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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第五章 王都ガルシア
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邂逅

 闘武会が翌日に迫る中、急な来客があったのはアカネとチェスを楽しんでいる時だった。

 アカネは物に触(さわ)れないので、アカネの指示で私が交互に二人分の駒を動かしている。


「お兄ちゃん、クイーンを4のGね!」


「はい。……ん? ちょっと待って、ノックの音が聞こえない?」


 そのノックは随分と慎ましい音だった。

 アカネが賑やかなので下手をすれば聞き逃していたかもしれない。

 立ち上がり、ドアを開きつつ確認する。


「はいはい、どなたでっ……!?」


「お兄ちゃん、だれー?」


「リアルクイーン……じゃない、まだプリンセスか。姫様、どうなさったんですか?」


 誰あろう、来訪者は姫様だった。

 いつもの無表情でドアの前に立っている。

 護衛のキョウカさんの姿が見えないが……?


「……カティ、お散歩に……付き合って……」


 何度か会う内、姫様は私を愛称で呼ぶようになった。

 爺さまやローザと同じ呼び方。

 しかし、散歩とな?


「その心は?」


「……毎日、御爺様や情報部と協議……足腰、ガタガタ……」


 つまり、座りっぱなしで足が痛いと。

 それは良いのだが……。


「あの、キョウカさんは?」


「……キョウカ、うるさい……あっちに行くな、こっちは駄目だ……全然休めないから……撒(ま)いてきた……」


 ……キョウカさんは心配性というか神経質というか。

 確かに姫様からしたら余り気が合っていないという感じなんだよなあ。

 本人は必死に護衛としての任を果たそうとしているんだろうけれど、若干空回り気味だ。


「じゃあ、行きましょうか。アカネはどうする?」


「一緒にいくよ!」


「……ん……アカネも……三人で、行こう」


 まあ、行動範囲は城の中だけなんだけど。

 闘武会が終わっていないので、まだ城外を出歩く許可は貰えていない。

 しかし充分広いから散歩なら城内だけでも問題ないだろう。




 中庭を中心にのんびりと歩く。

 庭はきちんと造園してあり中々見応えがある。

 日本庭園とは違って、きっちりブロック分けされた花壇に規則正しく花が植えてある。

 季節の花も咲いているのだが……私にはラベンダー位しか分からない。


(お花の種類はよくわかんないけど、キレイだね!)


 私の知識を参照しているアカネも自然と、感想が似たようなものになる。

 ……うん、ごめんね……。

 もし興味があるようなら今度植物図鑑でも買ってこようか。

 ちなみに、今は夏である。

 花もそれに応じた、鮮やかな色のものが多い印象。

 日差しが強いので姫様は日傘をさしている。


「あ……兄様……」


 姫様の呟きに視線を辿ると、剣を担いだ一人の青年と従者らしき人影が歩いて来るのが見える。

 姫様と同じような銀髪と美貌だが、ぽーっとした姫様と違いどこか険のある表情のような気がする。

 彼が姫様の兄の第一王子か。

 確か名はエドガー・ガルシア。

 年齢は姫様の四つ上、二十歳だったか。

 王位を争っているいわば政敵だ。

 こちらを見て避けるでもなく、悠然と向かってくる。


「リリか。そいつが噂の魔法剣士か?」


「……」


 やや尊大な口調に、リリ姫様は答えない。

 兄弟といえど敵同士だから、仲が悪くても不思議はないのだが。

 顔を俯(うつむ)かせ、震えている。

 姫様からどこか尋常ではない様子を感じる。


(リリちゃんどうしたの?)


 アカネも気遣わしげだ。

 エドガーが再び口を開く。


「黙っていたら……分からないだろうがぁっ!」


「! 姫様っ!」


 エドガーが担いでいた剣を抜いて姫様に斬りつけてくる。

 ギンッ、と穏やかな中庭にそぐわない音が響き渡った。

 私は間一髪、身に付けていたマン・ゴーシュでエドガーの斬撃を防いだ。


「何をなさるのですか!」


「うるさいっ、引っ込んでいろ! リリ、何故お前ばかりが……!」


「いけませんエドガー様! ここで騒ぎを起こしては――」


 茶髪の従者が止めに入る。

 エドガーは血走った目で肩を荒げていたが、やがて剣を収めた。


「……行くぞ、リード」


 背を向けて去っていく。

 従者のリードと呼ばれた少年が、主の非礼を詫びるように深く礼をしてから追いかけていく。

 ……一体、何だったんだ?


