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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第十二章 血の道
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戦いの心構え

「――」


 ニールさんが馬上で口を開けてボーっとしている。

 私が言うのもなんだが、これから戦いに赴くとは思えないありさまだ。


「ちょっと、ニール」

「――」

「だめだ、この弟……」


 フィーナさんが呼びかけるも、変化は見られず。

 目的地には馬が運んでくれるだろうから、大丈夫だとは思うけれど……。

 敵の奇襲が怖いな。

 ニールさん、あんな状態できちんと対応できるのだろうか?


「ごめんね、カティアちゃん。まさか、カティアちゃんのほっぺにチューがここまでの威力を発揮するなんて」

「はい? ニールさんがこうなっているのって、あれが原因なんですか?」

「え?」

「……えっ?」


 やだわぁ、この子。怖いわーなどと女性陣を集めつつ言うフィーナさん。

 ミナーシャはともかく、いつも味方のクーさんにアカネまで……。

 やめて、そんな目で見ないで。


「ぜ、ゼノンさん……」

「なんですかな?」


 窮した私は、部隊の知恵袋……ゼノン老に助けを求めた。

 彼は好々爺、と呼ぶのが相応しい顔ですぐに応えてくれる。


「戦前の部隊って、こんなに緩くていいものなんですか?」

「そうですなぁ……」


 部隊長として、統制が必要かどうかは知っておかなければならない。

 もちろん私に指揮・統率能力は期待されておらず、だからこそ経験豊富なゼノンさんが配属された……ということはわかっているのだが。


「ここまで緩い部隊は珍しいですが――はっ!」

「――ほあっ!?」


 ぼんやりしているニールさんの背に手を当て、気付けを行うゼノンさん。

 下手をすれば乗っている馬が暴れ出しそうな行動だが、衝撃は正確にニールさんだけに伝わったらしい。

 正気を取り戻したニールさんは左右を見回し、目を白黒させる。


「な、なんすか!? 敵襲っすか!?」

「……」


 戦闘はそれほど得意ではない、と言っていたが本当だろうか?

 この世界、この年代のお爺さんが只者じゃないパターンは何度も見てきたからなぁ……。

 ウチの爺様なんて、その最たるものだと思うけれど。

 フィーナさんにニールさんが脇腹を突かれるのを見届けると、ゼノン老は話を続ける。


「……常在戦場。そんな境地に万人が到達できれば素晴らしいのでしょうが」

「それは……」

「ええ。そんなことは不可能ですからな」


 常に戦場にあるが如き心構え、か。

 達人の境地にある武人か、特殊な人生観を持つ者でなければ不可能なことだと思う。


「実際の戦場においては、交代で見張る。斥候を立て、安全圏を確保する。そうして僅かずつでも休む必要が出てきます」

「それは……そうですよね……」

「仲間内で笑い合う、大変結構ではありませんか。心の静養、栄養となるでしょうから」

「なるほど……」

「もし戦いが激化した後も、それができたなら……この部隊は、その時こそ本物の精鋭ということになるのでしょうな」


 それはそれで、とても難しいことではないだろうか?

 辛い時こそ笑える人間は、前の世界でも最強といえる存在だったから。

 特に転生前の自分なんて、その境地からは程遠いところにいた。

 しかし……「常在戦場」よりはまだ、現実的に聞こえるのも確かである。


「なになに? カティアちゃん、笑いたいの? くすぐってあげようか?」


 フィーナさんが手を開閉しながら馬を寄せてくる。

 勘違いだし、そもそも行軍中にすることじゃないですよね?


「お姉さまを……くすぐる……!? その任、私が! 私が承ります!」


 クーさんも手をワキワキさせつつ空から近づいてくる。

 妖しい手の動きだ。怖い。


「んじゃ、私もくすぐるにゃ!」

「いや、あんたは偵察に行きなさいよ。ミナーシャ」

「そうですよ。そもそも、あなたの配置はもっと後方ですよね?」

「なんでにゃ!」


 姦しい女性陣のやり取りに、部隊内にささやかな笑いが起きる。

 リクさん、カイさんもそれを見守りつつ、時折アカネの相手をしてくれている。

 いい雰囲気……なのかな?

