康寧の一夜
「カティアちゃんは冷たい! アタシがどれだけ心配してたかぜーんぜん分かってない!」
「そうです! もっと私とも絡んでください! 絡み合ってください!」
「ぐー……むにゃ……」
「何ですか、コレ……」
私達がその定食屋に到着したのは約束の時間から十分遅れのことである。
ここは王城の厨房係の長であるスーさんの旦那さん、ケンさんが経営する店だ。
昼は定食屋、夜は居酒屋へとシフトする形態の店で、店内は仕事終わりの人々による穏やかな喧騒に満ちている。
店員さんに連れられて、私とアカネはとある席へと通されたのだが……。
「あ、カティアさん。すみません、先に始めてしまって」
「いえ、遅れた私達が悪いのでそれは構わないのですが……」
「女性陣が一杯だけ飲んだんですがね。クーが弱いのは知ってましたが、まさか三人全員が酒に弱いとは……」
答えたのはニールさんとカイさんだ。
フィーナさんとクーさんは噛み合っているようで噛み合っていない会話を続け、ミナーシャは机に突っ伏して涎を垂らしながら眠りこけている。
三人とも顔が赤く、酔っているだろう状態なのが見て取れる。
この国の飲酒可能年齢は十五なので特に問題は無いが、それにしてもこれは酷い。
大きな卓の入り口から見て奥に女性陣、手前に男性陣が座っている。
普通はこんな状態になるのは深酒をしてからだろうが――
「一杯で、ですか?」
「一杯で、ですよ。驚きの弱さですねぇ……」
リクさんがのんびりとお通しらしき料理をつつきながら目を細めた。
見た感じ男性陣は酒を飲んでいない様子である。
この調子だと女性陣は介抱が必要だろうし……それも仕方がないか。
こうなるとせめて料理だけでも楽しんでもらいたいところだ。
「じゃあ、私達はどんどん料理を頼みましょうか。お代は私が持ちますので」
「え? いやいや、そんな」
「悪いですよ、おじょー」
遠慮されたが、どうせ使い切れない額の戦争の報酬が入る予定なのでここは押し切らせて貰う。
こういう所で使わずに何処で使うというのか。
前世のフリーター時代には考えられなかったことなので、少しだけ気分が良いのは秘密だ。
「気にせず自由に頼んで下さい。アカネ、何が食べたい?」
「えっとねー……」
ニールさんの隣にアカネと共に腰掛けながらメニューを開く。
私は皆の気が引けないように率先して料理を頼むことにした。
――お、丁度いい所に。
「あの、注文いいですか?」
「はい!」
近くを通った店員さんがタイミング良く捕まったところで、アカネが何かを指差した。
「お姉ちゃん、わたしこれがいい!」
「ん、どれ? ――ってカエルの唐揚げ……? これ、私が食べるんだよね……?」
「お姉ちゃんが食べないとわたしは味が分かんないじゃん」
「……か、カエルの唐揚げを一つ。それから――」
「お嬢、表情が歪んでますぜ……」
鶏肉に近い味だとは聞いたことがあるが……若干の抵抗が……。
聞いておいて今更却下もできないので仕方なく注文した。
これでも虫系の料理に比べたら遥かにマシだ。
何かの幼虫だとかエスカルゴとか。
他にも定番の料理を幾つか頼んでいくと、ようやくそれぞれ自分が食べたい料理を主張しだした。
「では、俺は血が滴るステーキを……フフフ……」
「え、ええと、お客様……牛と豚、それと羊の肉ならございますが……」
カイさんが邪悪な笑みを浮かべながら告げる。
それに店員さんが困った顔をしたので、すかさずフォローを入れておく。
「……普通に牛肉のステーキでいいです、焼き加減はレアで。リクさんは何がいいですか?」
「あ、じゃあハニートーストとハチミツレモンを。おじょー、ごちそうさまです」
くまか! って熊か、そうだった。
蜂蜜好きなんだね……。
何でも良いが、バランスが悪いので後で二人の前に野菜の皿をさりげなく近付けておこう。
「ニールさんは?」
「自分は今日のオススメでお願いするっす」
「ご注文は以上で宜しいですか?」
「はいっす――ありがとうございます、カティアさん」
店員さんが下がると、男性陣から次々に礼を言う言葉が飛んでくる。
何これ、くすぐったい。
奢るのが癖になりそうだ……いや、特別な時以外にはしないけど。
奥に座っている女性陣は、そもそも私達が来たことに気付いているのかも謎だ。
料理は沢山注文したので、そちらにも行き渡るだろうから暫くの間は放っておこう。
少し時間が経ち、料理が運ばれてくると寝ていたミナーシャがもぞもぞと動き出した。
