【第23回】 「人間」と「贅沢」
チクノクサの話が続いている。
「今、儂は『三百万円』という金額を口にした。君達が住む日本でも決して『安い金額』ではない筈だ。だが、地球規模で捉えた場合、この三百万円は『破格の金額』とも言える。家族で一週間の食費が約百円という地域すら存在するのも事実だ。
はっきり言って、『お金を与えれば、どうにかなる』という次元の話ではないが、倉見が指輪を買う為に稼ぎ、一生懸命、貯めた三百万円を飢餓地域へ寄付すれば、餓死する人を救える可能性があり、その行為は『善行』と見なされる。また、三百万円全額ではなく、半分の百五十万円を寄付し、残った、お金で指輪を買った場合、寄付は善行と見なされる一方、贅沢とも言える指輪の購入に関しては、『善行』にも『悪行』にも該当しない。
真現界からしてみれば、人間は『自らの行動』によって、『魂にレベルが付けられる状況を作った』という認識だ。本来、〈無い〉筈の『優劣』を付けられて、しまった人間の魂が仮現界で肉体を得た際、その『生活環境』という面に於いて、差が生じるのは当然と言えよう。
幸いな事に倉見の魂は、贅沢が許される環境に転生した。それを享受しても問題はない。その一方、仮現界で善行を行えば、更なる贅沢が出来る環境に『転生』出来るかも知れない半面、悪行を重ねれば『魂の消滅』や『救痛魂』となる可能性もあるのだ」
チクノクサは、ここで一息入れてから、更に言葉を紡ぐ。
「ここで、その『贅沢』に関して、儂の意見を述べよう。
人間が仮現界で特別な地位を築いたのは『向上心』があった為だと考えている。『もっと、美味しいものが食べたい』、『もっと、綺麗な服が着たい』という『もっと』が、向上心の原動力となっている筈だ。
仮現界という世界を考えた時、人間が突出したとも言える向上心を持ったが故に他の生物は、人間に『脅かされる存在』となったのも事実である。その様な意味で人間が向上心を持った事を儂は『忌々しき状態』と捉えている一方、向上心が人間の持つ特徴であるのなら、悪行とならない範囲の贅沢は『認められるべき』とも考えているのだ。
おそらく、人間から向上心を失わせる方法が編み出され、それが実行されれば、直ぐにでは、ないものの、仮現界は『無気力な人間』で溢れる事態になるだろう。しかし、人間は『常に前進しなければ、ならない社会』を構築してしまったのも事実だ。それは同時に仮現界を『人間が関与し続ける世界』へ変化させたとも言える。
極端な例となるが、その一つに『核廃棄物』の問題が挙げられよう。
元からある地球環境の維持という点に於いて、本来、手を出しては、ならぬ『核』を利用した人間は安全な廃棄方法を確立しない内に、その利用範囲を広げて行った。現状で核廃棄物は増える一方だ。同時に、これは人間が的確に管理しないと大変な事になる。放射能漏れは、即、地球環境の破壊に繋がるからだ。
もし、無気力な人間に仮現界が支配されたのなら、『核廃棄物、面倒臭いな……、漏れたら、そのままでも、いいや……」と、なり兼ねない。つまり人間には仮現界の環境を保持して貰う為にも、現状と同じ、いや、それ以上のモチベーションを持って、『常に前進しなければ、ならない社会』に対応する必要性があるのだ。
そのモチベーションを維持する為に贅沢もまた、『必要ではないか』と、儂は考える様になった。だが、ここには一つの条件が付く。
それは『身の丈に合った贅沢』だ。
かなり、〈ざっくり〉とした表現になってしまうが、倉見が『三百万円の指輪が欲しい』と思った時、多少の無理をしても、それが手に入る様なら、頑張って働き、お金を稼ぎ、貯めて、買えばいい。それ自体は善行でない半面、悪行でもない。
だが、『十億円の指輪が欲しい』となると話は別だ。そう考えるのは自由だが、実際に入手出来る可能性は、『ほぼ零』だろう。しかし、『十億円の指輪』に囚われた生活を始めてしまったら、数々の支障……、これは精神面も含めてだが、それが生じる可能性もある。犯罪に手を染めるかも知れない。その指輪欲しさに……。
身の丈に合った贅沢は、その人間の精神状態にも良い影響を与えるかも知れないから、儂は、それを否定しない。
最後に付け加えるなら、儂が、その様な意見を持っているのは、死直界としても、それを否定していない証拠だと考えている」




