マルタ砦防衛戦
捕虜の解放から三日後。
元は砦の指揮官の部屋だった場所。
そこで剣の手入れをしていた私に、急報がもたらされる。
「副団長! 敵襲です!」
作業中だった砥石を置き、油を手早く塗って羊毛でさっと拭きとる。
剣をしまい、報告に来た空戦隊の部隊員の方を向く。
「数は?」
「我が方の五倍――約五千と推測されます! およそ一時間ほどで砦に到達するかと!」
一時間……山道、中規模軍勢なのを考慮すると徒歩なら距離は四、五キロってところか。
ここまで近付かれたってことは、上手く山の地形を利用されたみたいだ。
この辺りは本来、奴らの領域だから仕方ない。
「狙い通り兵糧を奪い返しに来ましたか……陣触れを」
「はっ!」
「リード砦へ向かう本隊にも、伝令を抜かりなく」
「承知しました!」
ゼノンさんの予想、見事に的中。
やはり只者じゃないな、あの人。
五千か……敵の数が多過ぎるが、距離を考えると逃げる時間は無い。
基本的に飛ばれると帝国兵の大軍から逃げるのは難しい。
ここは応戦しか道がない。
(アカネ――アカネ、戻って来て)
アカネに呼び掛け、急いで鎧を装着しながら待つ。
すると――
「呼んだ?」
「呼んだ呼んだ。これから戦闘が始まるんだけど……準備はいい?」
「うん! がんばろー!」
壁をすり抜けながら戻って来てくれる。
明確な意思のやり取りができる訳では無い。
しかし離れていても互いに「何となく呼ばれている」程度は察知することが可能だ。
アカネが憑依し、私は一つ深呼吸して気持ちを切り替える。
――よし、行くか。
鋸壁に隠れながら、時折、顔を出して敵の状態を確認する。
それらは目の良い偵察隊の役目だ。
私はやや後ろ、魔法士隊の近くで経過報告を聞きつつ待機していた。
「……カティアちゃん!」
「まだです! もう少し引き付けて!」
空と地上から、眷属達が迫る。
フィーナさんが焦れたように叫ぶが、まだ早い。
先行した地上の帝国軍は、黒魔法で砦の門や壁を腐食させ、攻城兵器で脆くなった箇所を何度も打ち付けている。
その度に轟音が響き、一刻も早く迎撃を開始してしまいたい衝動が襲う。
元々ここは大した防御能力もない補給砦だ。
時間が許す限りの補強はしたが、それでも砦全体が揺れているような気さえする。
「カティア! 敵の主力が砦に到達したにゃ!」
「よし、迎撃を開始して下さい! ――フィーナさん!」
「待ってたわよ! 魔法士隊、攻撃開始!」
対空に火・風が、対地に向けて土・水の魔法がそれぞれ放たれる。
私もアリト砦で放った火の鳥を空に向けて放つ。
火の鳥が魔法士隊が放った魔法を引き連れながら迫る。
それらが敵に命中すると思われたその時――
「副団長! 地上の敵が例の霧状の魔法を展開! こちらの魔法攻撃が減衰していきます!」
「着弾が確認できた魔法は凡そ半数です!」
偵察隊員から報告が入る。
引き付けた甲斐があったか、反応が遅かった一部には損害を与えたものの大打撃には至らない。
魔法使い達も精鋭だけあって、一撃で急所を貫いた猛者も居るには居るが……。
如何ともし難い数の差を感じる。
(お兄ちゃん、火の鳥が!)
(くそっ、駄目か!)
火の鳥に黒い霧が殺到し、あっと言う間にその姿を小さくしていく。
僅か数人の敵を屠ったのみで、渾身の極級魔法が消滅してしまった。
アリト砦で放った際は局地戦に近かったが、総力戦を行う敵に対しては目立つ上に攻撃時間が長い火の鳥は有効性が低かったようだ。
しかも、敵は連携して防御力を高めている模様。
後方の手すきの敵が前線と空に向けて黒魔法を放つことで、魔法に対して黒魔法と前線の兵士が放つオーラとの二重で防御を行う作戦のようだ。
連携を乱そうにも敵の前線に厚みがあり、後方の部隊をここから狙うのは難しい。
苦戦の予感に部隊員達の顔が曇る。
(お兄ちゃん……!)
(分かってる!)