「姫様、大丈夫ですか?」


 姫様の震えは止まっていた。

 だが、いつものぼんやりとした無表情ではなく能面の様な顔――。

 無理矢理、感情を押し込んでいるような痛々しさを感じる。


「……カティ……私、帰るね……」


 姫様が背を向ける。

 足取りにも力がない。


(お兄ちゃん)


(うん、分かってる)


 彼女をこのまま帰らせてはいけない。

 一人にしない方がいい。


「姫様! 待って下さい!」


「……」


 姫様は振り向かない。

 そのまま中庭から出ていこうとする。


「姫様!」


 肩を掴んで強引にこちらを向かせる。

 姫様が僅かに眉を寄せた。


「……何?」


「姫様、私の借りている部屋で待っていて下さい! もし逃げたら……」


「……逃げたら……?」


「……呪います。恨みます。それから姫様の嫌いなピーマンを山盛りにして持っていきます」


「……う、うん、分かった……部屋で待てば、いいのね……?」


「はい! ……誰か、姫様を送ってくれそうな――あ!」


 見慣れた大男が廊下を歩いている。

 鍛錬帰りだろうか、何にせよ好都合だ。


「ライオルさん! ライオルさん!」


「ん? 何だカティアか。お前暇なら俺と模擬戦を――」


「暇じゃないです! あの、姫様を私が借りている部屋まで送ってくれませんか?」


「あ? 別に構わんが――って、おい!」


 あんなことの後だ。

 城内が如何に安全だろうと、誰かに傍に居てもらわないと。

 私はライオルさんを置いて廊下を早足で移動した。


(お兄ちゃん、どうするの?)


(フィーナさん理論でいこう)


(何それ?)


(疲れた時や落ち込んだ時は甘いものが良いんだってさ。単純に気持ちがほぐれるし、そしたら姫様も何か話してくれるかもしれないでしょ?)


(そっか。何を作るの?)


(いや、まだ決めてない。取り敢えず厨房に飛び込んでから考えよう)

 

 あ、槍を持った衛兵さんが居る。

 丁度いいから聞いておこう。


「あの、厨房の場所って何処でしたっけ?」


「ああ、カティアさん。厨房はこの廊下を角まで進んで、右に曲がった突き当りを左に行けばプレートがかかってます」


「ありがとうございます!」


 訓練の後、城内の兵士の態度は大幅に軟化した。

 簡単な質問ならすぐ答えてくれるし、向こうから挨拶もしてくれる。

 今ではやってよかったと素直に思っている。

 ……厨房に到着した。


「んあ? 何だいあんた――って、カティアさんじゃないか。どうしたの?」


「スーさん、ちょっと厨房借りてもいいかな?」


 厨房を取り仕切るのはドワーフ族の女性だ。

 スーさんという名前で、既に顔見知りなので事情を話せば大丈夫だろう。

 厨房の場所を知らなかったのは、初日にスパイクさんが晩餐の時にスーさんを私達に紹介したからだ。


「構わないけど、一体どうしたんだい?」


「実は――」


 エドガーの事には触れず、元気のない姫様に何かを作りたいという主旨の説明をした。

 スーさんがうんうんと頷く。


「食事は元気の源さ。あんたは間違ってない! 好きに使うといいよ」


「ありがとうございます!」


 さて、お許しもいただいたところで何を作ろうか。

 水魔法製の氷もあるから、アイスなんかも作れるが……。


「気持ちを解したいってんなら、温かいものがいいと思うよ」


 と、氷を見ていたらスーさんから助言を貰った。

 うーん、確かにそうか。

 そもそも多忙な姫様を余り待たせる訳にもいかないし、短時間でさっと出来る甘いもの……。

 アレでいいか。 

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