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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第十章 四国会議
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土の大精霊と王の政務

 サラサラと紙にペンを走らせる音が響く。

 大窓から日差しが燦々(さんさん)と降り注ぐ室内で、姫様が黙々と政務に勤しみ――


「……カティ、疲れた……」

「……まだ先程休憩してから五分しか経っていませんよ」


 ――前言撤回。

 途切れがちな集中力を総動員して、苦手な書類仕事をこなしていた。

 私は傍でそれを警護している。


『よいか、リリよ。書類仕事の要点は手と頭の働きの分担にある。手は署名部分をひたすらに進め、その間に判断が必要な事項に思考を走らせておけば――』

「父様、私には無理……」

『如何に似ていようとも、我々は厳密には父ではないと教えたはずだが』


「……間違えた……あなたは土の大精霊。父様じゃない……」

『そうだ』


 むっつりとした表情で姫様に話しかけたのは土の大精霊だ。

 姫様の言葉の様にその代理人格は、なんと先代のアラン王その人だった。

 混同しないように皆、土の大精霊と呼ぶようにしているらしいが、姿・人格・記憶に至るまで生前の本人に近いため、混同するのも無理からぬことだ。

 アラン王の父であるスパイクさんも今一つ、どう接していいか分からないと言っていた。


「余はまだしも、リリとカリルへの影響が心配であるな。カティアよ、リリのことは任せる故、其方そなたの方から出来得る限り気遣ってやってくれ」


 と、こんな言葉を今朝お会いした時にこぼしていた。

 そういえば第二王子のカリル様にはまだお会いしたことが無いな……まあ、今は置いておこう。

 アラン王の代理人格が現出した当時の城内は大混乱で、議論の末に決まった対応の結果だけを抽出すると以下の様なものになったそうだ。

 一つ、大精霊の言の通りアラン王当人としては扱わないこと。

 二つ、妻だった元王妃、リリ姫様の母親でもあるシルヴィア様には事態を知らせないこと。

 三つ、同様に混乱を防ぐために市井の者達にもそれを知らせないこと。

 議会としては前王の死を振り切って国が前に進みだしたこの時期に、それを公表するべきではないという判断に至ったようだ。

 情報部の負担がまた増えた形だが、悪い事ばかりではなく、前王の急死によって滞っていた引き継ぎ作業に関しては代理人格が持つ記憶によって大いに進捗が見られた。

 姫様の前では口が裂けても言えないが、土の大精霊に宿った人格が果たして彼で良かったのかどうか、私にはどうにも判断がつかない。


『責務を残して死したこの代理人格で言えた事では無いが、それでは王は務まらぬぞ。お前の書類一枚が遅れることで、あらゆる行政に関わる者達の休みが数日は減ることになる。それを決して忘れるな』


 私が思考を巡らせている間も、土の大精霊による指導は続いている。

 その印象を一言で表すなら、冷静且つ理知的で無表情。

 正直に言うと、話す時に愛想が全くない顔をしていて恐い。

 じっと相手の方を見ながら、眉一つ動かさずに話してくるからな……。

 所作や言動から感情が駄々漏れしている姫様とは、また違った性格のようだ。

 容姿は茶の髪を短く刈り込んでおり、細く蛇の様な鋭い目をしている。

 姫様は母親似らしく、親子でありながら彼とは余り似ていない。


「……うぅ……」


 その姫様が呻き、もたつきながらも必死に書類に署名を書き込んでいく。

 一見して単純作業のようだが、中には王としての判断を求める書類も混ざり、何よりもその量が問題だ。

 書類の山が崩れそうなほど一杯に積み上がり、机の対面からは座る姫様の姿が見えない。

 四国会議開催の為、内政に関する業務が滞ってしまった結果らしい。


「……カティ」

「駄目です」


 助けを求められるが、簡単に甘やかさないようにとキョウカさんから口を酸っぱくして言い含められている。

 ちなみに私と警護を交代したキョウカさんは寝室へと直行、アカネは単純作業を眺めるのに飽きて早々に遊びに行っている。

 なので現在執務室の中には二人と一柱が居るのみである。

 交代の際、生真面目なキョウカさんから寝不足の血走った目で凄まれたので、すぐさまそれを裏切る訳にもいかない。

 いかないのだが……


「……カティ……」

「うっ……」


 所詮、私自身はただの非モテ男のなれの果てに過ぎないのだ。

 耐性がないため、絶世の美少女に上目遣いで懇願されると、こう……キツイものがある。

 今直ぐにでも甘やかしてやりたい欲求が沸々と湧き上がってくる。

 私は悩んだ末に――


「……ではこうしましょう。書類が一定数片付くごとに休憩ということで」


 そう発言した。

 その言葉に姫様はこの世の終わりの様な表情になった。

 いや、正確に言うと余り表情は変わっていないが、どことなくそんな雰囲気が出ている。

 ずーんとかいう効果音が付きそうな。

 私の提案では時間毎の休憩から、進捗状況によっての休憩に変わっただけだからな。

 だが、私の言葉にはまだ続きがある。


「――早く済めば、何かしらのお菓子も付けますから」

「! ……カティの手作りなら……」

「え? いえ、料理長のスーさんにでもお願いして――」

「手作りがいい」

「ですが、警護の手を空ける訳にも――」

「手作り」

「…………分かりましたよ」

「頑張る……!」


 私の了承を取り付けた途端、姫様の手が猛然と動き出す。

 先程までとは明らかに集中力もやる気も違っていた。

 背筋は伸び、視線が素早く左右に走り、次々と書類がめくられていく。


『……何故だろうな。我々は今、微笑ましいと同時に羞恥の感情で一杯なのだが』


「はは……」


 それは父親だった時の名残では……?

