赤の部隊
「ミディールさんから情報が来た?」
各国の使節団が去り、軍備の強化が始まった十一月。
私はアイゼン団長に呼び出され、彼の執務室へと来ていた。
「そうなんだよ副団長。これは大事な事だから、誰にも漏らさないように頼むよ副団長。分かったね? 副団長」
「連呼しないで下さい! 前に副団長と呼ばれて返事をしなかったのは、きちんと謝罪したじゃないですか!」
「いやあ……これくらい言わないと自覚が芽生えないのかと思ってね」
さすがに慣れましたよ……。
ここの所、王都以外からも兵が集まって来てそういった人々からは「副団長」と役職名で呼ばれるようになった。
元から王都に居た人からの呼び方は変わらなかったので、稀に副団長と呼ばれても反応出来なかったのだ。
「で、その情報なんだがね。まずは無事、帝国内への潜入に成功したと」
「……そうですか。これからが本番とはいえ、少しだけ安心しました」
「それだけではないんだ。敵は国境砦の防備で、どうも人員の配置換えを行っているらしいんだが……その中でも、一時的に防備が薄くなっている場所を発見したと」
「!」
大手柄じゃないか。
確かにこれは、おいそれと漏らしていい情報じゃないな。
帝国は巨大な組織だ。
帝都から国境までは距離があり、人員の補充や移動に伴って穴が出来たとしても何ら不思議は無い。
それでも最終的に増員の気配があるという事は、こちらから攻めてくるという事は既に察知されていると見ていいだろう。
四国会議に関しては隠しようが無かったからな……各国要人の移動はそれだけ目立つ行為だ。
「場所は何処ですか?」
「それがね……どうも、あのリール砦らしい」
「リール砦……というと、あの平地にある砦ですか。ガルシアの最初の侵攻目標でしたね」
「うん。帝国にとっては既に重要度の低い砦だろうが、我々にとっては喉から手が出るほど欲しい拠点だ」
リール砦は、帝国が山間の平地に設けた砦である。
国境は山か森を隔てた場所が多いのだが、そこだけはぽっかりと平地が口を開けており、以前は此処に帝国の大軍が駐留している場合が多かった。
かつてその砦から、帝国は何度も何度もガルシアへ向けて侵略の軍を放っていた経緯がある。
平地という事は、言うまでもないが山に比べて移動が楽ということになる。
ここを落とすことが出来れば、今後の侵攻において補給線の確保が非常に容易になると予想されている。
帝国にとっての重要度が下がったのは、奴らが地上を行く必要が無くなったからだろう。
「確かに貴重な情報ですが……まだ我が軍は、砦を落とすだけの戦力を出せる状況にないと思いますが。帝国もそれを見越しての配置換えでしょうし、元々規模の大きいリール砦の人員が減っていると言ってもたかが知れているのでは?」
「それ、そのまま帝国の奴らの考えだと思うんだ。今は攻めてこないだろうという油断、一時的に一万の兵が七千に減ったくらいなら大丈夫。どうせ直ぐに元の人数以上に補充されるし……なーんてね」
「え!? そんなに具体的な数字まで上がってきているんですか!?」
「そうとも。言わなかったっけ?」
「言ってないです!」
全く、のらりくらりとこの人は……。
しかし、そうなると話が変わって来る。
「増員される兵力は約八千だそうだ。さすが大規模砦だね。出て行く三千はアリト砦での傷病兵を移送する為の部隊らしい」
「今、ガルシアが動員できる兵力は――」
「急ぎで一万丁度。やり方によっては、良い勝負になると思わないかい?」
そう、一万だ。
減ったとはいえ七千人規模の砦を落とすには少し心許ないが、待ち構えられての一万五千を相手にするよりは……。
どちらにせよ、リール砦は取らなければならない要衝だ。
もし攻略が成功すれば、長い目で見た際の兵力の消耗をぐっと抑えることが出来る。
「……最後に一つだけ。これが敵の誘いだという可能性は?」
「そこは情報員達を信じろ、としか言えない。真偽の選別も彼らの仕事だから。大体、君は若いんだからそんなに守りに入るもんじゃないよ。こんなおっさんよりも慎重でどうするね?」
「いや、アイゼンさんは私の実年齢を知ってるじゃないですか。……まあ、とにかく状況は分かりました。それで、私は何をすればいいんですか?」
「君の任務は――」
騎士団長から指令が下される。
その内容を聞いた私は……。
「…………」
「もしもーし? 副団長ー?」
開いた口が塞がらなくなった。
責任の重さに押し潰されそうだ……。
翌日の午後。
私は王都の外に居た。
「はい。という訳で、我々赤の部隊はリール砦攻略……ではなく、隣の山頂にあるマルタ砦を攻略します。異論は受け付けませんが質問は受け付けます。何かありますか?」
ガルシア軍近衛騎士団所属、特殊混合大隊。
通称「赤の部隊」が、私が指揮を執る事になった部隊である。
赤いのが指揮官だから赤の部隊って、少し安直な気もするが……。
精鋭を集めて千人の部隊で全ての兵種を網羅している為、正式名称には特殊混合などという大層な肩書が付属している。
コンパクトながら一つの軍として完成された機能を有しており、スパイクさんが理想とする少数精鋭の軍を実現している……らしい。
「はいはいはいはい! はーーーーーい!」
「何ですか? 偵察隊隊長。というか煩いですミナーシャ。飛び跳ねなくても見えてます聞こえてます」
「何で私達だけ本体と別行動なの? ハブられたにゃ?」
「敵の戦力を分散させるための陽動だそうです。はい、次」
