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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第十章 四国会議
137/155

幕間 ラベンダー

 私は道の先をじっと見ている。

 場所は村の中にある見張り台の上。

 といっても、ただそこでボーっとしている訳じゃない。

 目的があってこうしている。

 その目的というのは――


「来たっ!」


 土煙を上げながら荷馬がやって来る。

 急いで見張り台から駆け下りると、もう門番のリキが紙の束を受け取っている所だった。

 堪らず私は、ひったくるようにその紙の一枚を奪い取る。


「あっ、ローザお嬢さん! 待ち切れないのは分かりますけど……」

「黙って!」


 私は手にした紙面……王都から発行されている広報紙に目を走らせた。

 

 ――国境における防衛戦は帝国側の散発的な攻撃に終始し、ガルシア側の被害は極少ないものとなった。

 この攻撃は陽動だったと見られ、ガルシアから獣人国への援軍を遅らせる為の……


「そんなの後でいいわよ! 獣人国の方――アなんとかっていう砦の方はどうなったのよ!?」

「お嬢さん落ち着いて。アリト砦です」


 あっ、力み過ぎて紙がクシャクシャに。

 引っ張って伸ばしながら更に読み進めると、アリト砦の文字をようやく見つけた。

 えっと――アリト砦での戦いは、双方に多数の死者を出しながらも獣人国側が砦の奪還に成功――


 死者多数の言葉に背筋が寒くなる。

 私にとって奪還成功の文字がどうでも良くなるくらいの事実。

 それでも続きを読まないと。

 カティア……。


 ――我が国からの使者である称号保持者・魔法剣のカティア他二名もこれに参加。

 各人が目覚ましい活躍を見せ、勝利に大きく貢献した。

 特に魔法剣のカティアの働きに新獣人国王・ライオルが感謝の意を示し、獣人国において最高の栄誉である一等勲章が送られることが決定した。

 我が国でも勲章授与の検討に入り、史上初の――


「……生きてた……」

「お嬢さん? カティアはどうなりました? あいつ、無事なんですか?」

「生きてた! カティア、生きてた!」

「お、おお! それはめでたい!」

「うん……! うん! ――あっ、ティムじいにも知らせなきゃ! ティムじいー!!」

「あっ、お嬢さん! 残った広報紙も一緒に持って行って――駄目だこりゃ」


 リキには悪いけど、一刻も早くティムじいにも知らせたかった。

 一も二も無く駆け出すと、我が家のドアを開け放って中へ飛び込む。

 家の中でも日当たりの良い部屋に、ノックなしに突入する。

 ティムじいは普段通り、私に驚いた様子もなく村の皆の農具の手入れをしていた。

 砥石と金属が擦れるシャッ、シャッ、という音が耳に心地良い。


「ティムじい! カティアが勲章で砦が戻って来て――」

「お? あ? 落ち着くんじゃ、ローザ。何を言いたいのかさっぱり分からん」

「もぉ! カティアが生きてたの! 王都の広報が来たの!」

「おお、そうかそうか」


 あれ? 思ったよりも反応が薄いわね。

 折角急いで知らせにきたのに、刃物を研ぐ手も止めやしない。

 むむむ……。


「で、良く分かんないけど大活躍したみたい。何か勲章とか貰えるんだって。それとほら、今回は広報紙に挿絵もついてるよ」

「ほお……」


 シャッ、シャッ、シャッ、ジャリッ!


「あっ」

「……む」


 鍬の先端が砥石から滑り落ちる。

 落ちたのが床の上で良かった。

 それにしても、ティムじいが手元を狂わせるなんて珍しい。

 ――あれ、もしかしてこれって……。


「やっぱり喜んでるじゃない! ほら、一旦休んでこっちでお茶にしましょう」

「むう……そうしようかのう。粗方片付いた所だしの」


 座っている椅子の傍に立て掛けてある杖を渡し、支えながらゆっくり立たせる。

 腰に負担が掛からないように……っと。


「……ありがとう」

「うん」


 ティムじいの主な仕事は二つある。

 今やっていた農具や武器なんかの手入れがまず一つ。


「無茶しちゃだめだからね。帰ってきた時にティムじいの腰が悪化してたら、カティ泣いちゃうわよ?」

「カティアはすーぐ顔に出るからのう……戦いの際にそれが足を引っ張っていなければよいが」

「朝の稽古だけでも十分ってみんな言ってるんだから、ちゃんと養生してよね」


 そしてもう一つが村の衆への武術指導。

 これは村の仕事が始まる前の早朝に行われている。

 ティムじいが指導を始めてから、大怪我をする者がかなり減ったと父さんが喜んでいた。

 魔物はいつ襲ってくるか分からないから、小さな怪我は絶えないけど。

 それでもカティアが居てくれた時はほとんどの魔物を一人でやっつけてくれてたんだから、このくらいで文句は言ってられない。

 魔物の群れに襲われて全滅する村は、開拓村では決して少なくないから。

 私達のカイサ村は恵まれている方だ。


「はい、お茶。母さんやカティみたいに上手に淹れられないけど」


 居間のテーブルに座り、広報紙を挟んで二人で向き合う。

 今日は父さんと母さんは町に出ていて留守だ。

 村の状態を領主に知らせに行く、いわゆる定期報告というやつだ。

 あちらから視察に来ることもあるが、そっちは抜き打ちで不定期。

 今は普段なら、母さんがお茶を淹れてくれるおやつの時間。


「ズズッ……いやいや、ローザの茶も美味いぞ。しかしカティは何時の間にやら料理関係は上手くなっとったからのう。一体、何処で覚えたのやら。ワシはてっきりハンナが教えてくれとったものとばかり」

