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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第十章 四国会議
132/155

族長ギタン

「ご清聴ありがとうございました。それでは各国の隆盛を願いまして――乾杯」

「「「乾杯!」」」


 配られたグラスを掲げ、一斉に口をつける。

 待機していた楽団が演奏を始め、料理が会場に運び込まれていく。

 後は各自、やることは自由だ。

 気になる異性を誘って踊りに興じるも良し、ひたすら料理を食べても酒を飲んでも構わないし、各国の要人と繋ぎをつくるのも自由である。

 私は姫様の挨拶回りに付き添う事になるが……回る順番に一つだけお願いをした。


「おお、リリちゃんや。こっちさ来て一緒に飲まんか?」

「……無理、ギタンじい。私、お酒飲めない……」

「さっきまでの口調はどした? いやー立派に王を務めているようで何よりだぁ」

「……凄く疲れるから……出来るだけやりたくない……」

「ガハハハハ!」


 このいい感じに酒で出来上がっている老人がドワーフの国の族長、ギタンさんだ。

 話ながらも、ガルシア製の銘酒が注がれたグラスをしきりに傾けている。

 姫様とは幼い頃から会った回数も多く、旧知の仲だとか。

 白く長い長い髭を、腹部の辺りまで伸ばしているのが印象的である。

 そして言葉が少し訛っているような……?

 今は酒が入って上機嫌のようだが、先程までは待たされて苛立っていたらしいので謝罪をしておきたい。

 私は無礼にならないよう、二人の会話が切れるタイミングを見計らって声を掛けた。


「あの……」


 私が半歩前に出ると、周囲のドワーフ族の若者たちが遮る様に前に出た。

 族長を守る戦士たちが警戒を露わにする。

 ギタンさんがそれを手で制して、私の方を見た。


「んだ? ガルシアの英雄殿」

「カティア・マイヤーズと申します、ギタン様。私の仕度が遅れたせいで、お待たせしてしまったようで大変失礼を――」

「別にいいで、ただ酒が待ち切れねぐってよ……年を取ると気ぃが短くなってなぁ」

「お許し頂けるのですか? ありがとうございます」

「ただ――」


 ホッとしたのも束の間、ギタンさんが何かを考えるように上を向いた。

 二本の指を立てて、私の前に突き出した。


「折角だから、二つばっか頼まれてくれっか?」

「何でしょうか?」


 ギタンさんが私の……手? それから髪を指差す。

 意図が分からず、私は続きの言葉を待った。


「手袋を取って、手を見せて欲しいんだ。どうにもあんたが大手柄を立てたってのが信じられなぐっでよ。失礼だども、その……」


 口籠ったのを見て、姫様が口を挟む。


「……カティアの容姿が綺麗で、とても剣士には見えないって……言いたいみたい……ギタン爺は人を褒めるのが苦手……」

「んだ、ドワーフは口下手が多いでな。で、口で言って証明するよりもよりも手を見せてくっちゃら、直ぐにでも――」

「本当かどうか分かると。では、少しお待ちを」


 そういうことなら私に否やは無い。

 ドレスと揃いの黒いレースの手袋を外すと、両掌をギタンさんの前に差し出した。

 女にしては硬い手の平だという自覚はある。

 手の甲は綺麗にケアしてあるが、手の平だけはどうにもならなかった。


「ふむぅ……なるほど……」


 サワサワ、グニグニ、スリスリ……


「ううむ……これは……!」


 試すように、じっくりと目と触覚とで確認される。 

 何だこれ、思ったよりも恥ずかしいぞ!

 ひたすら手の平を触られるという奇異な光景に、周囲の視線も集まってきた。


「あ、あの、そろそろ」

「! おぉ、すまんすまん。いやー、しかしそうかそうか……」

「……ギタン爺……皆にも、分かる様に言って……」

「や-らかさの中にある、必要十分な硬さと僅かに変形した指の骨……つまり」

「……つまり……?」

「紛れもなく剣士の手ってことだべ。毎日毎日、一切の手を抜くことなく鍛錬を積まねばこの手にはなんねぇ。道を極めた職人の手と一緒だ」


 おおっ、と周囲のドワーフの若者達が感嘆の声を上げる。

 羨ましそうにこちらを見ている者が居る辺り……ギタンさんの手放しの称賛は珍しいもののようだ。

 この手には、爺さまと剣を振ってきた歴史そのものが刻まれている。

 褒められるのは素直に嬉しかった。


「疑って悪かっただ。おめえさんは本物だ」

「ありがとうございます」


 両手が解放され、今度は純粋な握手を求められる。

 ギタンさんの手は……ごつごつしていて、傷だらけだった。

 確かに、何となく手から伝わってくるものがある。

 ニールさんも以前、爺さまの手が凄かったと興奮気味に語っていた気がするし。


「……んで、話は変わるんだども」

「何でしょう?」

「おめえさんの髪の毛をちっとばかし、分けて欲しいんだわ」


 ……?

