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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第十章 四国会議
129/155

会議前夜

 会議の前日。

 今日は……もとい、今夜は会議開催の前に、各国の要人が交流を行う夜会が催される。

 参加者は招待国である三国の使節団。

 更に主催者のガルシアからは、王族と情報部の幹部に加え、数名の貴族が参加する。


 ガルシア貴族に関してだが、エドガー王子を支持していた貴族のほとんどが帝国へと亡命。

 エドガーが取らせた移動経路は的確だったらしく、財を持ち逃げされる様な余裕こそ与えなかったが、結果的にその大部分が捕縛には至らなかった。

 その後、残った貴族等による大規模な領地の統合が為され、ガルシア国内の地図は大幅に書き換えられることになった。

 これで背中から刺される可能性は減ったものの、統治する人間がこぞって居なくなったことで王女派だった貴族達の仕事は増えに増えた。

 よって参加するのは王都から近い領地の貴族、それから重要都市を領内に抱える有力な大貴族だけということになった。


「それにしても、貴族っていう名称も段々と現状にそぐわなくなってきてるよね」

「どういう意味? お兄ちゃん」


 アカネが歩きながら小首を傾げる。

 手を繋いでいるので、その動作に合わせて腕が軽く引っ張られる。


「建国者達が元は帝国の人族だったのだから、貴族という呼び方はその名残だろうけど……今のガルシアの人族は、自分達が他の種族より上だなんて思っていないでしょう?」

「うん。どっちかっていうと、人族はきよーびんぼーでビミョーだって騎士団の人が言ってた。えーと、つまり貴族っていう名前だと何だかエラソーだから、今のガルシアには合わないよってこと?」

「そんな感じ。別にガルシアでは特権階級でもない訳だし、単に領主とだけ呼ぶ方が実質的には近いと思うんだ。個人的にはね」


 エドガーと共に、根こそぎ偉ぶっていた連中が居なくなったので尚更。

 運良く私はそれらの人達と直接関わる事は無かったが、爺さまの代では貴族の権力が高まり、各領での専横が酷かったと聞いている。

 爺さまの思い出話でも事あるごとに「貴族ときたら」「貴族が足を引っ張って」という言葉が頻出していた。

 そんな過去もあり、スパイクさんが王となって実験を握ってからは不正の気配がある貴族への締め付けは徐々に厳しくなっていた。

 息子であるアラン王の時代もそれは同じ……いや、より苛烈だったと話に聞いている。

 なので、エドガーが事を起こさなくとも似た様な状況になっていた可能性は高い。

 別に残った貴族達の全てが善玉だと言うつもりは無い。

 しかし、百年近くかけて自分達が「貴族」であるという驕りから抜け出せなかった者達がガルシアから出て行って――否、帝国に戻って行った、という印象を私は持っている。


 アカネに聞かれた夜会の出席者から始まり、そんな話をしていた私達は現在、前夜祭の会場であるホールへ向かうべく王城の廊下を二人で歩いている。

 今夜は各国の要人が一箇所に集まるので、近衛騎士団の者はほとんどが会場の警備に張り付くことになる。

 帝国から見ればこれほどの好機はないだろう。

 国境地帯の見張りが増員されてこそいるが、こちらも気を抜く訳にはいかない。

 私もキョウカさんと一緒に、平時にはない二人体制で姫様の警護にあたる。


 ――バン!

 突如、横合いのドアが勢い良く開き数本の手が伸びて来る。

 私は咄嗟にステップを踏んでそれらを躱した。

 何事!?


「ちぃっ、やっぱり不意打ちは駄目か! 二人共、突撃!」

「「了解っ!」」


 困惑していると、ミナーシャとクーさんにがっしりと両側から捕まえられた。

 私に二人をけしかけたのはフィーナさんだ。

 強引に逃げようと思えば逃げられるが……万が一にも怪我をさせたくないので、それは躊躇ためらわれる。


「オッケー。じゃあ連行!」

「「了解!」」


 事態を理解できないまま、三人が出て来た部屋の中にアカネと共に強引に入れられると――そこにはメイク道具を持った数人のメイドさん達の姿が。

 皆、何が楽しいのか一様にニコニコと笑顔だ。


「お待ちしてましたぁ、カティアさん」


 獣耳があるメイドさんが代表して私に告げる。

 あ、この人、いつも私の部屋を掃除してくれている人だ。

 部屋の中は多数の衣装がぶら下がるハンガーラックが数点、大きな鏡台に広げられた小瓶やブラシなどが在り……衣装室か?