 もしかしたら、部隊内で一番緊張しているのは私なのかもしれない。

 部隊長なんだけどな。


「あ、あの、あの、カティアさん!」

「はい?」


 と思っていたら、ニールさんが噛み噛みで話しかけてくる。

 さっきよりはマシな状態だと思うが、今度はそんなに焦って……大丈夫だろうか?


「じ、自分、俄かに緊張してきて! ……作戦の確認、いいっすか!?」

「も、もちろんです!」


 その言葉に嘘はないのだろうけれど、なにかを誤魔化すような勢いを感じる。

 しかし、私はそれを指摘しなかった。


「……というか、ニールさんも緊張しているのですね。仲間がいて心強いです」

「あ、はは……フィーねえたちは精神力すごいっすよねぇ……自分たち小心者は、それなりのペースで行きましょうね!」

「そうしましょう、そうしましょう」


 小心者コンビ、結成。

 ……部隊の長と副がそれでいいのか、という疑問は残るけれど。

 事実なのだから仕方ない。


「で、基本からまるっと確認っすけど。侵攻の最終目的は、帝都の陥落っすよね?」

「黒精霊を生み出す源泉を探し出して、それを抑えることが目的……でしたね」


 帝国軍を潰すことでそれが達成されれば、そこを短期目標にするのもありだろうけれど……。

 それは楽観的というものだ。

 どういう機構や方法でそれが為されているのかは謎だが――黒精霊の源は帝都の奥深く、堅固に守られていると連合軍は予想している。

 最終的には帝国そのものを完全に撃退・掌握することが必要になるのだろう。

 巻き込まれる非戦闘員のことを考えると、どうしても気が重くなるが。


「第二軍、第三軍が他を抑えている間に自分ら第一軍が電撃的に進むのが理想……とのことっすね」

「急ぐ理由は黒精霊による汚染拡大以外にも、補給が不安定になることが見込まれているから……でしたよね? 確か」


 補給に不安が残る理由は単純に補給路が伸びること。

 帝都は東側にある連合国から見て、西方の奥深くに位置している。

 それと補給については、帝国内での現地調達が当てにならないのが原因である。

 帝国内でどれだけ黒精霊による汚染が進んでいるか不明で、かつ帝国国内の食糧事情は昔から不安定だ。

 地域によってはひどい凶作、ということも充分に考えられる。


「飢える民からさらに食糧を奪うのか? っていう問題がありますよね。悩みどころっす……」

「連合の設立経緯からして、略奪はなしですよね……」


 と、以上の理由で私たちはとにかく進軍を急がなければならない。

 どれだけ帝国が大きいといっても、四国対一国だ。

 勝利そのものは揺るがない……はず。

 ここまでニールさんと話したところで、横で聞いていたゼノンさんの顔色を窺う。

 ……大体、これで合っていますよね?


「補足するならば、早急な帝国内の地理掌握が鍵となるでしょうな。我々が帝国と袂を分かったのは、もう随分と昔のことですからな」

「先行した情報部からの報告と、実地でのこまめな偵察が重要……ってことですよね?」

「それをしつつも、急ぐ必要があるってことっすね。我々がもたついただけ、王国や同盟国まで、黒精霊による汚染が広がっていくってことっすから」

「ええ。ニールさん、頑張りましょうね!」


 決意を新たに、気合を入れ直す。

 そろそろ警戒地域に入るので、ゆっくりできるのもこれが最後になるだろう。

 ニールさんに微笑みかけると、不思議な間があってから返事がきた。


「あ……う、うっす!」

「いやぁ、ニール殿。お若いですなぁ」

「し、仕方ないじゃないっすか! ゼノン老だって、あと二十……いや、十も若かったら同じ顔になっているはずっす!」


 ニールさんの反応はよくわからないが、ゼノンさんの話はすっと腑に落ちた。

 過酷な戦場に向かうからといって、ずっと暗い顔でいる必要はない。

 むしろ、笑う余裕があるときは笑っておくべきなんだ。

 先達たちの教え、そしてなにより爺様からの教えと言葉を反芻しながら……。

 私は、呼吸を深くしつつ歩を進めるのだった。

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