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剣聖の弟子  作者: 二階堂風都
第十章 四国会議
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護符

 荷物を降ろし、部屋の隅にある壺から柄杓ひしゃくで水を汲み上げる。

 それを一気にあおり、少し長い息をふっと吐いた。

 今日の様な一日は、やはり体を動かすのとは違った疲れがあるな……。

 私はそのまま宴会の時間までゆっくりしようと椅子に腰掛け――


「お兄ちゃん、ストーップ!」


 ――ようとした所をアカネに止められた。

 中腰だった体勢から、テーブルに手を突いて再び立ち上がる。


「な、何? アカネ」

「ニール君へのお礼、二時間あれば作れるよ。作っちゃおうよ!」

「私、少し休みた――」

「明日からも忙しいと思うなー。時間取れるかなぁ?」


 明日からの予定? ……基本的には姫様の警護が主になると思うが。

 四国会議の開催が目の前に迫り、王都は人や物資の移動が活発になっている。

 闘武会の時と同様、帝国の刺客や密偵などに注意を払わなければならないだろう。

 会議が終わるまでは、キョウカさんか私のどちらかが姫様に張り付いている必要がある。

 多忙な姫様に合わせて動く訳だから……確かに時間が取れるかどうかは疑問だな。


「……分かったよ。行こう」


 私は以前まで使っていたマン・ゴーシュを手に取り、買ってきた荷物の中身を選別して抱え直した。

 荷物の中から必要のない鎖やヤスリ、塗料などを取り出してテーブルの上に置く。

 それからアカネに問い掛けた。


「場所はどうする? 火を扱っても問題が無くて、誰も来ない場所が理想だけど」


「中庭にしようよ。開けてるし、夜はほとんど誰も近付かないってメイドさんが言ってたよ」


 また私が知らない情報を……。

 しかし中庭か。

 管理責任者は誰だったかな?


