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001 城が欲しい


「俺様は、城が欲しい!」

「…………」

 真っ昼間からそんなことを叫ぶ友人に、彼女は憐れみを込めた視線を送った。

 なんでそんな突拍子もないことを言い出すのかなこの坊ちゃんはという思いを込めていたのだが、友人には全然伝わっていないらしい。ただ聞こえていないと判断したのか、もう一度力強く叫ぶ。

「俺様は! 城が! 欲しい!」

「…………いや、あの。それはよくわかったから」

「わかる!? そうか、わかってくれるか!」

 返事があったのが嬉しかったのだろう。友人は目をキラキラと輝かせながら、城を持つことがいかに素晴らしいのかを語り始めていた。

 紫色の稲光に浮かび上がる黒々とした巨大な城は男の浪漫なのだそうだ。残念ながら彼女は女なので、理解できそうにない。

 彼女からすれば、男の浪漫よりも周りの視線の方が重要だった。友人は全く気にならないようだが。

(…………まったく)

 少々面倒な状況になってしまった。こうなったら彼はしばらく止まらない。

 椅子の上に立ち上がっただけでなく、片足をテーブルの上に乗せている。料理を並べるはずの木製のテーブルは、いつの間にか彼のための演説台に変わっていた。

 店員らしき娘が、少し離れたところで右往左往している。注意をすべきか、それとも面倒事に巻き込まれないように無視すべきか迷っているようだった。

 その店員のすぐ近くの席には、酒でも飲んでいたのか、顔を真っ赤にした中年男性が座っている。目が合ったので笑いかけてみたのだが、思いっきり睨みつけられた。

 顔が赤いのは、酒のせいではなかった。どうも昼間から騒がしい若者に怒っているようだ。

 小さな街の小さな宿の小さな食堂。宿泊客だけでなく、昼飯時は街の人々にも料理を提供しているので、それなりに混んでいる。机の上で朗々と演説している彼は、注目の的になっていた。

 人々の突き刺さるような視線を感じつつ、友人の演説を聞き流す。

 ふと、自分たちが彼らにどう見えているのか、気になった。

(保護者と子供…………注意ができない姉と、躾のなってない弟ってところかな)

 机の上で頬杖をついて、友人を見上げながらぼんやりと思う。

 よくよく考えてみれば、彼がこんな奇行に走らなくとも、自分たちはそれなりに目立つような気がした。

 このあたりではあまり見ない、黒髪黒瞳の十代半ばの少年と、赤みの強い紫色の髪と瞳を持つ二十代の女性。

 二人揃って腰に剣を提げ、彼は黒の長衣だが彼女は黒い革鎧を身につけている。

 各地を巡る商人が護身のために短刀を持つことは多いが、魔王が倒され比較的平和になった今では、ここまで武装する人間は珍しかった。

「で、あるからして────」

「あー、ちょっとお客さん」

 不意に、野太い男の声がした。演説がぴたりと止まる。

 後ろから襟首をつかまれた友人が、まるで猫の仔のように持ち上げられていた。突然のことに、友人は目を丸くしている。

 彼を持ち上げている四十代程の男性を見て、彼女は思わず苦笑した。この宿の主人だ。

「ありがてえ演説の最中に本っ当に申し訳ねえんだが、いい加減他のお客さんの迷惑なんでねえ、出てってくれないかい?」




☆☆☆



「まったく、客を何だと思っているんだ、あの宿は!」

「あれは自業自得でしょう」

 我に返った友人が宿の主人に向かってきゃんきゃんと吼える前に、彼女は何とか友人を連れて外に出ることに成功した。

 荷物を全て持ったままで本当に良かったと思う。

 さすがにもう一度あの宿に戻る勇気はなかった。この街にあるのは先ほどの宿だけなので、今夜はきっと野宿になる。

 友人はしばらくぶつぶつと何やら呟いていたが、やがて気を取り直したのか、妙にさっぱりとした笑顔を彼女に向けて、

「…………というわけだから、セレネ。今からトトの村に行くぞ」

「はい?」

「聞いてなかったのか。トトの村に行くと言ったんだ」

「いや、それは聞きましたけど、なんでまた突然…………ああ、今夜の宿ですか? 確かに野宿は嫌ですもんね」

 トトはこの街からそう離れていない。今から向かえば、日暮れの前には着くだろう。

 友人は妙な笑顔のまま、首を横に振った。

「いや、確かに野宿はごめんだが、トトに行くのは宿のためじゃない」

「えーと、じゃあどうして」

「さっきの宿で聞いたんだ。トトの村には、魔物が棲みついている古城がある」

「…………はい」

 いつの間にそんな情報を得ていたのか。そう言えば宿の主人が嫌味混じりにそれらしきことを言っていたような気もする。

「そこを、俺様の魔王城にする!」

「…………」

 何となく予想はしていた。そうじゃないと良いなあと思っていたが。

 とりあえずセレネにできたのは、これみよがしに深いため息をついて見せることだけだった。

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