ヴァンの左手用短剣
「ここですかね? ――って、多いっすね!」
「本当に、どうしてこんなに短剣が?」
ニールさんが驚いたのも無理はない。
そこには棚を埋め尽くす様にずらりと並んだ短剣、短剣、また短剣……。
それも、私が使うようなパリーイングダガーばかりだ。
要は相手の武器を防いだり破壊したりする事が目的の防御寄りの短剣で、はっきり言ってしまえばマイナー武器だ。
レイピアなどとセットで使われることが多い。
それらが店の目立つ場所に鎮座している。
「カティアさん、これ鍛冶屋ヴァンの製品っすよ」
ニールさんが短剣の一つを手に取り、矯めつ眇めつ眺めて言った。
その様子を見ていたアカネが、小首を傾げて問い掛ける。
「どうして分かるの?」
「これでも毎日ヴァンさんが打ってくれた剣を触ってますからね。本人の物かまでは分かりませんけれど、同じ工房の物ということで間違いないっすよ」
「正解。中々に良い目利きしてるじゃねえの、ニール」
「意外な」というよりは、「やはり」という思いの方が大きかった。
会話に割って入って来たのは、ライオルさんの行列を見ていた武器屋のオヤジさんだ。
棚にもたれかかる様にして立っている。
「今日は女連れかい? お前さんも隅に置けないな」
「違うっすよ、オヤジさん! この人は――」
「はは、慌てんなさんな、ちゃんと知ってるよ。冗談冗談。いらっしゃい、魔法剣士さん」
棚から離れると、ニールさんをからかいながら軽い挨拶をしてくる。
着崩した服が似合う、粋な雰囲気がするオヤジさんだった。
ニールさんは娘さんとも顔見知りの様だったし、この店主のオヤジさんとも面識があるようだ。
「ゆっくり見ていきな。その棚だけど、何でも鍛冶屋ヴァンの工房で短剣ブームだったらしくてね。作り過ぎた分を、安値で良いから置いてくれって短剣ばかり送って来てそんな状態ってわけさ」
短剣ブーム……?
時期も一致するし、私の所為かと思ったが流石に自意識過剰が過ぎるだろうか?
「どうしてでしょうね? それほど需要がある武器とは思えないのですが」
「あの……言い辛いんすけど、カティアさんの影響では」
……。
それにしたって、影響を受けたにしても、普通なら試しに数本作る程度で終わると思う。
ここに置かれている量は尋常ではない。
「これ、売れているんですか?」
「それな……最初は微妙な売れ行きだったんだが、今は飛ぶように売れてる。――それよりも、オッサンは無視して自由に選んでくれていいぞ。短剣が欲しいんだろう?」
売れているからこその、この数か……追加で仕入れたということだろう。
何であれ、数が多いということは選択肢が多いという事だ。
お言葉に甘えて、気合を入れて選ぶとしようか。
私が短剣を凝視し始めたのを見て、アカネは隣に並んで同じように眺め始めた。
「この小さいお嬢ちゃんも大精霊か……世の中、不思議なこともあるもんだなあ。それにしても、カティアちゃんにそっくりだな」
「驚かないんすね?」
「この年齢になると、自分の尺度で計れないものにもそれなりに出会うもんでな。こういうこともあるわな」
「オヤジさんらしいっすねぇ」
男性二人の会話を聞きながら、時折アカネが指差した物を手に取ったりして選んでいく。
どこか実験的な要素を持った短剣も多く、形状に様々な工夫が見られる。
そういった物も悪くはないが、やはり使い慣れた物に近い形が良い。
「今回の闘武会は面倒事もあったが面白かったな。死んだ奴には気の毒だが。カティアちゃんが優勝した直後から短剣は爆発的に売れ出したなぁ」
「やっぱりそうっすか。強くて格好いい人を見ると真似したくなりますよね」
……少し照れる。
ただ正直に言うと、私の戦闘スタイルは万人にはお薦め出来ない。
片手に短剣を持つくらいなら、多くの場合は盾を持った方が安定するのだ。
どうしても機動力や攻撃力を重視したい人だけに真似をして欲しい。
私の場合は爺さまとの訓練の中で自然と確立したスタイルであって、合う合わないは人それぞれだと思う。
特にこの棚にあるソードブレイカーなどは上手く扱わないと直ぐに折れるし、対応可能な武器も少なく汎用性も低い。
一言だけ言いたかったので私は後ろを向いた。
「あの、オヤジさん。出来れば自分の速度に自信がありそうな人にだけ売ってくれませんか?」
「ん? ほう、変わったことを言うもんだ。適性が無いのに自分の真似をして、誰かが死ぬのは納得いかないってことかい?」
自分が言おうとした言葉を先んじられ、私は気勢が削がれた。
もしかして、余計なことを言ったのだろうか?
