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甲板でアネットは煙草を燻らせていた。
波も穏やかで、風もほとんどないから束の間の休息だった。
「アネットさん」
「・・・その顔を見るに答えは出たようだね」
「はい、私は軍人に向いてないんです。頑張ってもその先にいる人たちがいて何も役に立たなくて、だから軍人を辞めます」
「そうか。ルーアンに歓迎すると言った言葉は有効だ。だが、軍人の賊落ちは理由が何であれ極刑だ。そのことも考えてのことだと受け取ってもいいか?」
「はい」
「ならその服は脱ぎな。海賊船に軍人は乗せられないからね」
軍服を脱ぐという決断は簡単にはできない。
言われて初めてルーアンの瞳に迷いが生じた。
その迷いを指摘する前に警告の半鐘が鳴った。
「巡視船、接近!巡視船、接近」
「ちょうどいい。この辺りは風がほとんど吹かない無風地帯。燃料は近くの港に行く分しかない。どうやって巡視船から逃れる?お手並み拝見といこうか」
「このあたりの海流図はありますか?」
「・・・あるよ」
海流図と船の位置を確認したと思えば、帆を畳むように指示を出した。
少しでも距離を稼ぐために帆を張るのではなく畳んだ。
「さすがだな」
「十秒後に左に十五度」
「・・・第三特務部隊にいたとは思えないな」
「異動届を出す前は第六特務部隊にいました」
「それでか」
「右に十二度」
「第六特務部隊は居心地が悪かったのか?」
わずかな海流に乗って船はどんどん進む。
巡視船も追いつこうとするが海流に阻まれて距離を詰められないでいた。
「居心地が悪かったわけではないです。でも何か任務が割り当てられると、まず男性からでした。人手が足りなくなって仕方なくという感じで言われます」
「どこも一緒だな」
「だから第三特務部隊に異動届けを出しました。ここなら女性だからと後回しにはされないと思って」
「確かにされないが、完全実力主義だから他より厳しいぞ」
「そうですね。山賊を潰して来いなんて言われるとは思いませんでした」
「・・・巡視船、撒けたな。さすが第六シリーズだな」
「・・・・・・海流図を読めても役に立たなかったですけどね」
軍の中で第六が付く隊は海が専門になる。
番号が若い場合はどこに専門があるか分かる。
「しかし、巡視船に見つかったのはまずいな」
「どうしてですか?」
「巡視船は撒かれることを前提として情報を集める。その情報を元に本船がくる。まぁ二日もすれば戦闘になる。準備しとけよ」
いつもは海賊を見つけたら襲撃をかけるが、かけられる方にも準備というのがあるのを初めて知った。
静かに準備が進み、襲撃を受けるとは夢にも思わない穏やかさだった。
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「軍人を見つけた?」
「巡視船からの報告で、ある海賊船に乗っているのを見たようですよ」
「・・・すぐに出る。準備しろ」
「船をまともに運転できる人いませんよ」
「問題ない。行くぞ、ヴィヴィ」
問題ないと言うなら黙って従う。
海流も風も無視して燃料を使って海賊船が見つかった地点まで最短距離で進む。
いつも機嫌が悪い隊長の機嫌がさらに効果していた。
「さすがに“跳躍”と“瞬発”で追いかけろとは言われなかったか」
「失敗したら海に沈むもんね」
「うんうん、ってセルライン。旦那は?」
「船酔いするから陸に置いて来た」
「まじか」
隊長とヴィヴィは海路図を見て海賊船が進んだ方向を予測する。
この無数地帯を海流だけを使って進むのは、かなりの読みがなければ難しい。
「ヴィヴィ」
「はい」
「探してくる」
「御意に」
ロープを使ってマストの先端まで登る。
高さに恐怖を感じることなく立つと、躊躇いなく飛び降りた。
そのまま海面に叩きつけられる寸前に浮かび上がり空を飛ぶ。
船が進む速度よりも早く姿はすぐに見えなくなった。
「隊長のアレ、久しぶりに見たよ」
「アレでしょ?鳥人間」
「“変態”の効果だとは聞いてるけど、人じゃないものにできるとか詐欺でしょ」
「昔、諜報のために猫になったとか聞いたけど」
「私は絶世の美女になったと聞いた」
都市伝説に近いものがあるが、意思の力で制御する必要があるため複雑なものは難しいが制御さえできれば制限がないという“スペル”だった。
子どもや少年の姿になるだけでも大量のカロリーを消費する。
鳥という人からかけ離れた状態になれば、そのあとの反動は大きい。
それでもその姿を選んだということはルーアンを助け出すつもりだということだ。
「でも、間に合えばいいけどね」
「無理なら、うん、花くらいは用意するよ」
巡視船からの船の外観から広範囲に縄張りを持ち、レディ・ブルーという通称を持つ海賊を獲物とする海賊だ。
その強さから海賊たちから恐れられ、軍でも相手にするには特務部隊を三隊は必要になる。
「まさか、あの人のところだとは思わなかったよ」
「レディ・ブルー相手に一隻で勝負なんて命知らずでしょ」
「かつての青龍相手に丸腰で挑むようなものでしょ?」
軍内部では禁句とされているレディ・ブルーが四天王が一人、青龍の肩書を持っていることを。
先の戦争では隊長と青龍は背中を預けて戦っていた。
嫌でもその強さは知っている。
そして、軍人を寝返らせる手腕も恐ろしいということも。