ここは王都ガルシアからニ十キロほど離れた野営地。
万が一の情報漏洩を考え、外での訓練を装って王都を出立した為に周囲への説明は後回しになってしまった。
実戦と同じ装備をしてくるようにとだけ伝えた為、本当に実戦に行きますと伝えた今、聞きたいことは沢山あるだろう。
テントの中ではそれぞれの兵科の隊長が顔を突き合わせている。
発言を待っていると、フィーナさんが何かに気が付いたようにハッとして手を挙げた。
「はい! カティアちゃん、アタシ紙と画材持ってきてない!」
「……」
「フィー姉……カティアさんが固まってるっす……」
「え? あれ? 絵も大事よ!? むしろ戦争なんかより大事よ!?」
「……全くこれっぽっちも否定はしません。私もフィーナさんの絵は大好きです。ですので、えーと……脳内に記憶して、帰ってから描いて下さい。はい、次」
といっても、ほとんど知っている顔が隊長になっているのだが。
ミナーシャは偵察隊。
フィーナさんは魔法士隊。
ニールさんは騎兵隊を担当。
次に口を開いたのはクーさんだった。
何だか妙にモジモジとしている。
「あの、お姉さま……急な招集で私、持ってきた下着の替えが少ないので、お姉さまのものを貸して頂きた――」
「わー! あー! あー! お、おじょー、冬の山を攻めるには持ち込んだ食料が足りないと思うんですけど!」
「奇襲の為に機動力重視ですか? しかし、本隊到着まで耐える占領後のことを考えると……」
クーさんは空戦隊。
ちなみに空を飛べる希少な獣人を集めるのが、この部隊を創立するにあたって最も苦労した点らしい。
人員の補充が難しい貴重な戦力。
慌てて不穏な発言を遮ったリクさんは重歩兵、敢えてそれらを流したカイさんは軽歩兵を担当している。
言われた通り、兵糧は必要最小限の量だ。
「それは現地調達するので問題無いです。マルタ砦は、リール砦の補助をする為に造られた補給砦ですから」
「成程……」
「え? どういうことにゃ? 山で狩りでもするの?」
「違います。つまり、お嬢は相手から必要な分の食料を奪い取るってことを言いたいんですね? 更に言うと……」
「ええ。もし本隊がリール砦への攻撃を失敗しても、マルタ砦を占拠し続ければリール砦の連中は冬を越せません。マルタを取ればこちらが一方的に戦場をコントロールする事が可能になります」
これらは全てカリル殿下の立てた策である。
兵の少ないリール砦にすぐさま飛び付かず、まず兵糧攻めを考えるなんて本当に年齢通りの若者なのか疑いたくなってしまう所ではあるが。
驚くことに、彼の提案がほとんど手を加えられずに今回の作戦に採用されたとのことだ。
私はこの中で唯一、最近加わった新顔に向けて質問した。
目を閉じて何やら考え込んでいる様子。
「ゼノンさん。私達に与えられた食料は、全部で何日くらい持ちますかね?」
「……」
「ゼノンさん?」
「……ぐー……」
「ゼノンさーん! 起きて下さい! おじいちゃーん!」
「! お、おお、これは失礼を……」
「……兵糧の見積もりをみんなに教えてください……」
「む……そうですね……奇襲が失敗すれば撤退することになっていますから、まずはここからマルタ砦までの五日分。戦闘を行う一日分。復路の分が三日分といったところですか」
「え? 行きと比べて帰りの分が足りなくないにゃ?」
「道中に水源は多いですし、水さえ飲んでいれば二日位は食べずとも死にませんよ。大丈夫大丈夫。ほっほっほ」
「ええええ……」
このドワーフのゼノンさんという年嵩の男性は、後方支援全般を行う部隊を統率してくれている。
治療専門の魔法使い、魔法以外の治療を行う衛生兵、伝令の兵、補給担当などなど……。
戦いに集中するため、部隊にとっては必要不可欠な人材である。
私の命令を円滑に伝える為に身内が多く部隊長に登用された訳だが、他にも実力者揃いという事もあり部隊の設立当初は反発の声も多かった。
しかしそれを、どんな手を使ったのかゼノンさんが全て宥めてみせた。
いつもニコニコと笑っているけれど、不思議とこの人の前に立つと背筋が伸びる気がするともっぱらの評判だ。
全体的に緩い空気の私達の部隊を引き締めている、私よりもずっと統率力の高い老兵さんである。
良く居眠りをしているのだが、悪戯をしようとした部隊員が腕を捻り上げられてから更に誰も逆らう者が居なくなった。
そのことから昔は武人だったのでは、という噂も出ているが出自は謎に包まれている。
部隊創立時に、困ったら彼に相談しろとスパイクさんが私に何度も念を押して来たのが印象的だった。
「さて、質問は以上ですね? 時間もありませんし、各自自分の部下達に任務の概要を伝えて下さい。ゼノンさん、何かありましたら」
「不満を言う者が居たら、手柄を立てた者には副団長から個人的な褒美があると伝えて下さい。それで楽に収まるでしょう」
「え? ちょっと、ゼノンさん何を――」
「それでは、一時解散しましょう」
その言葉に誰も疑問を挟まずに、外へと三々五々に散っていく。
残された私はぽつんと幕舎の中で一人佇んだ。
(ふわぁぁぁー……おはよう、お兄ちゃん……ん? どうかしたの? 元気ない?)
(アカネ……部隊での私の扱いって……いや、何でもない……)
(???)
獣人国での緊張感が懐かしい……と、一瞬そんな事を考えてしまった。
キャラを作るのは大変だったけど、一応威厳というかそれなりのものもしっかり付いてきていたような気がする。
……ちゃんとこの部隊の指揮を出来るのか、酷く不安になる会合だった。