一つずつ、一つずつだ。
優先するのは対空、下の敵はその後。
まずはそちらに指示に集中する。
「魔法士隊はそのまま攻撃を! 続けて軽歩兵隊、投石開始! 空戦隊、敵の出足を乱して下さい! 各員、空戦隊への誤射に注意するように!」
「了解、お嬢」
「はい、お姉さま!」
空戦隊は数で劣るので、攪乱のみで防戦主体。
決して無理をしないように事前に喚起してある。
投石はアリト砦において有効性が立証済みで、魔法が使えない者にとって貴重な対空手段だ。
今回は投石紐を用意したので、前回よりは幾らかマシになっている筈だ。
「くそっ、届かない!」
「副団長、敵が更に空高く!」
しかし命中精度に限界があり、練度は上がりつつあっても百発百中には程遠い。
こうやって敵に高度をとられた分だけ、狙うのが更に厳しいものとなる。
「今は距離を取らせれば充分です! 近付いて来た者にだけ攻撃を集中して下さい! ミナーシャ、何かあれば直ぐに知らせを! 私は下に降りて応戦します!」
「分かったにゃ!」
よし、取り敢えず膠着状態――言い換えるなら、空への対処が安定したという事になる。
これで暫くの間は戦線が崩壊することはないだろう。
確保した石の量も充分。
ここにきて少数精鋭部隊の利点が生きる。
隊毎に細かな指示を与えても、しっかりと追従してくれるが故に命令を下す側としては最高にやりやすい。
次は下から砦に取り付いている相手への対応。
「重装歩兵、私と共に城門前へ!」
「はい! 行きましょう、おじょー!」
リクさんと共に、防御に優れる重装歩兵隊を連れて城門へ。
砦の内部を通り、外壁と内壁の間にある中庭へと駆け降りる。
到着した時には、城門は今にも破られそうだった。
攻城用の杭を打ち付けられる度に、たわみ、軋み、悲鳴を上げている。
「おじょー、来ます!」
「総員、構え! 内壁に近づけるな、味方を守れ!」
「「「おおー!!」」」
気勢を上げた瞬間、轟音と共に土埃が舞う。
そのまま城門から敵兵が雪崩れ込み、混戦へと突入した。
ランディーニを抜き様に先頭の敵を一刀で斬り捨て、前へ。
続けてマン・ゴーシュを構える。
(アカネ、何時でも大きいのを撃てるように!)
(わかった、準備する! 魔法剣の威力がさがるから気をつけて!)
(了解!)
極級一撃分の魔力をアカネに渡し、魔法剣の威力が以前と同程度にまで下がる。
火の威力が減った分はオーラで補う!
押し寄せる敵を捌く、捌く。
適度に押し返した後、下がるという行動を繰り返す。
無理はしない――無理をする局面じゃない。
無駄に前に出た所で犠牲が増えるだけだ。
黒魔法を纏った眷属は厄介で、こちらが剣で触れる度にオーラの消耗が増していく。
否応なく私にも、重装歩兵隊にも疲労が蓄積していく……。
「はぁ、はぁ……っ!? お、おじょー! 外壁が!」
「!」
リクさんが叫んだ直後、砦の外壁が崩され、更に大量の敵が押し寄せてくる。
まだ隊列は乱されていないが、兵達の意識が城門へ向き過ぎている。
まずい、このままでは囲まれる!
魔法士隊の上からの援護も間に合わない!
「アカネぇ!」
(魔力、解放!)
壊れた外壁の役目を負う様に、一条の炎が地面を高速で奔る。
そこから炎の壁が隊列の外に沿って吹き上がり、直上に居た敵を全て焼き尽くした。
内側に残った敵兵を迅速に処理し、隊を下がらせる。
「――っ、はっ、はっ……! 密集陣形を取りつつ、内壁ギリギリまで後退!」
「今の内に立て直せ! 急げぇっ! ――おじょー、大丈夫ですか?」
「まだ行けます……リクさん、私達も下がりましょう」
撃てる極級魔法は残り一回。
敵の攻勢は予想以上に激しく、包囲も的確だ。
短期決戦重視の、帝国らしい強引且つ犠牲を厭わない攻撃。
残念ながら、このままでは本隊がリード砦を攻略するまでは恐らく持たないだろう。
リクさんに付き添われ、息を整えながら炎の壁の中を進んで行く。
ニールさん、急いでくれ……!