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許婚は私のことを知らない  作者: 青山忠義
9/11

涼子さんの性癖

 涼子さんと初めて会ったのは、夏休みに一人で留守番しているときだった。

 パパとママは牧場に行っていて、ミドルスクールに通っていた私は2階の部屋で勉強をしていた。

 家の前でバイクのすごい爆音がする。誰か来たのかと思って玄関に降りて行った。

 ドアを開けると、お兄ちゃんとその後に悪魔みたいなメイクをし男の人が玄関に立っていた。ライダースーツを着て短い金髪をツーブロックにしている。見たことがない人だ。メイクをしているので肌の色は分からないが、お兄ちゃんのチームのメンバーでアジア人だろうなと思った。

「オヤジとオフクロは?」

 お兄ちゃんは声を潜めて探るような目をして私を見た。

「今、牧場に行っていますけど……呼んできましょうか」

 その頃、お兄ちゃんはチームのアジトやメンバーの家に泊まり歩いて滅多に帰って来なかった。

「余計なことをしなくていい。入れよ」

 お兄ちゃんは後ろに立っていた人に日本語で声をかけた。それで、その人が日本人だということが分かった。

 お兄ちゃんとその人は無言で家の奥に入っていく。

「お兄様、今はどこに住んでいるんですか? お父様もお母様も心配しています」

 私はお兄ちゃんについてまわるが、何も答えてくれない。ダイニングに入ると、お兄ちゃんは自分の使っていた椅子に座った。

「リョウコも座れよ」

 お兄ちゃんが自分の隣の椅子を指さす。ライダースーツの人は黙って座った。

 リョウコ?

 その人をマジマジと見た。日本人で『リョウコ』というぐらいだからおそらく女の人だろう。でも、いくら見ても私には女の人に見えなかった。

 メイクのせいだろうか。

「そいつはリョウコ。涼しい子って書くんだ。俺の女だ。何か食わせてくれ」

 私の視線に気づいたかのようにお兄ちゃんが言った。

『女』というのは、ガールフレンドだということだろから、涼子さんはやっぱり女の人なんだと思った。

 ハムとソーセージを冷蔵庫から出して、ハムを適当に切ってお皿にソーセージと一緒に盛り付け、バゲッドと共に2人の前に出した。お湯を沸かしてコーヒーも出す。

「おー、ありがとう。アンナ悪いな」

 お兄ちゃんは全然悪いとは思っていないような口調で言って、食べ始める。

 じっとお兄ちゃんを見ている涼子さんにも「どうぞ」と初対面の人と話すのが苦手な私は囁くような声で勧めた。

 “Thank you”

 涼子さんの声は男の人かと思うほど低い。だが、そのあとニコッと笑ってくれた顔がすごく優しそうだった。


 お兄ちゃんは食べ終わると、大きなあくびをした。

「オヤジたちは何時ごろ帰ってくる?」

「6時くらいです」

「俺の部屋はそのままか?」

「はい」

 パパは、お兄ちゃんのことをかなり怒っていて、二度と帰ってこられないように部屋を片付けようとしたが、ママが大反対をして、部屋はキレイに掃除をして出て行ったときのままの状態になっている。

「オヤジたちが帰ってくるまで寝てるよ。涼子、行くぞ」

 お兄ちゃんは立ち上がった。

 “I’ll pass. Can I have some more please"

(行かない。コーヒーもう少しちょうだい)

 涼子さんはコーヒーカップを私に差し出した。

 お兄ちゃんは肩をすくめて自分の部屋がある2階に上がっていく。

 “Please wait for a moment”

(少しお待ちください)

 日本語を話さないところをみると、涼子さんは日本語は理解できるが、話すことはできないのではないかと私は思った。

 コーヒーサーバーに、お湯を注いでいると、背後に気配を感じた。振り向くと、涼子さんが微笑んでいる。

 “You’re super cute”

(すごく可愛いわね)

 涼子さんがいきなり後ろから私の胸を掴んだ。

 “Stop it”

(やめてください)

 私は持っていたポットを置いて、叫んだ。

 涼子さんの唇が私の唇にくっついて、開いたままの歯の間からヌルッと舌が入ってくる。

 首を振って唇をもぎ離そうとしたが、涼子さんの唇は離れてくれない。

 涼子さんの舌は巧みに動き、舐めたり絡みついたりする。いやなはずなのにだんだんその動きが心地よくなって、ウットリとしてきた。

 私の舌をさんざんもてあそんで満足したのか涼子さんの唇が離れていく。

「あら、意外と胸が大きのね」

 女性らしい高い声が聞こえてきて、今度は胸を揉んでくる。

「日本語を話せるのですか?」

 急に日本語で話しかけられたので、驚いて涼子さんの顔を見た。

 日本語が話せるのなら、どうしてずっと英語で喋っていたのだろう。

「そうよ。日本人だもん」

 薄笑いを浮かべて涼子さんは応えると、大きく円を描くようにして私の胸を揉む。

 涼子さんに胸を揉まれているうちに体がだんだん熱くなってきて、ウットリとしてきた。変な言い方だが、涼子さんの揉み方はすごく上手い。揉み慣れているような感じがする。

「やめてください」

 これ以上つづけられたら自分がどうかなってしまいそうで、怖くなった。私は涼子さんの手を振りほどこうと思い、上半身を激しく揺り動かした。だが、涼子さんの手は私の胸に張り付いたようになって揉み続ける。

