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許婚は私のことを知らない  作者: 青山忠義
11/11

私はわたしに嫉妬している

 まったく隆司は気の小さい男だ。

 今日が合格発表らしいのだが、朝からソワソワしていて、目は落ち着きなく動いているし、ひっきりなしにため息ばっかりついている。完全に挙動不審者だ。そのうえ、私が話しかけてあげているのにうわの空で生返事しかしない。


「ひとの話をちゃんと聞いてるの?」

 私がたまりかねて文句を言ったら、隆司はオドオドしたような顔をして、「えっ。も、もちろんちゃんと聞いてるよ」なんて見えすいた嘘をつく。

 昼休みなんかせっかくお弁当を作ってきてやっているのに、1分おきぐらいにスマホを見てまったく落ち着きがない。

 そんな隆司を見ていると、わたしもなんだかイライラしてくる。


 今日、私は図書当番だった。

 いつもは、私の当番が終わるまで隆司が図書室で本を読んで待っていて一緒に帰っていた。

 だが、こんな挙動不審の隆司と一緒に帰っても鬱陶しいだけなので先に帰ってもいいと言ったら、隆司の奴は嬉しそうな顔をして「うん。そうするよ」と言って、さっさと帰ってしまった。

 まったくなんて奴だ。

 カノジョをほったらかしにして先に帰るなんてどういう神経をしているんだろう。

 明日会ったら絶対に文句を言ってやる。


 心の中で隆司に悪態をつきながら一人寂しく帰っていると、ランニングをしているジャージ姿の一団とすれ違った。

 ジャージの胸のところに校章が付いているからうちの学校のどこかのクラブだろう。

 こんな時間まで練習とはご苦労なことだなと思った。クラブに入っていない私にしてみれば、こんな時間まで練習をしているなんて驚くべきことだ。


 前方に一団から取り残されたらしいジャージを着た男子が立っていた。

 ランニングのスピードについていけなかったのか。

 男のくせに情けない奴だと思って見ていると、その男子がものすごい目つきをして、私を睨みつけている。

 私を嫌っている人はたくさんいるだろうが、みんな陰でコソコソ悪口を言っているぐらいで、面と向かって睨んでくる人はいない。目が合えばだいたい相手は目を逸らして知らん顔をしている。


 誰だろうと思ってよく見れば、隆司とよく一緒にいる奴だ。たしか山崎紀夫っていう名前だったかな。

「なによ!!」

 あんまりにも睨んでくるものだから、山崎の前で立ち止まって睨み返した。

「隆司は?」

「今日は合格発表だとか言って、かわいいカノジョを一人残して先に帰ったわよ。まったく薄情ものよね」

「おまえ、隆司のことをどう思っているんだ?」

「あんたにおまえなんて言われる筋合いないわよ」

 ほとんど喋ったことがない男子に『おまえ』と呼ばれると、ムカっとする。

「どうして隆司と付き合っているんだ。本当に好きなのか?」

 私の言葉を無視して、山崎はいまにも噛みつきそうな顔で睨んでくる。

「あんたには関係ないでしょ」

「隆司は真面目で優しい。あんないい奴はいない。揶揄ってるだけならあいつが本気になる前にさっさと別れろよ。あいつは女に免疫がないんだ。もし、あいつを傷つけるようなことをしたら、絶対に許さないからな」

 山崎は真剣な顔をしている。


 あまりにも相手の思いつめたような表情を見て、つい本音が出てしまった。

「好きになれるか確かめるために付き合ってるのよ」

「どういう意味だ」

 山崎は戸惑ったように私を見た。

「とにかく、隆司を揶揄っているつもりもふざけているつもりもないわ。こっちにはこっちの事情があるのよ。ほっといて」

 私は山崎の横を通り過ぎた。背中に視線を感じるが、そのまま歩き続けた。

 隆司はいい友達を持っている。



 今日は隆司さんの合格発表の日だった。

 まだなんの連絡もない。

 隆司さんは朝早くから起きて勉強し、夜も遅くまで勉強しているようだった。

 樹里に振り回されても頑張っていた隆司さんが不合格になるはずがない。絶対に合格するに決まっている。

 あんなにいい人を不合格にするような大学は人を見る目がない。

 そんな大学潰れてしまえばいい。

 嘘です。ごめんなさい。冗談ですから、どうか隆司さんを通してあげてください。


 今日の隆司さんはお話をしていてもすごく不安そうだった。

 もし、スベッていたら、隆司さんはかなり落ち込んでしまうのではないだろうか。そのときは、なんと言って慰めて差し上げたらいいのだろう。

 そんなことを考えたらダメ。隆司さんを信じないと。


 それにしても樹里はデリカシーがなさすぎる。

 不安がっている隆司さんに対して、すごいひどいことを言っていた。

『男のくせにうじうじするんじゃないわよ。スベってたらそのときよ。もし、スベっていたら私がパパに言って、いい就職口探してもらってあげるわよ。だから、スベってたとしても心配ないわよ』