「不思議よね……私はティムじいが教えてたんだと思ったんだけど。母さんはそんなことしてないって言うし……」


 思えばアンバランスな娘だった。

 身嗜みとか服のセンスとかはからっきしなのに、料理は出来るし私の知らない話を沢山知っていたりした。

 村には本なんて数えるくらいしかないのに、計算も出来たのよね……謎だわ。

 しかもどんどん美人になっちゃって、鈍感なカティは気付いてないかもだけど村の若い男達はみんなカティに夢中だった。

 山から下りてくる度に村の空気が浮足立っていたものだ。

 今はこんな絵も出回ってるんだし、ひょっとしたらもっと沢山の異性を惹きつけて――ううん、異性に限らないか。

 村の手伝いもしてたし、余った料理を配ったりで同性からも慕われていた。

 妬む人間も居たには居たけど、どちらかというと少数派かな。

 

 私は壁に飾られた二つの複製画を眺め、カティの姿を懐かしく思い出す。

 翼竜と戦っている絵と、洞窟でワーム? とかいうでっかいミミズみたいな魔物に向けて大きな炎を出している絵の二つだ。

 でもあの娘、魔法はこんなに得意じゃなかったと思うんだけど……?

 んー……まあいいや。

 とにかく、新しい絵が来るのも待ってるんだけど、僻地は物の流れが遅い。


「やっぱり、その絵も切り抜いて額に入れよっか?」

「この広報紙の絵をか? ワシは別に反対せんよ」


 食い入るように広報紙を見ていたティムじいが顔を上げて答える。

 やっぱり、気の無いふりして凄く気にしてるじゃないの。

 素直じゃないんだから。


「これさ……カティの後ろに小さな女の子が見える気がするんだけど」


 複製画と違って色が付いてないし小さいけど、大軍を前に剣を掲げたカティの背中が描いてある。

 それに重なる様に薄く透明感のある女の子が、そっとカティの肩に手を添えている。

 しかも地面から浮いてる……?


「噂の精霊がこれらしい。カティは運良く精霊の加護、とやらを受けているそうじゃ。それを得るまでには色々あったらしいが」

「へええ……あっ、だからこっちの絵の魔法が」

「じゃろうのう。オーラと魔法を混ぜるという異能は持っておったが、純粋な魔法能力は並じゃったからのう」


 精霊の存在が伝えられたのは、前回の広報紙によってだった。

 それと同時期に帝国側の人間が怪しげな術で姿を豹変させたとか、実際に見れない人にとっては信じられないような話ばかりだったかな。

 村のエルフとドワーフは大精霊出現の知らせに喜んでたけど。

 何にしたって確かめようもないから、一度も嘘が書かれたことがないっていう触れ込みの広報紙を信じるしかない。

 それにしても精霊様は……似てる。

 見えるのは背中側だけど、出てる雰囲気がそっくり。


「なんか、小っちゃいカティみたいでカワイイかも」

「それには理由があるらしいんじゃが……話せる時が来たら、じゃの」

「別に私、秘密を人に言ったりしないのに」


 ティムじいが得ている情報はきっと、広報紙よりも細かくて正確だ。

 今回は珍しく広報紙の方が早かったけど、時々、王都から手紙が来るのだ。

 大体が二人分の手紙で差出人はカティと元国王のスパイク様。

 情報規制がどうたらで、私には内容の大部分を教えてくれないことが多い。

 カティの手紙、私も読みたいのになぁ……。


「……やっぱり、戦争になっちゃうのかな」

「ローザにも分かってしまうか。恐らく、避けられないじゃろうな」


 エドガー王子の離反に始まって獣人国の政変、帝国からの侵攻。

 私にも分かるくらい、情勢は不穏だと思う。


「カティ、大丈夫かな……」

「大丈夫じゃ」


 ティムじいが確信に満ちた表情で断言する。

 私を不安がらせないためかと思ったが、どうやら違うみたい。


「本当に?」

「ああ。カティはの、ローザ。ワシが今迄で出会った者の中で最も優しい人間じゃ。それはこの先も覆ることはないじゃろう」

「何十年も生きてきて、一番? だったら尚更心配よ。優しいから、敵に情けをかけたりして失敗しそうで」

「それは違うのう。見誤っておる。あの子は、そうじゃな……他者のために自分を壊してしまいかねないほどに優しい。後ろに守る者が居る限り、敵に情けをかけたりはせんじゃろう」


 思い出す。

 幼い頃に山に迷い込んでしまった私を、駆けつけて魔物から必死に守ってくれたカティの背中。

 ボロボロになりながら、ティムじいが助けに来るまでずっと……。

 カティは骨折したりで大怪我をしたが、私の方は無傷だった。

 そんな彼女の姿を。

 

「何者にも負けぬと確信出来るほど鍛え上げた。後は心の問題じゃ。ローザ」

「なに?」

「こちらからも手紙を書こう。あの子には、定期的に思い出させてやらなければならん。お前にも帰りを待つ者がいるのだと。誰を守ったとて、お前が死んだら意味が無いのだと」

「……うん!」

「それさえ忘れなければ、カティアは決して誰にも負けん。ワシの自慢の弟子、じゃからのう」


 ティムじいが高らかに笑い、つられて私も笑顔になる。

 待ってるからね、カティ。

 貴女が帰ってくる場所は、私達みんなで守るから。

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