 嫌な予感がして踵を返す――が。


「……逃げちゃ駄目だよ……カティ」


 振り返ると、目と鼻の先に音も無く現れた姫様が退路を塞ぐ。

 その姫様の姿はというと……息を呑むような美しさだった。

 夜会に向けてか、着用しているのは薄い生地を何層にも重ねた、長いスカートの純白のドレス。

 普段は真っ直ぐに降ろしている長い髪をアップにして編み込んでいる。

 肌はほとんど露出しておらず、それが却って清楚な魅力をアップさせているようだった。

 無機質な美貌に更に磨きがかかり、さながら精緻なビスクドールのようである。


「姫ちゃんナイス!」

「ん……」


 フィーナさんの称賛に対し、姫様がピースで応じる。

 随分と親し気な様子だが、二人は何時の間に仲良くなったんだろうか。

 以前はこうでは無かったような……。


「カティアちゃんの獣人国滞在が伸びて、戻ってくるまでの間よ!」

「さらっと心情を読むの止めて貰えます? そんなに顔に出てましたか?」


 話をしている間にも、着々と包囲が狭まっていく。

 皆さん、目つきが恐いです。

 どうして手をわきわきさせて……?


「……あれ……キョウカ……?」


 そこで、姫様が周囲をキョロキョロと見回しているのが目に入る。

 キョウカさんを探しているようだが……一緒に居たのに姿が見えない、とか?


「姫様……ここです……」


 部屋の入り口の外から、頭だけを出してキョウカさんが呼び掛けに答えた。

 普段の明瞭な発声からは考えられない程に、彼女にしては消え入りそうな声だ。


「何してんのキョウカっち。そこに居るとドア閉めらんないから入って入って」

「あ……お止めください、フィーナ様……!」


 フィーナさんがキョウカさんの背中を押し、部屋の中に入れる。

 姿を現したキョウカさんの恰好は、ドレス姿だった。


「おおー。キョウカちゃんもドレスだー。キレー」

「お世辞はいいのですよ、アカネさん……はぁ……どうしてこんな事に……」


 鮮やかな青いドレスで、黒髪と相まって爽やかな印象だ。

 華美なドレスを着慣れていないのか、恥ずかしそうにしている。

 背中が大きく開いたドレスで、うなじからのラインに非常に色気がある。

 姫様に負けていない美しさだが、並んで横に立つと姫様に比べて一歩引いた様な印象になるのが彼女らしい。


「何言ってんの、似合ってるじゃない。恥ずかしがる必要ナシ! カティアちゃんにうつるから堂々としててよね」

「え?」


 どういうこと?

 そもそも、護衛の人間であるキョウカさんが盛装しているのは何故だ?

 二人で護衛の予定……だよね?


「困惑していらっしゃるお姉さまに、私から説明しましょう!」

「クーさん? ……じゃあ、お願いします」

「お姉さまがドレスアップ! で皆が幸せ、特に私が! という感じです!」

「全然分かりません。ミナーシャ、補足」

「うぇっ!? えっとえっと……で――じゃない、とある上層部の人が、姫様の護衛二人にもドレスを着せて参加させるようにって。ちゃんと着替えさせることが出来たら、私達も夜会に参加していいって言われたから協力を……」