 王の責務の重さを説くよりも、お菓子の方が遥かに効果があった訳だから。

 姫様の分かり易い態度に、珍しく感情を露わにして土の大精霊が呻いた。

 しかし、表情を戻して放った土の大精霊の次の一言に私は瞠目どうもくした。


『生前のアランならば、三日程度なら休まずに仕事をしていたというのに』


 三日……!? 口調からして完徹でか?

 ……アラン王って、もしかして過労で死んだんじゃないかな……?

 そんな疑念と共に、私は菓子を用意する為に一度執務室の外へと出たのだった。





「あっ、カティアさん。どうかなさいましたか?」


 執務室の扉を開くと、槍を持った二人の兵が扉の横で警備をしている。

 男女二人組で、訓練の時にも見掛けた騎士団の槍兵だ。

 仲が良さそうで、名前こそ知らないもののそれなりに目立つコンビでもある。

 心配させないように軽く手で制し、緊急事態ではないことを知らせてから用件を告げる。


「少しの間、部屋を離れます。一人は中で護衛を。姫様本人が外に出たいと言っても決して出さないようにお願いします。分かっているかと思いますが――」

「窓には気を付けるように、ですね。あの……我々には命令口調の方が。下手したてに出られると、増長する兵が居ないとも限りませんし」


 二人組の内、女性兵士の方が私に忠告してくる。

 確かに兵の階級としては私の方が上だが、口調に関しては彼女の言うようなデメリットも考慮した上で既に決めていることだ。


「性分なので。申し訳ありませんが留守を頼みます。では」


 それ以上は有無を言わせず、私は厨房へと向かった。

 獣人国での経験を考えるに、私に威厳のある言葉遣いは無理だ。

 慣れない口調に何度も何度も噛みそうになったからな。

 大事な時に噛むよりは、慣れている口調で話した方が多少舐められたとしても遥かにマシだと思う。

 それを少し前にライオルさんに話したら、如何にもお前らしいと笑われたりもしたが。




 厨房は今の時間は閑散としている。

 朝食が終わり、昼食の準備が始まるまでは短い休憩時間があるらしい。

 王城内の食事だけでなく兵舎の食事も此処で作られるため、時間帯によっては厨房は戦場の様な慌ただしさになっている。

 用が無い者がその時間帯に迂闊に近付くと、例え王族であっても漏れなく怒鳴られて追い出されることになる。


「スーさん、少し厨房をお借りしてもいいですか?」

「ん? ああ、カティアさんか、久しぶり。いいよ。……昨日は旦那の店に来てくれてありがとうね。量も種類も頼んでくれたから、腕の振るいがいがあったって旦那も喜んでたよ」

「あ、いえ。とても美味しかったですとお伝え下さい」


 両手で茶をすすっていたスーさんが顔をこちらに向ける。

 ドワーフ用の低い椅子は座ると視界が悪くなるのか、こちらから声を掛けないと気付かれないことが多い。

 厨房を借りるの初めてではないので、許可に関してはすんなりと貰えた。


「あんたも大変だねえ。また姫様のおやつだろ?」

「まあ……お察しの通りですよ」


 スーさんと会話しつつ、私は食材庫を開いてみる。

 その中で特に目を惹いたのは大量に積まれたサツマイモだった。

 旬にはまだ遠いが、これはどんな料理に使う予定なのだろう?


「スーさん、このサツ……クマラは?」


「ああ、それかい? 発注係が桁を間違えて注文しちまってね……良かったら使ってくれるとありがたいね」


 誤発注か、確かに多過ぎるとは思ったが。

 丁度いい、戻ってきたらサツマイモを使ったお菓子を作る予定だったし。


「それじゃあ、お言葉に甘えて」


 積まれた山の中から無作為に数個のサツマイモを手に取り、籠に積むと洗い場に持っていく。

 汚れを落とし、では調理に入るかといった所でふと疑問が。


「スーさん、このクマラ甘いですか?」


「イマイチ。早期収穫だったみたいだからねぇ……」


 やっぱり。

 だったら焼き芋には適さないな。

 うーん……凝ったものを作るのは後日として、それならスイートポテトだな。

 単純に甘さを足すことにしよう。

 姫様は甘党だから、その方が喜ぶだろう。

 厨房の使用にも慣れたもので、必要な調理器具を出してどんどん調理を進めていく。


「へえ……茹でたクマラを裏ごしして、必要な材料と混ぜて固めるだけかい。簡単でいいね」


 この世界では伝わっている料理に偏りがある。

 それだけ迷い人の数が少ないのか、それともこちら側で近年になって獲れるようになった食材が多いのか。

 こういった簡単な料理が伝わっていなかったりするので、私も驚くことが多い。

 ともあれ、スーさんはスイートポテトのことを知らなかったようだ。

 レシピが増えたのなら何より。


「最後に卵黄を塗って……時間も無いし、直にいくか」


 横着して表面を魔法で炙ると、驚いたスーさんが飛び上がった。

 しまった、思ったよりも近くで見ていた。


「わっ! 魔法を使うんなら言っておくれよ」

「ご、ごめんなさい」

「いや、あんたなら火加減を間違えたりしないだろうけどさ……うん、良い香りだね。これで完成かい?」


 加減した火魔法によって表面に焼き目が付き、全体が熱されたことで甘い香りが周囲に広がっていく。

 出来上がった物をトレイの上に載せていきながら、スーさんの問いに答える。


「完成です。良かったらお一ついかがですか?」


 スーさんに試食を促した結果、好評だったので味に関しては問題ないだろう。

 さて、姫様は真面目に仕事をしているかな……?

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