黒雨
爆風に吹き飛ばされ、術師の悲鳴を遠くに聞きながら、黒雨の魔女は戦場を舞う。
もう、己の自由になる瘴気は残っていない。フェリスの異常な魔力に引きずり出され、今の大技に使い果たしてしまった。
「くくく……やはり真実の女王と連携魔術など……やるものではないな……」
赤い空を堕ちながら、黒雨の魔女は自らを嘲笑う。
飛ぶことすらできず、死の大地が迫ってくる。
そんな魔女の体を、天使が抱き止めた。
「ライラ…………」
「お疲れ様、レイン。よく頑張ったわね」
天使ライラは大きな翼を力強く掻いて、黒雨の魔女を地上へ運んでいく。
魔女は目を瞬いた。
「これは……夢ではないのだよな? そなたは……本物なのだよな……?」
「ええ、本物よ。わたしは帰ってきたの」
ライラは優しく告げる。
「っ……っ……ふ、ふふ……」
黒雨の魔女の双眸から、熱いものが溢れる。その肩が、激しい痛みに耐えるかのように震える。
「わらわは、ずっと、ずっと、そなたを忘れられなかった。わらわは諦めが悪くて、悪すぎて……多くのことを間違えた」
「諦めの悪さなら、わたしも負けていないわ。こうしてあなたにまた逢うため、二千のあいだ狭間をさまよっていたんだから」
「狭間……精錬界を、か……?」
「ええ」
「転生すれば、すべての苦しみを忘れて、新たな生を味わえたというのに……」
「忘れたくなかったから。レインのことを。放っておけなかったから。誰よりもおバカさんなあなたのことを」
「逢いたかった……逢いたかった……もう、逢えないと思っていた……」
黒雨の魔女はライラの胸に額を押しつけ、奥歯を噛み締める。
「わたしは、必ず逢えると分かっていたわ。一万年かかっても、一億年かかっても。輪廻の螺旋にあなたが迷い込んでも、絶対に見つけ出すと、決めていたわ」
天使ライラは黒雨の魔女を抱き寄せ、ささやく。
「扉の向こうは、そんなに悪いところでもなさそうだけれど……わたしはレインと一緒にいたい」
黒雨の魔女はライラにしがみつき、幼子のように涙を流す。
その涙が戦場に舞い散る様は、まるで雨のよう。
数千年ぶりの邂逅を果たした白と黒の少女は、互いから片時も離れようとしない。
「よかったです……レインさん」
それを地上から見守るフェリスは、ぎゅっと手の平を握り締めていた。自分のことのように嬉しくて、嬉しいのに胸が締めつけられていた。
「ぐすっ……ぐすっ……なにがなんだかまったく分かりませんけど、よかったですわー!」
「もう……ほら、ハンカチ」
なぜか号泣しているジャネットの涙を、アリシアが拭く。
辺りに術師の姿はなく、邪悪な気配も失せていた。
彫像と化していた生徒たちの体に血が巡り、再び動き始める。
学校の周囲に生えていた奇妙な柱も消え、囚われの住民たちも解放される。
歓喜のざわめきがさざ波のように広がる中、天使と魔女の影だけが、そっと月夜に浮かんでいた。




