「おぼえとけ」
ドラゴンの世話役という仕事は続いていたが、本採用になってから、少しだけ変わったことがあった。
一つは担当のドラゴンが出来たことだった。これは地味だが大きいことだった。生活の中で、自分ではなく、担当のドラゴンの中心に置かれる。これまでなら、休みを取る場合にサムと相談したのだが、今度からは担当のドラゴンの都合が先にくる。卵が生まれるとか、病気になったとか、ドラゴンの都合に合わせて俺が休みを取ると言った具合だ。もちろん、どうしても都合が悪い場合はサムにも話して調整は出来る。本採用なのだから、それだけ責任が出来たということだ。
次に、ドラゴン操縦法を学ぶ機会が与えられたことだ。
担当のドラゴンを移動させることはあったが、移動させるのも限りがある。運動不足のドラゴンに対しては、操縦し、飛行など強い運動をさせる必要もあるのだ。
今まではサムが飛ばしていたが、担当のドラゴンが出来たことで、俺も飛ばす方法を学ぶ段階になったという訳だ。
これまでの地上での世話だけはなく、ドラゴンと共に空を飛べることは、重苦しい使命を任された暗い気分を、一瞬ではあっても、晴らしてくれた。
そんな毎日の仕事で、俺はゴブリンの王を倒す話をすっかり忘れていた。
今日はドラゴンの糞を集め、車輪のついた大きな籠にいれ、三匹の多足虫で引いて処理場まで運ぶところだった。
処理場といっても街の外れの、流れの早い川の近くに穴が掘ってあって、そこに捨てているだけだ。
俺は糞を処理すると、もう陽が落ちかけていて、このまま仕事場まで多足虫を戻したら今日の仕事はお終いだと思った。
多足虫に乗り帰り道を走っていると、道の真ん中に、首の取れた豚がフラフラと出てきて、倒れた。多足虫はその豚を見るなり、走るのをやめ、その豚に食いつき始めた。俺は耐えられないほど気持ち悪くて、その光景から顔を背けた。
首がないのにどうやって歩いていたのだろう。普通に首を切ったら、出血が多すぎて動けない。何らかの方法で、出血を増やさないように切ったのだ。首は切られてから、何時間も経ったのではない。おそらく、ここに出てくる直前に切られたのだ。だから、歩いていたのでなく、体の痙攣が歩いているように見えただけかもしれない。
俺は止まってしまった多足虫の上で色々な事を考えていた。
こんなに鋭く首を切るのはオーク、トロル。いや人間でも、ホビットでもやろうと思えばやれるかもしれない。単純に道具を持たない動物同士の争い、例えば豚が熊に襲われたとして、こんな首の切られ方はあるまい。何者か、道具を使った豚の首を切った者が、このすぐ近くにいるということになる。
俺はそう考えると、恐ろしくなって多足虫の手綱を無意味に強く引っ張っていた。
この山の上にいるのか、それとも直ぐ目の前の木の後ろで斧を研いでいるかもしれない。とにかく、早くここを去ろう。豚を食う訳でもなく、ただ首を切り落とす奴が、人間に危害を加えないとは限らない。
周囲をじっと見ていると、道端の大きな木の辺りから強烈な殺気を感じ始めた。
さっきまでは想像でしかなかったその人物が、その幹の後ろに隠れているような気がするのだ。
無意識にその木の方向にCodeの意識が伸びる。土、石、虫、植物の根。それらを伝わっていき、木の幹の、俺から見えない部分に存在するかもしれないものへ意識が届く。
「!」
返ってきたCodeは想像も出来ないほど歪んだものだった。『捻れている』どころではない。人間が蔦のように変化して、蔦のあちこちに目や鼻、口が分散している。その蔦は一本や二本じゃない。何十本も、束になっていて、それらは相互に捩れ、絡まっている。
これが『人の意識』なのだろうか……
オーク、いやオークもこんなものではなかった。敵意や殺意はあったが、もっと整理され、理解可能なものだった。獣。この木の裏にいるモノが熊や狼であれば、そうなのかもと納得出来るかもしれない。獣なら心や意識がこんな形を成していても納得できる。
