二対の魔法剣
眼前に迫る凶器を前に私は――
「はぁぁっ!」
「!!」
自分を中心に、瞬間的に出せる全力の火魔法を周囲に解き放った。
ごりっと魔力が減り、一瞬で枯渇する感触。
そして足りない燃料が半ば条件反射の様にオーラから補充される。
「アッヂィィィ! ちょ、死ぬ死ぬ!」
火を止め、足を穴から引き抜いて下がる。
視線を向けると、服に着いた火を二人で消している所だった。
どうやら言葉ほどダメージは入っていないようだ。
「何だよ! ずりいよ、その魔法! 近付けないだろ!」
「そうだそうだ! オーラだけで戦え!」
「言ってることが無茶苦茶ですよ!?」
自分達も魔法を使っていたじゃないか!
にしても、私が放った魔法は上級魔法程度の筈だ。
これで魔力が打ち止めになるのか……低いな、我ながら。
非戦闘員の魔力程度しか無いような気がする。
(極級の時は、いっぱいオーラを使ってたんだね。全部で何回くらいうてそう?)
(……極級だと三回かな。それ以上は、通常戦闘に支障が出そうだ)
魔力が精神力を使っている感じなら、私の場合はそれプラス体力を削って撃っている感じだ。
ゲームで言うとMP消費百の大技をHP千からの変換込みで放つ、というか。
アリト砦では確実に十発以上の極級魔法を撃ったので、ああなって当然というか……。
ちなみに魔法剣は燃費が良く、MP消費一の技を連発している感じ。
そして私の最大MPはその感化で言うと五十程度の様だ。
「すーっ……ふぅ……」
深呼吸をして意識を切り替える。
――これでは駄目だな。
頭でごちゃごちゃと考え過ぎている。
実戦を考えたら、こんなに色々と考えている時間は無い筈だ。
意識すべき、気を付けるべきはオーラの残量だけ。
私は頭を空にして、ゆるっとした姿勢で相手に向き合った。
「えっ」
そして攻撃の意志を感じさせない動きで間合いを潰す。
右手で斬撃。
浅い。
ハンマーで防がれた。
「急に動きが変わっ――あぅっ!」
間髪入れずに蹴り飛ばす。
炎でオーラを削ったので、踏ん張るだけの力は無いだろう。
吹き飛ばされて距離が離れて行く。
連携が手強いなら、それをさせなければいい。
次。
「ベルっ! お前ー!」
残った方にマン・ゴーシュで斬りつける。
ハンマーで防がれるが、次いでランディーニ。
防御が堅い。
しかし構わず、そのまま防御の上からラッシュを掛ける。
右、左、左、蹴り、右。
その全ての攻撃に炎が上乗せされている。
「ひぃぃぃっ! や、やめろぉ!」
見る見る内にハンマーに傷が増え、ヘッドの部分が熱で歪んで行く。
新しいヴァンさんのマン・ゴーシュは素晴らしい。
頼もしい耐久性は、ランディーニには及ばなくとも安心して振っていける。
魔法剣の全力にもしっかりと耐えそうだ。
しかし、まだ手は止めない。
連撃、連撃、連撃。
その度に、バチバチと火の粉が周囲に散らばって行く。
(! お兄ちゃん、戻って来るよ!)
ちっ。
一人の内に何とかしたかったんだが。
(お、お兄ちゃん? 何だかいつもと違ってこわいよ?)
……?
今、私は舌打ちをしたのか?
言われてみれば、思考の一部分が妙に冷たい感じが……ああ、そうか。
この感覚――。
「こうかっ!」
マン・ゴーシュから水が滴る。
それを振ると、戻ってきたベルさんと私の間に大きな水の塊が浮かび上がる。
「水か!? でも、この程度なら!」
ベルさんは構わず、オーラを全開にして水魔法を強行突破しようとしてくる。
私は水の塊に向けて、燃え盛るランディーニを思い切り突き込んだ。
「あっつ! しかも前が見えねえぇぇぇ!」
高温の蒸気が小さな体を包む。
それを最後まで確認することなく、私は背後に向けてランディーニを薙ぎ払った。
「あっ……」
金属音と手に伝わる何かが砕ける感触。
魔法剣でオーラを削られ続けた末の、最後に一撃だったのだろう。
柄が折れ、ハンマーのヘッドが落ちるのと同時にリンさんが膝をついた。
「おらぁぁぁっ!」
「!」
蒸気の向こうから小さな影が躍り出る。
進むか、一度下がるか。
思考よりも先に体は前へ。
体勢的に出せるのは左手だけだ。
ハンマーが加速する前段階……出所をマン・ゴーシュで刺突する!
すさまじい音と共に左手にずしりと重い手応え。
剣先がヘッドの打撃面を削り、ギリギリと力が拮抗してベルさんの動きが止まる。
「ぐ……動かな……」
そのままマン・ゴーシュからハンマーに冷気を流し込もうと――
(むー! お兄ちゃん、もっと火も使ってよ!)
