袋のお姫様
馬車が関所に入っていく。
番兵がチェックのため、停まった馬車の中を覗き込んだ。
「御者一名に、乗客が子供三人……。他に引率の大人はいないのか?」
皆を代表してアリシアが答える。
「国外を旅行している私たちの両親が急病になったんです。それで、慌てて看病に駆けつけているところです」
ジャネットがほっぺたを抱える。
「つ、つまり、わたくしがフェリスのお姉さんということですの!? 素晴らしいですわ! フェリス、わたくしのことをお姉ちゃんって呼んでくださいまし!」
「お、おねえちゃん?」
「きゃ――――最高の妹ですわ――!!」
「むぎゅっ」
抱き締められて潰れるフェリス。
ジャネットがはっとする。
「でも、だとしたらわたくしとアリシアのどちらが長女なのかが問題ですわ! もちろんわたくしの方がすべてにおいて優れていますから長女ですわよね!?」
暴走するジャネットに、番兵が眉を寄せる。
「お前たち……本当に姉妹か……?」
「本当に姉妹です」
アリシアはジャネットがこれ以上厄介なことを口走らないよう手の平で発声を封じ込めながら答える。
「海外に我が国の貴重な芸術品や学術資料、地図などを持ち出すことは禁止されている。そういった品は運んでいないか?」
「運んでいません」
番兵が車内の床に置かれている大きな袋を見やる。
「その袋は? なにが入っている?」
「パンです」
「開けてみろ」
「…………!」
少女たちはびくりとして顔を見合わせた。
パンの袋の中のロゼッタ姫もちょっとびくっとした。
「あ、開けない方が、いいと思いますっ!」
パンの袋の前に立ちはだかるフェリス。
「なぜだ? 妙なモノでも入れているのか」
「え、えと、妙なモノじゃないんですけど、あのっ」
返事に困るフェリス。
急いでジャネットがフォローする。
「開けたらあなた……死にますわよ?」
「猛獣でも入れているのか!?」
「パンがカビているんですわ、恐ろしく! そこから溢れ出るカビを吸い込んだら喉の中がカビだらけになって、全身カビ人間になるのですわ! 最後にはキノコが体中から生えてきて終わりですわ!!」
「ふええええええ……」
かたかたと震えるフェリス。
「それはさすがに無理があると思うわ」という気持ちを込めてアリシアはジャネットに視線を送る。
ジャネットは視線の意味が分かっていないのか、「ここはわたくしに任せてくださいまし!」みたいな頼もしいウインクをしてくるが、まったく頼もしくない。むしろこのままではどんどん疑惑が深まっていきそうだ。
番兵は剣の柄を握り締め、車内に身を乗り出してくる。
「お前たち……どうも怪しいな。ちょっと馬車から降りろ」
「…………撤退して!」
アリシアが御者に指示し、御者は馬車を急発進させて門の外へ飛び出した。