まだ赤みが残る顔で鼻をひくつかせる。
「……んん? 何か良い匂い……あれ、私寝てたニャ?」
「おはようミナーシャ。あなたも何か頼みますか?」
「カティア来てたの? んっと……じゃあ、鮭のチーズ焼き」
……こう聞くと食べ物の注文内容にも個性が出ていて面白いな。
ふらふらと起き上がったミナーシャにリクさんが水を勧める。
カイさんがガルシアの料理の味に感動し、ニールさんと互いの国の食事情などの雑談に興じ始めた。
特に心配もしていなかったが、諍いなどもなく各々交流が深まっているようだ。
皆大事な人達なので嬉しいし、フィーナさんの狙い通りに上手くいって――
「カティアちゃん見つけたぁー。うへへへぇー」
「お姉さまぁー。羽を撫でて下さい、羽をー。寂しいですぅー」
――当の本人はクーさんと一緒にこの有り様だが。
この様子を見ると、単に騒ぎたかっただけとも思えてくるな……。
翌朝、昨夜作った鋳型を裏庭から回収して戻ってくる。
テーブルの上に道具を広げると、早速仕上げに取り掛かる。
周囲のバリを取り除いてからヤスリをかけ、表面を滑らかにする。
――心配だったが、どうにかまともな形になった。
職人には敵わないにしても、着けて恥ずかしくない程度の品質にはなっている気がする。
ヒビや脆い部分も無く、割合均等に鉄が行き渡ったようだ。
気にしていなかった耐久性も結果的にそれなりになっただろう。
そのまま細かい部分を全て加工し、最後に鉄製であることを考慮して錆止めと見た目を整える目的で銀のメッキを塗る。
後は乾いたらチェーンを付けて完成だ。
「! 出来たの!? お兄ちゃん!」
ベッドに寝ていたアカネが突然跳ね起きた。
そのままふわりと浮かぶと、近付いて私の手元を覗き込んでくる。
「おおー、すごい! これぞ、ふたりの初めての共同作業って奴だね!」
「うん……うん?」
共作なのは間違いないが、今、アカネが変な表現を使ったような?
ともあれ、朝食を摂ったら一度戻って来て完成させよう。
塗料が乾いていなかったら火魔法で何とか。
キョウカさんと姫様の護衛を交代しなければならないので、余り時間は無い。
なるべく早く完成品を渡したいのは、アカネに急かされたのもあるが何となくその方が効き目があるような気がするからだ。
根拠は無いものの、縁起を担ぐものなので直感には従うべきだろう。
「――という訳で、砕けたマン・ゴーシュで作った御守りです。……受け取って頂けますか?」
「受け取れー」
「おお……勿論っす! 感激っす! 元はカティアさんのマン・ゴーシュですか……ものすっっっごい効きそうっすね。ありがとうございます、大事にします!」
兵舎でニールさんを呼び出した私達は二人で作ったペンダントを渡した。
今は兵舎入り口の傍、通行の邪魔にならない位置に三人で立っている。
ニールさんは予想以上の喜びようで、これなら作った甲斐があったと思える。
早速、首から提げて身に着けた姿を見せてくれた。
うん、似合うんじゃなかろうか。
それを口に出すと、ニールさんの顔が有らん限りユルいものになった。
「ニールくん、また変な顔ー」
アカネがそれを指摘すると、一瞬ニールさんが真顔に戻るが直ぐにまた崩れる。
……贈り物をした側としては感無量の反応だなぁ。
少し落ち着くのを待つと、彼の方から再び口を開いた。
「で、もう一つはフィー姉に渡せばいいんすね?」
ニールさんの言葉通り、もう一つ作ったペンダントはフィーナさんに渡すことにした。
ニールさんとフィーナさんは部隊発足に向けた雑事をこなしてくれているそうで、今日も一緒に仕事をするらしい。
なので会った際に渡してくれるようにお願いした。
ここに来る前に王城内のフィーナさんの部屋をノックしたのだが、気配はあるものの返事が無かった。
恐らく二日酔いにでもなっているのだろう。
「すみませんが、お願いします。思っていた以上に時間が無いみたいで……本来なら自分で渡すべきなのでしょうが」
「お気になさらず。姫様の護衛、頑張って下さいっす!」
そうしてニールさんは再度ペンダントに対する礼を言った後、軽く手を挙げてから去っていった。
歩きながらもペンダントを手に取って眺めているのが微笑ましい。
「お姉ちゃん、時間時間。キョウカちゃんに叱られちゃうよ」
――っと、いかん。
見ている場合じゃなかった。
私達も時間に追われるように慌ただしくその場を後にした。