……するのは止めて、火魔法を送り込む。
水魔法の何倍もの効率でハンマーへ魔力が流し込まれ、一瞬で保護しているオーラが消滅、無防備になった鋼の塊は融解。
唖然とするベルさんの前で、地面に液状になって流れ落ちた。
「それまで! もう充分じゃろう。何か異論はあるか?」
「な、無いです……どうやって勝つんだよ、こんなん……」
ルミアさんの制止を受け、私は剣の熱が引くのを待ってから納剣した。
「ベルー……肩貸してくれえー……オーラ切れで立てねえ……」
オーラの残量は……慣れない水魔法で思いの外、消費しただろうか。
それでも余力は残った。
やはり魔法剣を中心に組み立て、大きな魔法は切り札的に使うのがベターか。
決着を見てライオルさんがのんびりと歩いて来る。
「おいおい、何時の間に水魔法なんて覚えたんだ? また手強くなりやがって」
「いえ、これは治療の副産物というか……それよりアカネが――」
先程から妙に怒っているというか、機嫌が悪そうな感情が伝わって来るのだ。
理由を聞こうとすると、その前にアカネが私の中から飛び出してくる。
頬を膨らませ、むくれているようだ。
どうした?
「お姉ちゃんがうわきした……」
私とライオルさんは顔を見合わせた。
何のこっちゃ。
「お姉ちゃんが水魔法にうわきした! はくじょーもの!」
「え? そ、その……ごめん、なさい?」
「反省して!」
「え? ええー……そういうものなの?」
「何だそりゃ」
ライオルさんが呆れた顔をした。
水魔法を使うと浮気になるのか……難しい感覚だ。
視線の先では、ルミアさんが手早く練兵場の床を土魔法で整地している。
邪魔にならないようにか、ベルさんもリンさんを抱えてこちらにやって来た。
のだが、リンさんをべしゃっと落とすとアカネを指差して震え出した。
「いったぁ! ひでえよベル……」
「せ、せ、せ」
「せ? 何言ってんだ?」
「精霊様だー! 本物だ! リン、見ろよ! あああ、精霊様握手してくれ! サインくれー!」
「マジか! おおおおお! 透けてる! 光ってる! 触っていい? 触っていいのか!?」
「え? わたしにはさわれな……お、おねえちゃーん……」
アカネが囲まれた。
しかし、別に害は無いだろうから助ける必要も感じなかったり。
「良いのか? 放っておいて」
「はあ。私、浮気者なので。薄情なので」
「おいおい」
「まあ、冗談ですけど。それよりも、どうでした?」
オーラに関してはライオルさんの意見が最も頼りになる。
ライオルさんは腕組みをすると、少し考えるようにしてからこう言った。
「やっぱり、少し動きに対してオーラが遅れてんな。つっても、後半になるにつれて精度が上がってはいたからな……こればっかりは、再訓練を重ねるしかねえな」
「そうですよね。だったら、ニールさんや三人組にもお願いして……」
「待てよ。何なら今、此処で俺が相手になるぜ? ほら、まだ時間はあるしこっそりやれば――」
「俺が、何ですって?」
聞き覚えのある闖入者の声に、ライオルさんが錆び付いたロボットのような所作で振り返る。
私も一緒に振り向くと、そこには憤怒の表情を浮かべたルイーズさんが……。
「だ、誰か近付いて来るとは思ったがお前だったのか。じゅ、準備は完了したのか? 出立の……」
「誤魔化さないで下さい。約束なさいましたよね? 反故にされた以上、陣頭指揮権は無しです。戦時中は後方から指示を出して頂きます」
「ちょ、待て待て! まだ未遂だろうが! おい止まれ、話を聞け!」
去っていくルイーズさんに追い縋るライオルさん。
言い訳すら聞いて貰えない、その悲しい状態はひたすら憐れだった。
どちらかというと、こっちの方が浮気がバレた現場みたいだ……。
「聞けよ! ――あ、カティア! この後は――」
「私も使節団の見送りには出ます! 何かあればその時に!」
ライオルさんは片手を上げて了解の意を伝えると、そのままルイーズさんを追って練兵場を後にした。
直後、ぶつかるようにアカネが私の中へと戻って来る。
(お兄ちゃん! どうして助けてくれないの!?)
次いで、追いかけてきたらしいドワーフコンビが私にぶつかる直前で止まる。
いや、叩いてもアカネは出てきませんって。
「何で隠すんだよぉ! 精霊様はドワーフの憧れなんだ! 触れないならせめてもっと見せてくれぇ!」
「そうだそうだ! ってかどうなってんだ!? 何で精霊様を体に入れられんの!? 意味分かんねー!」
そこで、練兵場の修理を一人で終えたルミアさんがトコトコと寄って来る。
疲れた様子で腰をトントンと叩き、私に向けてぼやくように一言。
「どいつもこいつも騒がしいのう、全く。カティア、昼食にしようぞ。儂は腹が減った」
「そうですね……ルミアさん、御付き合い頂きありがとうございました。御二人も」
「儂には食後のお茶を淹れてくれればそれでよい。ほれ、お主等も何時までも騒いでないで昼食じゃ」
「昼!?」
「メシ!!」
昼食という単語に更に騒がしくなる二人を連れ、私達も練兵場を後にした。
そして城内の食堂で異常な量を平らげた後、壊したハンマー代の分として私が昼食代を支払うことになった。
結果、普段の十倍を超す昼食代が私の財布から旅立って行くこととなった……。