 どう考えてもカノジョがいうべき言葉ではない。

 何度もスベるスベるって樹里がいうもんだから隆司さんは泣きそうな顔していた。


 隆司さんの一番行きたい大学で、なんとしても合格したいと言って必死に勉強していたということを知っているのに、樹里はなんてデリカシーのない子なんだろう。

 隆司さんは優しくてすごく真面目な人。

 樹里のようなワガママな子のために受験勉強で忙しいのにモーニングコールをかけてくださり、家に迎えに来てくださる。さらに、自分が遅刻してもチイちゃんを家まで送ってあげるすごくいい人。探偵さんの報告書に書いてあったとおりで、隆司さんを知っている男子が言っていたとおりの人。

 だから、山崎君のようないいお友だちがいるのだろう。


 そんな隆司さんに対して、樹里の性格はあまりにも悪く作り過ぎてしまった。

 自分が演じていながら、自己嫌悪になりそうだ。

 でも、今さら性格を変えることなどできない。樹里が急に大人しくなってしおらしくしたら、隆司さんは不審がるだろう。


 今では、私は隆司さんとなら結婚してもいいと思えるようになってきている。

 アンナの姿で「私はあなたの許婚です」と隆司さんに言ってしまおうかと思うこともある。自分の立場をハッキリさせて隆司さんと正式に交際しようかとも考えたりする。

 だが、隆司さんが許婚のことをご両親から聞いているかどうか分からない。もし、許婚がいることを知らなければ隆司さんを混乱させるだけだろう。

 やはり、このまま樹里を演じ続けるしかないのか。


 樹里になって日本に来たことを後悔する。

 この頃、私は樹里に対して嫉妬を感じるようになっていた。

 隆司さんと手を繋いで仲良く登校したり、お弁当を一緒に食べたりしている樹里を憎らしく思うこともある。

 樹里の姿をしているときは、なりきっているのでアンナの意識はまったくない。

 私の中ではアンナと樹里は完全な別人格である。

 例えるなら、アンナと樹里は、一卵性双生児みたいな関係だろうか。


 樹里ばっかりが隆司さんと親しくなっていくのは、どうしても納得がいかない。

 私も隆司さんと触れ合いたい。

 だから、今日はアンナの姿に戻って隆司さんの電話を待っている。

 電話なら姿が見えないから樹里の格好をしていても分からない。

 声だけなら、アンナの姿でも樹里の声を出せるし、言葉遣いも荒っぽくできる。

 そんなことを考えていると、スマホの呼出し音が鳴った。

 隆司さんからだ。

 声が暗かったらどうしようとか、もしスベっていたらなんと言って差し上げたらいいのだろうと考えてしまって、スマホに手を伸ばしたが、なかなか出れない。


 しばらく、スマホを眺めて深呼吸をしてから出た。

「もしもし」

「樹里。合格した」

 隆司さんの嬉しそうな声が聞こえる。

 ホッとして、あまりの嬉しさに叫びそうになった。だが、樹里はそんなキャラではない。

「……そう。おめでとう」

 努めて冷静な声で応える。

「樹里のお陰だよ」

「どうして?」

「樹里が毎日新聞の記事の話をしてと言ってくれたお陰だよ。樹里に話した事と同じようなテーマの問題が出たんだ。だから小論文を上手く書けたと思う。ありがとう。感謝しているよ」

 隆司さんは私の考えたことを分かってくださったということが嬉しく思われ、感謝の言葉には思わず涙が出そうになる。

「偶然よ。よかったわね」

「うん。ありがとう」

「じゃあ、また明日」

 これ以上喋ったらあまりにも嬉しくて涙声になってしまいそうな気がする。樹里はこれぐらいでは絶対に泣かない。

 ダメだ。もう限界。アンナに戻ってしまう。

「うん。おやすみ」

「おやすみ」

 電話を切ると、ホッと息をついた。

 やっぱりアンナの格好で樹里を長時間演じるのは無理そうだ。


 隆司さんが合格していて本当によかった。

 できることなら、今すぐにでも隆司さんの家にお伺いして直接おめでとうを言いたい。

 せめて明日のお弁当は豪華なものにして、お祝いをして差しあげたいと思った。

 隆司さんの合格を信じて、食材を昨日のうちに買い揃えていておいてよかった。

 私は今まで持って行ったお弁当で、とくに隆司さんが喜んでくれたものを思い出して明日のお弁当の下準備を始めた。

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