「どちらにせよ今だと無許可になっちゃうけど……いいのかな?」


 今日は、というか今日から四国会議終了まで城内は慌ただしいままだろう。

 今夜は獣人国との日程の調整やら情報交換で上層部は缶詰である。

 つまり、許可を取るべき相手が捕まらない。


「リリちゃんがねー、……中庭? ……自由に……使っていいよ……って言ってたから大丈夫! さいこうけんりょくしゃだもん!」


 アカネが姫様の口調を真似ながら語る。

 雰囲気だけは出ているが余り似ていない。

 しかし、姫様の発言は「中庭を自由に歩いても構わない」という意図だと思うのだがなあ……。

 仕方ない。

 見つかったら、二人で素直に叱られるとしますか。

 まるでいたずらを仕掛ける子供のような動きで、私達はこそこそと自室から中庭へと向かって行った。




「静かだね……」


 夜の中庭は昼間よりも一層静かだった。

 廊下から漏れる明かり、更に月からの自然の照明の二つに照らされ、草花が風に揺れている。

 ここが誰でも立ち入れる場所だったなら、恋人たちの語らいの場となっていそうな神秘的な雰囲気だ。

 城内でそんなことをする度胸がある者が居るとは思えないが。


「じゃあ始めようよ、お兄ちゃん」

「はいよ」


 周囲に人の気配が無いことを確認し、役目を終えたマン・ゴーシュを台の上に置く。

 ボロボロになった刀身は、小さな金槌で叩くと柄から簡単に折れた。

 それだけダメージが蓄積していた証でもある。

 思えばこの剣とも長い付き合いだったな……。

 この剣を手にしたのは、私が転生してから十年ほど経った頃のことだ。

 二剣持ちを試したいと言った私に爺さまがどこからか手に入れて来たもので、何本か使い潰して来たショートソードよりも愛着がある。


「お疲れ様。今までありがとう……」


 この剣に命を救われた機会は数知れない。

 だからこそアイゼン騎士団長の言うような「まじない」も、何となく効くような気がしてくる。

 彼によると、使用者が生きたまま役目を全うした武器や防具は縁起が良いとされるらしい。

 それらを再利用して作ったものは厄を払う効果があるのだとか。

 なので、今からこれをペンダント型の御守りに作り替えていく。

 正確な表現を期すならペンダントトップを作る、ということになるか。

 チェーンは既に購入済みで、部屋に置いてきた荷物に含まれている。


「で、形はどうする?」

「うーん……ハートマーク!」

「それはニールさんが身に着けるのにはきつくないかい……?」


 元男として言わせてもらうなら、ハート形のペンダントはかなり人を選ぶ。

 男が着けるのが絶対に有り得ないとまでは言わないが、なるべく避けておいた方が無難だろう。

 受け取った物を身に着けるかどうかは自由だが、折角なら着けて欲しいと思ってしまうのも正直な所だ。


「じゃあ、国の紋章」


 そう言ったアカネの視線は、花壇を囲っている煉瓦の一つに向いている。

 そこには国の象徴である一角獣の紋章が刻み込まれていた。

 あれならデザイン上は問題ないとは思うが……


「うーん。こういう国のものって勝手に使ったら罰せられるんじゃ?」

「今日雑貨屋さんで聞いたら大丈夫って言ってたよ。紋章の金型も貰ってきたし」

「え? 嘘? 何処に?」


 荷物を探ると、確かに紋章を模した金属製の型が一つ入っていた。

 何時の間に……? 私が商品を選んでいる間、何かアカネと店主のおばさんが話をしているとは思ったが。

 そういえば、雑貨屋には紋章入りの道具が幾つか置いてあった。

 どうやら国の紋章だからといって勝手に使用してはいけないという決まりは無いらしい。


「ここまで用意してあるなら、形は最初から決めてあるって教えてくれたらいいのに」

「だって、ハートのアクセサリーを着けたニールくんも見てみたかったんだもん」


 軽く舌を出し、おどけた様子でアカネが笑う。

 ……アカネも段々とイイ性格になってきたというか、時折こちらの予想を超える発言をするようになってきたな。

 普通の子供よりはずっと聞き分けが良いのは確かだが、近頃は今回のような子供らしい思い付きをしたり、小さな我儘が少しだけ増えて来た。

 恐らく色々な人達と話す内に、自我が固まってきたのだろう。

 良い事――なんだろうな、少し寂しい気もするけれど。


「お兄ちゃん?」

「何でもないよ」


 ……さて、作る形が決まった所で、砂と粘土を混ぜた物で鋳型いがたを作っていく。

 今回は鍛冶ではなく鋳物いものを作る際の方法を使用する。

 鉄を延ばしていく技術も美的センスも無い為、この方法は私にはうってつけだ。

 勿論、鍛冶よりはマシというだけで鋳物だって成功するかどうかは分からないが。

 鋳型いがたの基礎に、紋章の金型で窪みと鎖を繋ぐ輪を作り、注湯口(鉄を注ぐ為の入り口)を作ってから閉じる。

 作るものが小さいので完成した鋳型も大げさな物ではない。

 それを四セットほど用意し、地面に並べて置いていく。

 最後に耐熱煉瓦の容器に細かく砕いたマン・ゴーシュの刀身を入れ、汚れやゴミが混じっていないか確認して準備が完了する。

炎が燃え移らないように花壇からは十分な距離を取った。


「出来た。鉄の量を考えて四つ用意したけど、大体こんなものだよね?」


 折角の御守りなので、残った分はニールさん以外の誰かに渡そうと思っている。

 幾つ出来るかは分からないが、一つや二つということはないだろう。


「うん。じゃあ、二人でマン・ゴーシュを生まれ変わらせよう!」


 そう言ってアカネが手を差し出してくる。

 私はそれを握り、アカネと一緒にもう一方の手を煉瓦の容器へと向けた。

 持ち主を守ってくれるように、願いを込めながら……。

 それに火の精霊達が応え、剣だったものをただの鉄へと戻していく。

 赤、橙、黄ときて、やがて白に近い色に鉄が変化する。

 炉が必要ないのは私達ならではだが……やけに多量の魔力を持っていかれている気がする。

 いくら液化するほどの温度が必要とはいえ、もっと大きな魔法を使った時の様な疲労感が――


「お兄ちゃん、そろそろ良いと思うよ」


 おっと、そうだった。

 アカネの手をそっと離し、煉瓦の容器を挟むための金具を手に取る。

 そのまま液状になった鉄を自作の鋳型いがたの中に慎重に流し込み……って、あれ?


「何か……鉄の量、少なくない?」

「ほんとだ……これじゃ二つしか出来ないね」


 二つの型に注いだ時点で、液化した鉄が底を尽いた。

 ……何故だ? 考えるが、答えは出ない。

 ……ともかく、出来る部分までは完成したので後は砂の性質を利用した自然冷却だ。

 素人の作業なので抜けている面は多々あるだろうが、どうにか形にはなるだろう。

 耐久性に関しては二の次である。

 妙に目減りした鉄には少々謎が残るが。


「――っと、そろそろ時間かな」


 国から支給された懐中時計を取り出して見ると、約束の三十分前まで時間が迫っていた。

 私は急いで道具を片付けると、中身が入った鋳型を目に付きにくい陰に移動させた。

 庭師が来る前、朝一番で回収すれば誰にも気付かれないだろう。

 周囲に燃えやすい物は……無いな、大丈夫。

 そのまま二人、連れ立って中庭を後にした。

 アカネは隠れて行う秘密の作業が楽しかったらしく、集合する店に着くまで終始御機嫌な様子だった。

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