「誰ですか、そんな命令出したの!? ドレスなんか着たらまともに護衛出来ないんですが……姫様、アイゼンさんは何か仰っていませんでしたか?」

「……カティアとキョウカなら、素手でも大丈夫って……」


 無茶な! いや、確かに徒手空拳も出来なくはないが。

 魔法もあるし、姫様を逃がす時間稼ぎ程度なら可能ではある。

 可能ではあるが……剣が無いと実力の半分以下しか出せないぞ。

 間合いの取り方とかが全然違うからね。

 警護に関しては近衛騎士団長であるアイゼンさんの監督なので、彼が良いと言えば誰も文句は言わないだろうが……。


「カティアちゃん、アタシからもお願い! 私もカティアちゃんのドレス姿を見たいし……折角だから、女性陣みんなで夜会に出たいじゃない」

「あー、フィーナさんは貴族ですものね……ニールさんもだけれど。つまり参加権が最初からあるのか。となると、ミナーシャとクーさんは本来なら出られない訳ですね」

「私は夜会には興味ありませんけど……お姉さまの恰好には興味津々です! 見たい! ドレス姿!」

「……ソウデスカ。あの、クーさん。リクさんとカイさんは?」

「会場警備の補助サポートだそうです。ですから、会場の近くに居るのではありませんか? 多分」


 となると、身近な知り合いの男性で会場内に居ないのは、その二人だけか。

 ミナーシャを見やる。

 私が着替えれば、交換条件で夜会に参加出来るそうだが……。


「……出たいんですか? 夜会」

「いいの? 出たい出たい! ただの興味本位だけど!」

「しかし、ドレス……ドレスかぁ……」


 私がドレスを着ればミナーシャとクーさんが夜会に出られる。

 別にその位どうってことない……わけじゃないんだよな、私にとっては。

 これまでは、女性らしい服や露出の多い服は避けて来たから。

 女性用ドレスだと必然的にスカートになるよね?

 元男として守ってきた、最後の一線が……。

 でも、折角だから夜会には参加させてあげたい……少しの時間、私が我慢すれば……いや、でも恥ずかしい、嫌だ……しかし、キョウカさん一人に恥をかかせる訳にも……あぁぁ……。


「何か知らないケド、凄い悩んでるニャ!? カティア、どうしてドレス嫌なの? そもそも聞いた時から、変な依頼だなぁって思ってたけど」

「お姉ちゃん、要は恥ずかしいんだよ。いつも肌が出ない服着てるでしょ?」

「アカネちゃん……うん、確かにそうニャ。でも、身体のラインが出る服なら普段から着てるよね? ゆったりした服じゃなくて、きっちり目でいつもベルトは締めてるし。動き易さ重視?」

「それもあるけど、お胸の所為で、ゆったりした服だと太って見え易いから仕方なくだって。ローザちゃん――村のお友達の助言だってさ」

「ニャんですと!? そんな理由でああいう系統の服だったの!?」

「……チッ」


 誰だ今舌打ちしたの。

 ――少し頭が冷えて来たぞ。

 とにもかくにも、ドレスのデザインを見て考えよう。

 何事もまずは敵の強さを見極めてからだ。

 大人しい物なら、もしかしたら着る勇気が出るかもしれないし。


「……フィーナさん。私が着るドレスって何処にあるんですか? そこまで手を回した方が居るなら、私がそういったものを所有していないのは知っていそうですが」

「勿論用意してあるよ。見たい? クーちゃんとの激論の末に、仕立て屋にオーダーした渾身の一作……!」


 え? そんなに気合の入った大層な物なの?

 そう言えば、色がどうとか二人が出会った当初から言い争っていたな。

 着るかどうかも分からない、しかも人の衣装について、どうしてそこまで熱くなれるのか……。


「これよ! じゃん!」


 フィーナさんがメイドさんの一人からそれを受け取り、私に掲げて見せる。

 ソレが目に入った瞬間


「――!」


 私の体は一目散に部屋からの脱出を試みていた。

 勝てない敵とは戦うなって、爺さまが言って――


「逃がすな! メイドさん達!」

「「「はーい」」」

「離して! 離して下さいぃ!」


 嫌だぁ! そんな肩と背中と生足が見えるドレス!

 せめて姫様みたいな露出の少ないタイプのドレスに――え? 化粧もするの?

 何その見た事ない化粧品……え? 私が無知なだけ? 普通は使う?

 ちょっ、やめ――

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