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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第十一章 開戦
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夜襲

 待つ側の苦しみというものを、私はこの世界に来てから初めて感じている。

 結果から言うと、敵の哨戒に発見されずに砦に取り付くことは成功した。

 今はマルタ砦の門前で、シラヌイに乗ったまま事態の変化を見守っている。


 侵入したのは偵察隊で戦闘をこなせる者と、空戦隊全員の二隊。

 全て首尾よく事が運べば、内側からこの門が開くことになっている。

 失敗したり何か非常事態があれば、魔道具による信号弾が空に打ち上がるだろう。

 その場合は全軍で強行突入ということになる。


(ミナーシャちゃん……クーちゃん……)

(アカネ……)


 アカネが祈るように二人の名を呼ぶ。

 正直言って、自分が矢面に立つ方が何倍もマシと思える心地である。

 先発隊が砦に侵入してまだ半刻も経っていないだろうが、それでも体感的には異常に長く長く感じられる。

 まだか……。

 私が焦れていると、鎧に覆われた足をトントンと叩く感触がある。


「……?」

「……」


 何時の間にか近くに居たゼノンさんが、黙って首を横に振る。

 そのまま視線を後ろにやるので、それを追いかけると――そこには私と同じ様に何処か落ち着かない顔をした部隊員達の姿が。

 もしかして……私の不安が伝染している?

 再びゼノンさんを見ると、首を二度縦に振った。

 そうだよな……私は先頭に居るから別だが、部隊員達の目には何が見える?

 私の背中ではないか。

 それすら感じ取れなかった余裕のない自分に腹が立つが……ゼノンさんに感謝だ。

 ここは信じて待つのみ。

 深呼吸し、それから瞑想して動きがあるのを待つ。

 すると後ろに居る部隊員達も、やや肩の力を抜くような空気が伝わって来る。

 指揮官の影響力は、私が思っているよりもずっと大きいらしい。

 

「!」


 金属製の分厚い門が軋みながらゆっくりと開かれる。

 それに対し、私達は一斉に武器を構えた。

 開いていく門を注視する。

 すると門の隙間から――ぴょこっと耳が生えた。

 次いで闇に光るくりっとした目がキョロキョロと外を覗く。


「な、何々? みんな、どうして私に武器を向けてるにゃ!?」

「ミナーシャ……いや、敵が出てくる可能性もあるじゃないですか。ええと……まずは無事で何よりです。門を全て開いてもらえますか?」

「りょ、了解。敵の見張りは全て制圧完了したにゃ。こっちの被害はナシ」

(よかったぁ……ミナーシャちゃんも、みんなも)


 ミナーシャが一度引っ込み、少しして門が全開になる。

 隠密行動はここで終わりだ。

 全員で動けば馬蹄の音、足音、鎧が鳴る音で中に居る敵兵に気付かれるのは時間の問題となる。

 ここまで来たら、後は最後まで駆け抜けるだけだ。

 私は右手を斜め前に掲げ、号令を掛ける。


「赤の部隊、突撃!」

「突撃! 全軍突撃! 繰り返す! 全軍突撃!」


 私に続き、騎兵隊の先頭に位置するニールさんが復唱する。

 私はシラヌイの横腹を蹴りつけ、先陣を切って走り出した。

 火魔法で宿舎らしい場所の入り口を爆散させ、シラヌイからさっと飛び降りる。

 そこからは、奇襲が成功したこともあり一方的な展開となった。

 抵抗の意志が無い者は全て捕縛したが……それ以外は情報封鎖の為に全て逃さずに殲滅を行って回った。

 この夜、マルタ砦は帝国が一切察知する事なく、ガルシア側の手に落ちることとなった。




「あー……気持ち悪い……」


 夜が明け、私は井戸の水でばしゃばしゃと顔を洗っている。

 水質は確認済みで、抵抗する間を与えなかったこともあり毒は投げ込まれていない。

 ここから水を確保出来る沢までは遠いので、この井戸が使用できて非常に助かると補給部隊が話しているのを先程耳にした。

 その他、食糧庫についても特に問題無し。

 当面を凌ぐのに充分以上の量の兵糧が手に入り、全ての処理が終わった砦の中で、昨夜はささやかな祝杯が上げられた。


「……いや、やっぱり硬いよ帝国の穀物。甘みも全然ないしさ。最近ガルシア産ばっかり食べてたからなぁ」

「比較対象が悪いだろ。それって要は舌が肥えたってことじゃ――あ、お嬢」

「おはようございます、二人共」


 顔を拭っていると、リクさんとカイさんが何かを話しながら井戸の傍に寄って来た。

 どうやら昨夜の食事の話の事らしいが。


(ああいうの、質より量! っていうんだよね?)

