古強者
王国騎士への訓練も佳境に差し掛かる。
最後の相手は騎士団長であるアイゼンさん。
やや長めの髪に、白髪が混じっている。
体格は中肉中背。
武器は細い木剣を持っている。
形状からして、普段使用しているのはレイピアだろうか?
「ああ、これかい? 年の所為か、普通の剣が重く感じるようになってしまってね。だが、これはこれで中々」
視線を感じ取ったのか、そんな事を言う。
つまり年を取ってから武器を変えたってことか?
体力の衰えを考えれば確かに合理的かもしれない。
しかし武器毎の慣れや熟練を考えれば、今迄使っていた武器を捨てるのは簡単ではない。
この人、年に似合わず柔軟だ。
「では始めよう。いいかな、ミディール」
「はい。始めて下さい」
「よろしくお願いします」
私の挨拶の後、アイゼンさんが細剣を構える。
肘を曲げ、手の甲を上にするフェンシングと同じ構え。
これはやりにくい……。
先程の槍の人もそうだが、王国騎士団全体の特徴として守りが強い。
間合いを広く取れる武器を多く用い、不用意に飛び込んでこない。
レイピアは片手での突きが主体という事もあり、剣の中では最長の間合いを持っている。
「行きます!」
だからと言って、私まで守りに入っていては話にならない。
一歩、前に出る。
「おっと」
しかし、こちらの攻め気を逸らす様にアイゼンさんが一歩下がる。
私が追撃を諦めて僅かに上体を起こした瞬間だった。
「はっ!」
雷光の様な一撃が放たれた。
無意識に左手が持ち上がり、短剣越しに左腕に衝撃が走る。
重さは無いが、鋭い一撃。
私自身は完全に油断していたが、体が反応してくれた。
「むう、今ので捉えきれないとは素晴らしい反射神経だ。普段から余程修練を積んでいるらしい」
「驚きました……完全に当たったかと」
思った以上のリーチの長さだ。
深く体を沈ませての突きは、簡単に私の目測を誤らせた。
それも隙とも呼べない程の隙に、正確に合わせてきた。
……さて、どうしようか。
「ふう。自分から攻めるのは体力的にきつい。そちらから来てくれると助かるんだが」
アイゼンさんが吐息混じりに呟いた。
挑発か。
いいさ、乗ってやろうじゃないか。
「その言葉、後悔しませんね?」
「後悔させて欲しいものだ。ティムさんの弟子としての力……私にも、たっぷりと見せてくれ」
ティムさん……そう呼ぶなら、やはり知り合いか。
間合いの取り方、隙を見逃さない眼力。
どこか爺さまに似ているとは思った。
この人は見たところ五十歳前後。
年齢的に爺さまが現役時代に指導をしていた可能性はある。
だったら、爺さまに対して使っていた戦法を使わせて貰おうじゃないか。
まずは炎弾を放つ。
「おっ、魔法か? だがこの程度」
オーラで弾かれ、火の粉が舞う。
まあ、今回はアカネもお留守番なので威力はお察しだ。
しかしこれは想定内。
続けざまに二、三発、顔に目掛けて放つ。
着弾と同時に、突進!
「むっ……」
炎弾による視界の阻害により、あっさり近付くことに成功。
そのままラッシュをかける。
「フフ、これはきつい」
右、左、右、左、左、右足、炎弾。
次々と攻撃を仕掛ける。
爺さまと戦う時に心掛けていたのは、決して相手の土俵で戦わない事。
経験の差からくる読みや間合い、呼吸の測り方。
それらは一朝一夕で身に付くものではない。
だから、自分が勝てると思えるもので勝負する。
勝っているのは体力、速度、そして攻撃択の多さ。
注意すべきは、攻めつつも隙を作らないこと。
若しくは相手を完全に守勢に回らせること。
相手のオーラを削り取るべく、木剣に火の魔法を乗せる。
「おおー!」
魔法剣に対して歓声が上がった。
だが、木剣なので長くは使えない。
そのまま更に攻撃の圧力を上げる。
「ぬう、まだ速くなるか……くっ」
それでも、見事に全ての攻撃を捌いている。
固いな。
そろそろ剣がもたない。
「参った。降参だ」
不意にアイゼンさんが剣を捨てた。
私は慌てて剣を止め、たたらを踏んだ。
「どうしてですか? まだ勝機はあったはずでは?」
「全身全霊のカウンターか? それとも君の剣が燃え尽きるまで耐えるか? フフ、どちらも無理だ。もう、オーラ切れなのでね……」
そう言うと、アイゼンさんは膝をついて座り込んだ。
……並の精神力ではない。
最後までそれと悟らせなかった。
オーラもギリギリまで衰えず、表情も余裕を持ったままのポーカーフェイスだった。
勝機を悟らせないということは、相手の焦りを誘う。
私も、もう少し長く耐えられていたらどうだったか分からない。
「お疲れさまです。カティア殿」
やや離れた位置で見守っていたミディールさんが歩み寄ってくる。
「ミディールさん。……これで良かったんですか?」
どうも、不信感を拭えたという実感が薄いのだが。
「勿論です。アイゼン殿、後は頼みます」
「ああ、けじめは大事だな。カティアさん、すまないが立たせてくれないか?」
「あ、はい」
アイゼンさんを支えて立たせる。
思いの外、ごつごつとした体をしている。
鍛えてきた証というかなんというか。
筋肉質で少し重い。
「騎士団、整列!」
アイゼンさんが叫ぶ。
何だ、何が始まるんだ?
散り散りで休んでいた騎士団員たちが素早く整列した。
この辺りは流石に軍隊といった所か。
「騎士団の者達よ! 我々は、誰一人として彼女に敵うことはなかった。それはいい。だが、誰か一人でも怪我をしたか? 卑怯な手を使われたか?」
「「「否! 否!」」」
「ならば問おう。私は彼女の……カティア・マイヤーズの剣に強さと実直さを感じることが出来た。これに異論のある者は居るか!」
「「「……」」」
「では宣言しよう! 我々騎士団は、カティア殿を歓迎すると! 賛同するものは武器を掲げよ、拳を掲げよ!」
「「「おおー!!」」」
アイゼンさんの団長としての統率力を見た。
号令に、団員の意識が統一されていく。
確かに、これなら大丈夫という実感を得ることが出来た。
しかし、何だか照れるな……。
だが、城内で会う度にあの探るような目をされるよりはずっといい。
今後、何をするにもプラスに働くはずだ。
きっと。
「どうです、カティア殿。上手くいったでしょう」
「ミディールさん。……どこまでが情報部の作戦の内なんですか?」
「秘密です。ですが、カティアさんがこのまま地位を固めていって下されば、我々も動き易くなります」
「そ、そうですか」
段々、噂が自分の実像から離れていく気がして少し怖いが。
「何だか黒い話をしているな。ティムさんの時のようには絶対にするなよ、ミディール」
「何ですかアイゼンさん? 爺さまの時って」
「ティムさんが貴族連中に目の敵にされるようになった事件があるのさ。余り知られていないが、情報部の手落ちなんだ。そのせいで隠れ住むようになったと聞いている」
「……あの事件は情報部最大の汚点です。父も二度と、あのようなミスはしないでしょう。無論、私も」
それがどんな事件かは気になったが……。
おいそれと聞ける雰囲気ではなかった。
ミディールさんに普段の余裕のある表情は無く、口を堅く引き結んでそれ以上何も話そうとはしなかった。