「どんな装備をしても、それはそいつの自己責任だ。誰が死のうと俺の知ったことじゃない……なんて言う気はもちろん無いさ。ちゃんと戦い方が合わないような奴には別の装備を薦めている、心配しなさんな」
やはり余計な発言だったらしい。
……そうだよな、王都で一番の武器屋だもんな。
各々に合わせた助言もサービスの一部なのだろう。
それなのに、私は人様の商売に偉そうに口出しをしてしまった。
しかし、それを聞いた店主のオヤジさんは気にした様子も無く豪快に笑っている。
――こういうところがライオルさんと気が合うんだろうな……。
「はは、いやあ、気に入ったぜ。カティアちゃんは優しいな! 思っていても中々言えることじゃないぜ」
「うん、お姉ちゃんは優しいよ」
「おう、お嬢ちゃんもそう思うか! 仲間仲間! ははは!」
「なかまー!」
私は羞恥に熱くなった顔を逸らして棚に向き直った。
その直前、苦笑しているニールさんの顔がちらりと見えた気がした。
若干やけくそ気味な気分で短剣選びに戻る。
下段は見たので、視線を上に向けると――ん?
棚の最上段、ケースに入れられた三本の短剣が目に入った。
「オヤジさん、あの上にある短剣は?」
「お、あれかい? 待ってな、今降ろすから」
オヤジさんは止める間もなく踏み台に昇ると、ケースごと剣を降ろして戻ってくる。
どういう由来の物か説明を求めたつもりだったのだが……まあ良いか。
何かしらの短剣は買うつもりだったのだから、無駄な手間という事もないだろう。
「三本とも鍛冶屋ヴァンで作られたウーツ鋼製のマン・ゴーシュだ。質は保証するぜ。どうだい?」
値札に数字は書いておらず、要相談とだけ書いてある。
これはどういう意味だろう?
オヤジさんが良く見えるように、私の前に両手でケースを持ち上げて見せてくれる。
全く同じデザインの短剣が三本、鈍い輝きを放ってケース内に鎮座している。
鞘は、それぞれの剣の横に添えられるようにして置いてある。
見た限りでは、金属の厚さや表面の滑らかさなど、品質に関しても全て同等の物に見える。
だというのに私は、その中にある一振りから目が離せない。
誘われるようにその短剣を手に取った。
「これ……」
それ以上は言葉にならなかった。
ウーツ鋼特有の美しい縞模様が刀身を飾り、充分な強度を持つだろうシールドガードが柄を覆っている。
通常の物よりも用途を広く想定しているらしく、以前に使っていた物よりも刀身の幅が広く肉厚だ。
刺突だけでなく斬撃にも適した造りとなっている。
その分、重量は少しあるが。
握り心地も吸いつくようで、新品であるにも関わらず既に手の一部になったかのような感覚だ。
つい、そのまま剣を左手で軽く一閃した。
――良い。
思った以上に。
「おお……剣を持った途端、まるで別人になったみたいじゃないか……良い立ち姿だ」
オヤジさんがごくりと生唾を飲み込む。
照れた私は、頬を掻きながら目の前の店主に告げた。
「これにします」
「他の二本は良いのかい? もしかすると、今持っている物よりも手に馴染むかもしれないが」
「いえ、これで」
見た目は同じ三本の短剣。
ただ、どういう訳か、私にはこの短剣以上の魅力を他の二本からは感じら取れなかった。
その言葉を聞いたオヤジさんが両手を上げて降参のポーズを取った。
……? どういう意味だ?