(まあ……取り敢えず掻き集めましたって感じの中身だったからね)


 帝国の主な穀物は粘りの無いうるちきびで、品質に関しては差が大きくバラバラ。

 干し肉も処理が甘い物が混ざり、帝国の生産体制を何となく察することが出来る食糧庫の内情だった。

 ただしこと量に関しては圧巻の二文字だったが。

 食糧庫の中身はぎっしりで、やはりあちらから攻め込む腹積もりがあったのだとゼノンさんが推測していた。

 それを思うと、今回ガルシアは帝国の予想を超えて早く行動を開始出来たと見て間違いないだろう。

 情報を最大限に生かすことが出来た。


「あれ、おじょー。何だか顔色が悪くありませんか?」

「酒の飲み過ぎ――ではなさそうですね。どうしました?」

「……昨夜は余り眠れなくて」


 それを聞いたリクさんが納得したように頷く。

 水を桶に汲みながら、同情するような渋い顔だ。


「昨夜は、虐殺に近い戦闘でしたからね……仕方ないとはいえ、胸が悪くなりますよね」

「何処が悪いんだ? 俺は最高に楽しかったが」

「それはカイみたいな特殊な奴だけだろぉ。ねえ、おじょー」

「ですね……」

「俺だって本当は、兵士なんか辞めて田舎で酪農とかして暮らしたいしさ。あ、養蜂もいいかもだな」

「へえ。リクさんは農業系が好きなんですか」


 のんびりした性格のリクさんにはぴったりだろう。

 それが何故兵士をやっているかは……まあ、聞くだけ野暮かな。

 あの獣人国の状態を考えると。

 三人とも、身寄りがないような話だったし……。


「そうなんですよ。俺だけじゃなく、兵士をやりたくてやってる奴は少数派だと思いますよ。なので、おじょーが無理に平気な顔して戦わなくても、分かってくれる連中は大勢居ますよ。キツイ時は言って下さい。力になります」

「ありがとうございます、リクさん」


 少し楽になった。

 リクさんは優しくて頼りになるな。


「ま、それでもお嬢が一番敵兵を殺してましたけどね。いざとなると徹しきれるのは流石ですよ。惚れ直すぜ」

「台無しだ! 何言ってんだよぉ、カイ!」

「ははは……」

(お兄ちゃん、わたしも共犯だからね。一人じゃなくて、二人で背負っていこう)

(アカネ……ありがとう)


 二人の励ましに元気を貰った。

 これなら大丈夫……今後も私は戦っていける。

 しかし、カイさんの言う事も気に留めておかなければならない。

 敵を殺すのを躊躇すれば、待っているのは味方の死だけだからな……意識の切り替えが最も大事だと思う。

 結局は、終戦を目指して目の前の事を一つずつこなしていくしかない。

 ――今回の戦いでの味方の死者は二名。

 軽傷が十余名だが、水魔法の治療を受けて直ぐに復帰可能。

 対して敵は捕虜が約百名、死者はおよそ四百名にも及んだ。




 翌日、砦の地下。

 ここはマルタ砦内、唯一の地下牢である。

 その中で、これから砦の指揮官に対して尋問が行われようとしている。

 こちらの面子は私、ニールさん、カイさん、ゼノンさんの四人。

 アカネには場面柄、席を外してもらった。

 そして尋問対象である指揮官は……何と眷属の姿をしていなかった。


「どうしてお前は眷属の姿をしていない? 帝国兵は全て眷属と化したのではないのか?」


 拷問道具をちらつかせながらカイさんが詰問する。

 私が知る限り、帝国兵で人族の姿を留めていたのはあの侍風の男だけだ。

 その痩せた中年男はニヤニヤとしながらだが、意外にも素直に質問に答える様子を見せる。


「ガルシアはまだそんな事も知らんのか? どうやらこれまで、下位の眷属しか捕えることが出来ていなかったようだな。俺を奴らと一緒にするな」

「間抜けが。お前がその違う種類とやらの一人目なら、これ以上の失態は無いだろうが」


 下位……つまり、眷属にも階級があるということか?

 目の前の男の妙な余裕は気味が悪い。

 一体、何を考えているんだろう。


「クックックッ……一人目? 馬鹿を言うな。俺は――」


 男の雰囲気が変わった。

 体が膨張し、口元は裂け、羽と長い牙、それからねじれた角が姿を現す。

 縛り付けていた椅子が、鎖が力任せに引きちぎられる――。


「貴様らが油断するこの時を待っていた! 四人程度ノ人数ナラァァァッ!」

「カティアさんっ!」


 ニールさんが警告の声を上げ、私に対して二メートルを超える体躯、見慣れた眷属よりも一回り巨大で筋肉質な姿をした男の腕が迫る。

 この中では唯一の女だ、最も弱いと見られたか。

 私は半歩下がり、右手を縦方向に振り抜く。

 魔法剣が男のオーラと一瞬だけ拮抗し――その後、男の太くなった腕が冷たい床の上にどさりと落ちる。


「アアアアアアッ!?」

「貴様っ!」

「おとなしくするっす!」


 カイさんとニールさんが床に男を組み伏せる。

 男はもがいて振り解こうとするが、噴き出す血と共に暴れる体力も削れているようだった。


「大丈夫でしたか? 副団長」

「ええ……」

「っ、黒い剣に、オーラと、き、共存する炎……ま、まさかその女……アリト砦の、赤い悪魔……」

「相手が何者かも知らずに挑むとは。愚かな……」


 ゼノンさんの言葉に男が項垂れた。

 その後、最低限の治療を施して男はガルシアの情報部に送られる事となった。

 男から得られた情報は二つ。

 男は眷属の中で「中位眷属」と呼ばれる、人族の姿に戻れる者であるということ。

 更にはリール砦の増員は十日後であるということ。

 私達は特に重要な後者の情報を知らせる為、伝令の兵を急ぎ本隊へと走らせた。

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