだと!? それならまあ考えてもいいか。仕方ねえからな。それにしたってそんなにパーティーを抜けたかったなら少しくらい相談すれば良かっただろ。消えたと思ったらこんなオッサンと結婚した振りまでして抜けようとするなんざらしくねえ」
どうやらシェルドンは引退のための偽装結婚だと考えているらしい。だがこの一言はハイヤーンにとって許しがたいものだった。
「いつアタイが偽装だって言ったのさ。正真正銘の夫婦なんだからあんまり勝手なこと言わないでおくれ。そりゃ確かにもうオッサンって年だし冒険者としてもさえないAランクだし見た目も別に良かないかもしれないけどさ。でもいいとこだっていっぱいあるんだから」
褒められてるのかおとしめられているのかわからない台詞を聞かされているエンタクだが気分的には悪くない。どうせいくら褒めようとしたって口の悪さが出るのだから、精神衛生への影響を考えると仕方ないと割り切るべきことくらい承知していた。
こんなこと程度で気分を良くしたエンタクは、隣に座っているハイヤーンの腰へと手を回ししっかと引き寄せた。その様子はテーブル越しでもはっきりとわかる所作だけに、正面のバイカルは呆れるようにため息を吐く。
「まあお前が満足してるなら好きにすればいい。そのせいでパーティーを抜けられるのは釈然としないが仕方ないことだからな。用意は全て済ませて来てるから予定通り明日出発と行きたいとこだ。お前たちの準備が出来上がるなら明日の朝には出発ってことでいいか?」
「おう、構わねえぜ。だが拍子抜けするくらい案内が必要ないダンジョンだから心してかかれよ? 歯ごたえが無さ過ぎてやる気をなくさなきゃいいくれえさ」
「まあ金のためだからなんでもいいってことよ。調査員もいて護衛の必要があるからぬるい方が都合いいしな。子供は留守番だろうから誰かに預けてくれや」シェルドンにしては珍しく気遣いを見せたが、それを否定するようにハイヤーンの言葉が続く。
「事情があってそうもいかないんだよ。だから一緒に連れてくしかないねえ。調査員に子供に高ランクパーティーなんて面白い組合せさね」
それを聞いた大男は、さらに憂鬱になったと言わんばかりに表情を曇らせたが、自分が言い出したことでもあるためなにも言い返せず頭を振るだけだ。
それよりもパーティーから追い出したエンタクが思いのほか恨んでいる様子の無いことに、少々不気味さを感じていた。
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しっぷう-けいそう【疾風勁草】
苦境や厳しい試練にあるとき、初めて意志や節操が堅固な人であることが分かるたとえ。強い風の中に折れずにいる強い草の意、