「すげえなあ、一発で見抜くなんてなぁ」
「どういうことっすか?」
「え、何々?」
ニールさんとアカネが疑問を呈する。
私も同じ気持ちだが、オヤジさんはニッと笑って二人に問い掛けた。
一旦返してくれ、という言葉に、オヤジさんが持つケースへと短剣を戻す。
「この三本、お前さんたちならどう見る?」
「どうって……同じ品質の物に見えるっすけど」
「同じだよねえ? 違うの?」
「俺にも同じに見える。だが、カティアちゃんのはヴァンが作ったマン・ゴーシュで、残りの二本は高位の弟子が拵えたもんだ」
「「ええ!?」」
驚く私達にオヤジさんが説明した所によると、これはヴァンさんが用意した悪ふざけの一部だという話だ。
自分達の武器がきちんと見る目のある人間に使われているかを知りたい、ということで値段と製作者を伏せて販売していたらしい。
とはいえ――
「武器屋の店主である俺が見極められないレベルの差を気付け、ってのも酷な話だよなぁ?」
「確信を持って」正解の一本を選んだのは私が最初だったらしい。
私の場合も直感に従っただけなので、何も偉そうなことは言えないのだが……。
それで見る目、といわれると微妙な気分である。
何にしても、これが良い物であることには変わらない。
再度、購入の意思を告げて値段を聞いた。
「経緯はともかく、ヴァンさんの作品なら信頼出来ますよね。このマン・ゴーシュの値段は、お幾らなんですか?」
「タダ」
「!? あの、聞き間違いでなければ、今――」
「タダだよ、タダ。見事に正解を当てた方には鍛冶屋ヴァンから高品質の短剣を贈呈! ってな訳だ」
おどけて話すオヤジさんだが、私達三人は困惑しきりだ。
降って湧いた幸運に、どう対応していいか分からない。
「ですが……」
「良いんだよ。それに、特注で高い防具も注文してくれたんだろう?」
「どうしてそれを?」
「さっきそこで娘とすれ違ってね。興奮してイマイチ何を言ってるんだか分からなかったが、大口の注文ってことだけはどうにか把握してな。戻ってきたら客は君らだけだ、そりゃ分かるって」
尚も悩む私に、服の袖を引っ張る感触が加わる。
下を向くと、アカネが何かを言いたそうに私を見ていた。
「お姉ちゃん、貰っちゃおうよ」
「アカネ?」
「お金は大事、だよ」
「ははは! お嬢ちゃんの言う通りだよ、カティアちゃん! 金なんていつ必要になるか分からないんだから、出来るだけ取っておくのがいいだろうさ」
ニールさんの方を見ると、彼も後押しする様に二度、ぎこちなく頷いた。
状況が特殊で少し気が引けるが……私はオヤジさんに差し出されたマン・ゴーシュをしっかりと受け取ると、頭を下げた。
「では、ありがたく頂戴します……。ヴァンさんにも、よろしくお伝えください」
「ああ。持つべき人間に自分の武器が渡ったんだ、あいつも喜ぶんじゃないかな。次の仕入れの時にする良い土産話も出来たし」
そうして一段落したところに、ドアベルの音が鳴った。
どうやら他の客が来たようだ。
丁度いいタイミングなので、そのまま私達はお暇することにした。
「修理や手入れが必要な時はいつでも来な!」
「はーい! またねー!」
アカネが代表して元気よく返事をし、私達はそのまま店を出た。
未払いの防具の代金は大量で重いので、後で何か入れ物を用意して持ってこよう。
マン・ゴーシュを装飾が施された新しい鞘にしまい、腰にベルトに提げる。
やはり二本の剣を持っていると、不思議と心が落ち着いた。