「失礼だな」
意識を伸ばしていた木の裏から、人が出てきた。
髪は髪質がそうさせているのか、汚れているためか分からなかったが、四方八方に広がっている。髪は何も見ずに切ったようにあちこちの長さがバラバラだった。顔は幼い感じだったが、目つきだけがやたら鋭い。
「何のことだ」
「俺も多少Codeのことがわかるってことだよ。お前が俺を探査して『人間じゃねえ』みたいに考えたろ」
「……セイト? お前の名か?」
木の裏から現れたこのセイトという男も、俺と同じ転生者ということか。まさか、あの女王が、この男を転生したとは……
「これだけ意識を読まれても探査をやめないのか? 残念だが、俺はお前と『同じ』じゃない」
俺はCodeの探査をやめた。
「女王以外にも転生が出来る人間がいるということか」
「自分で考えな。元の世界じゃ、そう教わってきただろう?」
言いながら、男はナイフを抜いた。
少しだけ間に合わない。俺はそう思った。全ては救えない。
「逃がすか!」
俺は多足虫の綱を引き、全速で走るよう指示した。豚を食していた多足虫は、食事を中断させられ、怒り狂ったように走り出す。
男は三匹の多足虫の走路上に立っていた。多足虫は障害となる者に額肢で噛みつき、毒を流す。男の持っている短いナイフでは歯が立たないだろう。
ドン、と鈍い音がして、一番左にいた多足虫がぶつかった。
鋭い顎肢で噛みつき毒が流れる。男は倒れ、多足虫の下敷きになった。
俺は尚も多足虫を加速するように綱で指示する。
「?」
左の多足虫の動きが鈍い。鈍いどころか、止まってしまった。
まさか。
俺はそう思いながらも、瞬間的に判断して左の多足虫を切り離した。
多足虫が走り抜ける際、多足の隙間からセイトの顔が見えた。
口元の不敵な笑み。と不釣り合いな冷酷な視線。
その顔に、多足虫の体液が掛かる。
セイトと一匹を置いて、俺と二匹の多足虫は走りすぎて行く。
後ろを振り返ると、痙攣するようにその場で震える多足虫と、多足虫の体液を全身に浴びて立っているセイトが見えた。
セイトは俺の目にまっすぐナイフを向け、読めとばかりに口を大きく開け、動かす。
俺は何を言うのか読み取る。
『お、ぼ、え、と、け』
俺はゾッとした。
多足虫の全力の体当たりに立ち向かい、毒のある顎肢に怯まず、あの一瞬の間にナイフで急所を抉ったのだ。
今度、ヤツ会ったら殺される。それしか想像できなかった。俺より先にヤツに見つかれば、命乞いをするまもなく殺されるだろう。一瞬先に超加速に入られたら死ぬハルバルトと同じだ。
この世界の中で、絶対に敵わない敵がまた一人現れたのだ。
道に沿って曲がりくねり、ヤツの姿が見えなくなったが、それでも俺は震えていた。
どうすればいい。
俺のCodeの能力を鍛えれば、セイトやハルバルトに勝てるだろうか。いや、勝てなくてもいい。殺されずに済むだけの力や能力が欲しい。
『ソウタという者に学びなさい』
俺は女王に言われた者の名を初めて思い出した。
そのソウタに学べば、もしかしたら…… その前に、ソウタはどこにいるのだ。いつになったら現れるのだろう。まさか、俺が探さねばならないのか。
考えているうち、俺は仕事場に着いていた。
「ケイゴ。遅かったな…… ん? 一匹いないぞ」
「それが……」
俺は事情を話した。
サムは轢かれかけた男が、ナイフ一本で多足虫を倒したことに驚いていた。
この大型の多足虫に轢かれて死ぬ者は後を絶たない。あのスピードで体当たりされたら、ひとたまりもない。勢いで倒れた際、打ちどころが悪ければ、死ぬ。
つまり俺の元の世界でいえば、多足虫は自動車のようなものなのだ。車をナイフ一つで動かなく出来る、と言われればどれだけ驚くか、と考えればサムの驚きようも理解できる。
「信じられないが、仕方ない。多足虫は高価だから、すぐは補充できないぞ。しばらくは二匹でやるしかない」
「すみません」
「今日はもう休め」
俺は頭を下げて、仕事場を離れた。