「そんなに恥ずかしがることないわ。気持ちいいんでしょう。まだバージンよね?」

 涼子さんの右手がスカートの中に入ってきたかと思うと、止める間もなくパンティの中にまで入ってくる。

 慌てて涼子さんの手をスカートの上から手で抑えた。あまりのことに声も出せない。

「バージンでも一人でしたことぐらいはあるんでしょ?」

 アメリカでは、日本と違って学校での性教育が進んでいる。私でもそれがどういうことを意味しているのか知っていた。

 私は必死に首を横に振った。

「あら、したことないの? すごく気持ちいいのに。どれだけ気持ちいいか教えてあげる」

 涼子さんは私の耳に囁くと、左手で胸を揉みながら耳の穴に息を吹きかけたり、耳全体を丹念に舐め耳たぶを甘噛みする。

「い、いやっ」

 体中がゾクゾクとして足がブルブル震え出す。涼子さんの手をしっかり押さえている手が思わず緩んでしまう。

 涼子さんの右手が下におりてきて、一番触られたくないところを撫でた。

「そ、そんなことしないで。お、大声を出しますよ」

「いいわよ」

 涼子さんが楽しそうに言う。撫でられているところが熱くなってきた。

「何しているんだ」

 お兄ちゃんの声がした。私たちの後ろに立ってじっと睨んでいる。

「じゃれあっていただけよ」

 涼子さんの体が私から離れていく。体の力が抜けていく感じがしてその場にしゃがみ込んだ。

「もう帰るぞ」

 お兄ちゃんが玄関の方を顎で指した。

「そう。アンナちゃん、またね」

 涼子さんが手を振って玄関の方へ行った。

「アンナ、大丈夫か?」

 お兄ちゃんが手を貸してくれて立たせてくれる。

「涼子さんはレズビアンですか?」

「違う。バイセクシャルだ。まさかアンナにまで手をだすとは思わなかった。本当に悪かったな。もう二度とアンナに手を出さないようによく言っておく」

 バイセクシャルというのは男も女も好きな人のことだと習った記憶がある。

「……」

 私はショックで何も応えることができなかった。

「オヤジやオフクロには俺がきたことを言うなよ」

 お兄ちゃんはそう言って家を出て行った。私は止めることもすっかり忘れて呆然と立ちつくしたままだった。


 その後、もう一度だけ涼子さんと会った。

 それはパパがチームのアジトに乗り込んで行って、お兄ちゃんを連れて帰ってきたときのことだった。

 顔を風船のように腫れ上がらせてパパに引き摺られるようにして入ってきたお兄ちゃんの後に涼子さんもいた。

 涼子さんの顔を見たとたん前に会ったときのことが思い出されて足がすくんだ。

「オヤジにもう少しで殺されるところだった」

 お兄ちゃんがママに訴えるように言った。

「殺されなくてよかったじゃない」

 ママは平然と応じている。

 お兄ちゃんの話によると、いきなりアジトに入ってきたパパはお兄ちゃんを見つけるとものすごい勢いで殴ったそうだ。

 チームのメンバーたちがその勢いに驚いて手が出せないでいるうちに、お兄ちゃんをアジトから引き摺り出して連れて帰ってきたようだ。涼子さんは心配してその後をついてきたらしい。

 涼子さんはパパやママが家の住所や連絡先をいくら聞こうとしても絶対に言わない。

 仕方なくパパやママは涼子さんを家に置いとくことにして、その間に涼子さんの連絡先を聞くということにしたようだった。

 お兄ちゃんは牧場に毎日連れて行かれ、パパの仕事の手伝いをさせられ、涼子さんはママや私と一緒に料理や掃除などの家事をしたり、ママに連れられて牧場の仕事の手伝いをしに行ったりしていた。

 ママは涼子さんが気に入ったようで「涼子ちゃん、涼子ちゃん」と言ってどこへ行くにも一緒に連れ歩いていた。

 涼子さんがまた手を出してくるのではないかと恐れたが、パパやママの目があるためか何もしてこない。

 お兄ちゃんと涼子さんは10日ぐらいはおとなしくしていたが、夜中にこっそりと抜け出してアジトに戻っていった。

 お兄ちゃんが警察に捕まったとき、涼子さんはうまく逃げたようだった。

 お兄ちゃんの弁護士さんが調べたところ、涼子さんは日本の外交官の娘で、事件のあと両親のもとに戻ると、すぐに母親と一緒に日本に帰国したということだった。

 その後、私と涼子さんが会うことはなかった。





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