 今一つ、言わんとしていることが分からない。

 いや、要求は単純なのだけれど。

 誰かのカツラでも作るのか? 確か人毛で作る物もあった筈。

 ドワーフの若者が、補足する様に説明を付け足してくれた。


「ドワーフ族には、火の精霊にあやかって赤い髪を御守りにするという風習があるのです。土は常に我等と共にありますが、火はそうはいきませんので……」

「はあ……」

「本来は、稀に生まれる赤毛のドワーフの髪を使うのですが……カティア殿は火の精霊の巫女の様な存在であると聞きましたので」


 言われ、私はアカネの姿を何となく探してみた。

 フィーナさん達と何か喋っているな……巫女、巫女ねぇ……少し違うような。

 火の大精霊の力を借りているのは間違っていないが。


「そこまで燃える様な美しい赤毛を見たのは初めてなのです。是非、我らに御譲り頂きたい! 一房で良いのです!」

「お願いします!」

「お願いします!」


 髪の毛を御守りって……いや、文化の違いだろう、何も言うまい。

 しかし困った。

 今この場でということなら、私は自分の髪をきれいに切る自信が無い。

 マン・ゴーシュなら携帯しているが、以前ナイフでざりざりと髪を切ったら村の幼馴染であるローザに酷く怒られた。

 以来、髪はローザに任せっきりだったので……旅に出てからはフィーナさんが髪を整えていてくれた。

 なのでフィーナさんの姿を探すが――居ない。

 さっきまでアカネと一緒に、料理が並ぶ辺りに居たのに姿が見えない。


「……あの、姫様は髪は――」

「無理」


 即答……まあ、そうだよね。

 続けてキョウカさんの方を見ると、


「私は貴女と同類ですよ? カティア殿。髪は美容師任せで、簡単な手入れしか出来ません」


 女が三人居てこの体たらく……人の事は言えないが。

 まさにゴミの様な女子力だった。

 ドワーフの方々が期待の目でこちらを見ている。


「そこは私を呼びましょうよお姉さま!!」

「おわぁ! びっくりしただ! 何だおめえさん!?」


 ギタンさんと私の間に割って入る様に、クーさんが突如空から舞い降りた。

 会場内で飛ぶなよ……それ以前に、一国の長の前で無礼すぎる。

 しかし、残念ながらクーさんは私の事しか見ていない。

 黒い羽が一枚、はらりとギタンさんの頭の上に落ちる。


「お姉さま、私にお任せを」

「…………はい」


 色々と考えた結果、何も追求せずに勢いに任せることにした。

 その方が無礼も水に流してもらえる気がしたので……。

 クーさんがどこからともなく取り出したハサミによって、私の髪が切り取られる。

 私の髪を受け取ったドワーフ族の方々は、大変満足そうだった。

 自分の髪を喜んで持っていかるという珍妙な事態に、私は複雑な気分になったが。

 クーさんの腕は確かで、触った感じでは切る前との違いが分からない程度だった。

 上手く切ってくれたようだ。


「んだらば、また後でな。他の場所にも挨拶に行くんだべ? 酒に付き合ってくれるなら、いくらでも歓迎するでな」

「……ん……また、後で……」


 姫様とギタンさんが挨拶を交わし、その場がお開きとなる。

 どうやらクーさんに関しては、触れないことにしたようだ。

 ……許された。 

 私は頭を下げてから、姫様とキョウカさんと共に彼等の傍から離れる。

 フィーナさんの言う通り、特に怒られずに済んだな……何故か髪が減ったけれど。


「お姉さま、私も一度化粧直しに」

「はい、クーさん。また後で……ってそんなハンカチ、持っていましたっけ?」


 クーさんは、何故かハンカチを胸元で握り締めていた。

 布の隙間から赤い何かがはみ出して――


「……クーさん?」

「戦略的撤退!」

「ちょっと!」


 クーさんが私の髪を大事そうに懐に抱えて逃げ出した。

 私は姫様の事を放って追いかける訳にもいかず――


「……面白い、だね……?」

「私は面白くないです……」

「カティア殿の髪なんて、何に使うんでしょうか? 獣人に精霊信仰は、ありませんよね?」


 私が聞きたい。

 微妙な気分を引きずったまま、次の挨拶へ。

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